第三幕/1
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「おはよう、凛!」
威勢の良い雪音の声で凛は目を覚ました。
「ふぁぁ……おはよう、ございます。雪音さん」
凛は眠い目を擦りつつ、身体を起こした。
時計を見ると七時十分前だった。目覚ましをセットしているのが七時ぴったりなので、起床時間としてはちょうどいいくらいだ。
今日は剣道部の朝練が無いため、凛は七時半ごろに出発する予定である。ちなみに、三十分ほどで学校へつくので充分に余裕をもった時間設定といえる。
(……なんだか、ずいぶん昔の夢を見ていた気がする)
内容はおぼろげにしか覚えていないが、自分が子どものころの夢を見ていたような気がした。
それは、忘れたくても忘れられない、凛が両親を失った雪山での事故だ。両親に身体を抱きしめられながら、意識は薄れていき、そこで不思議な女性が現れた。
その後のことは、はっきり覚えていない。
気がつけば病院にいて、ベッドの脇で祖父が自分の手を握ってくれていた。
(そして、父さんたちは……)
――この世を去った。
祖父からそう聞かされたのだ。言うか言うまいか悩んでいるような表情だったが「大切な話がある」と辛そうに語ってくれた。
凛が生きていたことに関して医者は奇跡だと言っていたらしい。本来なら両親とともに凛も死んでいたはずだった、と。
しかし、そんなものは当時の凛にとっては嬉しいことでも何でもなかった。大切な両親がいなくなってしまった。あの事故のとき自分に何ができたわけでもないが、自分だけが生き残ったということが、まるで罪であるかのようにさえ感じられた。凛の胸を、もやもやとした重苦しい感情が圧迫していくようだった。
今でこそ、生きていてよかったと思えるようになった凛だが、それでも両親を助けられなかったことを――幼く無力な自分に何が出来たのかは別として――その悔しさを、無念を忘れたわけではない。誰かを守りたい。見ているだけの、守られるだけの弱い自分を変えたい、強くなりたい、強い心を持ちたい、そういった気持ちから凛は剣道を始めた。
剣道での稽古が、雪山での事故や人を助けることに直結するわけではないが、心の成長、肉体的な成長という意味では、ずいぶん変わったのではないかと凛は思っている。
(とはいえ、魅魚や幸太郎には振り回されてばかりだけど……)
「なに暗い顔をしておるのだ」
「うわぁっ!」
突然雪音の顔が目の前に現れ、凛は思わず後退する。
どうやら自分はずいぶんと不明朗な顔をしていたらしい。昔のことを思い出して、つい気持ちが沈みかけてしまっていた。
「いえ、なんでもないんです。朝ごはんの準備をしますね。すぐ、できますから待っていてください」
凛は笑顔を雪音に向けた。もちろん作り物の笑顔などではない。
「んぉ。そなたの笑った顔を初めて見たような気がするなあ!」
雪音は珍しいものを発見したかのような声で言った。
「そうですか? そんなにいつも暗い顔をしているつもりはないんですけど……」
「いや、そういうわけではないのだが……。いつも困ったような顔や慌てているような顔ばかり見ているような気がしてな」
「ああ、なるほど……」
その原因はあなたです、と凛は心の中でつっこみを入れた。
「んむ。そなたは、笑っているのが一番だ!」
とびきりの笑顔で雪音は言う。
凛は同じことを雪音にも言ってあげたいと思った。雪音さんも、笑顔が一番素敵です、と心の底から思った。だが、それは心の内に秘め、
「はい。そうします」
短く答え、立ち上がると朝食の用意にとりかかる。
心が弾む。そのむず痒い感覚は、けれど妙に心地よかった。
「どうぞ、昨日と同じですけど」
凛は冷凍のままのから揚げを雪音に渡した。自分のものはもちろん温めてある。
「んむぅ、から揚げもよいが……うちはやはりころっけが食いたいぞ。うあー。ころっけだー、ころっけが食べたいのだー」
駄々をこねる子どものようである。雪音は冷凍コロッケが非常に気に入ったようで、昨日の夕飯でも似たようなことを喚いていた。
箸が使えないらしく手でから揚げをとる雪音はそれを物足りなさそうに眺めている。
そして口へ運ぶ。から揚げそのものに文句は無いようで美味そうに食べてはいるが、少々不満げだ。
「うぅ……ころっけ……」
「コロッケ、今日はちゃんと買ってきますからね」
昨日も言ったような気がするが、うっかり忘れてしまわないように改めてもう一度口にする。声に出した方が、ど忘れもしにくいだろう。
「絶対だぞっ……絶対だからなあ!」
雪音はなぜか瞳を潤ませて懇願した。
あまり雪音のイメージに合わないその行動に凛はくすりと笑う。
どうやら、冷凍コロッケは雪音の冷静さを欠かせてしまうほどに彼女の心を掴んでいるようだ。




