黒竜王国編 侵攻 02
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ごつごつした肌に覆われた頑健な体に、闘志をたぎらせた双眸。
龍族獣人に分類される黒竜王国の兵士、合わせて2000名の軍勢は、隊を3つに分け、夜陰に乗じて国境である川を渡った。
「食糧は今日の分しかねえからよぉ。腹が減っても砦を落として”奪う”しかねえぜオメーら!?」
総大将らしい赤肌のトカゲ男は先端が二股の鉤状に曲がった鉄棒のような武器を肩に背負い、兵士たちにそう告げた。
先端とは逆、持ち柄の端は千枚通しのように錘状にとがらせてあり、刺突に適した形をしている。
まるで巨大なバールを凶悪な武器に改造したような代物だった。
指揮官の呼びかけに、オウ、と重々しい多数の声がそれに応える。
目指すは自分たちの国より出て西側に位置するドワーフ自治区。
獰猛、激情で知られる彼らが声も発さず、足音を殺して木々の間を進む。
狙うはドワーフ自治区と黒竜王国の境界近くに位置する、3つの砦だった。
「エルフ野郎を”食った”ことはねーけど、ウメえのかな!?」
黒竜王国西部方面軍特攻隊長キザヒは、二股に分かれた細い舌をシュルシュルと出し入れし、嗤って呟いた。
砦には国境警備のため、エルフ帝国の兵士が常駐している。
もちろん帝国がドワーフの地を併合してから作られた砦である。次の敵国が黒竜王国になることは必然だったので、防衛、攻撃の拠点として帝国は砦を構えて黒竜王国と対峙している。
しかし今現在、帝国と黒竜王国は明確な敵対関係ではない。少なくとも今までは。
そのため砦に多くの軍勢が集まっているというわけではなく、巡回警邏の兵と常駐の守備兵を合わせて、一つの砦に100人前後。砦3つで300人前後の兵が所属しているだけだった。
向こうから攻めてくることなどありえないというのが帝国側の認識だったのである。
しかし今、1000人の殺気を放った集団が3つ、木々の間をすり抜けて砦に近付いている。
当然のように、国境線を巡回警邏しているエルフ兵が異変に気付いた。
「なな、なんだあの数は……黒竜の軍勢!?」
「百や二百じゃきかない、後局に騎兵もいるぞ!」
砦自体は、いずれ行われる戦闘を想定して堅牢に造られている。ドワーフの職人を動員し国境外の獣人たちも大量に雇い入れて完成した。
石を組み合わせた頑丈な防壁とその周囲を囲む空堀、尖らせた樹木を組み合わせた防御柵などがバランスよく配備されている。馬の脚を阻むための落とし穴なども多い。
弓兵を立たせるための高楼も多数構えられ、その威容だけで攻め気を失わせるに十分である。
しかし、現段階では守備兵が圧倒的に足りない。
エルフ帝国軍の常識では、砦にこもって防備できるのは彼我の兵数差が5倍未満の場合である。わかりやすく言えば守備隊300人なら1500人の敵しか退けられない計算になる。
遠巻きに見える軍勢は約1000人。3つの砦からすべての兵を結集して迎え撃てば、ある程度は粘って防げる計算だ。
もちろんこれは敵味方の士気や、兵を率いる将官の資質により前後する数値ではあるが。
「と、とにかく砦に戻って知らせなければ!」
「数日粘ればフレットル殿下の軍勢が到着するからな!」
数日粘れば勝機があると彼らは考えた。
巡回エルフ兵たち、そして砦の守護兵たちの不幸は、先頭を行く黒竜王国の1000人に仰天するあまり、その後ろから別の砦を攻めるために移動するもう二つの軍を見落としていたことである。
もちろんこれは第一陣を指揮する黒竜王国の将、キザヒの思惑でもあった。
「オッラァーー! 弱虫エルフどもがこの野郎! 死にたくなかったら砦渡せやゴルァァァ!!!」
朝になって砦の一つに寄せたキザヒ率いる1000人の軍勢は、わざと目立つように大声、大きな音を鳴り響かせて守備兵の降伏を勧告した。
キザヒを前にした帝国エルフ兵は、この砦に兵力を集中し防戦に徹底する構えを取った。
国境の警邏、守備兵はもちろん、ドワーフ自治区内各所を警邏巡回している兵も可能な限り寄せ集め、その総数は約500。
残り二つの砦は、見張りだけを立たせている状態だ。
もちろんフレットル率いる大軍に、現在の危機的状況を知らせるための早馬を飛ばしている。
対する黒竜王国の軍勢は「この場には」1000人。
高い防御性能を誇るこの砦を有効に活用すれば、大損害を与えて撃退できるとすべてのエルフが思った。
「愚かなトカゲどもだ。最初は肝を冷やしたが、この砦をあれしきの兵力で策もなしに奪うことができるわけはあるまい」
「フレットル殿下が到着するまでに敵将の首を獲れればいいのですが、怖気づいたのかなかなか攻めてきませんなあ」
すでに守備隊長と副長は勝利を確信し、弛緩しきって酒を飲む有様であった。
この二人はザハ=ドラク首都殲滅戦において、圧倒的勝利状況の中で戦闘力のないものを殺戮して回り金品を収奪し、その金を上役に賄賂として送ることで出世して今の地位にいる。
ギリギリの戦いで知恵を絞るということをいまだかつて経験したことがないのであった。
実際、ザハ=ドラクを滅ぼした際の戦はそうした無能な者が多く戦功をあげ、出世していった。先日に偵察中に首を刎ねられた自称貴族のエルフ兵も似たような手合いである。
その二人に、一兵卒が進言した。
「め、目の前の敵は陽動で、他の砦に黒竜の別働隊が寄せているということは、考えられないでしょうか……」
しかしその意見を守備隊長は聞き入れなかった。
「警邏からの報告にそんな情報はない。あやふやな思い込みでこの砦の兵を他に回せと言うのか? 減った兵で目の前の敵をどう抑えるのだ?」
自分の意見をにべもなく却下されて、兵卒はすごすごと引き下がった。
「なんだコラァ、そんなところに引きこもってよぉ! 出て来て勝負できねーのかぁ!? テメーら、弱虫ちゃんかコラァぁ!?」
遠くでがなり立てて、砦のエルフ兵を挑発し続けるトカゲ男たち。
特にキザヒは馬を駆って、エルフ弓兵の有効射程内にまで迫って罵声を浴びせる。一軍の将にあるまじき行動である。
「やる気あんのかてめーらぁ!? その弓は飾りかぁ!? どうせ撃ってもあたんねーから撃たねえんだルォ!? エルフは弓が得意なんてえのも、ただの作り話なんだよなぁ? 俺は見たことねーもんよぉ!」
侮辱に耐えられず、何人かの弓兵がキザヒに向かって矢を放った。
魔法で矢じりの貫通力が高まっており、簡素な鎧などは軽く貫く威力のこもったその攻撃を、巧みに馬を操ってひらひらと避けるキザヒ。
「お、お前らこそ、威勢のいいことばかり言って攻めてもこれない腰抜けだ!」
「龍族獣人は勇猛ってのも迷信だったんだな!」
エルフ兵まで、動かない戦線に業を煮やして相手を挑発、罵倒する有様だった。
しかし声がそれほど大きくないので、相手には聞こえていない。罵詈雑言を放つことにも慣れていないようである。
そんな膠着した状況にすべてのエルフたちが倦怠感を覚えた夕方。
相変わらず酒杯を片手に両陣営の罵倒合戦を見物していたエルフ守備隊長のもとに、狼狽した若いエルフ兵が一人駆け寄って来た。
「なにごとだ、そんなにうろたえて。酒でも飲んで落ち着かぬか」
守備隊長が差し出した杯を受け取ることなく、若い兵は絞り出すように言った。
「き、北の砦、陥落……!」
さらにもう一人、体中あちこち傷だらけのエルフ兵が這うようにやって来て叫ぶ。
「南の砦に黒竜王国の兵が!!」
笑みを浮かべていた守備隊長と副長の顔が硬直し、元々白い肌がさらに蒼白になった。
南北の砦を制圧した黒竜王国の別動隊が、ドワーフ自治区内から攻め寄せてきたことで、500のエルフ兵たちは100の軍勢を前に、1000の軍勢を後ろにという挟み撃ちの有様になった。
この砦は構造上、外側から、黒竜王国側から攻めて来た敵を撃退するのに適した作りになっている。
裏から攻められてはひとたまりもなかった。
それを危惧して裏手にあらかじめ弓兵を集めて奮闘する者もいたが、殺到する龍族獣人の群れに、エルフ兵はバタバタとなぎ倒された。
守備隊長に対して「目の前の敵は囮ではないのか」と進言した若いエルフも、この時に死んだ。
彼は敵が他の砦を落として裏から回ってくる可能性を最後まで考慮していたのだろう。
有能ではあったのだろうが、仕えた上司と運が極めて悪かったようだ。
「おっしゃあ! 野郎ども、出ッ発!!!」
混乱の極みを察知したキザヒは、全軍を突撃させて開かれつつある門に向かった。
阿鼻叫喚の中で守備隊長は防壁の上から落下して死に、副長は自らの首に剣を走らせて命を絶った。
戦いは日が沈む前に終わった。
エルフ帝国兵、犠牲者250名あまり。
対する黒竜王国兵、犠牲者300名あまり。
「帳尻が合わねーじゃねーか!!」
キザヒは捕虜とした降伏エルフ兵50名の首を刎ねて満足した。特に黒竜王国兵を多く殺したのは高楼から弓を射ていたものだったので、彼らを中心に殺した。
いっぽう、黒竜王国の軍勢が砦に攻めて来たことをフレットル率いる軍に伝令するために馬を走らせるエルフ。
彼はその途上で、とあるドワーフの村の近くで反対方向から同じように早馬を飛ばすエルフ兵にかち合った。
「ど、どうしたのだ?」
「フレットル殿下が謎の刺客に襲撃されて重傷なのだ! ドワーフ自治区の視察と軍の再編成は大幅に遅れると思われる! そのことを国境の砦に早く伝えなければ……!! ところでお前はなんの伝令だ?」
「そ、その砦から来た。砦は今、黒竜王国の軍勢に攻められている。殿下の軍勢、もしくは涼東州の兵から援軍を出してもらわねば……」
二人とも、目を合わせて絶望した。
それでも自分が伝えるべき情報を届けるため、また反対方向に分かれて走って行った。
「なにかあったのかしらね」
「ずいぶん焦ってたな」
馬に乗ったエルフ兵に追い越されたと思ったら、次は別のエルフ兵が前から走って来て通り過ぎた。
そんな不思議な光景に出くわした茜とドガ。
彼らはベル村と懇意にしている近隣の村に赴き、サッカーの練習指導をしている。
周りには新しく仲間に引き入れたドワーフが十数名いて、各々拙いながらもパス回しやシュート練習などを楽しみながら行っていた。
「お、50回達成したぜアカネ!」
ドガはリフティングの自己最高記録を更新して喜んでいる。
「う、上手くなるの早いわね……なんかすぐに追い越されちゃいそうなんだけど……」
器用だがなにごとも特に秀でていない茜は、そのうちサッカーでも教え子であるドワーフたちの中から自分以上の名人が出てくれることを期待した。




