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行方不明と進軍4

 夕方。馬原 秀歌は、魔法学園島付近の海に待機する潜水艦にてミスター・ケイと対面した。


「お疲れ様。馬原さん」

「いえ、夢の為ならば造作もないわ」

「そういうところ、変わってないね」


 クスクスと笑うミスター・ケイ。その微笑みに一瞬見惚れるが、顔をブルブルと横に振って馬原は意識を取り戻す。

 潜水艦の艦長室にて、会話を交わす馬原とミスター・ケイを眺めながら、乗員達はこれから始まる戦闘に息を飲んだ。


「作戦は聞いたかい?」

「いえ。だけど、本当に大丈夫なのかしら」

「未完成の聖遺物がかい?」

「ええ」


 今回、魔法科大学を滅ぼす手段として、ミスター・ケイが開発したプロトタイプの聖遺物が使われる。基本的に聖遺物のタイプは色々あって、馬原達魔法科の生徒が扱うような魔法を扱えるわけではない。

 現在、開発中であり、尚且つ戦力になるのは、やはり、光線系。つまりレーザー系の魔法を放つ銃である。

 通常のレーザー銃では弾数が尽きるのが早いが、聖遺物として造られた銃は、従来のものよりも数十倍は保つのだ。さらに、発射速度は魔法と遜色はない。

 これらを主要装備とし、近接戦闘部隊には剣と盾を装備させる。その剣も聖遺物としてのプロトタイプで、斬れ味が数段増し、盾の強度も島国を滅ぼすくらいの爆発ならば簡単に弾き返せるのだ。

 馬原は思った。これは侵略だが、ミスター・ケイにとってはただの実験。

 そう考えると、ミスター・ケイは必ず成功に終わると思っているに違いないと感じていた。


「さて、準備まで時間がある。馬原さん、君にも見せたいものがあるんだがいいかい?」

「いいけれど、何があるのかしら?」


 ミスター・ケイは微笑みながら言う。


「秘策があるんだ」


 それだけ言って、二人は潜水艦の奥に消えた。




 ◆




 第三学区、楢滝・第一学区学生寮爆破事件特別会議室に、杉沢・安良里を始め、多くの第三学区生が集まっていた。中には、第三学区魔法警備科総監督教授の美里や美舞もいる。

 だが、やはり異質なのは一般人の海斗に、中学生である筈の第零学区魔法犯罪対策科総監督教授の小石川 雪那だ。二人は先頭に座り込み、安良里と杉沢の話を聞く。


「今回、大規模な爆破が起こったことを知る者も多いだろう。その中で更なる動きがあると見て、我々は作戦を練った。皆にも協力してほしい!」


 安良里が告げると、総勢五十名くらいの魔法警備生が頷く。手元の資料を開き、中を見て皆が驚く。

 その中の一人が安良里に問う。


「こ、今回は犯罪者が特定されてるのですか?」

「はい、馬原 秀歌。第一学区魔法科の教授でレベル八。今回、彼女は学園の宝である聖遺物を盗んだ罪があります。そこで、皆さんには彼女に対する情報を教えていただきたいのです」


 杉沢が答えると、質問をした生徒は隣にいた友人に視線を向けるも、首を横に振る。

 誰もが、今回相手にする名を見て萎縮した。それだけレベルの高い相手であり、尚且つ馬原教諭が相手だとは思っていなかったのだろう。

 ざわつき出す警備生に、雪那が一言入れた。


「……相手は馬原教諭一人。そう思えば気が楽じゃありませんか。私では物足りませんか?」


 凛とした雪那が告げると、一人の女子生徒が立ち上がる。


「そりゃ、作戦内容を見たら気に食わないわ。あたしら警備生が戦闘に参加せずに指咥えて、ただ事件の過ぎる様を見てろって遠回しに言われてる気がしてね!」


 生意気言う彼女は、自らが第三学区の警備生という自信や自覚が強いのだろう、わけのわからない中学生に役立たず発言をされて苛立っているようだ。

 雪那は瞳を鋭くし、無表情に彼女を睨みつける。


「あなた、実力を目の定規で量れないおバカさんなのかしら」

「バカ? 中坊のあんたに言われたかないわよ!」


 皆が始まった喧嘩を止めようと視線を二人に向けた。

 海斗は止めなければと思い、立ち上がる。


「よせ、雪那。喧嘩なんかしてる場合じゃないだろ」

「海斗お兄様。私は自分の実力も知らず、こうして噛み付いてくるおバカさんが大っ嫌いですわ」

「だからって、ここで争っても……」

「こうしたおバカさんには一度知らしめてあげるのが、手っ取り早いのですわよ。海斗お兄様」


 瞬間、部屋からピシッというヒビが入った音が響く。だが、壁に亀裂が入ったわけではない。

 室内は急に冷え出し、海斗の吐息が白くなる。安良里も杉沢も他の生徒も身を震わせ始めた。

 海斗の持っていた水が凍り始め、机に霜が積もる。

 まるで、北極の北風のような寒気に、海斗は身を震わせた。

 雪那に文句を言った生徒すらも、身を震わせ、縮こまっている。

 だが、雪那だけは平静を保ち、冷たく鋭い視線を、生意気な生徒に向けていた。

これが、雪那の力なのか? そう思った海斗は、桜子や紅葉よりも裏舞台で活躍するのには相応しい人間だと思い始める。


「海斗お兄様。私が魔法少女を目指していると一言でも言いましたか?」

「そ、それどころじゃ……」


 雪那は冷ややかな視線を海斗に向けた。


「私は第三代目魔法王女候補。今は中学生という身ではありますが、魔法科大学の覇権を握る、史上最強の魔法少女と名を馳せているのですわよ」


 桜子や紅葉とは違い、自信に満ち溢れた言葉。だが、そこに傲慢や過信などの類の感情は見られない。あるのは、ただ絶対的な強さを持つ者の余裕。

 生意気を言った生徒は、顔を強張らせ雪那を見つめた。


「はぁ……はぁ……」

「そろそろ、体温的にも危なそうですわね。どうですか? 認めていただきましたでしょうか?」

「は、は……い」

「左様ですか」


 雪那は微笑みながら、足を生意気言った女の子の前に出す。

 そして、驚きの一言を繰り出した。


「舐めなさい。それなら私への謝罪として妥当だと思うわよ」

「は……ぁ!?」

「早くしないと、皆様が死んでしまうわよ。もちろん、私の海斗お兄様が亡くなられた場合、私のお姉様方があなたの家族を全員嬲り殺しに行きますわよ? あなたの余計なたった一言で、一族壊滅。どうかしら? あなたは死にながらも呪うでしょう、私の靴を舐めなかったばかりに、一家が謎の失踪。安心なさい。日本の警察ごとき、私にとっては赤子の手を捻るどころの話ではありませんから」


 雪那は見下しながら、靴を女の顔に近づける。

 このクソ寒い環境は徐々に悪化していき、やがて意識を失ったであろう者までいた。これが妹の力だと思うと、海斗は末恐ろしいと感じると共に、自分にも雪那の魔法が効いていることに気がつく。

 これは、海斗を対象にした魔法ではない。部屋全体を対象としているが為に、気温の下げた部屋にいる海斗は凍えているのだ。


「さぁ。一族の為だと思えば安いのでは? 私の靴を舐め、己の行った事を悔いなさい」

「す、すみませ……ん」


 女の子は舌を出すと、舌が異常な速度で凍り始める。

 顔を真っ青にさせ、泣き叫ぼうとした。だが舌は凍り、涙も凍る。

 死ぬ、そうリアルに感じた女の子は、絶望の淵に立たされていた。


「……なんて、冗談ですわよ」


 そう言うと、教室内の気温は元に戻り、室内にあった霜や氷は、夏の気温に溶ける。

 生徒全員が暖かくなった室内で、深呼吸を始めた。

 安良里、杉沢は雪那を見つめ、寒さではない震えを見せる。


「こ、これが第零学区の力……」

「さ、桜子さんや、紅葉さんの力が弱く見えます……です……」


 その一言を耳に入れた雪那は、くるりと正面を向き、安良里と杉沢に口を開いた。


「では気を取り直して作戦会議を始めましょうか」


 そう言うと、誰もが雪那には逆らってはいけないと脳が言ったのだろう、ただ黙って作戦会議が始まった。

 海斗は家を出る前に会った筈の雪那を見つめて思う。


 ――――手が付けられないほど、強いんだな。雪那は。




 ◇




 作戦会議が終了し、海斗は桜子や紅葉の元へと向かおうとした。終わったところで、杉沢や安良里に声をかける。


「あの、桜子やもみねぇは?」

「ああ、彼女達なら、今頃近隣の学生寮にでも泊まってるだろう。二人とも有名だから、誰でも泊めてくれるだろうしな」


 安良里は苦笑いしながら言った。海斗としては、桜子も紅葉も怒ってたから、料理でも振るってあげようと思ってたのだが、別々になれば意味がないと思い、今日は行くのをやめようと決める。

 時刻は二十時。今夜寝るところがない海斗はどうしようかと悩んでいた。すると、杉沢が頬をほのかな桜色に染めて口を開く。


「あ、あの……もし良かったらなんですけれど……」

「え?」

「と、泊まるところがなければ……わ、わわ、わ……」


 話途中だったが、突然海斗は背後から手を握られる。誰かと思い、振り返るとそこには雪那が立っていた。


「海斗お兄様。今夜、泊まる場所がなけらば、私の部屋に泊まっていってください」

「いいのか?」

「はい。元より、海斗お兄様が良ければですが」


 確かに、雪那の部屋でもいいかと思った海斗は首を頷けた。


「そうだね。じゃ、よろしく頼むよ」

「わかりましたわ。では早速帰りましょうか、海斗お兄様」

「ああ」


 二人はそのまま帰路に着く。

 そんな二人を羨ましそうに眺めていた杉沢に、安良里が肩を叩いた。


「杉沢、ドンマイ」

「…………うぅ…………」


 悔しそうな顔をした杉沢は、そのまま第三学区の学生寮に足を運んだ。

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