黒竜王国編 侵攻 03
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「おいお前ら、止まれ」
ベル村に向かっている途中のコーダ率いる隊商がエルフ帝国領内を進んでいるとき、検問を張るように道をふさいでいるエルフ兵士に出くわした。
コーダや融たちは一度北回りに迂回してエルフ帝国領に入り、そこから南東に進んでドワーフ自治区のベル村に行く予定である。その途中の出来事だった。
「なんだい。ちゃんと通商許可はとってるぜ」
そう言ってコーダは正規の手段で取得した、エルフ帝国内で行商を行うための手形を示す。ドワーフ自治区に出入りするために必要な別の手形も重ねて。
「獣人の商人か……悪いがこの街道からドワーフ自治区に入ることは今はできん。もっと南まで迂回するんだな」
「ここ通らないとベル村まで遠いんだがなあ」
苦情を言いつつも、コーダはこの道を通れない理由に心当たりがあった。
コーダが得た情報では、近いうちに帝国首都から第二皇子が軍を連れてドワーフ自治区を視察に来る。
メレ山と呼ばれるそれほど高くない山林の南側に整備されている峠道が、涼東州からドワーフ自治区に入りベル村へ至る最短ルートになっている。ここが通行止めになっているということは、帝国軍の侵攻ルートになっているということだ。
茜がドガに連れられてベル村へ来た時も通った道であった。脇には茜がいきなり服を脱いで水浴びをした川が流れている。
もちろんそのことを融も玲奈も知らない。しかし玲奈は不思議とこの場所、この道に親しみを覚えた。
もうすぐ茜に会えるのだという根拠のない確信が胸いっぱいに広がる。それだけに遠回りしなければならないのは歯がゆい。
「不便だろうが我慢してくれ。ところで中ほどにいる二人、獣人ではないようだが」
検問のエルフ兵は融と玲奈の姿を見て、多少の不信感、警戒感を含ませながら聞いてきた。
獣状態に変身していない獣人と、人間族との間にどこにどういう違いがあるのか融にはよくわからなかったので、一瞬で獣人ではないとばれたことに驚いた。
あとでコーダに聞いたところ、獣人には獣人特有の魔力の気配があり、エルフの中でも魔力の素養がある程度高い者はそれを感知できるということだった。
「こいつらは荷運びと飯炊きで俺が使ってる奴隷だ」
あくまでもそう言う体でコーダは二人を連れている、ということにしてある。
エルフ兵はしばらく融と玲奈をじっと見ていたが、特に詰問することもなく一行を解放した。
コーダたちが去りゆく中、それを見送ったエルフ兵は誰に聞かせるでもない独り言を口にした。
「……人間族が持つ魔力は相変わらず得体が知れないな」
自分たちの体に不思議な力が生まれ、そして育ちつつあることを融も玲奈も気付いてはいない。
融や玲奈と別れたフラウたちはというと、とある国の首都、それも王宮と呼ばれる場所に乗り込んでいた。
フラウとレムは玲奈に仕立ててもらった一張羅に身を包んでいる。夜のように深い紫色のフリルドレスと、白黒のメイド服に。
「……ダークエルフの間ではそういうけったいな格好が流行ってんのかよぅ?」
王宮のあるじにして黒竜王国最強の戦士、龍族獣人を束ねるジート王は突然の珍客を目の前にして、まずそう言った。
「ザハ=ドラクは国風として新しいものの価値、異種族がもたらす文化を積極的に取り入れておるのじゃ。ジート王もご要望とあらば王の威厳にふさわしい衣服を新調してさしあげるぞよ」
屈強な龍族獣人の戦士たちに王宮の正門前で包囲されるその中で、わずかにも臆することなく優雅に笑いながらフラウは答える。
ここが正念場である。少しでも気おくれして、下に見られてはフラウのこれからの計画は全て台無しになると言っていい。
これからの計画だけでなく、今まさに走りはじめている動きが止まり、点火しようとしている火が炎に育つ前にかき消えてしまう。
おかしな客が来た、とジート王は思った。
ザハ=ドラクの逃げた王族がエルフ帝国に反抗姿勢を取って暗躍しているという情報は知っている。
しかしそれがこんな年端もいかない少女だったとは思わなかった。
いくらダークエルフが長命で年齢が判別しにくいと言っても、フラウがまだあどけなさの残る少女であることは一目瞭然だ。
いったいこんな子供に何ができるのか。そして何をするつもりで自分たちの国を訪れたのか。
しかしジート王はフラウが引きつれる配下のダークエルフ兵、ゴブリン兵の眼光を見てその印象を改定する。
「い~い面構えした連中ばっかりじゃねえかよぅ? これ全部お嬢ちゃんトコの若いモンかよぅ?」
「左様、そのうち将軍か宰相になる者ばかりじゃ」
ジートは笑い、少しくらいはフラウの話を聞いてやろうと思った。
「とりあえず、ここに何をしに来たのか、俺に何をして欲しいのかざっくり聞かせてくれよぅ。面白そうな話なら中で座ってじっくり話そうや。つまらねえ話ならさっさと帰ってもらぜぇ。腹の立つ話をしやがったら、ここで死んでもらうからよぅ」
しゅるり、とジートが舌なめずりをすると、フラウたちを包囲していた龍人兵が一斉に大剣を抜いて構えた。王の合図があればすぐにフラウたちを皆殺しにする準備だ。
ダークエルフやゴブリンから見れば両手で持ってもなお重さに振り回されそうな得物である。しかし龍神兵は皆片手で軽々と持っている。
ジート王から放たれる殺気と好奇心の両方を受け止め、フラウは堂々と話した。
「まずひとつ世間話をな。今、帝国の第二皇子フレットルが軍を率いて東に進んでおるのはご存じじゃろうか?」
「へえ、そうなのかよぅ。そいつあ知らなかったぜぇ。で、そいつがどうかしたのかよぅ?」
ジートは知っていてしらばっくれた。情報に聡いものなら誰もが知っていることだ。
誰もが知っているからこそ、そのまま話してもつまらない話にしかならないぞ、と言外でフラウに告げているのである。
「そのフレットルじゃが、近々刺客の襲撃を受けて死ぬか、死なぬにしてもしばらく進軍を止めて立ち往生するじゃろう。下手人の掃討、黒幕の捜査、はたまた帝国内外で自身の敵になりうる勢力の洗い出しに追われる日々じゃろうな。ことがはっきりするまでは東征どころではあるまい」
刺客。襲撃。
確かに目の前の小さなダークエルフの少女はそう言った。
これから全面的に戦うかもしれない相手のことである。黒竜王国はエルフ帝国軍の情報をつぶさに調べている。
王たる自分ですら知らないそんな情報をなぜ目の前のダークエルフは知っているのだとジートは疑問に思い、すぐさまその答えに行きついた。
「本気かよこの嬢ちゃんよぅ……」
刺客を放ったのは目の前の少女だ。自分で起こした事件なのだから、情報も一番早く持っていて当たり前なのだ。
「楽しい話ではなかったかの」
「それが本当ならオモシレー話だぜ、嬢ちゃんよぅ」
「本当かどうかはいずれわかることじゃ。偽情報に踊らされて腹が立ったというのであれば、その時はこの首を持って行くがよい。ひとまず武勇の誉れ高いジート王に楽しんでいただけてわらわも光栄の至りというもの」
出入りの商人や使節に褒められても腹の立つことが多いジートだったが、目の前のダークエルフの少女の賛辞は不思議と心地よく胸に入った。
「俺もいっぱしの王だからよぅ、オモシレー話を持ってきた奴には褒美をやらなきゃいけねえんだが、嬢ちゃんはなにが欲しいんだよぅ?」
「褒美をいただけるなら、そうじゃな。自治区のドワーフを虐殺せんでほしいというところじゃな」
ぴくり、とジートの瞼がわずかに動いた。
ドワーフ自治区の東端にある砦を黒竜王国の軍勢が攻めていることを、目の前の少女は知っているのだ。
なぜダークエルフの、ザハ=ドラクの王族と思われるこの少女がドワーフの救命嘆願をするのかその理由はわからない。
しかしそのフラウの要望に対して、ジートの、黒竜王国としての答えは既に決まっている。
「……嬢ちゃんに言われるまでもなく、チビどもを殺すつもりはねえよぅ」
その答えでフラウも大方の事情を察した。
黒竜王国がエルフ帝国相手に戦端を開いたのは、武器兵站の大量補充が可能になったからだ。
それが実現できた理由は、なんらかの勢力が険悪だったドワーフと龍族獣人の間をひとまず取り持って、ドワーフたちの作った武器を黒竜王国に買わせているからだろう。
コーダだけでそれができるのだろうか。ドワーフたちが自発的に、黒竜王国に売るための武器を増産させるように仕向けることが。
それとも、ドワーフ自治区に何らかの変化が起きたのか。だとすればその変化をもたらしたものは何者なのか。
フラウは考えたがわからなかった。
「ジート王の英断と寛容さに深く感謝いたす」
恭しく膝をついて礼を述べたフラウを見て、ジートは地団太を踏んだ。
「かーっ、他人行儀はいい加減よしてくれよぅ。腹の探り合いは面倒くせえんだ。嬢ちゃんよぅ、俺ンとこの兵を借りてなにかおっぱじめてえんじゃねえのかぃ?」
「お借りできるというのであれば、願ってもないことじゃ」
「だったらしばらく俺の軍師になれってんだよぅ。それなら面倒臭くねえからよぅ!?」
ジートの提案に意地悪く笑ってフラウは答える。
「わらわを引き入れると黒竜王国はさらなる敵意を帝国から向けられることになるのじゃが、それでよいのなら」
「もう戦は始まっちまってるんだよぅ! 今更おんなじことだよぅ!」
こうしてフラウは黒竜王国の客将として、ジート王と共に対エルフ帝国戦争に本格的に身を投じた。




