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2.悲しげな【聖女】さま


「母さん、荷ほどきも終わったし、夕飯までちょっと出かけてくるよ」


 しゃべると母さんのビンタで切れた唇が痛む。

 運悪く歯が当たったんだな。

 俺の努力もむなしく、結局、傷薬の瓶を割ったのがバレてひっぱたかれたからだ。

 外の空気でも吸わないとやってられない。


 家庭内暴力、はんた~い!

 虐待だぞ、ぎゃくた~い!


 まあ、前世の世界ならそうなるわな。

 でもこの世界じゃ、こんなことは日常茶飯事だ。

 しかも元はといえば傷薬の瓶を割った俺が悪いんだし。

 むしろ傷薬の原価が意外と高いことを考えると、自分のことながら母さんに同情したくなるわ……。


 そもそも俺は【商人】には向いてないんだよ。

 なんつーのかな、客と会話しながらの会計もつい会話に集中しちゃうし、棚に品を並べる単純作業も好きじゃない。

 職業ってのは小さな得手不得手に影響する。たとえば職人系の職業は細かい作業が得意だったり、力作業が苦手だったりね。


 そして俺が店番するより、母さんが店番する方が売れ行きがいいんだ。

 母さんはスキル<商売上手>を持っていて、お客さんに追加でいろんな物を買わせたり、ふらっと来た一見さんを常連にしたりと、まさにうちの店にはなくてはならない存在だ。

 一方、父さんはスキル<交渉上手>といって、仕入れの契約を有利に運べるスキルを持ってる。

 これはちょっとレアなスキルらしくて、うちみたいな何の特徴もない小さなお店がそこそこやって行けてるのは、父さんのおかげだろう。


 しかし。

 我が家の一人息子である俺は、【商人】じゃない。

 このままだとものすごく【商人】向きのお嫁さんをもらわない限り、うちの店は潰れる。


 でも大丈夫!

 時々夜遅くに、父さんと母さんが隣町の伯母さんの家から養子をもらおうかって相談しあってるからな。

 そんで店主を継いでもらって、俺を店員として雇ってもらうんだとか。

 伯母さんのところは隣町で大きな食料品店をやってて、三人いる息子のうち三人ともが【商人】だ。何とも羨ましい限り。

 みんないいやつだから、どうぞ養子にもらえばいいと思う。

 父さんも母さんも俺に遠慮してか、まだ結論は出してないみたいだけど。


 大通りに出ると、春らしい爽やかな風が頬をなでていく。

 緩やかな坂のその先には、真ん中に大きな噴水のある中央広場が見える。

 天気がいいからか、今日は特に人出が多い。


 ここモルタって町は東の王都と西の港町を結ぶ街道沿いにあって、そこそこ大きく特に商業が盛んだ。しかも町の近くには林や湿地、岩場といったダンジョンが発生しやすい地形があって冒険者も多かった。

 つまり、この地方ではそこそこ栄えてる町だってこと。

 あ~あ、俺も【商人】だったらこの町にジャストフィットだったのになぁ。


「あら、雑貨屋トゥドーのアタルくんじゃないの。ひさしぶりだわぁ」


 パン屋のおばさんがショーケースの向こうから声をかけてくれた。

 転職の儀以降、俺はすっかり意気消沈して、店番以外は引きこもってるか出かける時もなるべく裏道を通っていた。

 だからおばさんに会うのも一年ぶりくらいかな?


「あ……こんにちは。今日は天気がいいから少し散歩しようかと思って」

「そうなの、最近はあったかい日が続いているものねぇ。そうだ、これ、ちょっと形が悪いけど良かったら食べて」


 おばさんがショーケースの脇からパンの包みを出してくれた。


「わぁ、ありがとうございます! おばさんのパン、フワフワだしほんのり甘くて大好きなんです」


 そういえば小さい頃、俺が母さんに怒られて店前でしょんぼりしてると、よくこうやって売り物にならないパンをくれたっけ。

 まったく、この町のみんなはいい人達ばかりだよ。

 俺の職業は役立たずだってのに、こうやって俺の事を気遣ってくれるし。


 ……いや、まあ、ごく一部は嫌なやつもいるけどね、転職に失敗したってからかってくるような。

 でもほとんどの人はこのおばさんみたいに俺に優しくしてくれる。

 その同情がまたいたたまれなくて、なかなか外を出歩く気になれなかったわけだけど。


「やだ、お世辞なんていいのよぉ。雑貨屋トゥドーさんにはいつもお世話になってるんだから。じゃ、お散歩楽しんでね」


 俺はおばさんに頷きながら軽く手を振って、大通りを下って行く。

 通りの両脇には大小様々なお店がみっしり並んでいる。その一角、雑貨屋トゥドーが俺んちだ。

 前は誰かの口からうちの店名を聞くと、ちょっと誇らしい気持ちになったもんだ。小さくてもけっこう繁盛してるからね。

 でも今はちょっと複雑。

 なぜかって?


「俺が異世界転生したのって、やっぱり女神さまのお導きなのかなぁ……」


 そうとしか思えない。

 いや、お導きというより、いたずらとか気まぐれって感じ?

 だって役に立たない職業なんだぜ?

 そしてなにより、俺の名前はアタル=トゥドーだ。

 俺の前世の名前、東堂渉(とうどうわたる)と関係ない……わけないよな!?

 だから店の名前を聞くたびに、今や忘れ去りたい黒歴史である東堂時代を思い出しちゃうってわけだ。


「女神さまって一体なんなの……いや、まあ、俺の名前をつけたのは父さん母さんなわけだけどさぁ」


 会えるなら一度でいいから会ってみたいよ、本当に。

 どんな考えで俺を異世界転生させて、前世と同じ【プログラマー】にしたのかって。

 職業ってものがこの世界でどんだけ大切なのか、分かってるはずなのにさぁ。


 そんな風に心の中で嘆きながら中央広場まで来たとき、情けない懇願の声が耳に飛び込んできた。


「頼むよぉ! 【聖女】さまなんてそうそういないんだ。君が抜けたら、俺たちCランクの依頼もクリアできなくなるってぇ〜!」


 なっ、【聖女】だって?

 職業【聖女】は【剣聖】オベリオのパーティーで回復役を務めたことで有名な、レア中のレアな職業だ。

 聖職者の中でもっとも貴重で、女神さまの強力な奇跡を呼び起こせる最強の回復職のはず。

 つまり俺のゴミ職とは真逆ってわけ。

 そりゃ、どんな人なのか気になるってもんだろ?


 噴水のすぐ横、聖職者用の白い礼服を着て両手杖を背負った、華奢な後ろ姿があった。

 中央広場は町の中心だから人の往来がそこそこあるけど、その後ろ姿は服の色のせいか、ひときわ輝いて見える。


 この女の子が【聖女】なのか?

 背中に流れるのは淡い水色の髪だ。このあたりじゃあまり見ない色だなぁ。

 前世と違って、この世界では頭髪や目の色はカラフルだからおかしいわけじゃないんだけど。


 むしろそんな世界で、なんで俺だけ前世と同じ黒髪に黒い目なわけ?

 父さんの血筋らしいけど、父さんは黒髪に茶色の目なのにさぁ。


「すみません、でも私……やっぱり抜けた方がいいと思うんです。みなさんのためにもそうした方がいいかと……」


 後ろ姿同様、儚げなその声は困惑気味だ。

 パーティーから抜けたいのに引き留められて困ってるってところか。


 周りを取り囲んでるパーティーメンバーは全員男で、言っちゃ悪いが冴えないやつらばっかりだった。

 ひょろっと痩せてて顔色の悪い【戦士】に、大柄で小太りの【シーフ】、分厚い瓶底眼鏡に無精ひげの【魔法使い】。

 なんか……う~ん、前世の世界で言うとアイドルに群がるキモオタって感じだ。


 なんたってこんなパーティーに【聖女】の女の子が?

 気になった俺はさりげなく噴水横を通って、彼女の正面に回った。


「おぉ……」


 一番に目が行ったのはその瞳だった。

 大きな瞳は淡いパープルで、磨き上げられた宝石のよう。わずかに潤んで伏せられたそれは、じっと見てるとこっちまで悲しくなってくる。


 歳は俺と変わらないように見えるのに、苦労でもしてんのか? 少し痩せた頬とか薄い肩とか、全体がどことなくやつれていて「薄幸美人」って言葉がぴったりだ。

 そんでもって、折れそうに細い右腕をひょろガリ【戦士】に両手でがっしりつかまれていた。


「イリスちゃん、そんなこと言わないで頼むよぉ!」

「そうですぞ、我々を見捨てないでいただきたい! あなたこそが我々の最後の希望っ」

「ですけど、その……コルトさまとヨーゼフさまの喧嘩は私のせいですし……この前のバンディさまがパーティーから抜けたのだって……」

「それはイリスちゃんが可愛すぎるからっ……じゃなくって、喧嘩なんて男同士なら良くあることなんだって! ね? それに次は渓谷の方に行こうって約束してたじゃんかぁ。だからせめて、最後にこの依頼だけでも頼むよぉ」

「おら、今度は絶対に役に立つから、一緒に行こぉぜ~!」


 男達は恥も外聞もなく必死だ。

 その必死さ故に、いつの間にか俺だけじゃなく何人もの人々が足を止めて遠巻きに見ている。


 どう見てもあのキモオタパーティーの中で彼女だけ浮くよなぁ。

 てか、彼女なら外見的にも職業的にも、もっとランクが上のパーティに入れそうなもんだけど。

 まさか何か弱みでも握られて、仕方なく三流パーティーに付き合ってたとか?


 そんな風に考えながら、彼女の悲しそうな目と男達の必死な様子を見ていたら、なんだかじっとしていられなくなった。


「よし!」


 一言気合いを入れると、俺は思いきって彼女の方へ歩いていった。

 そしてこっちに気づいて俺に視線をくれた彼女に、思いっきり笑顔を見せる。


「あ~よかった、ここにいたんだね! 君の新しいパーティーのリーダーにさ、呼んできてくれって頼まれて探してたんだ。みんな、もうギルドで待ってるよ」


 大げさなほど爽やかな声でそう言って、俺は男につかまれているのとは逆の彼女の手首を、ぐいっとつかんだ。

 そのあまりの細さに一瞬びっくりするも、ここは勢いが大事。

 さりげなく引き寄せる。


「え、新しいって……」


 俺はすかさず、困惑する彼女の声にかぶせた。


「それじゃ、失礼しまーす! あっ、そうだ、これ良かったらみなさんでどうぞ〜」


 呆然としているひょろガリ【戦士】に、もったいないけどさっきもらったパンの袋を押しつける。

 すると男は戸惑った様子なものの、反射的にか両手で受け取った。

 つまり彼女の腕を放したってことだ。


「そのパン、西の大通りを上った先のお店のだから、気に入ったら行ってみてくださいね。それとそのすぐ近くに俺んちの雑貨屋トゥドーがあるから、傷薬や保存食がご入り用の際はどうぞご贔屓に〜」


 そこまで一気にまくし立てて、俺は彼女の腕を引っ張って歩き出した。


「雑貨屋? ……え、ちょっ、イリスちゃん! 新しいパーティーってどーゆーこと!?」


 作戦成功!

 戸惑うひょろガリ【戦士】の声を背に、俺は彼女を連れて小走りに中央広場を去ったのだった。



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