29.ナンテン
こんなにも待ち遠しかった休日は初めてだ。
部屋が明るくカラフルに思える。
でも、朝の風景はいつも通り。
並べられた朝食を口へ運ぶ。
「すみれ、イチゴ1つあげる。あーん」
「もう…ありがと」
差し出されたイチゴを呆れながらも、いつものようにそのまま食べる。
「よく飽きないね…」
見てるこっちが恥ずかしい。
お父さんの皿にはこれを見越してなのか、いつも1粒多めにイチゴが盛られている。
「蓮も早く食べちゃいなさい。今日、初デートなんでしょ?ちゃんと寝癖も直さないと」
お母さんが食器を拭きながら、にこやかな顔で俺の後頭部を指さす。
後頭部の寝癖を触って確かめた。
思いのほかクシャクシャだ…
これは濡らさないとなぁ。
「へぇ、初デートか。俺たちの時を思い出すね?」
「…いつのこと?」
得意そうな顔で見つめるお父さんをお母さんは冷ややかにかわす。
「蓮の彼女、幼稚園が一緒だった子なんですって。あなたに似ちゃったのかしら……」
心配そうな顔で俺とお父さんの顔を交互に見てきた。
お父さんはずっと表情を変えない。
「なんだよ?お父さんに似ちゃうって…」
「目の色のことじゃない?」
しらばっくれるように話すお父さんを呆れた顔でお母さんが見つめた。
「はぁ、それなわけないでしょ……もうこんな時間、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お父さんは立ち上がり、お母さんを玄関まで見送りに行く。
我が両親ながら仲が良すぎる。ケンカしてるところなんて見たこともない。
いい歳して朝から息子の目の前でイチャイチャしている。
こんなに仲がいいなら兄弟欲しかったんだけどなぁ。
お父さんが見送りから戻ってきた。
「初デートなのに、そんななりでいいのか?」
「まだ時間あるし…ねぇ、さっきのお母さんの言ってたことってなに?」
なんとなく気になってしまう。
俺の何がお父さんに似るんだろ?
「ん?まぁ、お前も俺に似て一途なんだよ」
したり顔で答えた。
一途って……
確かに幼稚園の頃から好きだったけど、お父さんに言ってないんだけど…
「…じゃあ、お父さんも一途なの?」
「もちろん!小さい頃から今もお母さんだけだよ」
あきらかにお父さんの方がお母さんのこと好きだもんな。
「へぇ、お母さんはいつからなの?」
「お母さんの方は大人になってからだよ……少し邪魔入ったからね。苦労したな…」
優雅に紅茶を飲んでから、瞳に影が落ちた。
それは、昔聞いたお母さんの再婚のことなんだろうか。
詳しくは知らないけど、よく諦めなかったもんだ。
「…諦めなかったの?」
「ふっ、お母さんは特別なんだ。この瞳を褒めてくれた時から…お父さんにとって花なんだよ」
「花?」
いつもに増してロマンチックな事を言うな…
「せっかく大切に育てたキレイな花なんだ。他の人に取られたり、枯らされるのは嫌だろう?きちんと自分の手で咲かせてあげなきゃ……まぁ、いつかお前にもわかるさ」
そう言い俺を見る父さんの目は、俺じゃなくてその奥を見ているような気がする。
それがいつも気に食わない。
つい意地悪っぽくなってしまう。
「それにしたってお店の名前、『|Fiole Violand』なんてあからさまじゃん?お母さんの名前入れるなんて」
小さい頃にお父さんが教えてくれた。
フィオルは花。ヴィオランドは菫と国の外国語をお父さんが合わせた造語だ。
一瞬目を見開き、すぐに微笑む。
「覚えていたのか!…まぁ、お母さんには教えてないけどね」
テーブルに飾ってある花の中から、菫の花を指で撫でながら続ける。
「花には色んな花言葉があるだろう?菫は「小さな幸せ」や「誠実」、お母さんにピッタリだ…そんなお店にしたかっただけさ」
和やかに話しているはずなのに、目を見ると背中がゾクっとする感覚に襲われた。
優しい温かさがあるのに、底無しの闇に引きずり込まれるような渦が巻いている。
俺もこんな目をしている時があるのだろうか?
よくお母さんがお父さんに「なに考えてるの?」と聞いているが、きっとこんな目をしている時なんだろう。
パンを口に入れる。今日は気をつけなくちゃな…
「…ところで蓮、時間は大丈夫なのか?」
時計に目をやると、もう9時近くだ!
「……やべっ!」
急いで朝食を口に詰め込む。
「危ないからもっと落ち着いて食べなさい」
眉間に皺を寄せながら言うお父さんを無視して、急いで洗面所へ向かった。
さっきまで見ていたのと同じ琥珀色の瞳が鏡に映る。
確かに友人伝いで、美織ちゃんが青葉南高校に行くことを知って進学を決めたし、運良く付き合えたけど…
お父さんのあの感じとは違うはずだ……
寝癖を直し、ヘアセットをしていく。
花か…
お母さんは元々美人だけど、50代になった今も若く見えるし、よく周りからも言われる。
なによりお母さんが悲しんでるところを見た事がない。
思い出すのはいつも笑顔で、幸せそうにしている姿ばかりだ。
お父さんの言っていた事も一理あるのかも。
あんなふうに人を愛せるかは、まだ分からないけど、今日のデートは成功させたい。
美織ちゃんを俺だけの花にしてみせる!
ナンテンの花言葉
『良い家庭』『深すぎる愛』『私の愛は増すばかり』
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!
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