第百三話:修学旅行 その8 鬼ごっこ
修学旅行も半分を折り返し、四日目となった。外を見れば好天に恵まれており、絶好のスキー日和と言える。
四日目の予定としては午前中にスキーを楽しみ、午後にバスで移動。市街地に到着してから三時間ほどの自由時間が予定されていた。その後はホテルに宿泊し、一晩を明かす。
つまり、スキーを楽しめるのは午前中一杯というわけだ。時間に追われた生徒達はスキー服に着替え、スキー板やストックを準備し、予定よりも早い時間にスキー場へ集合する。相変わらず護衛の『ES能力者』達が傍にいるが、楽しげにはしゃぐ生徒達を見て微笑ましそうにしていた。
さすがに予定時間が来るまではスキーを開始できないが、それでも遊ぶことはできる。利用客が第七十一期訓練生しかいないため、柔らかく積もった白雪に飛び込む者、雪合戦を行う者、雪だるまを作る者とそれぞれが遊び始めていた。
「雪合戦って、心躍るよな……というわけで食らえやっ!」
「おおっ!? なんっすか今の雪玉! 滅茶苦茶硬いっすよ!?」
雪合戦を行っていた恭介から、驚きの声が上がる。『ES能力者』としての握力で押し固められた雪玉は、氷のように硬い。そして、『ES能力者』の腕力を以って投じれば、それは雪玉というよりも“雪弾”と形容すべき危険物へと変貌する。
もっとも、雪玉だろうが“雪弾”だろうが鉛の弾丸だろうが、痛みは感じずに衝撃があるだけだ。恭介も即座に雪玉を作って投げ返し、至近距離での投げ合いになる。それは男子生徒達を巻き込んだ合戦へと発展し、風切り音を立てながら雪玉が飛来する戦場へと変貌した。
そんな男子生徒達を他所に、女子生徒達は雪玉を転がして巨大化させ、雪だるまを作り始めた。真っ先に雪原へ飛び込んだみらいを救出し、雪だるまを作ろうと提案したのである。みらいは首を傾げつつ、雪を掻き集めていく。
「……ゆきだるま?」
「そう、雪だるまだよ。こうやって、大きな雪玉を作って……」
みらいに対して雪だるまの作り方を教授するのは里香である。もっとも、雪だるまの作り方というのは複雑ではない。胴体となる大きな雪玉に、頭となる小さめの雪玉を乗せるだけである。作り方にこだわる場合は、水分を含んだ湿った雪で胴体を作り――などと注意するが、あくまで今回は時間潰しの遊びだった。
それでもみらいは、雪という未知の存在を相手に小さな手を動かして雪だるまを作り上げていく。胴体を作り、顔を作ればそれで完成だ。さすがに目や鼻、口などを作るための小物は持ち合わせていないため、スキー用のグローブを脱いで指で描く。
「……できたっ」
少しの時間をかければ、ニコリと笑う雪だるまの完成だった。みらいは初めて作る雪だるまに喜び、里香や周囲にいた女子生徒達も楽しそうに眺めている。
「……これ、もってかえれる?」
作った雪だるまを右手で指差し、左手で里香の袖を引きながら尋ねるみらい。その可愛らしい質問を受けた里香は、小さく苦笑した。
「えっとね、雪はいずれ溶けちゃうから、持って帰るのは難しいかなぁ」
「……おっきいれいぞうこ、かう」
「博孝に頼んだら喜んで買いそうね」
雪が解けるというのならば、大きい冷蔵庫に入れれば良い。そんな発想をするみらいに対し、沙織が実現できそうだと頷いた。博孝に言えば、喜んで買いそうである。
「さすがにそれはちょっと……」
苦笑を深める里香だが、有り得ないとは言い切れない。みらいに対してサッカリンよりも甘い博孝ならば、巨大な冷蔵庫を即日購入しそうだった。
そうやって談笑していたみらい達だが、作ったばかりの雪だるまの寿命は呆気なく尽きることとなる。気温によって溶けたわけではない。強いて言うならば、その雪だるまは運が悪かったのだ。
それは、不幸な事故だった。雪合戦という戦場を飛び交う雪玉。その雪玉が凶弾となり、雪だるまの後頭部に直撃し、その威力を以って頭を丸ごと吹き飛ばす。雪で作られた頭が粉雪へと変わり、日差しによってキラキラと輝いた。
「あっ……」
何が起きたのか、理解が追い付かずに小さな声を漏らすみらい。飛び散った雪の欠片が頬に付着したが、それを拭うことも忘れて呆然とする。みらいの頬についた雪は、雪だるまの血のようなものだ。それまでニコリと笑っていた雪だるまが眼前で粉砕されるという事態に、みらいの瞳に涙が溜まっていく。
「……あ……う……」
溜まった涙は決壊寸前である。みらいと同じように固まっていた里香は、雪玉が飛んできた方向へと視線を向けた。しかし、そこには男子生徒が複数いるため、誰が投げた雪玉かはわからない。
「ひ、博孝君! みらいちゃんが!」
「ん? みらいがどうした……ってちょっ!? みらい!? どうした!? 何があった!?」
今にも泣き出しそうなみらいを見て、博孝は手に持っていた雪玉を放り捨てる。そしてみらいの傍に駆け寄ると、目に涙を溜めたみらいが抱き着いてきた。
「……ひぐ……おにぃちゃ……ゆきだるまさん、しんじゃった……」
涙声で呟くみらい。その言葉を聞いた博孝は、即座に状況を理解した。みらいの足元には雪だるまの胴体と“顎”部分だけが残っており、博孝はみらいを抱き締めながら犯人を捜す。
「この雪だるまを殺ったのは誰だコラアアアァッ!?」
悲しむみらいの姿に怒りを覚え、博孝は威嚇するように吠える。その声を聞いた男子生徒達は、それまで行っていた雪合戦を止めて動きを止めた。
「お、俺じゃないっすよ? 位置的にはみらいちゃんに背中を向けてたっす!」
「俺でもねえよ!」
「位置的にはお前じゃないのか?」
「ち、ちげーし!」
怒る博孝と泣くみらい。ついでに足元の“元”雪だるまらしき物体を見れば、事情は伝わる。男子生徒達は揃って自分ではないと主張した。もしも自分だと名乗り出れば、博孝の手によって雪だるまと同じ運命を辿る羽目になりそうなのだ。
女子生徒はほとんどが雪合戦に注意を向けていなかったため、誰が投げた雪玉が命中したのかはわからない。男子生徒も雪合戦に集中していたため、誰が投げた雪玉が命中したのかわからなかった。
しかし、この場にいるのは生徒だけではない。犯人が名乗り出ないことを確認した博孝は、事の成り行きを見守っている護衛の『ES能力者』達へ視線を向けた。
「……この雪だるまを破壊したのは誰ですか?」
押し殺したような声である。殺気すらこもっていたかもしれない。その声を聞いた護衛の『ES能力者』達は、反射的に一人の男子生徒へ視線を向けてしまう。
そこにいたのは、城之内だった。城之内は顔色を真っ青にすると、怯えるように一歩後ろへ下がる。
「じょおおおのうちいいぃぃ……」
「ち、ちがっ!? わ、わざとじゃ……」
自分が投げた雪玉が命中したことに気付いていたのか、城之内は『わざとではない』と主張した。だが、博孝にとってはどうでも良かった。
「わざとじゃないで済んだら警察も軍隊も『ES能力者』もいらねえんだよ!」
みらいを里香に託し、ダッシュからの跳躍。博孝は固まったままの城之内に飛びかかると、逃げられないように羽交い絞めにした。
「こ、殺さないでくれ!」
博孝の剣幕に、城之内は即座に命乞いをする。その言葉を聞いた博孝は、城之内を羽交い絞めにしたままで答えた。
「なあに、わざとじゃないんだろう? 安心しろ、雪だるまと同じ目に遭わせたりはしねえよ」
必死に逃げようとする城之内だが、博孝は膂力と体術を駆使して押え込む。そして、周囲で状況の推移を見守っていた他の男子生徒達に視線を向けた。
「雪だるまの恨みは雪だるまで晴らす! みんな、手を貸してくれ!」
「わ、わかったっす!」
博孝の言葉を聞いた恭介が頷くと、他の男子生徒達も城之内の周りに群がり始める。そして博孝の指示に従って周囲の雪を掻き集めていく。
「お、おい、河原崎……一体何を?」
「え? お前に雪だるまになってもらうだけだぞ?」
怯える城之内に、不思議そうな顔で返す博孝。そうしている間にも集められた雪で城之内の足元が固定されていく。
「いやぁ、悪いな城之内」
「流れ弾で誤射なんて、今度からは『上官キラー』というあだ名で呼んでやるからな?」
同じ小隊の仲間である中村と和田は、申し訳なさそうな顔をしつつ城之内の体を雪で埋めていく。ただし、その声色はとても楽しげだった。
「悪いなんて思ってないだろ!? あと縁起でもないし上官を撃ったりしないから、そんなあだ名はやめろ!」
必死に叫ぶ城之内だが、そうしている間にもどんどん雪で覆われていく。周囲の男子生徒達は『ES能力者』としての身体能力を最大限に活用し、城之内の体を中心として巨大な雪玉を作り上げていく。なるべく壊れにくいようにと、湿った雪を使っているのがポイントだった。
『ES能力者』は気温の変化に強く、さらには防寒用のスキーウェアを着ているため寒さを感じない。それでも首から下が雪玉と化した城之内は、助けを求めるしかなかった。
「だ、誰か助けてくれ!」
砂浜で掘った穴に埋められる気分になりつつ、城之内は叫ぶ。次から次へと雪を盛られ、叩いて押し固められ、まるで氷漬けにでもなったような気分だ。そうしている内に、城之内の体は球体状の雪で覆われた。
「さすがに顔は埋めないとしても、何かが足りないなぁ……バケツ?」
城之内の羽交い絞めを解除し、周囲と同じように雪を集めていた博孝が顎に手を当てながら呟いた。それを聞いた恭介は、博孝と同じように顎に手を当てながら言う。
「頭に被せるっすか? ホテルに戻って探せば見つかりそうっすね」
「便所に行けば掃除用のバケツがありそうだけど、それはさすがにアウトだしなぁ……まあ、こんなもんか」
便所のバケツを、と博孝が言うと、城之内は怯えたように瞼を震わせた。当然ではあるが、博孝としてはそんなことをするつもりは毛頭ない。
一メートルを超える巨大な胴体に、突き出た城之内の頭。傍目から見れば非常にアンバランスだが、雪だるまに見えなくもない。博孝はその出来栄えに納得すると、里香に抱きついているみらいのもとへと足を向けた。
「ほーらみらい、さっきの雪だるまさんが生き返ったぞー。それどころか、みらいの優しさに感動して進化してきたぞー」
「……え?」
泣いていたために城之内の惨状を見ていなかったみらいは、博孝の声で顔を上げる。そして城之内を土台にして作られた雪だるまを見て、目を輝かせた。
「……おおきい」
「そうだろそうだろ。さあ、あの雪だるまはみらいのものだ! 好きにしなさい!」
博孝がそう言うと、みらいは喜び勇んで駆け出す。先ほどまでの泣き顔が嘘のように笑顔だ。そんなみらいの様子を見た博孝達は、微笑みながらみらいを見守る。
博孝としては、みらいのことが気になっている城之内に多少なり気を遣ったのだ。これで少しは失点を挽回できるのではないか、などと考え――更なる惨状が発生する。
城之内が入った雪だるまに突進したみらいは、文字通り飛びついた。一メートル超える雪だるまの胴体に抱き着くが、その衝撃で雪だるまが斜めへと傾く。
「……あれ?」
みらいが上げた疑問の声は、遅かった。男性生徒達が力を尽くして作り上げた雪だるまの胴体は、みらいの体当たりを受け止めても破壊されない。そして、それは不運な出来事だった。
「あっ、ちょっ、だ、誰か!?」
城之内が入った雪だるまが傾き、斜面に沿って転がり始める。みらいはきょとんとした顔でそれを見送るが、博孝達は大いに慌てた。
ゴロゴロと、徐々に加速して転がる雪だるま。護衛の『ES能力者』達でさえ、何が起きているのかと目を瞬いている。
「あああああああああああぁぁぁぁぁっ!」
ドップラー効果を残しながら転がり去って行く城之内。幸いというべきか、顔が地面に接することはない。それでも徐々に加速する雪玉と横に回転し続ける視界は、城之内から冷静さを奪う。男子生徒十五人がかりで押し固められた雪玉は氷のように硬く、脱出するのは容易ではない。
結局、騒ぎを聞きつけた砂原に救出されるまで、城之内は雪の斜面を転がり続けるのだった。
「正直に言って調子に乗った。すまなかった」
「じょーのうち、もういっかいやって!」
謝罪する博孝と、城之内に対してもう一度同じことをやるように要求するみらい。砂原が雪玉を真っ二つに叩き割って救出した城之内は、自分の身に起きた出来事を怒るべきか笑うべきか、それともみらいに再度の要求をされたことに喜ぶべきか悩んだ。
みらいの機嫌は完全に直っており、むしろ上機嫌になっている。よほど城之内のことが面白かったのか、城之内の周りをくるくると回っていた。城之内は喜ぶみらいの姿を見て、少しばかり鼻の下を伸ばしている。
「まったく……時間が来るまで遊ぶのは構わんが、貴様等は一体何をしているんだ?」
「すいません。しかし、アレは俺達としても予想外の出来事でして」
砂原の言葉に頭を下げる博孝。まさか、あれほどの騒動に発展するとは思わなかったのだ。砂原はため息を吐くと、拳骨を一つ落としてから他の生徒達を見回す。
「羽目を外すのは構わんが、外し過ぎるな。良いな?」
修学旅行ということで、大目に見てくれたのだろう。生徒達は元気良く返事をすると、予定通りスキーを開始する。
博孝達が利用しているスキー場は、斜面の傾度などによって難易度が分かれている。
緩やかでコブが存在しない初級コース。
傾斜がきつくなり、ところどころコブが存在する中級コース。
そして最も傾斜がきつく、コブだけでなくところどころに木が生えている上級コース。
この三つのコースに加えて、林間コースと呼ばれる林の中に設けられた雪道を滑る場所もある。林間コースについては傾度が緩く、それでいて雪で満たされた森林の中を滑ることができるため、初心者にも人気のコースだった。
前日の練習で多少なりとも滑れるようになったため、今日はどのコースでも利用できる。上級コースなどは無謀かもしれないが、『ES能力者』の身体能力を以ってすれば滑り降りることは可能だった。
「さーて、今日はどこで滑ろうか?」
「昨日でだいぶ滑れるようになったっすからね。中級とかにするっすか?」
博孝と恭介がどこで滑るかを相談すると、一緒に滑るつもりだった里香やみらいが眉を寄せる。
「うーん……初級でもちゃんと滑れる自信が……」
「……すべれない」
滑ることは可能だが、中級コースに行く自信はない。そう告げる二人に、沙織が口を挟んだ。
「それなら林間コースで良いんじゃないかしら? 滑るのもそれほど難しくないコースみたいだし、こんな機会がなければスキーにも来ないと思うわ。折角だし、滑れる場所は全部滑っておきましょうよ」
「おっ、沙織が良いこと言った。よし、それじゃあ林間コースにするか」
「それも良いっすね。楽しそうっすよ」
中級コースに行くつもりだった博孝と恭介も、沙織の言葉に同意する。折角の機会なので、滑れるコースは滑っておこうと思ったのだ。極力小隊単位で行動した方が良いため、博孝達も沙織の提案に乗った。
博孝達がそんな会話をしていると、傍にいた護衛の『ES能力者』が『通話』を開始する。『通話』の相手は、スキー場傍にある林の中で警戒を行っている同僚達だ。
『第一小隊護衛より各位、護衛対象が林間コースへ移動予定。そちらの状況を報告されたし』
『こちら陸戦索敵班、周辺に『構成力』の反応なし。野生動物も発見されず。ヒヨっ子共をエスコートされたし』
『こちら空戦索敵班、目視および『探知』での異常なし。生徒達には楽しんでもらえ』
『了解。護衛対象を誘導する』
博孝達の会話を聞くなり、周囲の護衛と情報を共有して危険がないかの確認が行われる。周囲の索敵を務めていた陸戦部隊員や空戦部隊員からは異常の報告がなく、博孝達の護衛についていた『ES能力者』二人は第一小隊を挟む形で移動を始めた。
『探知』による僅かな『構成力』の発現を感じ取った博孝は、周囲に視線を向けて護衛達の動きを観察する。
(なるほど……護衛対象が動く場合は、近くの護衛だけでなく全体にも連絡を入れて警戒に当たるのか。そんで、さり気なく護衛の立ち位置を変えると……ふーむ、勉強になるな)
内心でそんなことを呟く博孝。里香や沙織も護衛の動きに気付いており、互いに目配せを交わしている。
護衛というものは、護衛対象の生活を極力侵さないようにするものだ。無論、有事の際には護衛対象の安全を確保するために、問答無用で護衛対象を保護することもある。しかし、博孝達はスキーを楽しんでいる最中であり、差し迫った危険もないために何も声を掛けないのだ。それでいて護衛対象の安全を確保することに努め、周囲の警戒も怠らない。
見取り稽古にはうってつけだろう。護衛や護衛対象の人数、護衛する場所、護衛の期間などで方法は千差万別だが、生徒達を護衛する『ES能力者』達に手抜きはない。
狙撃可能なポイントを潰し、常に『探知』を発現することで敵性の『ES能力者』や『ES寄生体』が存在しないことを確認し、それだけでは安全ではないため通常の兵士を導入して目視での索敵も行っている。
護衛対象には悟らせないよう注意を払い、それでいて手抜かりなく。今回は生徒達の学習も兼ねているため、連絡の取り方や動き方は少しばかり大げさだ。しかし、生徒の多くは修学旅行というイベントに夢中であり、スキーに熱中しているため護衛達の動きに注意を払っていない。
実際には砂原が生徒達の動きを確認して、きちんと護衛を意識しているかもチェックされていた。“修学”旅行なのだ。旅行中は存分に楽しんで良いが、訓練校に帰ったら徹底的に絞ってやろうと決断する。
周囲の護衛の動きに変化があったのを横目に見つつ、博孝達はゴンドラリフトに乗って雪山の山頂まで移動する。林間コースは山頂から下るコースであり、リフトではなくロープウェイで運ばれるゴンドラリフトを利用する必要があった。
その際には、生徒が乗ったゴンドラリフトを護衛するために空戦部隊員が『飛行』でついてくるという徹底ぶりである。もしも外部から攻撃を受けても、空戦部隊員が対処をするのだ。
「護衛っていうのも大変なんだなぁ……」
「護衛対象の動きをしっかりと見て、その邪魔をしないように動く……難しいよね」
「俺達も、いつかはこういう任務をやることがあるっすかねぇ」
博孝と里香、恭介はそれぞれ護衛の動きについて語り合う。沙織は初めて乗ったゴンドラリフトにはしゃぐみらいを膝の上に乗せ、微笑みながらあやしていた。
雪で覆われた地面や木々を見下ろしながら、ゴンドラリフトが進む。速度はそれほどでもなく、移動中に雪景色を楽しめるようになっていた。博孝達は雪国出身ではないため、眼下に広がる光景を物珍しく思う。
山の斜面には針葉樹が多く、枝葉が白く雪化粧されている。雪原地帯のためか広葉樹はほとんど見受けられない。僅かながらに広葉樹の姿もあったが、いずれも背が低く、雪で覆われている。
「……ん?」
そんな中、何本かの広葉樹はほとんど雪が付着していなかった。風で雪が落ちたのだろうか、などと考えながら博孝は首を傾げる。冬場にしては珍しく、青々とした葉が雪原に映えていた。
「へぇ……こんな季節でも元気な木だなぁ」
「ん? ああ、あれはヒイラギの木かしら?」
博孝の声に反応した沙織が、視線の先を見て呟く。冬場でも青々とした、それでいて刺々しい葉を枝に付けたヒイラギの木は、白い雪原に緑の色合いを添えている。その姿には、どことない風情があった。
そうやって会話をしていると、ゴンドラリフトが山頂に到着する。博孝達はスキー板を手に持ちながら下りると、護衛の『ES能力者』が傍を固めた。周囲を見回すと、他の生徒の姿もちらほらと見受けられる。博孝達と同様に、林間コースに滑りに来たのだろう。
林間コースはスタート地点付近のみ僅かに傾斜が強く、その後は緩やかな下り坂だ。雪風が舞う林の中は、清涼な景観に満ちている。
スキーを始めたばかりのビギナーでも問題なく滑れるだろう。そう判断した博孝達は、スキー板を履いて雪原を滑り始める。
頬に当たる冷たい風と、清涼な空気。まるで肺の中まで洗われるようであり、日頃は訓練に身を費やす博孝達をリラックスさせる。速度はそれほど出ないが、景色が後ろに流れていくのを見るのはとても心地良い。
(まあ、『飛行』で飛ぶ速度に比べたら滅茶苦茶遅いけど、これはこれで……)
最近は『飛行』の訓練に励んでいる博孝からすれば、スキーでの移動速度は非常に遅かった。それでも雪の斜面を滑り降りる爽快感は病み付きになりそうである。
傾斜は緩く、カーブも少ない。滑るコースとしては非常に易しいため、里香やみらいも問題なく滑っている。みらいは少しばかり滑り方が危ないが、転ぶのも含めてのスキーである。それはそれで良い思い出になるだろう。
「いやー、これぐらい緩やかなコースでも楽しいっすね!」
「そうね。風が心地良いわ」
恭介や沙織も楽しげに滑っている。言葉通り心地良さを感じているのか、沙織は目を細めて微笑んでいた。先頭を滑る博孝は、背後のそんな声を聞きながら釣られるように笑う。
林間コースは幅がそれほど広くなく、二十メートル程度の道が整備されている。道の傍にはコースを間違えないためのネットが張られており、万が一にもコースアウトしないように設計されていた。
ところどころで木の枝がコースに突き出ているが、人の頭の高さよりも上である。思い切り跳躍しても届かないだろう。もしも木の枝にぶつかるとすれば、木自体が突然高さを変えなければ有り得ない。
――そして、博孝はその“有り得ない”事態に遭遇する。
順調に斜面を滑っていた博孝だが、カーブに差し掛かるなり突き出た木の枝が顔面目がけて迫ってきたのだ。
「おおっ!?」
咄嗟に上体を後ろに反らし、木の枝を回避する博孝。真後ろに反った状態で眼前を通り抜けていく木の枝は、見間違いでなければ“自分で”動いていた。
「っ! 避けろ!」
博孝が警戒の声を促すと、博孝の後ろに続いていた沙織と恭介がコースを変更する。そして再度振るわれた木の枝を回避すると、表情に驚愕の色を浮かべた。
「ちょっ!? 今、木の枝が殴りかかってきたっすよ!」
「何かの仕掛け……なんて甘いものじゃなさそうね」
博孝達の動きを見て、即座に護衛の『ES能力者』が近くに寄ってくる。『防殻』を発現し、即座に博孝達へ声を掛けた。
「全員即座に集合しろ! “敵”だ!」
そんな声を上げると同時に、木の枝が護衛の『ES能力者』へと振るわれる。見間違いでなければ、木の枝が伸び、鞭のようにしなりながら振るわれたのだ。
護衛の『ES能力者』は『盾』を発現して木の枝を受け止めると、共に護衛に就いていた陸戦部隊員へ視線を向ける。その視線を受け止めた陸戦部隊員は、即座に『通話』で近くにいる全ての『ES能力者』へ警戒を促した。
『こちら第一小隊護衛! 林間コースにて襲撃を受けている!』
コースの中央に寄り、一塊になって移動しながらの報告。博孝達は周囲に視線を巡らせつつ、前後を護衛の『ES能力者』に挟まれながら滑り降りていく。
そして、博孝は見た。自分達に並走している、“敵”の姿を。
木の枝を腕のように振るい、本来ならば土に埋まっているはずの根っこを足のように駆使して走る――ヒイラギの木。
その姿を見た博孝は、驚愕から目を見開く。本来ならば動くはずのないものが、自力で走っているのだ。
『敵は樹木タイプの『ES寄生体』だ! 各員、周囲の警戒を密にしろ!』
護衛の『ES能力者』がそんな言葉を放つのを耳にしつつ、博孝達とヒイラギの木の姿をした『ES寄生体』の鬼ごっこが始まるのだった。




