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34話 時の鐘 3

「綾乃!」


 大きな足音とともに、懐かしい声が聞こえた。そして、隣からは栞ちゃんが息を呑む音。


「ユウ、ト……」


「綾乃、良かった!」


 背の高い優くんの長い腕に抱きしめられれば、衣装のままの優くんからは、ほんのり汗のにおいがした。髪もメイクもそのまま。


「優くん」


「大丈夫だったの? 心配したんだぞ。龍介さんだって、どれだけ心配したと思う? 何回電話しても繋がらなくて……最後は電話自体……あの日、ケガ、ケガとかっ」


 首を横に振って、優くんの言葉に応える。今はそれが精いっぱい。


「まじで良かった、無事で」


「ごめ……っ」


「龍介さんもう少しで来るから……あ、ごめん。友達?」


 優くんが栞ちゃんに気付いたようで、わたしから手を離す。わたしは彼女に手を差し伸べて、その体に寄り添うように立つ。まだ揺れ動く心を支えてもらうように。


「栞ちゃん。優くんのファンだって話したことあるでしょ? 今日は栞ちゃんに誘ってもらって」


「ああ、あのサイン書いた」


「初めまして。その節は、ありがとうございました」


「本当に妹みたい。喋り方も雰囲気も、まんま綾乃。そっくり」


「そう、かな」


「うん……あ、仁さん、徹さん」


 何人かが走る足音が近づいてくる。その音が大きくなればなるほどに、手や足が震えるだけではおさまらずに、体そのものが震えだす。


「綾乃ちゃん、良かった。龍、もう来ると思うから」


「あの、わたしやっぱり」


「だめだって! 綾乃、このまま終わりにするの!? 終わりにできんの!?」


 肩を強く掴まれて、体が大きく揺れる。


「おい、優斗」


「でも、会えないっ」


 首を振るわたしを優くんが覗き込むようにして見つめている。


「龍介さんが何かしたの?」


「……違う」


「嫌いになった?」


「違うの……嫌いになんかなれない」


「じゃあ、どうして? 綾乃、俺には教えてよ。なにがあったの?」


 肩を掴む優くんの手は優しくて、まるで龍介さんのように温かい。綺麗な二重に縁取られた瞳がわたしを見つめている。


「綾乃さん、ちゃんと話しましょう?」


「龍介さんなら、なんとかしてくれるから。綾乃のためなら、綾乃を守れるなら、あの人はなんでもするよ。捨て身になるとかそんなんじゃなくて、ちゃんと守ってくれる。考えてくれる。龍介さんならっ」


「ゆう、くん……」


「俺も綾乃のことを守りたいよ。龍介さんの恋人だからっていうことだけじゃない。俺の大切な友達だから。綾乃、なにがあったか話して」


「……写真」


「写真?」


「写真が……卓也に」


 声が喉から出ずに、唇の間で空気と共に掠れて出ていく。


「田辺さん? 写真撮られたの?」


「龍介さんとの写真が……お兄ちゃんが」


 テーブルの上に投げ出された、わたしと龍介さんの写真。兄の調査報告が書かれた白い紙。わたしを射抜くような卓也の瞳。タバコの匂い。ガラスが割れる音。粉々の画面。全てが鮮明に頭の中に蘇る。


 そして、時計の針がカチリと音を立てて、わたしを呼んだ。

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