1.店番【プログラマー】は冒険者に夢を見る
こじんまりとした正方形の店内には、床から天井までみっしりといろんな商品が並べられていた。
鍋やタワシといった生活用品から、お菓子や保存食なんていう日持ちのする食品、そして冒険には欠かせない傷薬や毒消し、はてには安物の片手剣まで売ってたりする。
棚と棚の間も狭いし、ごちゃごちゃしてて歩きづらいけど、これでいて意外と人気なんだよな、うちの店って。
俺はそんな店の端っこのレジで傷薬の瓶を数えながら、慎重に紙袋に入れていた。
がさつにやって割ると母さんにしばかれるからな。
すでに先週、うっかり三本もまとめて割っちゃってるし。
「さっきギルドに顔を出したんだが、西の渓谷のダンジョンがいくつか出ていたよ。あそこはワーウルフの集落があって上級者向けだったんだが、この間、Sランクのパーティーが一掃したらしくてな」
すかしたザ・【戦士】って感じの男が、俺の前に立つ女性の肩に手を置いて、朗らかに話しかけている。
背負っている馬鹿でかい両手剣はかなりいかついが、身体はほどよく引き締まっているし、少し面長な顔立ちは整ってると言えなくもない。
「え~でも怖いわぁ。ダンジョンにワーウルフの生き残りが逃げ込んでいるかもしれないじゃない?」
彼女はその服装からして【魔法使い】か? 華奢で繊細な飾りのついた片手杖を腰に下げてるし。
少し化粧は濃いけど、ぽってりした唇と垂れ目がセクシーだ。
ただし、こびるように大げさに怖がっているのが丸わかりなのは残念。
「はははっ、それなら私が先に偵察しますよ。ある程度、安全が確認できてからダンジョンに入ってきていただきます」
ザ・【戦士】の後ろから、今度は長い髪を後ろで結った、これまたキザな感じの優男が割り込んでくる。
軽装備なのと腰に下げてる短剣や道具入れからして、【シーフ】かな?
普通、ダンジョンに潜るときは【シーフ】が先頭を歩いて罠がないか確認しながら進むもんらしいし。
あ~あ、いいなぁ、冒険者。
モンスターと戦うから危険と隣り合わせだけど、子どもはみんな憧れてる。
ほとんどが親と同じ職業に転職するって分かってても、「もし冒険者に転職したら?」な~んて夢を見て、色々語りあったもんだよ、俺も。
まあ、冒険者がそんな風に勝ち組職業みたいになったのは今から二五〇年ほど前、【剣聖】オベリオが魔王を倒してからだけど。
深手を負った魔王はそのまま姿をくらまして、モンスターたちは大々的に町を襲うようなことはなくなったんだとか。
そんな平和な世になってから、冒険者たちに仕事を斡旋する組織としてできあがったのがギルドだ。
モンスターはそれぞれの生息地に留まって自由気ままに生きてるけど、小さな村や旅人なんかを襲うことがあるし、モンスターから獲れる毛皮とか角や牙とかが高価で取引されるから、モンスター討伐の需要はたっぷりある。
そして冒険者と言えば、ダンジョンだ。
魔王がいなくなってからも一定期間であちこちに湧き出るダンジョンは健在で、難易度が高ければ高いほど高価な宝物が眠っているんだとか。
「う~ん。じゃあ、せめて明るい時間に行きましょ?」
「いいですよ、あなたのおおせのままに」
「よし、決まりだな。いい時間だし、そろそろあいつらと合流しよう。おい坊主、まだか?」
ガシャン!
「ああっ、申し訳ございません! 今すぐ新しいものと取り替えますので!」
「はぁ……急いでくれよ」
冒険者に思いを馳せていた俺は、急に「坊主」と呼ばれたショックでガシャンとやってしまった。
あ~あ、母さんが帰ってきたらしばき倒されるわ……。
俺は急いで割れた傷薬の瓶と濡れた紙袋をレジ台の端によせる。
そして今度こそ全神経を集中して丁寧に瓶を袋に入れ、男二人と女一人の三角関係チックな三人組は去って行った。
それにしても品物を割って余計に時間をかけたってのに、ため息だけで許してくれるなんて……あの【戦士】、案外良いやつなのかもなぁ。
でもさぁ、とっくに成人の儀を終えた十六歳に向かって「坊主」はないだろ?
そりゃ俺は平均身長より、ちょっとだけ小さいさ!
髪と目はこの地域にしちゃ珍しく真っ黒。さらに色も白くてなまっちょろいし、筋肉がつきづらいのか身体も細い。数年前まで女の子に間違われることもあったなぁ。
だから子どもに見えても仕方がないのかもしれないけど……。
それに。
チラリと左手首に目を向ける。
袖から覗くさえないグレーの職紋。
こんな地味な色の職紋、少なくともこの町じゃ見かけない。
だからあの【戦士】も目に入らなくて、俺が子どもだと思ったのかも?
俺の職業が【プログラマー】という、黒歴史な前世と同じ職業だと分かったのは、一年ほど前。
司祭さまには励まされ、友達や近所の皆さんにもこれでもかってくらい慰められた。
司祭さまの言うとおり、ごくまれに俺みたいなやつがいるらしい。
だから自分だけじゃないんだから元気をだせ、とな。
隣の武具屋の奥さんは、おじいちゃんの友達が【ニート】という職業で、結局、親の残した遺産で食いつないでギリギリの生活を送りながら天寿を全うしたんだとか。
う~ん、この世界にも【ニート】がいるとはねぇ……。
それに角の飲み屋の親父さんによると、世界を救ったとして有名な【剣聖】オベリオの末の息子は【放蕩息子】という職業で、その名の通り親の金で遊んで暮らすろくでもない男だったものの、なんと二十歳を過ぎて上級職に転職したらしい。
上級職に転職できるのは全人口の二割程度で、よほどの才と日々の努力が必要だって言われてる。
だから、すごい職業に転職したのかと思ったら……【ヒモ】だってよ。
それって職業なのか!?
いや、【放蕩息子】も職業じゃないと思うけども!
ま、それで貴族のお嬢さまの恋人になって、一生働かずに生活したんだとかなんとか。
って、ふざけてはいけない。
そんな無職野郎と一緒にすんな!
少なくとも【プログラマー】は【ニート】や【放蕩息子】とは違って、ちゃんとした職業なんだぞ!
……俺の前世の世界では、だけどさぁ。
「アタル? ただいま。母さんが店番変わるから、あんたは昨日届いた荷をほどいてくれるかい?」
店の裏口から母さんの声が届く。買い物から帰ってきたんだ。
「あっ、やば!」
傷薬の瓶を割ったのがバレたら、ヤバイ。
俺は急いで濡れた紙袋と割れた瓶を片付け始めたのだった。




