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【第一部完結】役立たず僧侶の僕が「弱い」と捨てられた仲間を集めたら、全員が規格外の天才でした 〜世界で唯一の【魂律師】は、人の本当の才能を見抜く〜  作者: 牧静
第三章 水竜と小さな炎

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第十五話 奪われた手柄

「ミハル、そちらは終わったか」


 木立の向こうから、リシェルの声がした。


「うん。依頼の分は集まったよ」


 ミハルは腰を上げ、膝についた土を払った。


 足元に置いた麻袋には、細長い葉を持つ薬草が詰まっている。傷口の消毒に使われる月白草だ。似た形の毒草が混じっていないか、最後にもう一度確かめてから袋の口を縛った。


 軽装の鎧をまとったリシェルが、周囲を警戒しながら木々の間から現れた。


 腰には、父から授かった曲剣が下がっている。


「ずいぶん集めたな」


「リシェルさんが周りを見てくれていたから、探すのに集中できたんだ」


「私は何もしていない。魔物が寄ってこないか見張っていただけだ」


「それをしてくれる人がいるから、安心して下を向けるんだよ」


 リシェルは何か言い返そうとして、やめた。


 代わりにミハルの手から麻袋を取り上げ、自分の荷物へ入れる。


「これくらいは私が持とう」


「重くない?」


「軽い」


 即座に返された答えに、ミハルは苦笑した。


 そのとき、リシェルの手甲と袖の隙間に、細い傷があることに気づいた。


「リシェルさん、腕を見せて」


「これか。張り出した枝で擦っただけだ」


「小さくても傷は傷だよ」


 リシェルが差し出した腕へ、ミハルは手をかざした。


 短く祈ると、掌の下に淡い光が生まれる。以前なら傷の周囲で揺らいでいた光が、今は細い傷へ沿うように集まり、静かに染み込んでいった。


 赤く開いていた皮膚が、ゆっくりと閉じていく。


「前より早くなったな」


 リシェルが治った箇所を指でなぞった。


「最近、少しだけコツが分かってきたんだ」


「コツ?」


「教わった形へ無理に祈りを押し込むより、傷がどうなっているのかを感じて、そこへ祈りを合わせる方がうまくいくみたいなんだ」


「教会で教わった方法とは違うのか」


「少しね。まだ、小さな傷でしか試せていないけど」


「それでも、以前はできなかったことだ」


「うん」


 ミハルは、自分の掌を見つめた。


 ヴァルクレイン家を発ち、二人で再び依頼をこなすようになってから、三か月が過ぎていた。


 三か月の間に、二人はいくつもの依頼をこなした。護衛、採取、魔物の討伐。


 初めの頃はいちいち声を掛け合っていたが、今ではリシェルが右を見ればミハルは左を見る。ミハルが依頼品を調べ始めれば、リシェルは黙って周囲を警戒する。


 二人で動くことは、もう特別ではなくなっていた。


「日が傾く前に森を出よう」


 リシェルが木々の隙間から空を見上げた。


「このままなら、夕刻には街へ戻れる」


「今日はギルドの食堂で食べる?」


「そうだな。最近、煮込みの味が少し変わったと思わないか」


「リシェルさんも気づいてたんだ」


「香草が一種類増えている」


「そこまで分かるんだ……」


 森を出る道へ向かいながら、ミハルは笑った。


 三か月前なら、こんな話をしながら歩くこともなかった。


 リシェルは剣の鍛錬について考え、ミハルは彼女にどう声をかけるべきか迷っていた。互いのことを知っているようで、知らないことの方が多かった。


 今も、すべてを知っているわけではない。


 それでも、沈黙を怖いとは思わなくなった。


 しばらく歩いたところで、前を行くリシェルが足を止めた。


 右手が、曲剣の柄へ伸びる。


 ミハルも立ち止まり、声を落とした。


「どうしたの?」


「血の臭いがする」


 リシェルが道の脇へ目を向ける。


 森を通る細い道には、折れた枝や落ち葉がいくらでもある。ミハルには普段と変わらない景色にしか見えなかった。


 だが、リシェルは道端へしゃがみ込むと、土に触れた。


「複数の足跡がある。こちらへ入っている」


 茂みの葉に、赤黒いものが付着していた。


「魔物かな」


「分からない。だが、争った跡だ」


 リシェルが曲剣を抜いた。


「私が先に行く。ミハルは少し離れてついてきてくれ」


「分かった」


 二人は、街道を外れて森へ入った。


 折れた枝と、草を踏み倒した跡が続いている。先へ進むほど、地面に落ちた血は増えていった。


 やがて、人の声が聞こえた。


「動くな!」


 鋭い声とともに、木の陰から矢が向けられた。


 弓を構えていたのは、まだ若い青年だった。頬は腫れ、口元には乾いた血がこびりついている。矢を引く腕も震えていた。


「待ってくれ。私たちは冒険者だ」


 リシェルは曲剣を下げたまま、空いた手で冒険者証を取り出した。


「そちらと争うつもりはない」


 青年は矢を下ろさなかった。


「どこの冒険者だ」


「ラゼルのギルドだ。私はリシェル。こちらはミハルだ」


「リシェル……?」


 青年の後ろで、誰かがつぶやいた。


「知ってる。三年もEランクだった、全身鎧の女だ」


 リシェルの眉がわずかに動いた。


 ミハルは、余計なことを言わないでほしいと思った。


 だが、青年はその言葉でいくらか警戒を解いたらしい。ゆっくりと弓を下ろした。


「今はDランクだ」


 リシェルが訂正する。


「あ、ああ。悪い」


「いや、構わない。それより、何があった」


 木々の向こうには、四人の冒険者がいた。


 全員、ミハルたちと同じか、少し年下に見える。


 一人は木の根元に腰を下ろし、左腕を押さえていた。革鎧の肩口が裂け、布に血が滲んでいる。もう一人は地面に座り込み、腫れた足首へ布を巻いていた。


 弓を持つ青年にも傷がある。


 そして、三人から少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。


 年齢は十六歳ほどだろうか。


 肩まで伸びた髪は乱れ、薄汚れた外套の裾が破れている。両手で握りしめた杖は細く、先端には小さな赤い石がはめられていた。


 目立った傷はない。


 だが、その顔は傷ついた誰よりも青ざめていた。


「ごめんなさい……」


 少女が、小さくつぶやいた。


「わたしが、もっとちゃんとできていれば……」


 誰も答えなかった。


 ミハルは負傷者のそばへ膝をついた。


「傷を見せてもらってもいい?」


 腕を押さえていた青年が、警戒するようにミハルの法衣を見る。


「僧侶なのか」


「うん。傷を見せて」


 青年は戸惑った顔をしたが、やがて傷口から手を離した。


 刃物による傷だった。深くはないものの、出血が止まりきっていない。


 ミハルが両手をかざし、静かに祈る。


 淡い光が傷口を包む。流れていた血が徐々に収まり、青年の強張っていた表情がわずかに和らいだ。


「傷そのものは残ってる。街へ戻ったら、きちんと治療を受けて」


「……助かった」


 青年は安堵したように息を吐いた。


 続いて、足を痛めている者の腫れを診る。骨は折れていない。こちらにも祈りを施すと、苦痛に歪んでいた表情が和らいだ。


 その間も、杖を持った少女は離れた場所に立っていた。


 何度か、自分の肩口へ目を向けている。


 何かを気にしているようだった。


「何があったのか、話してもらえるか」


 リシェルが尋ねた。


 弓を持った青年が、悔しそうに唇を噛んだ。


「やられたんだ。冒険者に」


「冒険者?」


「三人組だ。街へ戻る途中で襲ってきた」


 四人は、森の奥で常設討伐の対象となっている灰牙狼を倒した帰りだった。


 三日かけて群れを追い、六頭を討伐した。証明部位である牙と魔石を回収し、残った肉や毛皮も持ち帰ろうとしていたという。


 初めて自分たちだけで成し遂げた、本格的な討伐依頼だった。


 ところが、森を出る直前に三人の冒険者が現れた。


 疲労し、傷つき、魔力もほとんど使い果たした四人へ、三人組は武器を向けた。


「灰牙狼の群れに襲われたことにして、全部置いていけって言われた」


「断ったのか」


「あたりまえだろ。あれは俺たちが三日かけて倒したんだ」


 青年の声が震える。


「だったら殺すって言われて……」


 だが、実際に命を奪うつもりまではなかったらしい。


 殺せばギルドが本格的な調査へ動く。そう分かっているからこそ、武器の柄や刃の腹を使い、四人を動けなくなるまで痛めつけた。


「相手の顔は見たのか」


「いや。三人とも、鼻から下を布で覆ってた。外套の頭巾も深くかぶってたから、顔はほとんど見えなかった」


「何か、見分けられそうな特徴は?」


「一人はかなり大柄だった。背中に、幅の広い大剣を背負ってた。もう一人は細身で、短剣を二本持ってた。あとの一人は……ずっと後ろにいて、よく見えなかった」


「声は?」


「聞き覚えはない。でも、もう一度聞けば分かると思う」


 青年は悔しそうに拳を握った。


「顔を隠してたってことは、最初から俺たちを襲うつもりだったんだ」


 リシェルの表情が険しくなる。


 ここしばらく、冒険者の間で妙な噂が流れていた。


 低ランクの冒険者が、依頼を終えた帰りに魔物や盗賊の襲撃を受け、成果を失う。それが一度や二度ではなく、複数のパーティーで起きているという。


 しかし、明確な証拠はなかった。


 依頼に失敗した者が、恥を隠すために話を作っているのではないか。


 成果を失った理由を、存在しない襲撃者のせいにしているのではないか。


 酒場では、そんなふうに笑う者もいた。


「ユナの火球が、もう少し強ければ……」


 腕を負傷していた青年が言った。


 その視線が、杖を握る少女へ向かう。


 少女の肩が震えた。


「火球?」


「あいつらも、最初から襲いかかってきたわけじゃない」


 弓を持った青年が答えた。


「こっちに魔法使いがいると分かった途端、少し怯んだんだ。だからユナが、近づくなって火球を撃った」


「相手を狙ったのか」


「いや。大剣を持った男の足元だ。脅して追い払うつもりだった」


 青年が拳を握る。


「だが、火球は地面を少し焦がしただけだった。あいつらはそれを見て、ユナが大した魔法使いじゃないと気づいた。それから一気に襲ってきたんだ」


 ユナは、杖を抱いたまま俯いていた。


「ごめんなさい……」


「謝ったって、奪われたものは戻らないだろ」


「やめろ」


 弓使いが低い声で制した。


 ユナは何も言い返さなかった。


 ただ、誰にも気づかれないように、自分の肩口へ一瞬だけ目を向けた。


「襲った三人は、どちらへ向かった?」


 リシェルが尋ねる。


 弓使いが街の方角を指さした。


「俺たちから荷物を奪って、そっちへ行った。まだ、それほど時間は経ってない」


 リシェルが立ち上がった。


「追う」


「リシェルさん」


「足跡が残っているはずだ。今なら追いつけるかもしれない」


 曲剣を収め、来た道を戻ろうとする。


 だが、数歩進んだところで足を止めた。


 ミハルも後を追う。


 街道へ戻ったリシェルは、地面に残された跡を調べた。やがて、苦々しい顔をして立ち上がる。


「どう?」


「三人とも、追われることに慣れている」


 足跡は街の方角へ続いていたが、途中で複数に分かれている。一人はそのまま街道を進み、残る二人は左右の森へ入っていた。


 さらに少し先には、街へ向かう馬車の車輪跡がある。誰かが途中で馬車へ乗った可能性もあった。


「最初から追われることを想定していたの?」


「おそらくな」


 リシェルは森の奥を見つめた。


「追跡するなら、時間がかかる。負傷者をここへ置いていくわけにもいかない」


 悔しそうに拳を握る。


 それでも、すぐに判断を変えた。


「先に全員を街へ連れ帰る。ギルドへ報告しよう」


 四人を連れ、一行は街へ向かった。


 応急の祈りを施したとはいえ、足を痛めた者は速く歩けない。リシェルが荷物を持ち、ミハルが肩を貸した。


 ユナは最後尾を歩いていた。


 何度か遅れそうになり、そのたびに小走りで距離を詰める。


 仲間たちは彼女を待たなかった。


 森を抜ける頃には、日は大きく傾いていた。


「宿代、どうするんだ」


 腕を負傷していた青年が、ぽつりと言った。


「今日だけじゃない。明日からだって……」


「予備の金が少しある」


 弓使いが答える。


「四人分には足りないだろ。それに、鎧も直さなきゃならない。弓だって傷ついた」


「分かってる」


「三日かけたんだぞ。あの報酬があれば、装備を買い替えられたのに」


 ユナが顔を伏せた。


「ごめんなさい」


「今は謝るな」


 弓使いが低く言った。


 慰める声ではなかった。


 それ以上聞きたくないと拒むような言葉だった。


 ミハルはユナの隣へ下がった。


「歩ける?」


「はい」


 ユナは無理に笑おうとした。


「わたしは、怪我をしていないので」


 その言葉を聞いた三人の表情が、わずかにこわばった。


 自分たちは傷つき、ユナだけが無傷だった。そのことまで、彼女への不満に変わり始めているように見えた。


「君が悪いわけじゃないよ」


 ミハルが言うと、ユナは驚いたように顔を上げた。


「でも、わたしがもっと強かったら……」


「襲った人たちが悪い。君が責任を感じることじゃない」


 ユナの唇がかすかに動いた。


 ありがとうと言おうとしたのかもしれない。


 しかし声になる前に、前を歩く弓使いが振り返った。


「急ぐぞ。受付が閉まる前に報告しないと」


 ユナは小さく頷き、再び俯いた。


 街へ到着した一行は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。


 扉を開けると、酒場から夕食の匂いと賑やかな声が流れてくる。


 森で起きたことなど何も知らない冒険者たちが、酒を飲み、今日の成果を語り合っていた。


 受付台の向こうにいたツキヤミが、一行の姿を見て表情を変えた。


「何がありましたか」


「冒険者による襲撃だ」


 リシェルが答えた。


「この四人が森で襲われ、討伐証明と魔石を奪われた」


 酒場の声が、わずかに静まった。


 ツキヤミはすぐに四人を奥の部屋へ案内した。


 一人ずつ席を分け、襲撃された場所、時刻、相手の人数、武器、服装、会話の内容を聞き取っていく。


 リシェルとミハルは廊下で待った。


 しばらくして、ツキヤミが記録用の紙を手に戻ってきた。


「話は、おおむね一致しています」


「心当たりはあるのか」


 リシェルが尋ねた。


「断定はできません。ただ、気になる記録があります」


 ツキヤミは手元の紙へ視線を落とした。


「今日の夕刻、三人組の冒険者が灰牙狼六頭分の討伐証明を提出しています」


 四人の表情が変わった。


「どんな三人だ」


「一人は大柄な大剣使い、もう一人は細身で、二本の短剣を使います。残る一人を含め、三名で行動しているDランクの一団です」


「そいつらだ!」


 弓使いが立ち上がった。


「俺たちを襲った三人と同じだ!」


「三名はいずれもDランク冒険者です。ガロスという男を中心に活動しており、二か月ほど前に北西支部から移籍してきました」


「今、どこにいる」


「すでにギルドを出ています。灰牙狼六頭分の報酬も受け取っています」


「それ、俺たちのだ!」


 弓使いが受付台を叩いた。


「俺たちが倒したんだ! 傷だって見れば分かるだろ!」


「あなた方の訴えを疑っているわけではありません」


「だったら、どうして報酬を渡した!」


「灰牙狼の討伐は常設依頼です。証明部位を持ち込んだ冒険者へ、窓口で報酬を支払う決まりになっています」


「盗んだものでもか!」


「それを確認する方法が、今のギルドにはありません」


 ツキヤミが告げる。


「討伐証明にも魔石にも、誰が魔物を倒したかという記録は残りません。三名は、傷ついた灰牙狼の群れを発見し、自分たちで仕留めたと報告しています」


「嘘だ!」


「私も、その可能性は高いと考えています」


 ツキヤミは弓使いの目をまっすぐに見た。


「ですが、可能性だけで冒険者を処罰することはできません」


「俺たちが嘘をついているっていうのか」


「違います」


 ツキヤミは、はっきりと否定した。


「あなた方を信じることと、三名を裁くことは別の問題です」


 青年は言葉を失った。


「証拠もなく一方の訴えだけで処罰できるのであれば、今度は誰かが、気に入らない冒険者を陥れるために同じ仕組みを使えます。ギルドが冒険者の資格を奪い、拘束するには、疑いではなく証拠が必要です」


「四人が同じ証言をしている」


 リシェルが言った。


「同じパーティーに所属する四人です。残念ながら、それだけでは客観的な証拠と認められません」


「傷はどうだ。刃物で斬られた者もいる」


「人間の武器による傷である可能性は記録します。ただ、それがガロスたちによるものだとは断定できません」


「では、何もできないのか」


 リシェルの声に怒りが滲む。


 ツキヤミは、手にした紙を強く握った。


 表情は変わらない。


 それでもミハルには、彼女が何も感じていないわけではないと分かった。


「正式な被害報告として受理します」


 ツキヤミが答える。


「過去に同様の訴えがなかったか、北西支部を含む周辺支部へ照会します。三名が受ける依頼と、提出する成果についても記録を残し、今後は注意して確認します」


「今後じゃ遅いんだよ!」


 腕を負傷した青年が叫んだ。


「俺たちは、今夜泊まる金もないんだ!」


 ツキヤミは黙った。


 規則に従って支払われた報酬を、証拠もなく別の者へ渡し直すことはできない。


 ギルドが損失を補償すれば、今度は虚偽の被害報告が増える。


 正しいことが分かっているのに、正しい者を救えない。


 その事実だけが、部屋の中に重く残った。


「治療費は必要ありません」


 ミハルが言った。


 全員の視線が集まる。


「僕が勝手に治しただけだから。治療費は受け取らない」


「でも……」


「それくらいしかできないけど」


 ツキヤミがミハルを見た。


「ギルド裏手の緊急宿舎を、今夜一晩だけなら使えます。食事も用意しましょう。明日以降のことは、改めて相談させてください」


 弓使いは、力なく椅子へ腰を下ろした。


「……分かりました」


 聞き取りを終え、四人は緊急宿舎へ向かうため部屋を出た。


 ギルドの酒場は、先ほどまでと同じように賑わっていた。


 しかし四人が通ると、いくつもの視線が向けられた。


 事情を知りたがる目。


 気の毒そうに見る目。


 そして、本当に襲われたのかと疑う目。


 四人は誰とも目を合わせず、酒場を抜けた。


 裏口から外へ出ると、夜の冷たい空気が火照った頬に触れた。緊急宿舎は、ギルドとの間に細い通路を挟んだ別棟にある。


 四人は案内役の職員に促され、緊急宿舎へ向かった。


 ミハルも反射的に後を追いかけそうになったが、リシェルはその場から動かなかった。


「私たちは、ここまでだ」


「あ……うん」


 負傷者を街まで送り届け、ギルドへの報告も終えた。


 この先は、四人の問題だった。


「今日は、ゆっくり休んで」


 ミハルが声をかけると、弓使いの青年が足を止めた。


「ああ。二人とも、助かった」


 青年は短く頭を下げた。


「傷を治してもらわなかったら、ここまで戻れなかった。ありがとう」


「応急処置だから、明日になっても痛むようなら、きちんと診てもらって」


「分かった」


 ほかの二人は何も言わなかった。


 ユナだけが、杖を胸に抱いたまま、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 小さな声だった。


 顔を上げたユナと、一瞬だけ目が合う。


 何かを言いたそうに見えた。


 だが、ユナは結局何も言わず、先を歩く三人のあとを追った。


「これから、どうする」


 腕を負傷した青年の声が、夜の通路に響いた。


「ここで話すことじゃない」


 弓使いが答える。


「宿舎へ入ってから話そう」


「話したって、金が戻ってくるわけじゃないだろ」


「分かってる」


「分かってないから言ってるんだ。今回の報酬がなかったら、俺たちは――」


 青年の言葉が途切れた。


 その視線が、後ろを歩くユナへ向けられていた。


 ユナの足が止まる。


「ユナ」


 弓使いの青年が呼んだ。


 その声に、先ほどまでの怒りはなかった。


 代わりに、何かを決めなければならない者の重さがあった。


「お前にも、これからのことを話しておきたい」


 ユナは杖を握りしめた。


「……はい」


 そう答える前に、ユナは一度だけ自分の肩口へ目を向けた。


 そこには何も見えなかった。


 誰かに助けを求めるような目でもなかった。


 ただ、そばにいる何者かと、一緒に言葉を受け止めようとしているように見えた。


 三人は再び歩き始めた。


 ユナもそのあとを追ったが、誰も歩調を緩めようとはしなかった。


「行こう、ミハル」


 リシェルが静かに言った。


「うん」


 ミハルは頷いた。


 それでも、すぐには歩き出せなかった。


 宿舎の扉が開き、四人が中へ入っていく。


挿絵(By みてみん)


 最後に扉をくぐったユナの背中が見えなくなるまで、ミハルはその場に立っていた。


 やがて扉が閉まり、四人の姿は完全に見えなくなった。


 森で奪われた手柄とは別の何かが、今夜、ユナから失われようとしていた。

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