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第77話 マリアンヌとラズロ

 15:02 

 パールハーバー第24バース

 巨大なヘリ空母『ヘルメス』。

 その広大な飛行甲板に、陽炎を切り裂いて一機の「怪鳥」が舞い降りた。

 レーザー吸収塗料を幾重にも塗り重ねられた漆黒の機体――特殊作戦ヘリ『AH-99J "ヴェノム・ワイバーン・ストライカー"』。

 装甲の随所に走るスリット状の細い穴は、内蔵された八門の半誘導レーザーキャノンの砲口だ。

 外見からはその狂暴な火力を窺い知ることはできない。

 時速580キロという、現行ヘリの中でも最高速の速度域でダイブし、重武装のサイボーグ小隊を戦地の真っ只中へ放り込むために設計された「空の処刑台」。


 機体が静止すると、スライド式のハッチが開き、マリアンヌ、カイン、ラズロ、ほのかがデッキに降り立った。

 海風がマリアンヌの燃えるような赤髪を乱す。 

 彼女はそれを手慣れた動作でタイトにまとめ直した。

 その両足は、膝から下が精巧な戦闘用サイボーグ義肢となっている。

 歩くたびに僅かに鳴る駆動音は、彼女がかつての戦場で失った肉体の代償だった。


 そこに、数人の幕僚を従えた恰幅の良い男が軍靴を響かせて歩み寄ってくる。

 第45ヘリ空母艦隊司令官、フェリペ・J・アンダーソン少将だ。


「UE-0 "PHANTOM-LIMB"……。UPLの亡霊諸君。歓迎するよ」

 少将は日焼けした顔に皮肉めいた、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべていた。

 彼はカインの無機質な義手と、ラズロの鋭い眼光を交互に見やり、最後に空を仰ぐ。


「君たちは、自分たちのボス……ジュリアン・ヴァルテール中尉という男をどう見ている? ただの偏屈な中尉か? だとしたら、認識を改めたまえ。あの男に対する命令権など、統一国家のいかなる将軍も持っておらんのだよ。奴は、大統領直轄の、いわば『生ける例外』だ。中尉などとふざけて名乗っているが、その実権は中将はおろか、参謀総長すら超えるかもしれん。……まあ、あんな厄介な権威、私なら100万ドル積まれても願い下げだがね……安心したまえ。私はあいつの個人的な友人だよ。尊敬しているのさ。こう見えてね」


 少将はニヤニヤと笑いながら、彼らに「ゆっくりと準備をしたまえ」と言わんばかりの敬礼を送り、ブリッジへと去っていった。


「ジュリアン中尉はすごいんですよ。どこかに言って偉い人に会うたびに今みたいな事言われるんです」とほのかが呟くと、マリアンヌが「カインとラズロはまだ聞いてないんだろ?中尉の過去」

「そうだな……信用されてないのか?」

 ラズロが言うと、ほのかとマリアンヌは首を振る。

「中尉は言いたいんだよ……でもね……そうだね……シラフじゃ言わない……酒が入ってる時さ……でも、みんなで集まってるような酒の席では言わない」

 マリアンヌがほのかを見ると、「そうですよね……少ない人数でお酒飲んでる時にしか言わないのかも……きっと、つらくて口に出すのが怖いんですよ……たぶん……みんな一緒だからわかります。私もそうかもしれない……」と視線を海に落とした。

 話をしていると、年若い少尉が案内をしてくれた。

 比較的良い船室を二人ずつ男女別にあてがわれる。


 翌日、シドニー沖へ向かう太平洋上。

 艦隊は順調に南下を続けていた。

 空は抜けるように青く、海は穏やかな鏡のように静まり返っている。

 だが、その平穏はあくまで表層的なものに過ぎない。

 『ヘルメス』の格納庫の片隅では、三日後の決戦に向けた、ひりつくような整備が続いていた。


「ラズロ、ぼーっとしてないで手伝ってよ。重いのよ、これ」


 マリアンヌの声が響く。

 彼女が台車で運んできたのは、無骨な外装に包まれた追加装備――『超電磁ECM(電子戦支援装置)』と『6連装対サイボーグ誘導ミサイル』のコンテナそれぞれ左右1対ずつだった。

 これを機体側面の外付けハードポイントと共に取り付けようとする彼女の背中には、焦燥感にも似た決意が滲んでいた。


 ラズロはくわえ煙草のまま、不快そうに眉をひそめる。

「おいおい……正気か、マリアンヌ。そんな重たいガラクタを吊るしてみろ。外付けのスタブウィングを増設すれば、速度だけじゃない。ワイバーンの売りである凄まじい回避性能までドブに捨てることになるぞ。ただでさえ強襲型で燃費の悪い機体の足が死ぬ。危なくて見ていられん」


「何言ってるのよ、ラズロ。敵はただの豪華客船じゃない、武装船なのよ」

 マリアンヌはオートスパナを回しながら、強い口調で反論した。

「ゾディアックが相手なのよ。1秒でも、いえ、0.1秒でも敵のミサイルを狂わせる必要があるわ。それに、今回はターゲットだけを処刑しなきゃならない。船ごと沈めるわけにいかないんだから、こういう小型高性能な対個人・対サイボーグミサイルを積んでおけば安心でしょ? 海面ギリギリでホバリングして、あなたたちを確実にバックアップしなきゃならないの」


「速度は何キロ落ちるんだ」

「……60kmは落ちるわね……もっとかも……。でも、その分、あなたたちを空から支援する火力は倍じゃ済まないわ」


「却下だ。速度を優先しろ。空中で『的』になる時間を増やすのは愚策だ。火力はオレとカインの重火器で足りる」

 ラズロは吐き出した煙の向こう側で、冷徹に言い放つ。

「もう一度言う。却下だ、マリアンヌ」


「つべこべ言わずにつけなさい、この頑固オヤジ!」

 マリアンヌは作業の手を止め、ラズロの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。

「あのね、作戦当日に雷雨だったらどうするの? 作戦は中止にならないのよ。雨の日のレーザーがまともに使えると思ってる? 発射口についた水滴で、照射軸が狂ってアウトなのよ。あなたは自分の運を天に任せるつもり?」


「……お互いに、頑固なヤツだ」


 ラズロは折れた。

 実際、彼女の言う通りだ。

 最悪の事態を想定するのがUPLの鉄則。

 彼は溜息をつくと、地面に煙草を捨て、重いミサイルランチャーを持ち上げるのを手伝い始めた。


「ほら、さっさとボルトを締めて。そっちのラッチが甘いわよ」

「分かってる。……ったく、お前は昔から口うるさすぎる」


「あら、そうだったかしら? ジェシカは『ラズロにはこれくらい言わないとダメなのよ』って、いつも笑ってたわよ」


 その名前が出た瞬間、二人の間に流れる空気が、わずかに震えた。

 ジェシカ。

 ラズロの亡き妻であり、マリアンヌにとってはジュニアハイスクール時代からの、代えの利かない親友。

 一緒に通ったチア・チームでは二人はいつも花形だった。

 ラズロとマリアンヌのやり取りは、傍から見れば、長年寄り添った夫婦のような、穏やかで深い信頼関係に満ちている。

 付き合いは実際長かった。

 マリアンヌが憲兵になり、生身の刑事だったラズロは良くジェシカを交えて飲んでいた。

 キャンプに行った数は数えきれない。

 だが、今の二人の間には、鋼鉄の壁よりも強固な「一線」が引かれている。

 ラズロにとって、別の女性を愛することは、死んだジェシカへの裏切りに等しかった。

 そしてマリアンヌにとって、それはさらに過酷な意味を持っていた。

 彼女は過去、三度の婚約者をすべて「蠍」の手によって殺されている。

(私が誰かを愛せば、その人は死ぬ。私の愛は呪いなのよ、ジェシカ……)

 親友の夫に淡い想いを抱きながらも、その呪いがラズロに及ぶことを、彼女は何よりも恐れていた。


 沈黙を破るように、マリアンヌが自販機で買ってきた缶コーヒーを放り投げた。

「ほら、休憩」

「……なんだ。この船の自販機は、今どき珍しいプルトップか。古いな」

 ラズロは、少し懐かしそうに缶を見つめた。


「いいじゃない、缶の方がコーヒーは美味しいのよ」

 マリアンヌは微笑んだ。

 その瞳には戦士では無い、一人の女性としての切なさが溢れていた。

 それは片思いの恋慕。


「なぁ……あのキャンピングカー、どうしたんだ。まだ持ってるのか?」


 ふとした沈黙に耐えかね、ラズロは記憶の隅にあった問いを投げかけた。

 だが、返ってきた言葉は予想以上に冷ややかだった。


「売ったわよ。ジェシカが居ない今、私には必要ないもの」

 淡々としたマリアンヌの答えに、ラズロは地雷を踏んでしまったことを悟り、激しく狼狽した。 

 ジェシカが生きていた頃、三人で旅をしようと語り合ったあの車は、彼女にとって「戻るべき日常」の象徴だったはずだ。

 それを手放した事実は、彼女がもう後ろを振り向かないと決めた証左でもあった。


 気まずさを紛らわすように、ラズロは先ほどの口論――機体の重武装化――について再び口を開いた。

 彼はただ、同僚以上の感情でマリアンヌの身を案じている。

 だが、極限状態の神経を研ぎ澄ませているマリアンヌにとっては、その配慮さえもしつこい執着に感じられた。


「……マリアンヌ。お前なぁ、もしこのミサイルのせいで機動性が落ちて、万が一お前が死ぬようなことがあったら……俺はあの世で、ジェシカにどれだけ殴られるか分かったもんじゃないぞ」


 それは、照れ隠しの混じった、彼なりの精一杯の愛惜だった。



 ラズロの不器用な、精一杯の心配。それに、マリアンヌはいたずらっぽく、けれどどこか祈るように笑った。


「あら? 逆に、これをつけなかったせいで、あなたが船の上で蜂の巣にされて死んでごらんなさい。私はあの世でジェシカに蹴り飛ばされるわよ。『なんでアイツを守らなかったのよ!』ってね。……私はもう、誰も死なせたくないのよ、ラズロ」


「……違いねえ」

 ラズロは苦く笑い、缶コーヒーを飲み干した。

 穏やかな日差しが差し込む格納庫。

 死地へ向かう航海の途中で、二人は、決して触れ合うことのない想いを抱えながら、ただ静かに、鋼鉄の翼を整え続けていた。

 三人で見たキャンプ場の焚火は、二人にとっては二度と訪れる事の無い別世界のように感じられていた。

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