第百二話:修学旅行 その7 講演
「さて、初めましてだ。私の名前は馬場賢治。今回の講演を行う者だ」
ホテルの大広間にて、一人の男性が壇上に上がるなりそんな自己紹介を行った。口上を述べた馬場の姿を見た生徒達は、思わずどんな反応を返せばよいか迷ってしまう。
ひょろりとした体躯ながらも百八十センチを超える身長。着古したスーツの上から何故か白衣を羽織っており、生徒達を見る目はギラギラと輝いている。年齢は不明だが、髪の毛が白いものへと変貌しており、無頓着に伸ばしていた。
外見だけで判断するならば、背の高い老人である。しかし、その顔付き、その目付きは若々しい探究心と好奇心で輝いており、年齢を悟らせなかった。
『構成力』は感じないため、人間なのだろう。それでも非常に存在感があり、生徒達は互いに目線を交わし合った。
そんな生徒達の顔を見回した馬場は、満足そうに頷く。
「事前に君達の教官から聞いているだろうが、私は『ES能力者』について研究を行っている。まあ、『ES能力者』だけが専門ではないがね。『ES寄生体』や『進化の種』についても研究も行っている。ESフリークというわけだ」
そう言って笑う馬場。何が面白いのかはわからないが、外見に比してそのテンションは高い。ワクワクと、あるいはウキウキと。とても楽しげな様子でマイクを握っている。
「ここ数年、訓練生の修学旅行では毎回お呼ばれするんだがね。私としては若い『ES能力者』を見ることができるから、毎回とても楽しみにしているんだ。特に、今期の訓練生は優秀だと聞いているからね。昨晩は楽しみ過ぎて眠れなかったよ」
会うのが楽しみだったと言われれば、悪い気はしない。しかし、馬場の様子を見る限りは素直に喜ぶべきか迷うだろう。研究対象である『ES能力者』と間近で会えたことを喜ぶ馬場だが、その様子は少しばかり鬼気迫っている。
「ところで君達、もう進路は決まっているのかな? 決まっていないのなら、卒業後は是非うちの研究所にきてほしい。なあに、痛いことや怖いことは一切ない。衣食住と高給を保証する。ただ、少しばかり実験と観察に付き合ってもらうだけだ。んん? そこの君は良い目付きをしているね。どうだい? 卒業後はうちに来てみないか?」
そんなことを言いつつ、馬場が話を振ったのは博孝だった。博孝は嫌な汗を掻きつつも、冗談でそれに答える。
「衣食住と高給ですか……それに昼寝も付きますか?」
「おや、昼寝を付けたら来てくれるのかね? そんな雇用条件で良ければ、是非ともお願いしたいところだ……それで、来てくれるかい?」
博孝の反応を見て、何故か気分を高めている馬場。博孝は肩を竦めると、苦笑しながら首を横に振った。
「いやぁ、自分は体を動かす方が性に合っているんで。折角のお話ですが……」
「おっと、フラれてしまったか。そっちの可愛らしいお嬢さんはどうかね?」
断る博孝に残念そうな顔をする馬場だが、今度はみらいに視線を向ける。みらいは唇を尖らせると、嫌そうな顔をした。
「……やっ」
「おやおや、またフラれてしまった。残念なことだ。うーむ、中々協力してくれる『ES能力者』がいなくてねぇ。もう少し口説き文句を勉強するべきか」
みらいの返答を聞いた馬場は、大仰に肩を竦めてみせる。残念だとは言いつつ、その声色には残念そうな色がない。馬場なりの冗談なのだろう。
「馬場先生、そろそろお話の方をお願いします」
砂原もそれを理解しているのか、丁度良いタイミングで口を挟む。馬場はそんな砂原に笑って返すと、持ち込んでいたパソコンをプロジェクターにつないだ。
「さて、勧誘に失敗してしまったので本来の話に戻ろうか。講演ということで何を話そうかと迷ったが、私が行っている研究について話そうと思う」
そう言いつつ、馬場は外見の割には軽快な手付きでパソコンを操作する。プロジェクターから放たれる光が大広間の白い壁に投射され、馬場は今度こそ講演を開始した。
「『ES能力者』や『ES寄生体』の研究と一口に言っても、様々な分野が存在する。君達も、研究と聞いて思い浮かべるものは異なるだろう? 私が特に注力している研究は、『ES能力者』や『ES寄生体』の“存在そのもの”についてだ」
大広間の壁に、『ES能力者とは?』という題目が表示される。生徒達は話を聞きながら大広間の壁を見るが、馬場の話は曖昧なものに感じた。
「今、君達は“存在そのもの”と聞いて曖昧に感じただろう? なに、言わなくてもわかる。毎回のことだが、私の話を聞いた子はみんなそんな顔をするからね」
生徒達の顔を見た馬場は、楽しげに話を続けた。研究者として己の研究分野を語ることが楽しいのか、その声はこれ以上なく弾んでいる。
「それでは折角の講演だ。若い子がどんな意識なのか聞いてみよう。そこの君」
「お、俺っすか?」
視線を向けられ、恭介が自分かと首を捻った。馬場は恭介の様子を楽しそうに見ると、恭介の傍まで歩み寄ってマイクを向ける。
「そうだ、君だ。突然だが、君の名前は?」
「は? えーっと……」
名前を問われ、恭介は反射的に砂原へ視線を向けた。相手は『ES能力者』の研究者とはいえ、一般人。素性を明かして良いものかと迷ったのだ。しかし、砂原は問題がないと判断して頷く。馬場は研究者として高名であり、様々な“事情”に詳しかった。
「た、武倉恭介っす」
「そうかっ! 君は武倉君と言うのだね? 武倉君、君は雰囲気から判断すると……防御型の『ES能力者』かな? それも訓練生にしては腕が立つ方だ。そうだろう?」
「え? さぁ、どうっすかね?」
マイクを渡すなり、詰め寄ってくる馬場。恭介はどう答えたら良いものかと迷い、馬場の勢いに押されるように視線を逸らした。本当に雰囲気で推測したのか、あるいは元から知っていたのか、馬場の言葉は正鵠を射ている。
「ほほう……知り合って間もない相手には自分のことを秘匿しようとする、と。いやはや、訓練生にしては職業意識もしっかりしていると見える。そうだね、こんな見知らぬ中年オヤジには個人情報は話さない方が良い」
如何にも怪しいからね、と自虐するように付け足す馬場。押して押しまくる馬場の様子に、恭介だけでなく生徒達は引き気味だった。そんな生徒達の反応に気付いたのか、馬場は空気を変えるように咳払いをする。
「おっと、すまないね。つい熱中してしまった。ああ、君達の素性や実力については隠してくれても構わない。もっとも、長年『ES能力者』を見てきたからか、誰がどのくらい強いかというのは見ればわかる。砂原教官は別格としても、訓練生とは思えない雰囲気の子がちらほらといるねぇ」
そんなことを言いながら、馬場の視線が動く。最初に目を向けられたのは博孝であり、その次に沙織、さらにその次に恭介。そして最後に、みらいを見て破顔した。
「これでも守秘義務は守る性質でね。なにせ、君達の“上”はおっかない。私とて死にたくはないからねぇ……と、いけないいけない。また脱線してしまったよ。いかんねぇ、君達があまりにも興味深いから、ついつい本題から逸れてしまうよ」
白髪が適当に伸ばされた頭を掻き、申し訳なさそうに馬場が笑う。だが、一頻り笑った馬場は、それまでの雰囲気を一変させた。
「では本題に移ろう。武倉君、君は何者かね?」
「は、はい? いや、何者って言われると困るっすけど……『ES能力者』っす」
「そうだ。君は『ES能力者』だ。では、『ES能力者』とは何かね?」
「『ES能力者』が何者かっすか? えーと……」
重ねて尋ねられた質問に対し、恭介は腕を組んで考え込む。そんな恭介の様子を微笑ましそうに眺めた馬場だが、恭介から答えが出ないことを確認してから周囲の生徒に目を向けた。
「他の子はどうかな? 自分が、『ES能力者』が何者か、わかる子はいるかな? わかった子がいたら、先着三名まで我が研究所へご招待しよう。なに、旅費の類は全てこちらで負担するよ?」
最後は冗談なのだろうが、目が半ば本気である。それでも生徒達は後半部分を聞き流すと、馬場の話に対して首を傾げた。
講演を聞くというのは、修学旅行の修学部分だ。それは理解しているが、馬場の質問は哲学のように感じられる。自分が何者か、などと聞かれた生徒達は思い思いに自分の考えを口にした。
「滅茶苦茶頑丈っす!」
「なるほど、正解だ。拳銃で撃たれても驚くだけで済むね」
「ES能力という不思議な力が使える存在?」
「それも正解だね。我々普通の人間が持たない、不思議な力を使える」
「兵器かしら?」
「ふむ、それも正解と言えば正解だろう。だが、自分のことを兵器と呼ぶのは感心しないね。兵器は自らの意思では動かないよ」
それからもいくつかの意見が出るが、全てが曖昧かつ抽象的な意見だ。『ES能力者』が何者かと説明できる生徒は、一人もいない。そんな生徒達の中で意見を口にしなかったのは、博孝と里香である。みらいも何も言わないが、みらいの場合は考えていないだけだ。
隣り合って座る博孝と里香は、小声で言葉を交わす。
「『ES能力者』とはなんぞや、ねぇ……哲学的な質問にしか聞こえないんだけど」
「うん……でも、みんなの答えも間違ってないよね」
クラスメート達が『ES能力者』の“特徴”を挙げているのを聞き、里香が頷く。
頑丈で、健康で、普通の人間よりも遥かに身体能力に優れ、ES能力という不思議な力を操ることができ、長く生きた『ES能力者』は食事や睡眠の必要性が減り、その上で長寿。それらの特徴は訓練校の授業で学び、自身の体験としても学んでいることだ。
生徒達に考えるよう促し、その意見を求める馬場は研究者でありながら教師のようでもある。一人ひとりの意見に耳を傾け、それに対して何かしらの言葉をかけていた。そんな馬場の視線が、小声で話し合う博孝と里香に向けられる。
「そこの二人はどうかね? 考えはまとまったかな?」
尋ねるタイミングも完璧だった。博孝と里香の顔色を見て、何かしらの意見が出たことを悟ったのだろう。その辺りの機微を見抜く目は、研究者として養われたものだろうか。
水を向けられた博孝は、苦笑しながら肩を竦める。
「いやぁ、難しいお話ですね。考えてみても、コレだ、という答えが見つからないですよ。強いて言うなら、人でありながら人ではない生き物ってところですか?」
特に深く考えることもなく、博孝は言う。隣に座った里香も、同意見であるように頷いた。しかし、その言葉を聞いた馬場の目がこれまでにないほど輝く。
「人でありながら人ではない? 良い! 良い答えだ! 他の生徒達の意見をまとめた上で、的確に表した答えだ!」
歓喜の声を上げながら、博孝と里香へ向かって突進する馬場。そして二人の肩に手を置くと、何度も頷く。
「良いね君達。実に良い! 卒業後は是非とも我が研究所に来てほしい!」
「あの、それはちょっと……」
目から怪光線でも放ちそうな馬場の様子に、里香は若干怯えながら身を引く。博孝は肩を叩く馬場の様子に頬を引きつらせるが、それでも何とか口を開いた。
「それで馬場先生、答えはなんでしょうか?」
できれば肩から手を離して、距離を取ってくれないだろうか。そんなことを思う博孝の祈りが通じたのか、馬場は壇上へと引き上げていく。そして、白衣を翻しながら叫んだ。
「答えは――ない!」
『……はあ?』
奇しくも、生徒全員の口から同じ言葉が零れ出る。生徒達の発言を促していた馬場だが、本人にも答えがないと聞いて生徒達は唖然とした。意味ありげに聞かれたため、何かしらの答えがあると思っていたのだ。
「長年研究を重ねている私でも、答えが見つかっていないのだよ。正確に言うなら、容易には定義できないといったところか。しかし、先ほどの『人であって人ではない』という答えは素晴らしかった。私も同意見だ」
そんな生徒達の視線を受けた馬場は、苦笑しながらパソコンを操作した。すると、大広間の壁に文字の羅列が並び始める。そこに書かれていたのは、ほとんどが生徒達によって言葉にされたものだ。
「『ES能力者』を一言で表すのは、研究者である私でも難しい。諸君、まずはこれを見てほしい。ここに書かれているものの大半は、諸君が言葉にしたものだ。そして、それは同時に普通の人間との“差異”を表すものでもある」
馬場は懐からレーザーポインターを取り出すと、大広間の壁に投射された文字列を示す。
「君達も、元々は普通の人間だった……ああ、勘違いはしてほしくないが、別に君達が人間ではないと言っているわけではないよ? 『ES抗議団体』の連中は、『ES能力者』は人ではない、兵器だなんだと騒ぐが、私からすれば馬鹿らしい話だ」
解説を始めようとする馬場だが、誤解しないようにと注釈を入れる。
「さて、『ES能力者』を語る上で外せないのは、身体能力に『構成力』、それとES能力だろう。諸君らも自分のことだから知っていると思うが、『ES能力者』というものは頑丈だ。その上、身体能力も人間の比ではない」
生徒達に講義するように、馬場は言う。その内容は生徒達としても既知のものであり、誰も疑問の声を上げることもない。
「次に『構成力』。これがまた難物でねぇ……研究分野の一つだが、あまり研究が進んでいないんだ。しかし、『ES能力者』を語る上では最重要の項目と言って良い」
そう言いつつ、馬場がマウスをクリックした。すると、『構成力』という文字が拡大される。
「何故『構成力』と呼ぶか、不思議に思った子はいるかな? 『構成力』……すなわち、構成する力だ。そのままだが、これは非常に重要な部分なんだ。ES能力とも絡むが、『ES能力者』を『ES能力者』足らしめている力だ」
馬場が口にした通り、そのままの意味だった。『構成力』については訓練校でも学ぶが、馬場は更に深い部分まで意識しているらしい。
「人間はお腹が空いたら食事をするし、眠くなったら眠りもする。怪我をしたら血を流すし、動き続ければ疲労もする。喜怒哀楽の感情もある。これは君達も同じだろう。しかし、普通の人間は『構成力』を持たない」
とても重要だったのか、馬場がマウスを力強くクリックする。ついでにパソコンを置いていた台を平手で強打した。
「これは大きな違いだ。得手不得手があるが、『ES能力者』は『構成力』を使ってES能力を発現する。最も基本的な『構成力』を身に纏う『防殻』。『構成力』を弾丸として飛ばす『射撃』。『構成力』で防御する『盾』。傷ついた体を癒す『接合』。特殊技能に独自技能。様々なES能力に活用できるこの力! この『構成力』について紐解けば、『ES能力者』の特殊性について僅かなりとも学ぶことができる!」
徐々に大きくなる言葉。馬場は話している内に先ほどよりも興が乗ってきたのか、ギラギラとした眼差しを生徒達に向ける。
「熟練の『ES能力者』は空を飛ぶこともできる! 諸君、これがどれほどおかしなことかわかるかい? 『ES能力者』は時を経るにつれて徐々に異常性を増していく! 空を飛ぶ? 重力を無視して? 戦闘機並の速度で? 翼も持たない者が? 『ES能力者』でない私には体感できないことだが、『飛行』を発現した『ES能力者』は重力という概念から解放される!」
拳を握り締め、叫ぶように語る馬場。既に『飛行』の発現に成功している博孝は、馬場の言葉を聞いて思わず納得した。慣れつつあることだが、人が空を飛べるというのは異常なことなのだ。
「おっと、失礼……少々興奮してしまった」
握った拳を振り回しそうな様子だった馬場が、冷静さを取り戻したように謝罪する。用意されていたお茶で喉を潤すと、多少は落ち着いた顔でパソコンを操作した。
「これは訓練校の授業でも学んだだろうけれど、治療系の二級特殊技能に『復元』をいうものがある。文字通り、“復元”を行うES能力だ。欠損した四肢程度ならば、時間はかかるが元に戻すことができる」
さすがに死人は元に戻らないがね、と馬場は付け足す。
「ただし、これはあくまで『ES能力者』を対象とした場合の話だ。攻撃系のES能力ならばともかく、治療系のES能力は普通の人間には効果がない。これもまたおかしな話だね……しかし、『構成力』という概念が適用された『ES能力者』には効果がある。つまり、『構成力』というものは『ES能力者』の肉体自体を構成する物質である可能性が高く、『ES能力者』について解き明かすためには重要なものだ」
そこまで語ると、何故か馬場は肩を竦めて苦笑した。
「もっと研究ができれば良いのだが、中々予算が下りなくてねぇ……『構成力』について調べるよりも、『ES寄生体』の行動原理や発生条件を研究するように言われるんだ。まあ、『構成力』は研究しようにも中々解明できない部分が多い」
『ES寄生体』について研究することを嫌ってはいないのだろう。しかし、先ほどに比べて馬場はトーンダウンしている。
「『ES寄生体』も興味深い生き物だ。君達は戦ったことがあるかい? アレは動植物版の『ES能力者』だね。しかし、ES能力を発現する個体がいても汎用技能止まり。特殊技能を扱う『ES寄生体』が発見されたという噂も聞くけど、どこまでが本当なのやら……」
最後はぼやくように呟く。そんな馬場の呟きを聞いた一部の生徒は、気まずそうに視線を逸らした。任務の中で、特殊技能を操る『ES寄生体』と戦ったことがあるのだ。それが噂扱いされているのは、情報統制が行われているのだろう。研究者である馬場が確証を持っていないということは、情報の閲覧制限が厳しいことを窺わせる。
「色々と話したいし聞きたいことも多いが、時間は有限だ。研究成果を語ろうと思えば、十日ぐらいは喋りっぱなしになる。私はそれでも構わないが、君達はそうもいかない。そろそろ講演時間が終わるが、最後に、私が『ES能力者』の研究で最も興味を惹かれている部分について語ろうと思う」
マシンガンのように言葉を吐き出していた馬場だが、講演予定時間も終わりが近い。パソコンから手を離し、生徒達を見回してから語り始める。
「君達『ES能力者』は、実に不思議な存在だ。それは君達自身も理解しているだろう。『ES能力者』として研鑽を重ねる、あるいは長い時間を生きる。そうすることで、様々な変化が見られる。先ほど話した『飛行』についてもそうだ。『ES能力者』は物理法則を初めとして、地球上に存在するありとあらゆる法則を無視し得る。私は、それが不思議でならない」
自分が最も注力している研究だからか、馬場の口調には熱がこもっていた。遠くを見るように目を細め、次々と言葉を吐き出す。
「君達の体格では、一トンを超える物体を持ち上げることなど不可能だろう。しかし、君達はそれが可能だ。体格、筋力を考慮しても、到底不可能なはずなのに。肉体の頑強さも不思議で仕方がない。訓練生クラスならばともかく、熟練の『ES能力者』が相手では通常兵器は役に立たん。『ES能力者』が空を飛ぶのもそうだ。重力は? 空気抵抗は? 一体どこにいったのだ? 何故『ES能力者』になると外見的成長が遅くなる?」
落ち着いたと思いきや、再びヒートアップし始める。さすがに砂原が宥めようとしたが、冷静さを保っていたのか馬場は片手でそれを制した。
「すまないね。気になることがありすぎて、我を失いそうになるんだ。私は『ES能力者』の研究を行っているが、まだまだ解明されていないことばかりなんだよ」
僅かに乱れた呼吸を正し、話は続く。
「『武神』長谷川源次郎氏が最初の『ES能力者』と言われているが、それ以前には存在しなかったのか。『進化の種』も、長谷川氏が『ES能力者』だと確認されてから発見され始めたものだ。それ以前にも存在したのかもしれないが、『進化の種』は外見的に大きな宝石に近い。それならば、昔から世界各地で発見され、騒がれてもおかしくないだろう」
巨大な宝石が発見されたとなれば、それは大きな騒ぎになるだろう。現代ならば、巨大なダイヤが発見されたとして世界的なニュースになることもある。『進化の種』がいつから、どのように存在したのか。
「うーん、たしかに興味深い……浪漫っつーか、ミステリーっつーか」
「そう! 実に興味深いのだよ!」
話を聞いていた博孝が呟くと、即座に馬場に食い付かれる。余程耳が良いのか、それとも自分が研究する分野だからか。まさに地獄耳とでも称すべき耳の良さだった。
「世界各国でも研究がされているし、情報の共有、発表も行われている。それだというのに、まだまだ解明できない部分が多い。実に研究し甲斐があるよ。おそらくは一生を掛けても解明できないだろうが、それでも良い。少しでも真実に近づけるなら本望だ」
そこまで言って、馬場は腕時計に視線を落とす。時刻は講演予定時間の終わりに差し掛かっており、馬場は残念そうに眉を寄せた。
「もう時間か……非常に残念だが、ここまでだ」
時折身振り手振りを交えていたため、馬場が着ていたスーツや白衣は乱れている。それに気づいた馬場は手早く身だしなみを整えると、一度咳払いをしてから再度口を開いた。
「今日という日があったことに感謝をしよう。講演を行えというお達しを毎回防衛省から受けるが、訓練生とはいえ『ES能力者』の君達と話が出来たのは僥倖だった。君達は修学旅行の最中だろう? 堅苦しくて聞いている最中に居眠りしそうな話題より、ブレインストーミングの方が記憶にも残ると思って君達にも意見を聞いてみたんだ」
そう言って笑う馬場だが、信じている者は少ない。絶対に自分の趣味――研究に活かすために話を振ったのだろう。博孝達生徒としては、興味深い話だったことを否定はしないが。
生徒達の視線が冷たいことに気付いたのか、馬場は再度咳払いをする。そして真剣な表情を浮かべると、研究者ではなく一人の大人として声をかけた。
「私が君達に言いたいことは、考えることを止めるなということだよ。『ES能力者』という存在について考えるだけで、様々な疑問が出てくる。君達は訓練生として日々訓練に励み、時には研修目的の任務へ赴き、時には危険な目に遭うこともあるだろう。だが、考えることを止めなければ大抵のことは何とかなる」
それまでのテンションが嘘だったように、穏やかな声だった。馬場は生徒達を一人ひとり見回し、告げる。
「『ES能力者』は永い時を生きるのではないか、と言われている。君達の“人生”は永く、険しく、辛いこともあるかもしれない。だが、思考を止めず、何事に対しても諦めず、人としての生を全うしてほしい」
そう言って、馬場は講演が終わりであることを示すように一礼した。様々な騒動があったものの、生徒達はそんな馬場に対して拍手を送る。拍手を受け取った馬場は微笑み、壇上から退出するのだった。
馬場が立ち去った大広間に、弛緩した空気が広がる。講演は二時間ほどだったが、あっという間に感じる内容だった。
「中々興味深い話だったなぁ。馬場先生は少しばかり怖かったけど」
「……こわかった」
博孝が笑って言うと、みらいが同意するように頷く。みらいからすれば、あれほどギラギラとした眼差しで接近してくる中年男性は恐怖でしかないのだろう。博孝としても、少しばかり引いてしまうほどに怖かった。
そうやって軽く雑談をしていると、それまで生徒達と一緒に話を聞いていた砂原が両手を叩いて注目するよう促す。
「ご苦労だった、諸君。講演はこれで終了だ。色々と話があったが、馬場先生の言われた通り考えることを止めないようにしたまえ。話にもあったが、我々『ES能力者』は様々な分野で研究をされている。研究者になれとは言わんし、なるのは難しいが、考えることは自由だ」
砂原は馬場が語っていた言葉をあらゆる意味で理解しているのか、生徒達のように騒ぐことはない。常のように、生徒達へ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「人であり人でない者……その点については、思うところもあるだろう。俺とて少なからず思うところはある。だが、諸君は『ES能力者』である前に一個の“人間”だ。『ES能力者』としての自分に戸惑うこともあるだろうが、自分を見失わなければ人生というものはどうとでもなる」
話を終える直前の馬場のように、砂原は子供を導く大人として笑いかけた。
「繰り返すが、考えることを止めるな。それを心に刻め。それができれば今日の講演を聞いた意味がある」
そこまで言うと、砂原はニヤリと笑う。
「なに、普通の人間だろうと『ES能力者』だろうと、迷うことなどいくらでもある。それは“人間”として当たり前のことだ。若者らしく、いくらでも悩みたまえ」
『ES能力者』は特殊な力を有するが、それでも“人間”なのだ。砂原の言葉を聞いた生徒達は、大きく頷く。
生徒達からの元気が良い返事を聞いた砂原は、そんな生徒達を見てどこか楽しげに笑うのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
更新ペースが空きまして申し訳ございません。リアルが片付きましたので、これからは更新ペースを元に戻せればと思います。
毎度のことですが、ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
前回の更新から今回の更新までの間に、レビューまでいただくことができました。ありがたい話です。そして、今回いただいたレビューでも砂原教官がプッシュされていました。主人公である博孝ではなく、砂原推しです。ありがとうございます。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。