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第97話 神々に挑む聖戦

「行かなきゃ。……行かなきゃ……今すぐ!」


 メイシー・トレント曹長の叫びは、戦場の喧騒を切り裂いた。


「待て、メイシー! 外は地獄だ、行かせるわけにいかない!」

 カールが必死の形相で彼女の細い手首を掴む。 

 だが、メイシーはその視線を真っ向から射抜いた。

 彼女はカールの手を、メイシーとは思えぬ鋭さで振り払った。


「カール、どいて。予備ケーブルに切り替えなきゃ、バリアは戻らない。そうなれば、地下にいるみんなが……ほのかも、ノエルも死んじゃう!」


 不意にメイシーはカールを突き飛ばした。

 カールは階段から転げ落ちる。

「メイシー!ダメだメイシー!」

 階下から聞こえるカールの声はメイシーを止める事は出来なかった。

 彼女は地上に向かって駆け出した。

 重い防壁の隙間を抜け、煙が渦巻く地上へと続く階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 視界を覆うのは赤いアラートと、舞い散る火花。


(ジュンジロウ……ジュンジロウ……見てて。私、もう間違えないから)

 脳裏をよぎるのは、あのハワイの夜。

 自分の「好奇心」が招いた爆炎。

 自分の背中を海へ突き飛ばし、火柱に消えていった婚約者の、あの優しくて悲しい手の感触。

 あの日、私は何もできなかった。

 ただ守られ、自分だけが生き残るという呪いを背負わされた。

 だが、今日は違う。

 ワタシがみんなを守るんだ。


「バカな! やめるんじゃ、メイシー! 戻れ!」

 ドクターFの、実の娘を呼ぶような悲痛な絶叫がスピーカーから割れる。

 ノエルの「ダメよ、メイシー無茶よ!死んじゃう!」という泣き叫ぶ声。

 カールの「メイシー、待って、戻って!」という、喉を焼くような咆哮。


「メイシー、戻ってぇ!」

 ほのかの声が届いたとき、メイシーはすでに地上、むせ返るような火薬の匂いの中で、瓦礫の中、地上で不自然に残っていた制御盤に取り付いていた。

 義手の右手は、熱で表面の人工皮膚が溶け始めている。

 だが、彼女の指先は、かつて世界一を獲ったあの夜よりも正確に、人生で一番早い速度でキーを叩き、配線を直結させていく。


(……中尉。そう言えば私、あの時約束してたよね。この指が焼き切れるまで、蠍を殺すために叩き続けるって……今がその時なんだね……)


 作業完了まで、残り三秒。

 二秒。

 一秒。


 施設の底から、重厚な駆動音が地鳴りのように響き渡った。

 次の瞬間、地下施設の天面から、淡いエメラルドグリーンの光が溢れ出す。

 鋼鉄の大地を覆い尽くし、幾何学的なハニカム紋様を描きながら展開される、完璧な電磁バリア。


 メイシーは、傍のひしゃげた鉄柱に括り付けられた、UPLモニターカメラに向かって、わずかに口角を上げた。

「……チェックメイト。……ざまあみな、偽物の神様」


 だが、その勝利の余韻は、0.01秒後に訪れた「破壊」によって粉砕された。


 ――ドゴォォォォォォォン!!!!!


 サジタリアスの反物質砲。

 その右手の生体皮膚を内側から爆砕し、漆黒の銃身を覗かせた36mm 多段階加速式・反物質砲 『イシュタル・ゲート』。

 サジタリアスの愉悦に満ちた瞳が細められた瞬間、空間が歪んだ。

 反物質弾頭は、空気を対消滅させながら真空の死線をミリ単位の狂いなく引き裂いていた。


「メイシーーーッ!!」


 ラズロは間に合っていた。

 右腕を失い、ボロボロになったハデス・クロウを振るい、彼はメイシーの前へとその身を投げ出していたのだ。


 だが、反物質砲の暴力は、勇気や執念で抗える領域を超えていた。


 パァァァァァンッ!!

 ラズロの背中で、反物質に破壊されたメイン・ジェネレーターが火を吹く。

 反物質砲弾から放たれた衝撃波は、ラズロの特殊単結晶チタンのリブフレームを内部から瞬時に白濁させ、そのまま貫通。

 さらに、その無慈悲な弾頭が、その背後にいたメイシーの胸部を、心臓ごと消し飛ばしていた。


「……ぁ……」


 メイシーの視界が、不自然なほどゆっくりと傾く。

 体が地面に叩きつけられた衝撃すら感じなかった。

 ただ、冷たいはずの鋼鉄の床が、今は驚くほど温かく感じる。


 視線の先には、自分が命を懸けて再起動させたエメラルドグリーンの光の網。

 それが、仲間たちを守るための、世界で最も美しく、そして強固な「最強の防壁」となっている。


「……ぁ……ぐ……」


 口の中に、あの味が広がった。

 大好きなグミの味じゃない。

 ハワイの夜、瓦礫の中でずっと噛み締めていた、あの忌々しい鉄の味。

 自分の口から溢れる、温かくて重い、生身の血の感触。


「……ねぇ……カール………助けら……れた……良かった」


 彼女の最後の言葉は、カールを守れた事への安堵であった。

 そして、肺はすでに機能を停止していた。

 メイシー・トレント曹長。

 蠍を追い詰めるための「UPLの天才ハッカー少女」は、その生身の瞳をエメラルドの光で満たしたまま、静かにシャットダウンした。


(メイシー……君は本当に……さあ……こっちへおいで……君は……とて……頑張ったんだ……)


(温かいね……ジュンジロ……抱きしめてくれ ……てるの?……嬉し……)


「アハハハ! 壊れちゃった! やっぱり反物質はいいよね、壊す時が華やかで」

 戦場に、天真爛漫な、しかし救いようのない悪意に満ちたサジタリアスの笑い声が響く。

 彼女は、自らの胸部に空いた大穴を気にする事なく、愛らしく首を傾げた。

「アハハ、女はいらないや。ねぇ、ボロボロのお兄さん。あなたなら『コレクション』として持ち帰ってあげてもいいよ? でも、これ以上私の美しさを汚すなら、次は頭をパリンッてしてあげるけどどうする」


 ラズロは恨みに顔を歪めながらも、バイタルパート(重要区画)を抜かれ崩れ落ちる。


 訪れた静寂。

 それは、バリアに守られた地下施設の静寂ではない。

 復讐のために生きてきたUPLの戦士たちが、心の中に飼っていた「獣」の鎖を、完全に引きちぎった音だ。


「う……ああああああああああああああああああああッ!!」

 カールの咆哮が、地下から地上へと突き抜ける。

 ドクターFはモニターの前で、震える手で顔を覆った。

「……済まない、済まないメイシー……みんなを助けてくれたのか……ワシが死ねば良かったのに……なんて役立たずのジジイなんじゃ……ワシは……」


 そして、中尉。

 ジュリアン・ヴァルテール中尉の至近距離で、アクエリアスの胸部流体装甲が、逃げ場のない熱量に耐えかねて轟音と共に爆砕した。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 左眼の『アビス・フレイム』が、再チャージ不足による過負荷を力業でねじ伏せ、どす黒い地獄の業火――漆黒の指向性レーザーを放ち続ける。

 液体金属がメタルガスとなって蒸発し、メインフレームが醜く剥き出しになったアクエリアスを、中尉は一切の容赦なく蹴り飛ばした。

 神を自称していた大佐の身体が、瓦礫の山へと汚らしく転がっていく。


 一方、カイン・ヴィラールは、アクエリアスの惨状に動揺を見せたタウルスの隙を見逃さなかった。

 タウルスの足を、死神の鎌のような鋭い足払いで刈り取る。

 体勢を崩し、鋼鉄の床に膝をついたタウルスの腹部。

 そこへ当てられたカインの『ジャッジメント・リヴァイアサン』の銃口。

――ガン! ガン! ガン! ガン!

 ゼロ距離で叩き込まれるACHR (対サイボーグ重量弾)の衝撃。

「が……ああ……あ……あ……」

 シリンダーが空になり、「カチカチカチ」と撃鉄が虚しく空を叩く音が響いても、カインの指は止まらない。

 その瞳には、何も感情が残っていない。

 ドサリ。

 そのカインの目の前に落ちたのは、雷切で切り飛ばされたカプリコーンの左腕だった。


 ランとコンラートは物言わぬ肉塊のように転がり、意識を失っている。

 カインは、地面を這いずりながら呻くアクエリアスを見下ろし、右手の『オルトロス』を迷わず突き出す。

 至近距離から解き放たれた毎分1200発のレーザーバルカンが、水瓶座の腹部流体装甲を、火花と共に抉り飛ばした。

 完全に露出したアクエリアスのフレームが悲鳴を上げる。

 ガン!ギン!キン!カン!ガン!ガキン!


 だが、アクエリアスの狂気は、致命傷を負ってなお衰えない。

「……死……ねぇッ!!」

 抉り飛ばされた脚部流体装甲の隙間から、液体金属の触手が蛇のようにしなり、死角であるカインの左脇へと突き出された。


――バキィッ!


 鈍く、不快な破砕音が響く。

 回避は間に合わなかった。

 液体金属の奔流はカインの左脇腹を無慈悲に捉え、単結晶チタンの強化骨格ごと、内臓ユニットを瞬時に粉砕した。

『カイン!ごめんなさい……間に合わなくて……』

 カインの口から、鮮血が混じったオイルが溢れ出す。

(集中しろ。アリア!……かすり傷だ)

 神の骨格に触れる代償は、あまりにも重く、あまりに凄惨なものだった。

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

 UPLによる反撃がいよいよ始まります。

 UPLの凄絶な死闘に胸が熱くなった方、彼らの怒りの蹂躙が早く見たい!と思っていただけた方は、ぜひいいねや、お気に入り登録での応援をお願いします

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