第三幕/2
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凛は風呂場で制服に着替える。万一にも雪音に着替えを見られないためだ。顔は女性らしい凛だが身体は違う。素肌を見られれば簡単に男だとバレてしまうだろう。
着替えを終えた凛は、女子制服は未だに慣れないなと苦々しい表情を浮かべつつ風呂場を出た。
「それじゃ、私もう行きますね」
時刻は七時半を少し過ぎたくらいだった。鞄とリュックを手に取り、玄関のノブに手をかける。
「今日も、学校か?」
どうやらコロッケ症候群(凛による命名だ)も落ち着いたようで、いつも通りの調子になった雪音が尋ねてきた。
「そうですよ」
「ならば、うちも行くぞ!」
「……え?」
凛は驚き、目を丸くする。
「うちの居場所としてそなたの住まいを提供してくれるのはありがたいのだが、一人で留守番は退屈なのだー」
雪音は目を爛々と輝かせて申し出た。しかし、
「だ、だめです! たしかに退屈だろうとは思いますけど……。できるだけ早く帰りますから、学校には来ちゃだめです」
雪音を学校に連れて行くのだけはまずい。
なぜなら、その場合凛は学校の中でも女装していなくてはならないことになるからだ。ほぼ間違いなく雪音は凛のそばにいるだろうし、そうでなかったとしても見つからずに一日をやり過ごすのは不可能に近い。
そもそも雪音を学校まで連れて行ってしまっては男子制服に着替えるチャンスがなくなってしまう。開き直って女装したまま学校で過ごすというのは論外だ。雪音に男だとバレるのも、クラスメイトから女装癖があると誤解されるのも大問題である。
「なんだ。うちが来ると迷惑なのか……」
しょぼんとする雪音を見ると「そうです」とは言えない。
「迷惑というか……きっと来ない方が平和というか……」
凛が男だとバレたら、極度の男嫌いな雪音のことだ。平和な解決は期待できない。
「む。さりげなく失礼な物言いだな。うちがくると平穏が崩れるのか」
「そういうわけでもないんですけど……」
「んぅ、なんだはっきりしない。ならばなにか。学校には平穏を喰らう化け物でもおるのか」
「化け物は――」
いないと言おうとして、ふと、なぜか妖しい微笑を湛えた魅魚の顔が浮かんだ。
「いないこともないです」
精神的な意味では、魅魚は凛にとって化け物と言っても過言ではない。
「そうなのか……。化け物が巣くっているとは、学校とはなんとも危険なところなのだな。――うむ! ならばうちが退治してくれよう。これでも腕には自信がある」
雪音は腕まくりをしながら言った。
「い、いえ! そういうのともまた違うので……」
なんだか話が不穏な空気へと変わってきてしまった。これ以上ややこしくなる前に、凛は話を強引にまとめることにする。
「とにかく、学校はだめです! 外を散歩するくらいなら文句ありませんから、それで我慢してください」
「んむぅ……。ま、それも悪くはないか。仕方のない奴だ」
渋々頷き、
「しかし今は散歩の気分ではないな。……そうだ! うちは寝ることにする」
雪音は冷蔵庫の前へ駆けていくと扉を開く。そして、あっという間にペットボトルとアボカド、中板を取り払ってしまった。
雪音は冷蔵室の中で寝るのがお気に入りになっているようだ。
だが、入るには中板を外さなくてはならないし、ジュースも出さなくてはならない。今は無いが食品だって同様だ。アボカドなら常温でも問題ないが、生鮮食材だとそうはいかない。そのため冷蔵室に居着かれると困るので昨夜「入らないでください」とお願いしておいたのだが……。
凛が注意する間もないくらいの早業で、雪音は冷蔵室の中へ入るとぱたんと扉を閉じてしまった。
「あぁ……なんて人だ……。でもまあ仕方ないか。今日くらいは、いいかな……」
一人で待っていなくてはならない雪音のことを考えると、あまり強く言うのも気がひける。今は食品も入っていないし、ジュースも出していた所で品質に問題が出ることはないだろう。
「わかりました。今日は冷蔵庫の中に入っていてもいいです。今日だけですよ。それじゃ、行ってきますね」
『うむ。気をつけてな~』
冷蔵庫と挨拶を交わしたような気分になりつつ、凛はアパートを出た。




