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黒竜王国編 侵攻 04

アクセスありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

 進軍中であったエルフ帝国第二皇子フレットルは刺客の襲撃を受けて負傷した。

 彼が受けた矢には毒だけではなくダークエルフ固有の呪いが込められており、その快癒に涼東州のエルフ神官が多数駆り出された。

「ぬぐぐぐぐぐ、おのれ薄汚い『焦げ肌』と『醜男』どもめ……!」

 涼東州の町にある神殿で横になりながら、フレットルは呪詛を吐く。

 それらの単語はダークエルフとゴブリンに対する蔑称であった。


 連れていた大軍は町の郊外、開けた場所に待機しており、神殿の中には将官と治癒魔法を担当する医療兵、そして書記官のみを入れていた。


 襲撃を受けた帝国軍は、それほど時間をかけずに刺客を掃討した。

 十数名を殺し、5人を生け捕りにした。逃げた者が何人かは不明である。逃げたものの追討、捜索ももちろんかけている。

 捕えたのはダークエルフ3人とゴブリン2人であった。ザハ=ドラクの旧臣、あるいは王族から命を受けて自分たちを襲ったのだということはフレットルにはすぐに分かった。

 しかし疑心暗鬼にとらわれた彼は、それ以外の者がこの事件に関与しているという疑いを頭から拭い去れなかった。

「捕えた連中はなにか吐いたのか!」

 呪いのせいなのか、痛みを和らげる魔法がほとんど効果を発揮しない状態でフレットルは叫ぶ。

「で、殿下。捕虜は皆、口の中に仕込んでいた毒を飲み込んだらしく、死にました……」

 そばに控えている兵士が目を伏せて報告する。

「なぜ死ぬ前に治癒魔法をかけないのだこの無能めらが!!」

「な、なにぶん突然のことでございましたので……」

 治癒魔法の使い手がフレットルにかかりっきりだったため、捕虜の延命に間に合わなかったのである。

 それを言っても逆鱗に触れるだけだろうから兵士は言わなかった。


 エルフやダークエルフが使う魔法は、自分以外のものを癒したり強化したり、あるいは呪ったりするものが多い。そういう魔法に適性があるとでも言おうか。

 たとえば銅や青銅で造られた無機物の武器防具、日用品を強化して性能を上げる魔法。またはフラウの侍女レムが使うような、他者の精神を安定させる魔法。そして傷や病気を治す治癒魔法など。

 大きな欠点として「自分自身には効果を発揮しない」「治癒魔法は非常に効率が悪い」ことが挙げられる。

 フレットルの傷を治療するために治癒魔法の使い手が何人も交代でかかりっきりになってしまうほどだ。

 太ももに矢が刺さったのだから、まともに治療しようとすれば全治に何か月もかかる大怪我である。

 その傷口自体が一日足らずでふさがったのは、治癒魔法の使い手が大勢いて、交代で休みなく処置を施したからだ。一人の使い手が全力でフレットルの怪我を治そうとした場合、使い手自身が魔力を使い果たして倒れるだろう。場合によっては命を失うかもしれない。

 さらに今回の場合は、毒と呪いをフレットルの体から追い出す魔法も同時進行でかけ続けなければならない。

「殿下、気持ちを安らかに。お体に障ります」

 治癒魔法が達者だということで急きょ駆り出された涼東州の神官の一人がそう言った。

 彼はいい加減、がなり立てるフレットルの精神に安静の魔法をかけたい気持ちでいっぱいだった。もしくは眠らせてしまうか。

 しかしフレットルの性格上、自分が取り乱して騒いでいるということを周りから指摘されればどうなるかわからない。

「やかましい! 余計なことは気にせず術に専念せよ!」

 言わんこっちゃなかった。

 げんなりしながら神官、ヨシュアの父親でもあるその男は患部の治癒にのみ全力を尽くした。

 

 そのとき、神殿の中に薄汚れた革鎧のエルフ兵があわただしく入ってくる。

 どう見ても地方の下級兵卒であり、帝国第二皇子であるフレットルの前に軽々しく出ていい身分の者ではなかった。

「なにごとだ! 殿下の御前と知っての狼藉か!」

 フレットル配下の副将が大声を出して闖入者をとがめる。

 大声に打ちのめされるように若いエルフ兵は平伏して述べた。

「き、危急の伝令でございます! ドワーフ自治区東、国境の砦に黒竜の兵が押し寄せてまいりました! なにとぞ、なにとぞ援軍を!」

 居並ぶ将兵、神官全員が言葉を失った。

 フレットルは怒り、混乱、衝撃、もちろん傷の痛みといった様々な要素が一気に脳に押し寄せ、気を失った。



 意識を取り戻したフレットルは、自分が率いていた軍から1万の兵を砦の奪還に向かわせた。総数2万あまりの兵を2つに分けた形になる。

 予定ではこの2万の帝国エルフ兵にドワーフ自治区から募った兵を合わせ、さらに旧ザハ=ドラクの領民から5万人前後の徴兵を行うはずだった。

 フレットルとしては7万人以上の軍を編成してから黒竜王国と事を構えるつもりであったが、黒竜王国の先制攻撃で算段は大きく狂った。

 砦に押し寄せた黒竜王国の兵力は1000人前後だという。

 まさかすでに砦が奪われているとはフレットルは思っていない。

 仮に援軍の到着を待たずに砦を奪われていたとしても1万の兵を送れば十分に奪還できる。

 計算ではなく半ば願望であった。

 敵が砦を奪っていて、なおかつ敵本国から援軍が来て兵力が増えていたとしたら1万の兵でどうにかできるのだろうか。持てる兵力の残り1万も投入しなければならないのではないか。

 しかし今のフレットルにはそれができなかった。その可能性を考えないようにした。

「刺客に協力者はいたのか……兄上、それとも元老院か……獣人との商いで財産を築いて領民議会の代表になったものもいる……北方の獣人と黒竜王国がなんらかの盟約を結んだのか……?」

 誰も信じられなくなっているフレットルにとって、自分の周りにいる兵をすべて前線に向かわせることは到底できなかった。

 彼は次の刺客を心から恐れていたのだ。


 フレットルの太ももに刺さった矢。その矢じりに呪いを込めたのはフラウの侍女、レムである。

 彼女の魔法は対象の精神に影響する。誰かの悲しみを癒し、恐れを振り払うために使われることが多いが、それとは逆に負の感情をもたらす力もある。劇的な効果はないが応用力の高い力なのだ。

 もともと敵が多く猜疑心の強かったフレットルにこの呪いはてきめんに効いた。心の闇が小さければ、仮に2倍になったとしても小さいままである。

 しかし心の闇が大きいものがレムの呪いを受けたなら、その心は真っ黒に染まってしまうだろう。

 レムは自分の魔力に余裕のある日、欠かさずにその呪いの矢じりを作ってから眠りについた。2年間の雌伏の日々を過ごし、矢じりの数は500を超えた。

 それらはすべて今回のフレットル襲撃で使われ、そのうちの一つが命中した。


 フレットルが抱える心の闇は、ザハ=ドラクの怨念そのもののようであった。




 ドワーフ自治区の東端に位置する砦を落としてから、黒竜王国は本国から更に軍を砦に送った。

 その数は1000。そこにフラウたち、ダークエルフとゴブリンの混成隊も交じっていた。

 レムを含めたフラウ配下の半数は、黒竜王国の王宮にとどめ置かれている。

 完全にフラウが信用されているわけではないので人質の意味合いが強い。

「先に砦に向かった兵は2000、ここに1000。砦を落とすのに300くらい犠牲になったと言っておったのう」

「フレットルが連れていた軍がそのままこちらに向かって来るでしょうか?」

 フラウと、彼女の護衛であるダークエルフの戦士チェダは砦に向かう道すがらで話す。

「フレットルが死んでおれば、全軍がこっちに向かってくるじゃろうな。生きて苦しんでおるというのであれば前線まで全軍は来んじゃろう。フレットルは自分を守るために5000くらいの軍と共に後ろに引っ込んで、砦の奪還に出す兵は1万5000というところではないかの」

 フラウの計算では彼我の戦力差は5倍以上。

 しかも砦の内側、ドワーフ自治区側を通って来る兵から砦を守らなければいけない戦いである。

 この砦はあくまでも黒竜王国が攻めて来たことを考慮して作られているので、ドワーフ自治区側から攻められた場合の防御機構は疎かだ。塹壕や柵を新設している暇がどれだけあるか。おそらくほとんどない。

 厳しい戦いになる。しかしフラウの顔に悲壮感はなかった。

 自分たちの住んでいた街を燃やし、臣民を殺し、財宝を奪い、子女を犯し、すべてを蹂躙したフレットル旗下のエルフ帝国軍と自ら戦えるのだから。

 高揚感にも似た胸の高鳴りを覚えながらも、フラウは慎重に周辺を描いた地図や実際の地形を確認する。

 川を。山を。平野を。谷を。湿地を。森を。牧草地を。橋を。崖を。

 そして砦に近いドワーフの村々を。


 さまざまな戦術がフラウの頭に浮かび、その案を自ら却下する。

 それを繰り返す。

 どうすれば一人でも多くのエルフ兵を殺せるだろうかという思索にフラウは没頭した。

 



 来訪先の村で予想以上の歓待を受け、ついつい長居してしまっている茜とドガ。

 もちろんサッカーの話だけではなく仕事の話、武器防具を増産してコーダに売るという話も滞りなく終わっている。

 最終的にその武器が黒竜王国に渡るかもしれないということは全てものが理解して、受け入れた。

 なにはなくとも仕事が、収入があって豊かになることが一番大事だと多くのドワーフが考えていたのだ。

「審判にばれなければ、手を使ってもいいのよ。ばれなければ、だけど」

「そ、そうなのか? でも審判はずっと玉を目で追いかけてるんだろう? 難しいじゃないか」

「そうよ、難しいの。だからばれずに手を使ったプレーは『神の手』って言われるのよ」

 サッカーに熱を上げるドワーフがこの村にも何人かいたので、夜遅くまで彼らとサッカー談義をする茜。

 ろくなことを教えていないが、村長はそんな茜たちをニコニコと眺めている。

 深い顔のしわに鋭い目つきで中々貫禄のあるドワーフだが、笑顔は愛嬌があった。

 その集まりの中に、別のドワーフが慌てて飛び込んできた。

「そ、村長。ここにいたのか。てえへんなことになったぜ」

「なんだ、お客人の前で取り乱してみっともない」

「東の村に嫁に行った妹が、鳩を飛ばしてきたんだ。そいつに手紙がついてたんだが、とんでもねえことが書いてあった」

 どうやらドワーフ自治区の中には伝書鳩を使役できるものもいるようだ。

 少なくともベル村で使われているのを見たことがない茜は、きっと難しい技術が必要なんだろうと思った。

 もしくは紙が貴重なので用事を伝えるなら馬を走らせた方がいいという判断かもしれない。

「もったいぶってないで早く教えてくれよ」

 ドガが促すと、手紙を持った男は深呼吸をして言った。

「黒竜王国の連中が、東北の砦を落としがやった。あいつら、エルフ帝国にやられる前に戦をおっぱじめやがったんだ」

 周りにいたドワーフ全員はその報告に慄然とした。戦争が始まるのだから無理もない。

 しかし茜は今ひとつ面白くなさそうな顔をするのみである。

「もう少しこっちから物を売って、それから始めて欲しかったわね。短気なトカゲたちだこと。まあ、商売の方はでっかい熊お兄さんが何とかしてくれるとは思うけど……」

「ア、アカネ。それどころじゃねえだろ。大変なことになっちまったぜ」

 ドガの心配に対して、茜は諭すように穏やかな口調で説明する。

「遅かれ早かれこうなることはわかってたじゃないの。そのつもりでみんな、武器を作って売ることを納得したんでしょう?」

「そりゃ、そうだけどよ……」

「あたしたちが一番心配しなきゃいけないのは、まだあたしたちの提案が伝わっていないドワーフ自治区の村と、こっちに乗り込んできたトカゲさんたちが喧嘩をしないかってことよ」

 茜の言う提案とはもちろん、過去の恨みはひとまず置いて龍族獣人に武器を提供しようという話のことだ。

 茜が直接に伝えた村もあれば、理解してくれた各村の村長を通じて別の村に話が通った例もある。

 しかしドワーフ自治区のすべての村がこのプロジェクトに了承したわけではない。

 感情的に龍族獣人が気に入らなくて衝突をする者が出るかもしれない。

 そのことに何のメリットもない、誰も得をしないということを徹底周知させた方が良いのではないかと茜は思っている。

「まあいいわ。ところでドガ、ここからその砦ってのに行く途中に大きな橋とかあったりしないかしら」

「ええ? なんでそんなことを聞くんだ。たしか一つ二つあったと思うぜ」

 唐突に聞かれて混乱しながらも、どこそこの谷にかかっている橋が云々、という説明を律儀にするドガ。

「その橋、ドワーフさんの匠の技をもってぶっ壊したりできないかしら。エルフ帝国の軍が砦を奪還しに行くのを遅らせるために」


 フラウと茜、二人の少女が一つの砦を巡って考えをめぐらし、夜は過ぎて行った。


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