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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第二章 獣に逢っては獣を斬り
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魔境の森

 準備を整え、会議室を奥に抜ける。俺の部屋とは逆方向だ。そうするとまた長い通路があるので、そこを進み、突き当たりのエレベーターで地上まで一気に上昇する。


「こんなところに出るのね」

 エレベーターから降りると、アイギス本部の北に位置する倉庫区域へと繋がっている。コンテナが蟻の行列のように並ぶここは、武器・衣服・食料・消耗品など、様々な物が運び込まれる物流の入り口だ。

 エレベーターは、そんな倉庫区域の隅――人目を避けるように建てられたプレハブ小屋の内部にある。ここも当然立ち入り禁止となっている。


「一応、ここから地下に行くこともできるから覚えておけ。このエレベーターを使うには、側面の操作パネルに9266と入れてスイッチを入れろ。二回連続で間違えた数値を入れるとTNTが起動するから気をつけておけ」

「9266ね覚えておくわ」

 このエレベーターのことを口外しないように咲耶に念押ししつつ、新しい携帯端末を取り出す。俺はすぐに端末を壊すので、自室に予備が十個ほどストックしてある。


「まずは雪月と合流か……」

 端末を操作し、雪月に通話をかける。


『……出撃?』


 繋がると同時に、そう切り出す雪月。出会った当初から変わらないフラットな声に、思わず苦笑する。こちらが何も言わなくても、意をくんでくれるのはいい女の証だ。


「ああ。車でいつもの場所まで」

『……すぐ行く』

 通話を切り、携帯端末をポケットに突っ込む。今度は壊さないように気をつけよう。


「場所を移すぞ。雪月が迎えに来る」

「雪月さんって、昨日車を運転していた女の人よね? あなたの部下……なんだっけ?」

「そうだ。昔俺が拾って、今まで世話をしている」

「仔犬みたいな言い方するわね……でもまあ、面倒見いいのね。彼女もユーザーなの?」

「ああ。機会があれば雪月の能力も見ることがあるだろう。何かと有能で、絶対に俺を裏切らない。世界で一番信頼を置いている女だ」

「意外。あなたものろけ話とかするのね……恋人なの?」

「ただの部下だ。それと、のろけてない」

「そう照れなくてもいいじゃない。神だなんだと聞いていたから、少しは人間らしい一面があって安心しているのよ」

「人間らしいねぇ……俺にそんな感慨を抱けるのは、今のうちだけだ」


 ◆ ◆ ◆


 それからさらに場所を移し、アイギス本部から数百メートル離れた全国チェーンのコンビニまでやって来た。ここがいつもの待ち合わせ場所となる。コンビニで待ち合わせる理由は、運転中の飲み物や食べ物を買うことが多いからだ。


 俺たちの到着を予測でもしていたかのように、雪月はすぐにやって来た。

 挨拶もそこそこに、俺は車の助手席に乗り込む。咲耶は後部座席だ。


「……レイン、その女の子……」

 ミラー越しに咲耶を眺めていた雪月が、感情の見えない声と表情で俺へと問いかける。

「ああ、雑用として連れ回す」

 雪月の疑問に答えつつ、カーナビに目的地を入れる。到着予測時間は一時間後だ。

 俺も車の運転はできるが、高確率で人をひき殺すので、時司からストップがかけられている。律儀に従う義理はないが、下手に問題を起こすと面倒なのも確かなので、運転は雪月任せだ。


「……ん」

 雪月はそれだけ言うと、車をゆっくりと発進させた。国道に乗り、そのまま目的地に向けて近づいていく。


「……レイン、今日の標的は?」

「森に住んでいる片腕のユーザーらしい。命を奪うのだとか。怖いな」

「……わたしの役目は?」

「目的地の付近まで車を運転すればそれでいい。森の外で待機して、何かあれば駆けつけてくれ」

「……わかった」

 危なげなくハンドルを切りながら、雪月は運転を続ける。免許を取ってまだ一年足らずだというのに、慌てることもなく、模範的な安全運転だ。何でもかんでもそつなくこなす部下が居ると、ついつい甘えてしまうのが上司だ。


「ねえ、私はどうすればいいの?」

「咲耶は俺と来い。山中行軍の経験はあるだろ?」

「なくはないけど……あまり自身はないわよ。懸垂下降(ラペリング)の成績は真ん中より下だったし」

「んなことはしない。崖を登るのも降りるのも、俺が背負ってやる。問題は食糧と飲み水だ。ある程度は事前に用意しておくが、足りなくなれば現地調達になる」

「動物の狩りと、食用野草の判別くらいなら。――あなたは大丈夫なの?」

「俺は食事を必要としない。昨日言っただろ?」

「そう言えばそうだったわね……どういう構造してるのよ」

「肉体の維持が魔力だけでまかなえるんだよ。俺の体は、メシも毒もアルコールも等しく分解する。だがな、いいことだけじゃないぞ。満腹感を味わえないし、酒で酔うこともできない」

「別にいいじゃない。眠る必要もないんでしょ?」

「うまいものを腹一杯喰えて、ぐっすりと眠れることが、いつかとんでもない幸福だと気づくさ、お子様」

「なによ、大人ぶって」


 窓から外を眺めながら、咲耶は欠伸(あくび)を必死にかみ殺す。寝ぼけることができるのは、人である特権なのだろう。

 獣には、ゆっくり眠ることも許されないのだから。


 ◆ ◆ ◆


 到着したのは、広大な山々と、一面に広がる森の海だった。空をゆっくり流れる切れ切れの雲は、森の深部に入り込めば、見えなくなるだろう。

 雪月は麓の小さな村で待機しているため、ここに居るのは俺と咲耶だけだ。


「この奥だな」

 森の奥へと続く道はフェンスでふさがれている。過去にフリークスが暴れ、道が荒れているからだろう。


「あーらよっ」

 フェンスを蹴り飛ばし、道を空ける。道とは言っても、まるで舗装されていない獣道だ。

「一応アイギスなんだから、こういったことはしない方がいいわよ。誰かに見られていたら苦情くるから」

「ご忠告どうも。さあ、行くぞ」


 咲耶を連れて、森の内部へと入り込む。無数の樹木が乱立し、草木が生い茂っている。

 深呼吸をすると、森は生命にあふれているのがよくわかる。どこを見ても、命の息吹が満ちている。喰らい尽くせと騒ぐ獣の本能を、全身に魔力を走らせることで加速させる。

 俺がユーザーになったのが森だったからか、俺の魔力は深い森で増大するらしい。戦うにはもってこいだ。


「ねえレイン、あなたの装備それだけでいいの?」

「これがあれば十分だ」

 慎重に森を進みながら、手にした刀を掲げる。携帯端末以外の持ち物はこれだけだ。


「お前こそ、そんなにゴテゴテして動けるのか?」

 身軽な俺とは対照的に、重装備の咲耶は動きが鈍い。車に積んであった装備をかなり携帯してきたようだ。小型の銃器や予備弾倉。ナイフ、メタルマッチ、多機能シャベルなどのサバイバル用品などが、背負ったリュックから顔を覗かせている。


「戦いは任せていいんでしょう? 後ろで女の子らしくビクビクしてるから」

「……前に出ろとは言わないが、助けもしないからな」

 緑の匂いがより一層強くなったことを感じつつ、どんどん奥へと進む。やはりアイギスだけあって、咲耶も遅れずについてくる。


「ふむ……」

 先ほどから気配を探りながら歩いているが、ユーザーらしきものは感じない。

「咲耶、能力を使って周囲を確認しろ。なにかわかるかもしれん」

「わかったわ」

 眼を蒼く光らせ、周囲を探る咲耶。


「……これまで《第三の魔眼(プロビデンス)》を保有しているやつは三人ほど見てきたが、全員眼の色が違うな。お前の色は俺の蒼色とよく似ている」

「親戚なのかもね、私たち。――レイン、特に異常はないわ。緑のおかげで、酸素濃度が高いくらいよ」

「そうか……もっと奥へ行ってみるぞ」

「了解。まだまだ森林浴は楽しめそうね」


 その後、咲耶を引き連れて一時間ほど探索を続けたが、目当てのユーザーに出会うことはなかった。

 地道に足で探すのも飽きてきたし、森に火でも放ってやろうかと考え出した頃、咲耶が地面を指さしながら俺に合図を送る。

「――レイン、これ見て。小動物用のスネアトラップよ。よくできてるし、設置場所もちゃんと動物の通り道を考えてある。素人が知識だけで作った物じゃないわ」

 足下には、ロープと木の枝で作られた動物を捕獲するための簡易トラップがあった。ウサギでも狙っていたのだろう。


「設置されたのは最近か?」

「ここ数日ね。この近くに居る可能性が高いと思う」

「そうか……少し静かにしてろ」

 俺は目を閉じ、魔力で聴力を強化する。風に揺れる葉の音すら正確に聞き分けられるほど、鋭敏になった耳を澄ませる。


「――こっちの方から、水の流れる音がするな。恐らく小川がある。行ってみるぞ」

「川の音なんてしないけど……だいぶ先?」

「数キロは歩くな。ダイエットだと思え」

「……最高」


 その後もぶつぶつ文句を言い続ける咲耶は無視しつつ、音が聞こえた川の方へと歩みを進める。

 やがて見えてきたのは、幅六メートルほどの小川だった。人の手がまったく入っていない川には、自然本来の美しさが備わっている。


「本当に川があったわね」

「少しは俺を信じろっての。――咲耶、眼で何かわかるか?」

「ちょっと待って」

 眼を蒼く光らせ、周囲を『把握』する咲耶。こういったときは案外役に立つ。


「地面が踏み固められているわ。頻繁にここを人間が通っている証拠ね。あと、鹿や狸の血が染みこんでいるから、川で洗っていたのかも。狸は匂いがきついから」

「誰かが近くで生活していることは確かだな。一般人は立ち入り禁止区域だし、目的のユーザーだろう」

 再度周囲の気配を軽く探るが、特にユーザーらしき反応はない。よほど気配を消すのがうまいのだろう。


「……探すよりも、向こうから来てくれることを祈るか」

 体内の魔力を右手に集め、勢いよく地面に叩きつける。ズドンという重い音が響き渡り、木々から鳥が飛び立った。右手に集めた魔力は当然、衝撃で辺りに飛び散る。


「ちょっと! 何してるのよ! 気でも狂った!? こんなバカみたいに魔力を破裂させれば、どれだけ遠くに居ても気づくわよ!」

「それが狙いだ。ここにユーザーが居ると教えてやったんだよ。敵が好戦的なら、向こうからやって来るだろ」

「正気!? ここは相手のホームグラウンドなのよ!? ユーザー用の罠があるかもしれないし、慎重に行動しないとこっちがやられるわよ!」

「って言われてもな……だんだん捜索は飽きてきたんだよ」

「飽きてきたって……あなたね」

「いいから少し黙っとけ。――敵も来てくれるようだしな」

「え?」


 俺の魔力花火が挑発だとわかってくれたようで、明確な殺意がこちらに向かって近づいて来るのがわかる。

 唇をつり上げながら抜刀し、鞘は呆れ顔の咲耶に預ける。


「お前はここで待ってろ」

「一人で行く気?」

「お前に心配されるほど弱くはない。鞘をなくさないことがお前の仕事だ」


 手に接着するほど馴染んだ愛刀だけを強く握り締め、人外魔境と化している森へと猛進する。


 これからの惨劇を予測してなのか、幻の血臭に狼の魂が歓喜した。

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