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雪姫の夏  作者: 杏羽らんす
第二幕『女装遊戯』
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第二幕/7

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 剣道部の朝練も、午前の授業もつつがなく終了し、昼休みになった。

 今後、凛は学校での男としての生活と、自宅での女としての生活の、言わば二重生活をしなければならない。そのことを考えると気が滅入る凛ではあったが、できるだけ普段通りにふるまっていた。


 いつも以上に寒いからだろうか。今日は教室で昼食をとっている生徒が多かった。凛も幸太郎と二人、教室で昼食をとっている。購買でパンを買ってきたのだ。

 そのうち魅魚も来るだろう。彼女は別のクラスの友達グループと一緒に昼食をとっているらしいのだが、教室に戻ってくるのはわりと早い。


 唐突に、

「凛よ。オレはそろそろこの高校に、新しいランチスタイルを提唱しようと考えている」

 凛と向かい合うように前の席に腰掛けていた幸太郎が、重大発表をするような重々しい口調で言った。


「現在! 我が霞西高校でとられているランチスタイルにはどんなものがある!」


 勢いよく立ち上がり、幸太郎は風を切るように右手を振った。

 その勇猛な熱のこもった弁舌にたじろぎつつ凛は考える。


「えぇと……購買、学食、あとはお弁当……くらいかな? 学校の外には出られないし」


「その通りだ凛。では、メニューにはどんなものがある」

 問いつつ、幸太郎は左手に持った焼きそばパンを一口食べた。


「うーん。購買にはパンくらいかなあ。学食には麺とか定食もあるけど。持参のお弁当は人によるし……」


 幸太郎の問いに答えつつ何の意図があるのか凛は考える。幸太郎のことだからくだらない結果にしかならないとは思うのだが、さっぱりわからない。

 しかし考える必要は無いと言わんばかりに幸太郎はあっさりと提唱した。


「そう! この学校の昼食は普通すぎるのだ! この感受性豊かな思春期の我ら学生に、普通の昼食など健やかなる成長の抑制にしかならん! ああ平凡! ああ退屈! いいか……必要なものは虚をつく意外性だ!」


 よくわからない主張を展開しつつ、幸太郎は再び焼きそばパンにかぶりついた。さっきより動作が荒々しい。


「ずっとオレは考えていた。どうすればこの平穏かつ平凡な現状を打開できるのか。考えに考え……やっと、ある結論に辿り着いた。そのときオレは感じたよ。背筋に雷が落ちた! ああ! なぜ今まで気が付かなかったのだろうか! ヒントは至るところに堂々と提示されていたのに! しかしそれに気がついたとき、全身をカタルシスが駆け巡った!」

「そんなにすごい考えが……? それっていったい……」


 幸太郎の熱意と真剣さに凛も考えを改め、構え直す。


 ふふん、と一拍おいて幸太郎は言った。

「キーワードは、女体研究と女子高生の昼下がりだ」


「え」

 真面目な話なのかと思いきや、出てきたワードに凛の期待は瓦解する。


「結論! オレは提唱する! それは……ずばり! 昼食女体盛り法案だ!」


 凛は心の中で、またか……と溜め息をついた。

 それを代弁するかのように「また幸太郎がなんかほざいているわよ!」「変態すぎるわ……」「あいつと同じ空気を吸っているなんて嫌ぁ……!」「淫獣もあそこまでいくと天然記念物ね」「やっぱり死ねばいいのに」と教室にいる生徒が多いぶん、いつも以上の非難の声が聞こえてくる。


(……僕、なんで幸太郎と友達なんだろう……)


 そんな凛や周囲の人間たちの反応には脇目も振らず、幸太郎は校則の壁さえ跳び越えた法案の内容について説明を始める。


「この法案はその名の通り、昼食を女体盛りにするというものだ! こうすることにより男子生徒の健やかなる成長はぐんぐんと促進され……おっと、誰か来たようだ」


 幸太郎が饒舌だった語りを止めた。その視線の先には教室へと戻ってきた魅魚の姿があった。


「よし、論より証拠、百聞は一見に如かずだ。オレが実例を見せてやる」


 幸太郎は自分の鞄を取り出し、中を漁りだした。


 その間にもアボカドジュースのパックを吸いながら魅魚が向かってくる。


「また幸太郎が馬鹿をしているのね」


 挨拶代わりにそう言うと、空いている凛の隣の席へ腰掛けた。

「今日の剣道部、放課後の練習は休みだそうよ。掲示板に書いてあったわ」


 戻ってくる途中に見てきてくれたのだろう。なんだかんだで気の利く一面も持っている。


 とその時、鞄から何やら取り出した幸太郎が魅魚に語りかけた。

「おう神谷。よく来たな、待っていたぞ!」


「あなたのためじゃないわ」

 冷ややかな声で魅魚は言い捨てる。


 しかし、幸太郎もそれには慣れているようで、めげずに話を続ける。

「そう高慢かつ冷淡な態度をとるな。今日はな、神谷にプレゼントを用意してきたんだ」

 ふふん、と意味深な笑みを浮かべつつ幸太郎が差し出した手には、コッペパンがあった。


「…………」

 魅魚はアボカドジュースを吸いながら、無言でただそれを眺めている。

 それが何なのかと尋ねないあたり、よっぽど興味がないのだろう。


 しかしそれさえ想定通りとでも言うように、幸太郎は勝手に解説を始める。


「これはな、神谷のためにオレがわざわざ早起きして作った特製アボカドパンだ!」


 ぐいとパンを持った手を突き出す。魅魚の好物で釣る作戦のようだ。よく見るとそのコッペパンにはスライスしたアボカドが挟んであった。


「さぁ!」


 突き出した手をさらに前方へと差し出す。


「さあ! さあ! さあ!」


 魅魚の顔の前でアボガドパンを静止させた。食べろ、という意味だろう。


「うふふ。ありがと」

 妖しくほほ笑むと、魅魚はパンを受け取る――


「んぐぉっ!」


 と見せかけて、幸太郎の口へ押し込んだ。幸太郎は口を押さえて、打ち上げられた魚のように床を跳ねまわった。


「馬鹿ね。そのアボカド、全然熟していないわ。買ってすぐに使ったんでしょうけど、それだと固いし苦味があるし、美味しくないのよ。日本のお店で売っているアボカドは店頭では完熟していないから何日か放置した方がいいの。バナナみたいにね」


 まさかスライスして挟まれたアボカドを見ただけで、熟している度合いがわかるとは……と、凛は魅魚のアボカド好きを恐ろしく思った。


「うんぐぁっ! ぐおお! んぬぅい!」


 アボカドパンを口に含まされた幸太郎は、もがき苦しんでいた。

 しかしアボカドの固さや苦味が原因にしては大げさだ。

 全てを飲み込んだ――飲み込んでしまった幸太郎が、目を血走らせ必死の形相で叫ぶ。


「ぐはぁっ! こ、このパンには『神谷を眠らせ、その隙に女体盛りの舟にしてしまう大作戦』を実行するための促進剤と睡眠薬が仕込んであったのに……!」


(……睡眠薬はともかく促進剤って、いったい何の……)


「説明お疲れ様」


 魅魚の言葉を合図にするかのように幸太郎は痙攣したまま教室の床に倒れこんだ。

 同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。まるで試合終了のゴングのように。


 ビクビクと全身を脈打たせているのだが大丈夫だろうか……。被害者が幸太郎でなければ大事件である。


 教室からは魅魚を称え、幸太郎を罵倒するざわめきが溢れ出していた。「これで静かになったわ!」「おめでとう魅魚ちゃん!」「やっと死んだのね!」拍手喝采だった。


 凛は幸太郎に近寄る。

「変なこと企むから……」


 二人のいつものやり取りにも慣れきっており比較的冷静な凛は、うつぶせの幸太郎を仰向けにしてやった。うつぶせのままというのは死体のようで不気味だったからだ。


 保健室へ連れて行こうかとも思ったが完全に眠っていて(死んでない……よね?)連れて行きようがないため、諦めて様子を見るに留める。幸太郎なら大丈夫だろう。


 魅魚はいつも通りの微笑を湛えながら幸太郎の状態を分析する。

「こんなに即効性の強い睡眠薬だなんて、どこで手に入れたのかしら。それとも一緒に入れたという促進剤が変な化学反応でも起こしたのかしら」


 もう痙攣は治まり表情も見る限りでは安らかだ。安らかな眠りについてしまったとしたらそれはそれで問題だが、さすがにそれはないだろう。


「ところで。あなた、放課後は時間あるわよね」

 幸太郎には興味がなくなったかのような顔で、魅魚は凛の方を見た。


「うん。剣道部が休みになったんなら、特に用事はないよ」


 魅魚が席を立つ。

「そう。それじゃ、放課後は買い物にいきましょ。あなたのお洋服を買いに」

 妖しく目を光らせ、にやりと笑った。

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