第二幕/9
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通常通りに入店し、婦人服売り場である三階で二人はエスカレーターを降りた。
婦人服専門店ではなく一般的なデパートなのが救いだ。凛の緊張も幾分やわらぐ。仮にここが専門店であれば、場違いなところにいるという凛の緊張、不安、羞恥は容易に臨界点を突破してしまっていたことだろう。
白を基調とした明るいフロアに婦人服が並び、所々に派手な服や装飾をさせたマネキンが立っている。
外観そのものは置いている商品が違うだけで男性の売り場と大して変わりはなかった。
とある区画を除いて。
「あ、あぅ……」
凛はそこから目を逸らすが、魅魚にはあっさりと感づかれてしまう。
「あら、あとでそれも買うのよ。楽しみね」
問題の区画――下着売り場を一瞥して微笑した。赤面してしまう凛に構わず魅魚は歩を進めていく。
彼女の小さな背中を追いながら、
「そんな……さすがにそこまでしなくても」
見られるわけではないのだからいいじゃないかと言おうとして、しかし魅魚に遮られた。
「甘いわ。相手は女の人でしょ。男を騙すのとはわけが違うの。ぼろが出れば一発でバレるわよ。完璧に女装したとしても心細いくらいだわ」
若者向けの洋服が置かれた区画で魅魚は立ち止まり、商品を目利きしていく。同時に凛との会話もこなす。
「最近は寒い日が続いていてよかったわね。夏用の薄手の服だと線が浮いたり透けたりしちゃうでしょ。でも今の気温だったら厚着でもおかしくないわ」
魅魚はハンガーに掛けられた服を一着ずつ両手に取り、それらと凛とを交互に眺めた。
季節は夏だが、ここ数週間は寒い日が続いているため、数は少ないものの秋冬物の服も置いてあった。魅魚の手にあるのもそれである。
「せ、線……」
ぼそりと呟いた凛に、魅魚が感情の読み取りにくい視線を注ぐ。
「あら。あなたでも幸太郎みたいな妄想をするのかしら。それとも正に今、しているのかしら。いけない子ね。ふふふ」
魅魚はわざと背中を見せるように後ろを向いた。薄手のスクールカーディガンを着ているので何か見えることはないのだが、それでも少しドキっとしてしまった。
さらに妖笑され、相対している凛の全身からは冷汗が噴き出してきた。
「ぜ、ぜんぜん。そんなことないよ……」
「ウソね」
さっと流し、魅魚は服を手に取っては戻し、次を取ってはまた戻すという作業を繰り返している。
凛に似合うかどうか品定めをしているようだ。凛の女装する目的がなんであろうと、魅魚の目的である『凛を女装させる』に趣旨が合致するため、服選びそのものは真剣である。
そしてようやく、魅魚の厳しい選考をくぐり抜けた一着が凛の身体にあてがわれる。
「………………」
「ど、どう……かな?」
服が似合っているかどうか。魅魚は無言で吟味しているため、良し悪しを凛の方から問いかけてしまった。
魅魚は未だ無言。
そして、十数秒の沈黙が過ぎたところで、
「ダメね。印象が明るすぎるわ」
服を元の場所に戻し、再び選別を始めた。
真剣なその姿にやはり魅魚も女の子なんだなと凛は改めて思う。
態度や表情からは感情を推測しにくいが、なんだかんだで楽しんでいるように見えた。
「これはどうかしら」
再び服をあてがった。
そして、沈黙。
凛に似合うかどうかを吟味しているだけなのだろうが、じっと眺められるとどうも落ち着かない。魅魚の視線というのは、相手の心の中まで見透かしてしまうような鋭さと力強さがあるからだ。
「まあまあね。それじゃ着てみて」
魅魚は凛に洋服を手渡すと、試着室の前へと先に向かった。そして凛の方へと振り返る。
「さあ。来なさい。そして着なさい」
そのときカーテンの前に立った魅魚が浮かべた表情は悪魔か女王様か、どちらかだろう。
凛は顔を真っ赤にしながら近寄っていく。
「き、着るのっ? 着なきゃだめっ?」
周囲を確認しながら小声で問う。
ざっと見た限り近くに客や店員はいないようだが、だからといって、おいそれと着替えられるほど凛の精神はタフではない。
「買う前に試着するのは当然でしょ」
魅魚はいつもの調子だ。
「それはそうだろうけど……」
「今、あなたは女の子よ」
渋る凛のスカートを、魅魚がぐいぐいと引っ張った。
「ちょ、ちょっとやめてっ」
慌ててスカートを手で抑えた。凛の顔は赤を通り越して真紅に染まっている。
「早くしなさい。他にも何着か買うのだから」
「う……うぅ……。わかったよ……」
凛は観念して、試着室の中へと入った。




