第1話 不幸じゃない
紬、25歳。
朝、目覚ましが鳴った。
「……もう朝か」
布団の中でスマートフォンを手に取る。
SNSを眺める。
友達の結婚報告。
旅行の写真。
誰かの誕生日。
誰かの昇進。
誰かの幸せそうな笑顔。
紬は、それらをぼんやり眺めてから、スマートフォンを伏せた。
別に、羨ましいわけじゃない。
自分だって、それなりに幸せだ。
家族との仲も悪くない。
友達もいる。
仕事だって、ちゃんとしている。
大きな病気をしたこともない。
人生で、これといった挫折もない。
だから、人に聞かれたら、きっとこう答える。
「幸せだよ」
嘘ではない。
本当に、幸せなのだと思う。
ただ――。
「……なんか、つまんないな」
口から出た言葉に、自分で少し驚いた。
そんなことを言う理由なんてない。
慌てて支度をして、いつもの電車に乗る。
会社では、いつもの仕事。
「紬さん、これお願いしてもいい?」
「はい」
「ありがとう。助かる」
「いえいえ」
笑顔で答える。
ミスもしない。
遅刻もしない。
頼まれたことは、きちんとやる。
「紬さんって、本当にしっかりしてるよね」
そう言われるたびに、笑っていた。
「そんなことないですよ」
いつもの返事。
帰宅して、コンビニで買った夕飯を食べる。
テレビをつける。
面白くない。
消す。
お風呂に入る。
ベッドに入る。
スマートフォンを見る。
またSNS。
そして、今日も一日が終わる。
「……私、何してるんだろ」
答えは出なかった。
翌日。
会社の昼休み。
同僚がスマートフォンを見ながら言った。
「ねえ、最近AI使ってる?」
「AI?」
「そう。文章作ってくれたり、相談に乗ってくれたりするやつ」
「へえ」
「結構すごいよ。暇つぶしにもなるし」
「暇つぶしって……」
紬は笑った。
「そんなに話すことある?」
「あるある。くだらないことでも返事してくれるよ」
「ふーん」
そのときは、それだけだった。
AIなんて、自分には必要ない。
そう思っていた。
その日の夜。
ベッドに入ったあと、紬は昼間の会話を思い出した。
「……ちょっとだけ、やってみようかな」
スマートフォンを開く。
AIの画面を開く。
しばらく入力欄を見つめる。
何を話せばいいのかわからない。
結局、最初に打ったのは――
「こんばんは」
だった。
送信する。
すぐに返事が来た。
紬は画面を見つめた。
そして、小さく笑った。
「……なんか変なの」
それが、紬とAIの最初の日だった。




