黒竜王国編 侵攻 07
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「血止めと気付け薬あったよなあ。あと、湯も沸かして持って来い。布もだ」
コーダの部下が林の奥にうずくまっているダークエルフの男を発見したとき、すでに彼は虫の息だった。応急処置のためにコーダは荷物の中から救命道具を持ってくるように指示を出す。
全身血まみれで、足の骨も折れている気配である。よくもこの状態で逃げ隠れして今まで生きていたものだとコーダは舌を巻いた。
旅荷物を積んだ荷馬車を街道に待たせて、コーダ、融、レナを含めた少数だけ、林に入りダークエルフの男の治療処置を行っている。
「ひどい……なんでこんな……」
涙を流しながら、瀕死のダークエルフの手を握る玲奈。
矢傷か刀傷かはわからないが無数の切り傷を体に浴びたその男は、薬を嚥下することさえままならないようだった。
そんな状態でためらいもなく、口移しで無理矢理に薬を飲ませる融。
コーダの部下たちはダークエルフの衣服をすべて剥ぎ取り、傷口を洗ってひたすらに薬を塗り込む。
バタバタしている中で押し出されるように玲奈は傷だらけの男から離れた。
男は叫んでいた。声に出せなくとも心の中で悲痛に叫んでいた。
玲奈の脳内にその叫びは直接流れ込んで来ていた。
「こ、コーダさん」
「ん? なんだ妹ちゃん。顔が蒼いぞ。血を見るのは苦手か」
確かにあたりに立ち込める血の生臭さはこらえがたいものがある。しかし玲奈はコーダに伝えなければいけないと思った。男が心の中で叫んでいたことを。
「大丈夫、です……あ、あの、この人、フラウさんに伝えたいことがあるみたいで……」
ダークエルフの男は言葉にならないうわごとを繰り返すのみで、まともに喋られる状態にはない。
しかしこの男が明らかにフラウの関係者だろうという察しはもちろんコーダにもついていた。
「そりゃそうだが、手当てして話せるようになってからだな。もっとも、助かるかどうかわからねえがよ……」
手持ちの道具だけではいまいち心もとない。せっかくエルフ帝国の領地を通って来たのだから、治癒魔法の込められた札を大量に購入しておけばよかったとコーダは思った。
「あ、あの、聞こえたんです。矢は確かに当たったけど、殺せなかったって……一緒にいた仲間は、殺されたか、バラバラに逃げてるけど、おそらくほとんど生き残ってないだろうって。フレットルっていうのは、誰かの名前ですか?」
「お、おいおい。フレットルって、なんで妹ちゃんがその名前を知ってるんだ。っていうか、この男がそう言ったのか? 確かか?」
玲奈の口から出た情報に驚きを隠せないコーダ。
彼はその情報で理解した。
このダークエルフはおそらくフラウの命により進軍中のフレットルを襲撃したのだ。そしてそれは失敗し、命からがら逃げて隠れていたのだと。
そして苦いものを噛んだような表情で吐き捨てた。
「成功するわけねえだろうが……そんなことのために一体何人死なせやがった、姫さんよお」
ひとまずコーダたちは瀕死のダークエルフを布でぐるぐる巻きにして馬車の荷物にまぎれさせ、ベル村に向かった。
何とか生き延びるようであればフラウのもとに送りかえす。
仮に死んだとしたら、目立たないところに埋めるなりして弔ってやるだけでもフラウに恩を一つ作ることができるだろう。
部下を先にベル村まで走らせ、エルフ帝国兵の警邏などが厳しくなっていないかを確認させつつコーダたちは進む。
ベル村に到着するなり、コーダは村長の家に乗り込んで半ば強引に一つの依頼をした。
「空いている小屋があれば至急貸してくれ。ちょいと怪我人が出ちまってな。急いで横にして手当しなきゃならねえんだ」
「おお、おう? まあ、空いている小屋ならまだ一つ二つあったはずじゃ……」
ぎゅっと金銭を握らされた村長は、事態が急を告げていることを察して手早くコーダを開き小屋に案内した。
部下や融が布でぐるぐる巻きにされたダークエルフの体を担ぎ、小屋の中に放り込む。
「くれぐれも、中を覗かねえでくれよ。うちの部族秘伝の治癒のまじないをかけるんだが、よその部族のモンに見られると効果を失っちまうんだ」
口から出まかせを言って小屋の入り口に仁王立ちし、中に誰も入らせないようにするコーダ。
「なら俺も見ちゃまずいな」
「おお、トールも外に出とけ」
ダークエルフの姿を誰にも見せるわけにはいかない事情から出てきた作り話であることを理解して、融はコーダの嘘に付き合い小屋から出る。
「ちいと余計な荷物をしょい込んじまったが、ベル村に着いたんだ。お前らのもう一人の妹ってのを探しに行けよ。さっき俺が話してたのがここの村長だから、話を聞いてみればいい」
コーダは融と玲奈にそう言った。
「玲奈ちゃん、行こう」
「コーダさん、本当に、本当にありがとうございます!」
死線をさまよっているダークエルフの男も気がかりだったが、治療の場で融たちにできることは少ない。
コーダの配慮に感謝しつつ、融と玲奈は村長宅に話を聞きに行った。
「アカネなら今はいないぞい。村の若いモンと一緒に『さっかー』を教えに他の村に行っとるところじゃ」
村長の説明を受け、融と玲奈は漫画のようにずっこけそうになった。
「何をやってるんだあいつは……」
「ま、まあ、玲奈ちゃんらしいよね……」
融は気を取り直して、自分たちが茜の兄と姉であること、いろいろ事情があって離れ離れになった茜を探してここまで来たことを村長に告げた。
「そうかそうか。人間族の国は遠いからのお。道中大変だったろう。明日にでもアカネは帰って来る予定じゃから、今晩はこの村に泊まって行くといい。茜が使っておる小屋が空いておるからな」
多少の誤解や食い違いはあるものの、村長は融たちの事情を理解して村に滞在することを認めてくれた。
「村長さん。茜はここの皆さんにご迷惑をおかけしていないでしょうか」
とりあえず融はそのことを真っ先に聞いておかねばならないと思った。
村長は苦笑いしながらその質問に答える。
「まあ確かに騒がしい子じゃが、アカネが来たことで村の若いモンは少しばかり元気になったのお。最近はコーダどののおかげで村の商売も上り調子じゃし、お兄さんが気に病むようなことは何一つありゃあせんよ」
村長との話を終えて外に出た二人は、何人かのドワーフがボールらしきものを蹴って遊んでいる光景を見る。
ドワーフの外見から彼らの年齢を推し量ることは融や玲奈にとって難しいが、おそらくは少年、青年と言っていい年頃のドワーフたちが男女問わずボールを蹴って笑っていた。
「良かった……茜ちゃん、元気でやってるんだ。本当に良かった……」
残念ながらすぐに再会とはいかなかったが、茜がこの村で元気にしていること、そして村のドワーフたちに笑顔を与えていることに玲奈は喜びの涙を流した。
その頭を融が撫でていると、村のあちこちから融や玲奈を珍しがったドワーフたちが寄ってきた。
「また人間が来たぞ」
「ひょっとしてアカネの知り合いか?」
「へえ、アカネの兄さんと姉さんなのか。あんまり似てねえな」
「あんたらもサッカーは得意なのかい? ちょっと『とらっぷ』ってのを教えてくんねえかな」
背の低いドワーフたちにあっという間に取り囲まれ、やいのやいのと質問攻めにされたりサッカーの輪に入れられそうになる融と玲奈。
ドワーフという種族は気安くてエネルギッシュなのかと玲奈は思い、それなら茜と馬が合うだろうと納得した。
「お、お誘いは嬉しいんですけど、コーダさんたちが怪我をしている人の治療をしている最中なので、私たちだけ遊んでいるわけには……」
玲奈がそう言ってドワーフたちの勧誘をやんわりといなしていると、なんの騒ぎだろうと聞きつけた別の者が玲奈や融に近寄ってきた。
「誰か、怪我をしたのかい? って、驚いたな。また人間族がベル村に来たよ……」
ドワーフより、いや融や玲奈よりも背がすらりと高く手足が長く、透き通るような美しい白い肌を持った美男子だった。
長く尖った両耳。
玲奈はその青年の容姿の美しさに感嘆する前に、冷や汗を流した。
小屋の中で治療を受けているのがダークエルフだということを、この男に知られるとまずいのではないかと思ったからだ。
「え、ええっと、その……」
玲奈は横目でコーダがいる方を見やる。
コーダは相変わらず小屋の前に仁王立ちしているが、エルフの青年の様子をうかがっていることは明白だった。
とにかく、このエルフの注意がコーダたちのいる小屋に向かわないようにしたい。しかし玲奈にはそのためのアイデアが浮かばない。
空気を読まず言葉を発したのは融だった。
「ドワーフの村でもエルフがいるんですね」
融は疑問に思ったことをそのまま聞いただけである。
「ああ、仕事でね。この村に赴任することになったヨシュアというものだ。きみたちは人間族みたいだけど……ひょっとしてアカネくんの関係者?」
「ええ。兄の融です。で、こっちは俺の妹で、茜から見ると姉の玲奈」
へえへえ、と驚きながら融の話を聞くヨシュア。
何か妙にふわふわした男である。
普段からこの調子なのだろうか。それとも酒でも飲んで酔っ払っているのだろうか。
「そう言えば家族と離ればなれになっているって話をしてたけど、そうかそうか。ちゃんと再会できるのはなによりだね。今はアカネくんはいないみたいだけど。サッカー教えにどっか行っちゃったみたいだし。サッカーってそんなに面白いのかな? 人間族の間では流行ってるの?」
「そうですね。人間にとって今一番人気のある競技はサッカーだと思います」
競技人口だけで言えばサッカーは地球上でトップクラスのスポーツだろう。
ウォーキングやジョギングもスポーツではあるが、趣味としてそれをする場合は競技性はほとんどない。
しかしサッカーはプロではない野良プレイヤーでも競技をして、勝負をすることが多い。
「そうなんだあ。僕も覚えてみようかな」
「何なら教えますよ」
融の申し出をヨシュアは首を振って断った。
「ちょっと今日は疲れてるんで早めに休みたいんだ。あ、怪我人が出てるって言うなら、数は少ないけど治癒の札を分けてあげるよ。その代わりと言ってはなんだけど、ベル村の精霊神殿をよろしく」
ヨシュアは懐から数枚の札を取り出して融に手渡す。
微妙に酒臭かった。やはり酔っているようだ。
「どうもありがとうございます」
ヨシュアが詰所に入っていくのを見送り、融はすぐさまコーダに治癒の札を渡しに行った。




