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4.ニゲラ

 夕飯を作りながら動画アプリVistiaを開き、昔よく見てたグループVistierの動画を流す…

学生の時、康太と一緒に観て笑ったな…

あ、このメンバー確か不倫してたって前に見たな……やめよう。

 真弓の言っていたアイドルの動画でも流そう…確かに可愛い子たちが、ポップで元気な曲を歌っていて励ましてくれそう…気が紛れる…


 しばらくすると玄関ドアの音がした。帰ってきた…

深呼吸し、自分を鼓舞する。

いつも通りに、いつも通りに…


「ただいま〜無事に帰れたんだね!楽しかった?」

「おかえり、楽しかったよ…手洗いうがい早くしな」

「はいはーい」

上手く出来てない気がする…こんなんじゃ気付いたのわかって丸め込まれてしまう。


どうせいつものように楽観的に都合の悪い注意を躱して誤魔化して、営業職のあの変に達者な喋りで軽々しくうやむやにされるはず。

「これ、お土産?うまそー」

「チョコのやつは職場のだからダメだよ。そっちの…なんだっけ…」

「あ、えーっと、大福?こっち?」

「それ、試食美味しかったよ…ご飯食べてから食べなよ?すぐ出来るから」

「わかってるよー」

サラダとカレーをテーブルに置きに行く。

「あれ?澄玲は?」

「んー…疲れてて食欲なくて…」

「大丈夫?顔色も悪いし、寒いとこに行ったから風邪とか?」

頬を触ろうとする手が近付く…

とっさに避けてしまった…

「移動で疲れただけだから大丈夫…今日はもう休むよ、明日仕事だし」

「そう…」

歯を磨きながら、誤魔化せたか心配になる。


触れるのは無理だ…気持ち悪い…

一緒にいるのもまだかなりキツイ…


どうしてこうなってしまったのだろう…


リビングへ戻ると、康太は大福を食べながらスマホを弄っていた。

手が震える…連絡をとっているのだろうか…


「この大福おいしいね!ありがとう!」

「…よかった…じゃあもう寝るね、おやすみ」

「おやすみー」


 ベッドへ横になるが寝れそうにない。

このベッドは…朝に知らない女が寝ていたのだ…

康太と、裸で…気持ち悪い…

シーツを替えても不快さが酷く残る…


心も身体も酷く疲れているのに、横になっても休まらない…


スマホで色々調べてみる…弁護士、慰謝料、再構築、離婚…

どれも関係のある言葉なのに、飲み込めない。

私はどうしたい?康太とどうする?相手の方は?

この事を忘れてこの先過ごせる?時が経てばできるの?

…また裏切られるかもしれない…

家に来たってことは、少なくとも結婚してる事は知ってるはず。写真だって飾ってるし、私の物も置いてある。

…どうして呼べたの?どんな神経でここに来たの?今までもこの家で会ってたの?あれが初めて?

子供はいないから離婚は簡単。でも、踏み込めないのはなんで?まだやっぱり康太のこと好きなの?

…裏切られて、騙されて、こんな嫌なことされてるのに?

私のなにがダメだったの…

電気を消す音が聞こえる。康太がこっちに来る…

とりあえず寝たフリをしよう…


ベッドに入ってきた康太は、背を向けて寝る私の頭を()()()()()()から横になった。

今のは何?どうして?

あんな事してて、なんで優しくするの?

……どうしてこんなにも私を困らせるの?――


 2時間ほど眠れたが全く休めなかった。全身が重くだるい。


起きて朝ごはんとお弁当を作らなきゃ…

依然として食欲は無いが、食べずに働くのはかなり危険。少量でも入れておかないと倒れてしまう。


ご飯を炊き、洗面所へ向かう。

酷い顔色だ…いつもよりクマも濃く見える…

素早く顔を洗い、メイクに移る。

帰りにドラッグストアに寄って、ピンク系の下地とオレンジ系のコンシーラーを買っておこう…

しばらくは眠れないだろうから、化粧で誤魔化すしかない。


昨日のカレーとご飯を容器に詰め込む。私の分が少ないから、康太のはすごく大盛りになった。それでもルーが余ったので、康太の朝ごはんにしよう。

白米をラップに少量よそって、おにぎりにして食べる。


あんなことがあったのに、私何してるんだろ…


「おはよ〜」

「おはよ…」

「まだ元気ないの?」

あなたのせいだけどね。…とは言えず、空元気を出し必死に返しを考える…

「…あー、真弓と過ごしてたら高校の頃に戻りたくなって…仕事も無くて楽しかったからさ…」

「まぁ学生の頃は楽しかったよなぁ…澄玲とも出会えたしね!」

そう言って康太は洗面所へ向かった。

……あの時出会わなければよかったのに。そう過去を睨んでしまった。


康太の朝ごはんをテーブルへ置き、お弁当、水筒とお土産をカバンへ入れる。

少し早いけど、もう家を出よう。

「もう出るの?早くない?」

「…ちょっとやりたいことあるから、早めに出勤したいんだ」

「そう…行ってらっしゃい」

「行ってきます…」


 全然普段通りに出来ない…ダメだ…笑顔作るので精一杯。こんなのむしろ怪しい…夜にはなんとか調子を戻さなきゃ…

電車の中でもスマホで色々調べてしまう。今役に立ちそうなものはない…考えないようにした方がいいのか…いや、嫌でも考えてしまう…


 職場に着き、休憩のテーブルにお土産をメモを付けて置く。着替えて少し寝よう。

寝不足過ぎてさすがに危ない。――


 お土産のチョコ菓子はみんなに好評だった。家のベッドより仮眠室のベッドの方がよく寝れる…

毎日夜勤でもいいくらい。帰りたくないし…

今日はミスもなく仕事を終えれたので、まずまず。

問題はこの後。


ドラッグストアに寄って、目当ての物をカゴに入れたまま無駄に店内をうろついた。

家に帰りたくなくて引き延ばそうとしてしまう。


 夕陽が終わりかけた薄暗い空の中、吹く度にツンと刺す風を受けながらトボトボと家へ向かう。

そういえば木曜日の事なんて康太に伝えよう?


こうやって私も()()()になっていく…


 玄関のドアノブに手をかけた途端、「あの朝」の事がフラッシュバックした……


心臓がバクバクと動き、手が震える。あの時と同じ感覚…

振り切るように中に入る。


見知った靴ばかり並んでることに安堵する…

階段をのぼりながら息を整える。

大丈夫、あれは嫌な夢だったと思えばいい。


リビングへ入る前に手の震えをみる。まだおさまってないが、マシになった。

「ただいま」

「おかえり、どこか行ってたの?」

そこまで遅くなってないのに…聞かれると思ってなかった…

「ん…ちょっとドラッグストアに化粧品買ってたの」

「そう…あ、ご飯炊いといたよ」

「ありがとう」

今日なに作るか決めてなかったな…そろそろ買い物も行かないと。

手洗いをすまし、夕飯の支度に取り掛かる。

「木曜日の夜、私いないからご飯自分でやってね」

「木曜日?なにかあるの?」

「先輩とご飯行くことになったの」

「わかった」

一応リンカルにも書いておこう。


……私がいないのを良いことに、また会ったりするのだろうか…

食欲が無くて味見もできない。食べないのも不自然だから、少しだけでも食べよう。

その後もなんとか普段通りに出来たと思う。――



 いまだによく眠れないし、食欲もない…昨日から頭痛もありしんどい。

今日は仕事でもちょっとしたミスが目立ってしまった。周りからも心配されてしまった…気を付けないと…

レオくんが駅まで車で迎えに来てくれるので、ロータリーのベンチで待つ。


 黒い軽バンに乗ったレオくんが見えた。

ドアを開けると、ほのかに植物の香りがする。

「待たせてごめんね…大丈夫?体調悪い?」

「大丈夫だよ、こっちこそありがとうね…あの日から眠れないし、食べられなくて…」

「1時間くらいかかるから寝ててもいいよ?あと、カフェオレあげる。甘いからすみれでも飲めるよ」

「でもってなによ…ありがと」

久しぶりにちゃんと笑えた気がする。


普段なら車で眠れないのに、睡眠不足でまぶたが重い…

運転してもらってるのに寝ちゃダメだ…

貰ったカフェオレを飲むが、目覚ましにはならない。むしろこの甘さが心地良く感じてしまう。

「寝てな?着いたら起こすからさ」

さすがに睡魔に勝てそうになかった…

「ごめん…ちょっと寝るね…」


 前の車のテールランプの眩しさで目が覚めた。

「おはよ、あと少しで着くよ」

「ごめんね…寝ちゃって…」

「気にしないで。むしろ運転中に寝てくれる方が俺は嬉しいし」

「嬉しい?」

「安心してくれてる感じがするし、かわいい寝顔も見れるしさ」

「…やだ、見ないでよ」

別に自分が可愛いとは思ってないけど、恥ずかしくなる。

この人はこういう事を言うようになったのか…

「もう着いたよ」

古い小さめのビルの2階の窓に「fix探偵事務所」と書いてあるのが見えた。


 車から降り、レオくんの後ろに続きエレベーターに乗る。

こういう所は初めてだから緊張する…


レオくんがドアをノックし、中に入っていく。

5人ほどいて、外観より中はきれいだった。1人がこちらに向かってくる。

どこかで見た気がする…気のせいかな…

「レオ!久しぶりだな。そちらが依頼の方?」

「久しぶり!どうか頼むよ。彼が津上亮(つがみりょう)、こんなんでもちゃんと仕事は出来るから」

「手塚です…よろしくお願いします…」

「よろしくお願いします。津上です。こちらへどうぞ〜」

奥の個室へ案内してもらい、ソファに座る。


 不倫調査を依頼し、最近の康太の様子、勤務先や勤務形態、車のナンバー、私の夜勤のシフトなどを伝えた。

話していく内に、長い間康太の様子がおかしかったことにやっと気付いた。

「話を聞く限り、少なくとも3ヶ月前から不倫をしている可能性はありそうですね…相手の方に心当たりは?」

「…全く無いんです。お互い仕事の話もあまりしないし、向こうの友人も何人か知ってますが、女性はいないので…」

車に乗り込む時の後ろ姿や服装を見るに、20代くらいの女性とみているが、思い当たる節はない。

私も康太もSNSはやっていないし…

「頂いた情報を元に調査をしていきますね。…証拠が出た後のことはもう決めてますか?」


「……まだ決めきれてません…決心がつかなくて」

「証拠出てからでも大丈夫ですよ。弁護士への紹介もできますから」

「この事は亮にまかせて、すみれは普段通りに過ごしていればいいんだよ?」

「普段通りにできないの…触られそうになると避けちゃったり、作り笑いばかりして…疲れちゃった…」

あの日からずっとあの家に、康太といると心が休まる時がなくなった。まだ日が浅いからダメージも大きいだけだと思いたい。

「ご実家や友人の家にしばらくお世話になった方がいいのでは?」

「実家から通勤は時間もかかりますし、友人も近くにはいないので…なんとか耐えます…」

「俺の家に泊まってもいいんだけどね」

「バカ言うな。こっちが怪しくなってどうする」

「冗談だよ」

呆れたけれど、悪くないなと思った…絶対泊まらないけど。


「車は旦那様のですし、仕事で使うのであれば問題になるので厳しいですが、夜勤の時だけでもよろしいので、家にカメラなどの設置はどうでしょう?」

「夜勤の時だけでもいいんですか?」

「もちろんです。映れば証拠は証拠なので。映りそうな場所に置くだけで良いですし、うちで貸出もしてますよ」

無いよりはきっとあった方が良いんだろうな…

私は映らないし良いかな。

まさか自分の家にカメラを置く日が来るなんて…

「カメラ設置してみます。貸して頂けますか?」

「わかりました。また使う日にご連絡ください」

「俺、取りに来るよ。電車じゃここまで来るの大変だろ?」

「そんな大丈夫だよ…悪いし」

確かにここまでは時間かかるけれど、そこまでさせてしまうのは申し訳ない。

「手間と多少の料金も抑えれるので、良いと思いますよ」

「でも、悪いよ…」

「全然大丈夫だよ、夜勤の時連絡して?そんな状態のすみれをほっとけなくて、力になりたいんだ」

小さく息をついた。こんなにいいのかな…


「今日はこんな所で大丈夫かと思います。何かありましたらご連絡ください。」

「わかりました。ありがとうございます。」

「亮に頼めてよかった。どうか頼むよ」

「仕事だからちゃんとやるさ」

 

 私たちは事務所を出て、車に乗った。

「すみれ、お腹は空いてる?」

「ううん、レオくんだけでも何か食べていいよ?」

「じゃあどこか寄ってもいいかな?」

「もちろん」


20時近くだし、私が食べないのもあって気軽に入れるファミレスへ入った。

食べないがメニューを眺める…

期間限定パフェ…「たっぷりイチゴの贅沢パフェ」……食欲無いからキツイ。

いつもだったら食べれたのにな。

「パフェ食べる?」

「え、あ、いや、惹かれたけど食欲無いし、食べられないからいいの」

「少しでも食べなよ?余ったら俺が食べるからさ」

「そんなの悪いよ…大丈夫…」

「いいよ、デザート食べたかったし。この期間限定のやつでいい?」

「うん…ありがとう」

定食とパフェ、ドリンクバーを付けて注文してくれた。


2人で飲み物を取りに行く。

「ここじゃないけど、昔ファミレスでバイトしてたんだよね。賄いもあって楽しかったなぁ」

「結構意外かも…レオくんが飲食店で働いてるって」

「そう?たまに亮と引越しのバイトもしたなぁ」

「そっちの方が似合ってる」

「まぁ今も力仕事ではあるけど、まだ花屋の方が楽だよ。今は冷たい水がキツいけど」

「それはキツそう…手荒れしちゃってるもんね」

ケアはしてあるが、所々あかぎれが目立つ。痛そう…お花に囲まれて素敵な職業だけど、大変なんだろうな…

「男なのにハンドケアやハンドクリームにやたら詳しくなったよ」

「いいじゃない?最近は男性もスキンケアやメイクするらしいし」

身近で見たことは無いけど。

康太も最近スキンケアをするようになったくらい…

あぁ、また引っかかってしまった。職業柄意識して始めたのか、それとも…

「俺も少しはするようにしてるよ…すみれは学生の頃なにかバイトしてた?」

「…あ、うん、してたよ…高校の時に喫茶店で、大学の時は親の病院でバイトしてたよ」

「似合ってるね!やっぱりさ、熱いの運ぶ時緊張しなかった?」

話しながら運ばれてきた食事をとり、私も流れでパフェのいちごを口へ運んでみる。


 パフェは4分の1程しか食べられなかった。美味しかった気がする。

レオくんはとても美味しそうに頬張っていた。


会計をしようとしたが止められてしまった。

「車も出してもらったし、お世話になったからこれくらい払わせて?」

「全然気にしないで、したくてやった事だし、これからたくさんお金かかるんだから、とっておいてよ」

そう言いながら手早く支払ってしまった。

「…ごめん、ありがとう…」

帰りにガソリン代だけでも受け取ってもらおう。


 家に着き、車から降りる前にレオくんに押し付けるように渡す。

「これくらいは受け取って?じゃないと私の気が済まないの」

「…わかったよ。すみれ、無理しないで…辛かったら気軽に連絡でも、家に来てもいいから」

「ありがとう…頑張るよ…本当に今日はありがとう」


車から降り、家へ向かう。

不意に振り返るとレオくんが手を振ってくれた。私も小さく手を振り返す。


ドアの前に行き鍵を開ける。深く深呼吸をした。

ニゲラの花言葉

『当惑』『不屈の精神』


次回、6月4日20:30予定。


お読み頂きありがとうございました!

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