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第47話 相棒

 作戦会議が解散しようとしたその時、部屋の隅で抹茶団子を頬張っていたドクターFが、おもむろに立ち上がった。

「カイン……。出発の前に、これを渡しておこうと思っての」


 ドクターが差し出したのは、無造作な布に包まれた、ひどく歪んだ金属の塊だった。

 布を開くと、そこにはあの日、アリアと共に壊され、G.Eで少し溶かされたアリアの愛銃、S&W M649-Cが現れた。

 コード:E-X09 "GHOST_ERASER"「ホワイト・アルカニスト・グレネード」。

 高濃度混合フッ化水素酸とナノ・シリカ反応粉末の雪に侵食されたアリアの相棒のフレームは曲がり、シリンダーは固着している。


 もはや武器としての機能は一ミリも残っていない「鉄屑」だ。


『……いらないわよ。そんなゴミ。私の『体』も、もう無いんだし……』

 カインの電脳内で、アリアが拗ねたような、それでいてどこか寂しげな声を出す。

(大事な相棒だったんだろ?)

 カインの思考にアリアがふと呟く。

『うん……』

 「ドクター、何とか……」

 ドクターはカインの希望を察したかのように、モノクルを光らせて微笑んだ。


「ああ、分かってるぞ……カイン、君が今使っている『ジャッジメント・リヴァイアサン』。この銃に、アリアの形見であるこのグリップだけなら、移植してやれるぞ」


 ドクターの指差したのはアリアの愛銃についている独特なウリン材の木彫りのグリップ。

 長年の使用で角が取れ、独特の艶を放つその表面には、稚拙だが力強い手つきで、文字が刻まれていた。


「……これを見てみろ。崩れた文字で『カイン』と彫ってある。……あの娘が、一生懸命にナイフを動かしていた姿が目に浮かぶわい。……付けるなら、出発に間に合わせてやるが、どうする?」


 一瞬、カインの脳内が静まり返った。


 そしてコンマ数秒後、鼓膜が破れんばかりの絶叫が炸裂する。

『えええええええええええっ!! そうよ! そうよ、そうよ! 私が彫ったわよ! 酔っ払ってたからね!!酒の勢いよ! 文句あるの!? ああもう、ドクターのクソジジイ! 何してくれてんのよ!!』

 あまりの羞恥心に、アリアの念波はもはやノイズ混じりの涙声だ。

 自分の恥ずかしい過去を、最愛の男の前で、しかもその男が使う武器に刻もうという提案。

 彼女にとっては死ぬより恥ずかしい「公開処刑」に他ならない。


 カインは、その震えるようなアリアの気配を感じながら、静かに、だが熱い想いを込めて頷いた。

「……ああ。頼む、ドクトル。……俺と一緒に、戦わせてやりたいんだ」

(バカ! カインのバカ! もう知らない! 勝手にしなさいよ! ……アンタ、自分の名前入りのグリップなんて使うの?……バカぁ……)


 脳内で顔を真っ赤にして身悶えしているであろうアリアの声を聴きながら、カインは右腕の重みを感じていた。

 ドクターは「分かった。任せておけ」と短く答えると、慣れた手つきでガンケースに入れると、まるで宝物を扱うような手つきで、その壊れたリボルバーをラボへと持ち帰っていった。


「……結論から言えば、蠍のやり口はいつだって同じ。反吐が出るほどにね」


 UPLのオペレーターチーフ、ノエル・ミラージュ・シャルパンティエ少尉は、空中に浮かぶホログラム・ディスプレイを冷徹な手つきでスワイプした。

 青白い光に照らされた彼女の横顔は、かつて最高学府を次席で卒業した才媛の知性と、家族を奪われた復讐者の執念が混ざり合い、透き通るような危うさを孕んでいる。


「ターゲットの女子大生――アンバー。彼女をまずは依存性の高い新型薬物の『使い捨ての売人』に仕立て上げる。その後、彼女をハブにしてキャンパス内、ひいては近隣のコミュニティへ一気に販売ルートを拡大させる。使い勝手が良い駒だと判断されたら電脳に換装して『N.o』を使う。これが奴らの常套手段よ」


 ノエルが示した画像には、大学の近くのショッピングモールで、一人の屈強な男と接触する少女の姿が映っていた。

 防犯カメラの死角を突いた絶妙な位置取りだが、UPLの解析網からは逃れられない。

「……だが、この男。後ろ姿だけでは人定(名前、住所等の個人情報)が確認できんな」


 ジュリアン・ヴァルテール中尉が、スモークサングラス越しに画像を凝視する。

 その凪いだ瞳は、画像の中の男が纏うMCS (軍用サイボーグ)特有の歩法を見逃さなかった。


「ノエル。この男を洗え。シルエットの骨格データから各地の街頭カメラ、入国管理局のログを全抽出して照合しろ。軍籍保持者、あるいは除隊者……おのずと候補は絞れるはずだ」


「了解いたしましたわ、中尉」

 ノエルは、血の通わない義手でキーボードを叩き、完璧な笑顔を浮かべた。

 その微笑みは、獲物を追い詰める肉食獣のそれだ。


「人定どころか、半日もあれば彼の生活サイクル、愛読書、昨夜のディナーのメニューまで調べて差し上げますわ。……これくらい、朝飯前ですわね」


 中尉は椅子を回転させ、直立不動で控えるカインとラズロに向き直った。

 部屋の空気は一瞬にして、戦場の硝煙を孕んだ重圧に支配される。


「相手は蠍の末端だ。だが、放置すれば癌細胞のように広がる。……いいか、蠍の駆除は我々の、UPLの仕事だ」


 中尉の言葉には、拒絶を許さない絶対的な意志が宿っていた。

「明日13:00、ニューヨークへ飛べ。現地のNYPD(ニューヨーク市警)には話を通してある。貴様らに与えられた権限は絶大だ。軍も警察も、そのバッジ一つで顎で動かせると思え。手段は問わん、自由に動け。ただし、結果が全てだ」


 中尉は一度言葉を切り、わずかに声を低めた。

「もし、事態が貴様らの範疇を超え、手に負えんと判断したなら……迷わず泣きつけ。戦闘ヘリによる火力支援くらいなら、すぐにでも飛ばしてやる。……一匹たりとも、逃がすなよ」


「「はっ!!」」

 二人の力強い返声が、ブリーフィングルームに響き渡った。


 カインはUPL最深部、ドクターFの個人執務室を兼ねた工房を訪ねていた。

 そこは、最新鋭のサイバーデバイスが明滅するホログラムの海と、時代錯誤なオイルの匂いが混じり合う、奇妙な聖域だった。


 作業台の上には、カイン・ヴィラールの愛銃『シュタイナー・アームズ SA-89 ジャッジメント・リヴァイアサン』が、一糸乱れぬ分解状態で並べられていた。

 その隣には、あの日、降り注ぐG.Eから掘り出されたアリアの形見、S&W M649-Cが静かに横たわっている。


「さて……お嬢ちゃん。少しばかり、痛いかもしれんが我慢しておくれよ」

 ドクターはモノクルを指先で直し、古びた、しかし鏡面のように磨き上げられたノミを手に取った。


 まずは、アリアの銃から『ウリン製グリップ』を切り離す工程だ。

 「アイアンウッド」の異名を持つウリンは、水に沈むほど重く、そして鉄のように硬い。

 ドクターは、ひしゃげたフレームと木材の僅かな隙間に、極薄の量子化セラミック・ブレードを差し込んだ。

 高価な高靭性ジルコニア・セラミックを超えるこのブレードを持つ職人は世界に何人もいない。

 

 ギィ、と硬質な音を立てて、長年一体化していた金属と木材が、ドクターの精密な力加減によって「剥離」していく。

 

『……っ、ちょっとドクター! もっと優しくしなさいよ! それ、私の大事な……私の、相棒だったんだから……』

 カインの電脳を通じて、アリアの震えるような思念がラボに伝播する。

 彼女にとって、そのグリップは単なる持ち手ではない。

 孤独な夜、カインを想いながらナイフで削り、手の熱を吸わせ、共に死線を潜り抜けた「半身」だった。


「分かっておる。……このウリン、君の血と硝煙をたっぷり吸っておるな。良い色艶じゃ」

 アリアの声など聞こえないはずのドクターが、アリアの声に応えるような言葉を出して、カインは一瞬ドキリとした。

 続いてパーツの一つ一つを慈しむように丹念に剥がし取り、左右のグリップパネルを、特殊な洗浄液に浸した。

 積年の汚れが落ち、現れたのは、深い赤褐色の中に浮かび上がる、拙い掘り込み。

 『C・A・I・N』

 酔った勢いで彫ったというその文字は、彫り込みが深く、角が丸く磨耗している。

 彼女がどれほどの時間、この文字を指でなぞり続けていたかが、指先の感覚だけでドクターには伝わってきた。


 次にドクターが取り出したのは、レーザーカッターではなく、手動の精密ヤスリだった。

「カインの『リヴァイアサン』は、アリアの銃より一回り大きい。そのままでは付かん。……ここからは、ワシの仕事じゃ」


 ドクターはリヴァイアサンの重厚なグリップフレームに、アリアのグリップをあてがう。

 当然、サイズは合わない。

 ネジ穴の位置も、フレームの曲線も、すべてが拒絶し合っている。

 

 シュッ、シュッ、と規則正しい音が静かな工房に響く。

 ドクターは、アリアのグリップの「内側」だけを、コンマ数ミリ単位で削り取っていく。

 外側の『カイン』の文字には一切触れず、それでいて現代の怪物銃であるリヴァイアサンのフレームを「包み込む」ように、木材の肉厚を調整していくのだ。


『……ねえ、カイン。……ドクターの手、あったかいわね』

 電脳の奥で、アリアの声がふっと穏やかになった。

 ドクターの指先は、娘のドロシーを慈しむ時のように、あるいは傷ついた患者の患部を撫でるように、極めて繊細にウリンを研いでいく。

 続いて光子結晶セルロース粘土で細部を調整する。

 成形が終わったセルロース粘土はハードUV (高密度紫外線)を当てられると、ウリン木材の一部であったかのように美しい木目を見せた。


「木というものは面白い。……死してなお、手をかければ生き返る」

 ドクターは、削り終えたグリップの内側に、特殊な高分子接着剤と、衝撃吸収用の液体金属を薄く塗布した。

 そして、カインの『リヴァイアサン』のフレームに、アリアのグリップを「接合」させる。

 

 カチリ、という小さな、しかし決定的な音がした。

 二つの異なる運命が、ドクターの手によって一つに溶け合った瞬間だった。


 仕上げにドクターは、小さな熱線バーナーを取り出し、微細な熱線でウリンの表面を焼成した。

 木材の油分がじわりと浮き出し、アリアの刻んだ『カイン』の文字が、まるで濡れたような深い輝きを放ち始める。


「終わったぞ。……カイン、握ってみるがいい」

 カインは、差し出された重厚なリボルバーを右腕で受け取った。

 握った瞬間、カインの表情が硬直する。


「……これは……」

 冷たい金属の塊であるはずの銃が、驚くほど「温かい」。

 アリアの遺品であるオルトロスを移植した右腕の擬似神経が……アリアの手だった自分の手が……グリップに刻まれた『カイン』の溝を、吸い付くように認識している。

 それは銃を握っている感覚を遥かに超え、自らの肉体の延長にすら感じられる。

 

(……アリア。聞こえるか?)

『……うん。……聞こえてるわよ、カイン。……バカね、そんな刻印……恥ずかしいじゃない……』


 アリアの声は、恥ずかしがる者のそれでは無かった。

 彼女の相棒は今、カインの手の中で、カインの熱を感じながら、カインの相棒と一つになったのである。


「ドクトル……。感謝する」

 カインが短く礼を言うと、ドクターFはモノクルを外して目を細めた。


「和菓子でも食ってから行け。……ニューヨークは冷えるぞ。……死者の想いというものは、案外、重いものじゃからのう。取り込まれるなよ……いや、今はまだ、取り込まれるくらいで良いのかもしれん……」


 ドクターは、アリアの銃の残骸――残された冷たい鉄の塊を、優しく布で包み直した。

 その背中は、かつて自分の娘を守れなかった悔恨を、今、目の前の二人を送り出すことで、静かに弔っているように見えた。


 明日の13:00。

 新しい「絆」を刻んだ銃と共に、亡霊たちはニューヨークの空を駆けることになる。

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