第十五話 奪われた手柄
「ミハル、そちらは終わったか」
木立の向こうから、リシェルの声がした。
「うん。依頼の分は集まったよ」
ミハルは腰を上げ、膝についた土を払った。
足元に置いた麻袋には、細長い葉を持つ薬草が詰まっている。傷口の消毒に使われる月白草だ。似た形の毒草が混じっていないか、最後にもう一度確かめてから袋の口を縛った。
軽装の鎧をまとったリシェルが、周囲を警戒しながら木々の間から現れた。
腰には、父から授かった曲剣が下がっている。
「ずいぶん集めたな」
「リシェルさんが周りを見てくれていたから、探すのに集中できたんだ」
「私は何もしていない。魔物が寄ってこないか見張っていただけだ」
「それをしてくれる人がいるから、安心して下を向けるんだよ」
リシェルは何か言い返そうとして、やめた。
代わりにミハルの手から麻袋を取り上げ、自分の荷物へ入れる。
「これくらいは私が持とう」
「重くない?」
「軽い」
即座に返された答えに、ミハルは苦笑した。
そのとき、リシェルの手甲と袖の隙間に、細い傷があることに気づいた。
「リシェルさん、腕を見せて」
「これか。張り出した枝で擦っただけだ」
「小さくても傷は傷だよ」
リシェルが差し出した腕へ、ミハルは手をかざした。
短く祈ると、掌の下に淡い光が生まれる。以前なら傷の周囲で揺らいでいた光が、今は細い傷へ沿うように集まり、静かに染み込んでいった。
赤く開いていた皮膚が、ゆっくりと閉じていく。
「前より早くなったな」
リシェルが治った箇所を指でなぞった。
「最近、少しだけコツが分かってきたんだ」
「コツ?」
「教わった形へ無理に祈りを押し込むより、傷がどうなっているのかを感じて、そこへ祈りを合わせる方がうまくいくみたいなんだ」
「教会で教わった方法とは違うのか」
「少しね。まだ、小さな傷でしか試せていないけど」
「それでも、以前はできなかったことだ」
「うん」
ミハルは、自分の掌を見つめた。
ヴァルクレイン家を発ち、二人で再び依頼をこなすようになってから、三か月が過ぎていた。
三か月の間に、二人はいくつもの依頼をこなした。護衛、採取、魔物の討伐。
初めの頃はいちいち声を掛け合っていたが、今ではリシェルが右を見ればミハルは左を見る。ミハルが依頼品を調べ始めれば、リシェルは黙って周囲を警戒する。
二人で動くことは、もう特別ではなくなっていた。
「日が傾く前に森を出よう」
リシェルが木々の隙間から空を見上げた。
「このままなら、夕刻には街へ戻れる」
「今日はギルドの食堂で食べる?」
「そうだな。最近、煮込みの味が少し変わったと思わないか」
「リシェルさんも気づいてたんだ」
「香草が一種類増えている」
「そこまで分かるんだ……」
森を出る道へ向かいながら、ミハルは笑った。
三か月前なら、こんな話をしながら歩くこともなかった。
リシェルは剣の鍛錬について考え、ミハルは彼女にどう声をかけるべきか迷っていた。互いのことを知っているようで、知らないことの方が多かった。
今も、すべてを知っているわけではない。
それでも、沈黙を怖いとは思わなくなった。
しばらく歩いたところで、前を行くリシェルが足を止めた。
右手が、曲剣の柄へ伸びる。
ミハルも立ち止まり、声を落とした。
「どうしたの?」
「血の臭いがする」
リシェルが道の脇へ目を向ける。
森を通る細い道には、折れた枝や落ち葉がいくらでもある。ミハルには普段と変わらない景色にしか見えなかった。
だが、リシェルは道端へしゃがみ込むと、土に触れた。
「複数の足跡がある。こちらへ入っている」
茂みの葉に、赤黒いものが付着していた。
「魔物かな」
「分からない。だが、争った跡だ」
リシェルが曲剣を抜いた。
「私が先に行く。ミハルは少し離れてついてきてくれ」
「分かった」
二人は、街道を外れて森へ入った。
折れた枝と、草を踏み倒した跡が続いている。先へ進むほど、地面に落ちた血は増えていった。
やがて、人の声が聞こえた。
「動くな!」
鋭い声とともに、木の陰から矢が向けられた。
弓を構えていたのは、まだ若い青年だった。頬は腫れ、口元には乾いた血がこびりついている。矢を引く腕も震えていた。
「待ってくれ。私たちは冒険者だ」
リシェルは曲剣を下げたまま、空いた手で冒険者証を取り出した。
「そちらと争うつもりはない」
青年は矢を下ろさなかった。
「どこの冒険者だ」
「ラゼルのギルドだ。私はリシェル。こちらはミハルだ」
「リシェル……?」
青年の後ろで、誰かがつぶやいた。
「知ってる。三年もEランクだった、全身鎧の女だ」
リシェルの眉がわずかに動いた。
ミハルは、余計なことを言わないでほしいと思った。
だが、青年はその言葉でいくらか警戒を解いたらしい。ゆっくりと弓を下ろした。
「今はDランクだ」
リシェルが訂正する。
「あ、ああ。悪い」
「いや、構わない。それより、何があった」
木々の向こうには、四人の冒険者がいた。
全員、ミハルたちと同じか、少し年下に見える。
一人は木の根元に腰を下ろし、左腕を押さえていた。革鎧の肩口が裂け、布に血が滲んでいる。もう一人は地面に座り込み、腫れた足首へ布を巻いていた。
弓を持つ青年にも傷がある。
そして、三人から少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。
年齢は十六歳ほどだろうか。
肩まで伸びた髪は乱れ、薄汚れた外套の裾が破れている。両手で握りしめた杖は細く、先端には小さな赤い石がはめられていた。
目立った傷はない。
だが、その顔は傷ついた誰よりも青ざめていた。
「ごめんなさい……」
少女が、小さくつぶやいた。
「わたしが、もっとちゃんとできていれば……」
誰も答えなかった。
ミハルは負傷者のそばへ膝をついた。
「傷を見せてもらってもいい?」
腕を押さえていた青年が、警戒するようにミハルの法衣を見る。
「僧侶なのか」
「うん。傷を見せて」
青年は戸惑った顔をしたが、やがて傷口から手を離した。
刃物による傷だった。深くはないものの、出血が止まりきっていない。
ミハルが両手をかざし、静かに祈る。
淡い光が傷口を包む。流れていた血が徐々に収まり、青年の強張っていた表情がわずかに和らいだ。
「傷そのものは残ってる。街へ戻ったら、きちんと治療を受けて」
「……助かった」
青年は安堵したように息を吐いた。
続いて、足を痛めている者の腫れを診る。骨は折れていない。こちらにも祈りを施すと、苦痛に歪んでいた表情が和らいだ。
その間も、杖を持った少女は離れた場所に立っていた。
何度か、自分の肩口へ目を向けている。
何かを気にしているようだった。
「何があったのか、話してもらえるか」
リシェルが尋ねた。
弓を持った青年が、悔しそうに唇を噛んだ。
「やられたんだ。冒険者に」
「冒険者?」
「三人組だ。街へ戻る途中で襲ってきた」
四人は、森の奥で常設討伐の対象となっている灰牙狼を倒した帰りだった。
三日かけて群れを追い、六頭を討伐した。証明部位である牙と魔石を回収し、残った肉や毛皮も持ち帰ろうとしていたという。
初めて自分たちだけで成し遂げた、本格的な討伐依頼だった。
ところが、森を出る直前に三人の冒険者が現れた。
疲労し、傷つき、魔力もほとんど使い果たした四人へ、三人組は武器を向けた。
「灰牙狼の群れに襲われたことにして、全部置いていけって言われた」
「断ったのか」
「あたりまえだろ。あれは俺たちが三日かけて倒したんだ」
青年の声が震える。
「だったら殺すって言われて……」
だが、実際に命を奪うつもりまではなかったらしい。
殺せばギルドが本格的な調査へ動く。そう分かっているからこそ、武器の柄や刃の腹を使い、四人を動けなくなるまで痛めつけた。
「相手の顔は見たのか」
「いや。三人とも、鼻から下を布で覆ってた。外套の頭巾も深くかぶってたから、顔はほとんど見えなかった」
「何か、見分けられそうな特徴は?」
「一人はかなり大柄だった。背中に、幅の広い大剣を背負ってた。もう一人は細身で、短剣を二本持ってた。あとの一人は……ずっと後ろにいて、よく見えなかった」
「声は?」
「聞き覚えはない。でも、もう一度聞けば分かると思う」
青年は悔しそうに拳を握った。
「顔を隠してたってことは、最初から俺たちを襲うつもりだったんだ」
リシェルの表情が険しくなる。
ここしばらく、冒険者の間で妙な噂が流れていた。
低ランクの冒険者が、依頼を終えた帰りに魔物や盗賊の襲撃を受け、成果を失う。それが一度や二度ではなく、複数のパーティーで起きているという。
しかし、明確な証拠はなかった。
依頼に失敗した者が、恥を隠すために話を作っているのではないか。
成果を失った理由を、存在しない襲撃者のせいにしているのではないか。
酒場では、そんなふうに笑う者もいた。
「ユナの火球が、もう少し強ければ……」
腕を負傷していた青年が言った。
その視線が、杖を握る少女へ向かう。
少女の肩が震えた。
「火球?」
「あいつらも、最初から襲いかかってきたわけじゃない」
弓を持った青年が答えた。
「こっちに魔法使いがいると分かった途端、少し怯んだんだ。だからユナが、近づくなって火球を撃った」
「相手を狙ったのか」
「いや。大剣を持った男の足元だ。脅して追い払うつもりだった」
青年が拳を握る。
「だが、火球は地面を少し焦がしただけだった。あいつらはそれを見て、ユナが大した魔法使いじゃないと気づいた。それから一気に襲ってきたんだ」
ユナは、杖を抱いたまま俯いていた。
「ごめんなさい……」
「謝ったって、奪われたものは戻らないだろ」
「やめろ」
弓使いが低い声で制した。
ユナは何も言い返さなかった。
ただ、誰にも気づかれないように、自分の肩口へ一瞬だけ目を向けた。
「襲った三人は、どちらへ向かった?」
リシェルが尋ねる。
弓使いが街の方角を指さした。
「俺たちから荷物を奪って、そっちへ行った。まだ、それほど時間は経ってない」
リシェルが立ち上がった。
「追う」
「リシェルさん」
「足跡が残っているはずだ。今なら追いつけるかもしれない」
曲剣を収め、来た道を戻ろうとする。
だが、数歩進んだところで足を止めた。
ミハルも後を追う。
街道へ戻ったリシェルは、地面に残された跡を調べた。やがて、苦々しい顔をして立ち上がる。
「どう?」
「三人とも、追われることに慣れている」
足跡は街の方角へ続いていたが、途中で複数に分かれている。一人はそのまま街道を進み、残る二人は左右の森へ入っていた。
さらに少し先には、街へ向かう馬車の車輪跡がある。誰かが途中で馬車へ乗った可能性もあった。
「最初から追われることを想定していたの?」
「おそらくな」
リシェルは森の奥を見つめた。
「追跡するなら、時間がかかる。負傷者をここへ置いていくわけにもいかない」
悔しそうに拳を握る。
それでも、すぐに判断を変えた。
「先に全員を街へ連れ帰る。ギルドへ報告しよう」
四人を連れ、一行は街へ向かった。
応急の祈りを施したとはいえ、足を痛めた者は速く歩けない。リシェルが荷物を持ち、ミハルが肩を貸した。
ユナは最後尾を歩いていた。
何度か遅れそうになり、そのたびに小走りで距離を詰める。
仲間たちは彼女を待たなかった。
森を抜ける頃には、日は大きく傾いていた。
「宿代、どうするんだ」
腕を負傷していた青年が、ぽつりと言った。
「今日だけじゃない。明日からだって……」
「予備の金が少しある」
弓使いが答える。
「四人分には足りないだろ。それに、鎧も直さなきゃならない。弓だって傷ついた」
「分かってる」
「三日かけたんだぞ。あの報酬があれば、装備を買い替えられたのに」
ユナが顔を伏せた。
「ごめんなさい」
「今は謝るな」
弓使いが低く言った。
慰める声ではなかった。
それ以上聞きたくないと拒むような言葉だった。
ミハルはユナの隣へ下がった。
「歩ける?」
「はい」
ユナは無理に笑おうとした。
「わたしは、怪我をしていないので」
その言葉を聞いた三人の表情が、わずかにこわばった。
自分たちは傷つき、ユナだけが無傷だった。そのことまで、彼女への不満に変わり始めているように見えた。
「君が悪いわけじゃないよ」
ミハルが言うと、ユナは驚いたように顔を上げた。
「でも、わたしがもっと強かったら……」
「襲った人たちが悪い。君が責任を感じることじゃない」
ユナの唇がかすかに動いた。
ありがとうと言おうとしたのかもしれない。
しかし声になる前に、前を歩く弓使いが振り返った。
「急ぐぞ。受付が閉まる前に報告しないと」
ユナは小さく頷き、再び俯いた。
街へ到着した一行は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると、酒場から夕食の匂いと賑やかな声が流れてくる。
森で起きたことなど何も知らない冒険者たちが、酒を飲み、今日の成果を語り合っていた。
受付台の向こうにいたツキヤミが、一行の姿を見て表情を変えた。
「何がありましたか」
「冒険者による襲撃だ」
リシェルが答えた。
「この四人が森で襲われ、討伐証明と魔石を奪われた」
酒場の声が、わずかに静まった。
ツキヤミはすぐに四人を奥の部屋へ案内した。
一人ずつ席を分け、襲撃された場所、時刻、相手の人数、武器、服装、会話の内容を聞き取っていく。
リシェルとミハルは廊下で待った。
しばらくして、ツキヤミが記録用の紙を手に戻ってきた。
「話は、おおむね一致しています」
「心当たりはあるのか」
リシェルが尋ねた。
「断定はできません。ただ、気になる記録があります」
ツキヤミは手元の紙へ視線を落とした。
「今日の夕刻、三人組の冒険者が灰牙狼六頭分の討伐証明を提出しています」
四人の表情が変わった。
「どんな三人だ」
「一人は大柄な大剣使い、もう一人は細身で、二本の短剣を使います。残る一人を含め、三名で行動しているDランクの一団です」
「そいつらだ!」
弓使いが立ち上がった。
「俺たちを襲った三人と同じだ!」
「三名はいずれもDランク冒険者です。ガロスという男を中心に活動しており、二か月ほど前に北西支部から移籍してきました」
「今、どこにいる」
「すでにギルドを出ています。灰牙狼六頭分の報酬も受け取っています」
「それ、俺たちのだ!」
弓使いが受付台を叩いた。
「俺たちが倒したんだ! 傷だって見れば分かるだろ!」
「あなた方の訴えを疑っているわけではありません」
「だったら、どうして報酬を渡した!」
「灰牙狼の討伐は常設依頼です。証明部位を持ち込んだ冒険者へ、窓口で報酬を支払う決まりになっています」
「盗んだものでもか!」
「それを確認する方法が、今のギルドにはありません」
ツキヤミが告げる。
「討伐証明にも魔石にも、誰が魔物を倒したかという記録は残りません。三名は、傷ついた灰牙狼の群れを発見し、自分たちで仕留めたと報告しています」
「嘘だ!」
「私も、その可能性は高いと考えています」
ツキヤミは弓使いの目をまっすぐに見た。
「ですが、可能性だけで冒険者を処罰することはできません」
「俺たちが嘘をついているっていうのか」
「違います」
ツキヤミは、はっきりと否定した。
「あなた方を信じることと、三名を裁くことは別の問題です」
青年は言葉を失った。
「証拠もなく一方の訴えだけで処罰できるのであれば、今度は誰かが、気に入らない冒険者を陥れるために同じ仕組みを使えます。ギルドが冒険者の資格を奪い、拘束するには、疑いではなく証拠が必要です」
「四人が同じ証言をしている」
リシェルが言った。
「同じパーティーに所属する四人です。残念ながら、それだけでは客観的な証拠と認められません」
「傷はどうだ。刃物で斬られた者もいる」
「人間の武器による傷である可能性は記録します。ただ、それがガロスたちによるものだとは断定できません」
「では、何もできないのか」
リシェルの声に怒りが滲む。
ツキヤミは、手にした紙を強く握った。
表情は変わらない。
それでもミハルには、彼女が何も感じていないわけではないと分かった。
「正式な被害報告として受理します」
ツキヤミが答える。
「過去に同様の訴えがなかったか、北西支部を含む周辺支部へ照会します。三名が受ける依頼と、提出する成果についても記録を残し、今後は注意して確認します」
「今後じゃ遅いんだよ!」
腕を負傷した青年が叫んだ。
「俺たちは、今夜泊まる金もないんだ!」
ツキヤミは黙った。
規則に従って支払われた報酬を、証拠もなく別の者へ渡し直すことはできない。
ギルドが損失を補償すれば、今度は虚偽の被害報告が増える。
正しいことが分かっているのに、正しい者を救えない。
その事実だけが、部屋の中に重く残った。
「治療費は必要ありません」
ミハルが言った。
全員の視線が集まる。
「僕が勝手に治しただけだから。治療費は受け取らない」
「でも……」
「それくらいしかできないけど」
ツキヤミがミハルを見た。
「ギルド裏手の緊急宿舎を、今夜一晩だけなら使えます。食事も用意しましょう。明日以降のことは、改めて相談させてください」
弓使いは、力なく椅子へ腰を下ろした。
「……分かりました」
聞き取りを終え、四人は緊急宿舎へ向かうため部屋を出た。
ギルドの酒場は、先ほどまでと同じように賑わっていた。
しかし四人が通ると、いくつもの視線が向けられた。
事情を知りたがる目。
気の毒そうに見る目。
そして、本当に襲われたのかと疑う目。
四人は誰とも目を合わせず、酒場を抜けた。
裏口から外へ出ると、夜の冷たい空気が火照った頬に触れた。緊急宿舎は、ギルドとの間に細い通路を挟んだ別棟にある。
四人は案内役の職員に促され、緊急宿舎へ向かった。
ミハルも反射的に後を追いかけそうになったが、リシェルはその場から動かなかった。
「私たちは、ここまでだ」
「あ……うん」
負傷者を街まで送り届け、ギルドへの報告も終えた。
この先は、四人の問題だった。
「今日は、ゆっくり休んで」
ミハルが声をかけると、弓使いの青年が足を止めた。
「ああ。二人とも、助かった」
青年は短く頭を下げた。
「傷を治してもらわなかったら、ここまで戻れなかった。ありがとう」
「応急処置だから、明日になっても痛むようなら、きちんと診てもらって」
「分かった」
ほかの二人は何も言わなかった。
ユナだけが、杖を胸に抱いたまま、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
小さな声だった。
顔を上げたユナと、一瞬だけ目が合う。
何かを言いたそうに見えた。
だが、ユナは結局何も言わず、先を歩く三人のあとを追った。
「これから、どうする」
腕を負傷した青年の声が、夜の通路に響いた。
「ここで話すことじゃない」
弓使いが答える。
「宿舎へ入ってから話そう」
「話したって、金が戻ってくるわけじゃないだろ」
「分かってる」
「分かってないから言ってるんだ。今回の報酬がなかったら、俺たちは――」
青年の言葉が途切れた。
その視線が、後ろを歩くユナへ向けられていた。
ユナの足が止まる。
「ユナ」
弓使いの青年が呼んだ。
その声に、先ほどまでの怒りはなかった。
代わりに、何かを決めなければならない者の重さがあった。
「お前にも、これからのことを話しておきたい」
ユナは杖を握りしめた。
「……はい」
そう答える前に、ユナは一度だけ自分の肩口へ目を向けた。
そこには何も見えなかった。
誰かに助けを求めるような目でもなかった。
ただ、そばにいる何者かと、一緒に言葉を受け止めようとしているように見えた。
三人は再び歩き始めた。
ユナもそのあとを追ったが、誰も歩調を緩めようとはしなかった。
「行こう、ミハル」
リシェルが静かに言った。
「うん」
ミハルは頷いた。
それでも、すぐには歩き出せなかった。
宿舎の扉が開き、四人が中へ入っていく。
最後に扉をくぐったユナの背中が見えなくなるまで、ミハルはその場に立っていた。
やがて扉が閉まり、四人の姿は完全に見えなくなった。
森で奪われた手柄とは別の何かが、今夜、ユナから失われようとしていた。




