黒竜王国編 侵攻 06
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深夜、ドワーフ自治区某所。
「し、知らねえぞ……どうなったって俺は知らねえからな……」
ドガを含めた数人のドワーフが、自治区の東西を結ぶ大きな橋の「付け根」に当たる橋脚にのこぎりの歯を入れて行く。
ここは元々それほど幅の広くない木製の橋があるのみだったが、エルフ帝国がドワーフの村々を併合した際に同じサイズの橋をいくつか併設して輸送量を増やしたものである。
そのため部分部分で見れば使われている木材はそれほど巨大なものではない。橋の西側終端部分だけを壊すなら、人数さえいれば何とかなるつくりになっていた。
橋脚に対して斜めに切れ目を入れているので、完全に分断されてから橋脚を縄で引っ張れば橋はいびつに崩壊するだろう。
もしくは、橋脚が切断されていることに気付かずにエルフ兵の大軍がこの橋を渡れば重みに耐えられずにその時点で崩壊することになる。
「この橋以外にも東側に行く橋はあるんでしょ? うんしょ、うんしょ」
ドワーフに交じって楽しそうにノコギリを滑らせる茜がドガに聞いた。
「細い吊り橋がいくつかあるだけだぜ。大軍が通るってなると時間がかかってしょうがねえよ」
「そっちは橋は残しておきましょ。迂回してのんびり進軍してくれるように」
橋の破壊工作をしながら、茜はなぜこんな大事な道に先遣なり、露払いなりのエルフ兵がいないのか不思議に思っていた。
大軍を進めるのであればその経路を確保するのは前段取りの中でも最重要課題ではないのかと。
それどころではないトラブルをエルフの軍は抱えているのだろうか。
何にしても地理条件の確認や進軍ルートの事前準備すら疎かにする軍では、いかに兵力が多かろうと砦に攻めて来た黒竜王国との戦いは楽なものにはなるまい。
「砦を手に入れた後、トカゲさんたちの方はどう動くつもりなのかしらね……」
エルフ側がもたもたして苦戦するなり負けるなり、それは茜の知ったところではない。
しかしドワーフ自治区を舞台にした戦いが泥沼化して村々が疲弊する、被害を受けることだけは何としてでも食い止めたいと、茜は強く思った。
砦に到着したフラウは、さっそくこの戦の司令官であるキザヒに挨拶に向かった。
砦は南北と中央と合わせて三つ存在する。彼らがいるのは中央の砦である。
「軍師と兵の補充が来るっつうからどんな”ツエー”ヤツが来っかと思ったら、なんだぁこの”ガキ”はよぉ!? しかも”ダークエルフ”じゃねえか!! うちの”王様”は一体何考えてんだぁ!?」
開口一番、小柄なフラウを威圧するように顔を近づけて大声を出すキザヒ。
「キザヒどの、久方ぶりじゃな。といっても覚えてはおらぬか」
「あぁ? どっかで会ったか!? ……って、まさか」
キザヒは思い出した。
まだザハ=ドラクという国が健在だった5年前に、彼は軍事教練の講師として黒竜王国からザハ=ドラクに出張したことがある。
それなりに交流のあった二国間では、留学生を交換したり軍の訓練を共同で行っていた時期があるのだ。
そのときキザヒはダークエルフやゴブリンの兵士たちに白兵戦の基礎訓練を施す監督役を任されていたが、王族の小さな女の子がちょくちょく見学に来ていた記憶がある。
「あんときの”お姫サマ”かよテメー!! デカく……なってねえな、あんまり」
「これでも背丈は頭一つ分くらい伸びたのじゃ。まあそう言う世間話は戦が終わってからのんびりするとしようぞ。とりあえず、わらわが『戦力』として役に立つところを今からお見せしよう」
フラウは目を閉じ、胸の前で手を合わせて祈るように集中する。
「……物見を等間隔に飛ばしておるようじゃな。敵が真正面から来るとは考えにくいから南北の砦に至る道沿いに伏兵を置いておるのか……北に約500、南も同じくらいかのう。とりあえず近くに敵兵はおらんようじゃから、伏兵たちは十分に休ませて英気を養ってもらうと良いじゃろう」
ブツブツと目を閉じて喋るフラウが、伏兵の位置と兵数を正確に言い当てる。
キザヒはまるで信じられないものを見るかのようにフラウに詰め寄った。
「お、おいおいおい”冗談”だべ!? なんだその魔法はよぉ! 聞いた時ねーよ!?」
獣人である黒竜王国の民は、使える魔法に多様性がほとんどない。そのため魔法に頼った戦術が発展せず、魔法に関する学問もそれほど熱心でない国風がある。
それでも目に見えない位置、距離のものを見渡して察知できるという魔法が、常識外れで規格外の代物だということはわかる。
こんな能力を持っているものを敵に回しては、戦術の常識が根本から覆ってしまう。たたき上げの職業軍人であるキザヒはその能力の恐ろしさに戦慄した。
「わらわもまだ若輩ゆえ、使える回数も少なければ察知できる範囲もそれほど広くはない。じゃがそれでも迫りくる2万のエルフごとき、わらわの術と勇敢なる黒竜王国の兵の力があれば退けられぬ道理は無かろう。なにせ前線を指揮するのはかの有名な『血まみれキザヒ』その御方じゃからのう」
フラウの言葉、半分は虚勢である。
いくら探索の魔法があって、龍族獣人が勇敢だとしても合計3千の兵力で2万の軍勢を相手にまともに砦を守れる保証はない。
しかも黒竜王国はその隣にある東ドワーフ共和国とも険悪な状態である。そちらの警戒にどうしても兵を常備させねばならず、キザヒのもとに送れる兵力には限界がある。
キザヒもそのことがわからないわけではない。
しかし目の前のダークエルフの王女は、わざわざ死地に飛び込んでまで成し遂げたいことがあるのだ。叶えたい願いがあるのだ。
それがなんなのか、短期間ではあるがザハ=ドラクという国に赴いて若い兵たちをしごきまくり、同じ飯を食ったキザヒにはよくわかる。
「あの”お姫サマ”がいっぱしのツラするようになったじゃねェーか。そういうの”嫌い”じゃないぜェ」
「身に余る光栄じゃな。わらわも幼き日にキザヒどのの練兵を見て、その偉丈夫ぶりに惚れ惚れしたものじゃ。他国に来て、他国の兵に囲まれておるというのにあそこまで堂々と鬼教官を務められるのじゃから、よほどの勇者に違いないと」
「む、昔の話はやめろっツーの! あんときぁ若かったし、怖いもの知らずだったんだよ!」
照れて大声を出すキザヒ。もっとも、今でも彼に怖いものなどほとんどない。
それを見て笑ったフラウだが、急に真面目な、王女としての表情に変わって頭を下げた。
「貴殿の鍛えた兵も、帝国との戦で大半を死なせてしもうた。貴国との友誼に応えること能わぬことを、王族を代表してここに深く謝する。ふがいないわらわたちを、許して欲しい」
そんなフラウを元気づけるために気を遣ったのか、はたまた本心なのか。
キザヒはケッと小さく吐き捨て、フラウに言った。
「しみったれてんじゃねーよ!? そいつらの”弔い合戦”が始まるんだろうが!! せいぜい”派手に”踊ろーぜ!! あの世に”逝っ”ちまった連中が、腹抱えて笑うくれーに”ご機嫌”な踊りをよぉ!?」
「了解じゃ。そのために少し出かけてくる」
「何しにどこに行くんだよ?」
「兵は増えたし、敵も近くにおらんようじゃからな、塹壕を増やそうと思う。その指揮じゃ」
フラウは一つ、気がかりに思っていることがある。
ドワーフ自治区のほぼ中央と思われる場所、村などない地点に何者かが十人前後集まって、移動もせずにその場にとどまっている気配を感じた。
フラウの魔法は対象が放つ魔力や生命力を感知して居場所を知る能力だ。
何度か使って慣れていくうちに、これはどの種族だということがだいたいわかるようになっていた。
自分の感覚と周辺地図、そして帝国支配以前のドワーフの村々を実際に見て歩いたことのある部下の話を総合すると、そこは東西を結ぶ橋が架かっている地点だと推定された。
その場に集まっていたのはおそらくドワーフだったのだろうとフラウは思っているが、一つだけ明らかに異質な、そしてとてつもなく大きな魔力を放っている気配を感じたのだ。
自分と同等か、おそらくそれ以上の魔力の持ち主がそこにいた。
「敵でなければいいのじゃが……出来れば会いたくないものじゃのう」
謎の魔力を察知したとき、フラウは確信に近いものを抱いていた。
あの時感じた力の持ち主と自分は全く「合わない」「相容れない」存在だと。
根拠などないが、フラウは何故かそう強く思ったのだった。




