後日談3.月のない夜の出来事
ガランガランガラン。
新月の夜、患者など訪れるはずもない時間に薬屋のドアベルが鳴った。
小さな見た目にそぐわない不気味な音に侵入者たちは思わず肩を揺らしたが、幸い住人が起きてくる気配はない。
都合の良いことに同居人の男は夕方出かけたまま戻っておらず、今ここにいるのは二階で眠っている女がひとりきりのはずだ。
その女を拉致し、指定された場所へ届けるのが今夜の彼らの仕事だった。
店の中は耳が痛くなるほどの静けさに包まれている。
足を運ぶたびに音を立てる古い床板に苛立ちながら、侵入者たちはカウンターの奥にある二階へ続く階段を目指した。
しかし。
手元のランタンがひとつ灯るだけの不明瞭な視界の中、不意にどこかで金属の擦れる音がした。
侵入者たちははっと息を呑み、慌てて音のした方向へ目を凝らす。
突然、何本もの細い影が宙を走った。
「うあっ」
「くっ、鎖⁈ 勝手に巻きついてきやがる………っ⁈」
「ギャッ! 痛テテテ! 何だコリャ⁈」
暗闇の中、勢いよく金属が擦れる音と男たちの叫び声が響く。
驚きうろたえる侵入者たちが抵抗する間もなく、縦横無尽に舞う鉄鎖はまるで敵意を持つ蛇ように巻き付き、容赦なく彼らを締め上げる。
そうして全員が身動きできなくなったところで、部屋を照らす明かりがぽっと灯った。
「こーんばんは、泥棒さんたち。ここにはお金になりそうなものなんて何もないんですけど……いったい、薬屋なんかに何を盗りに来たんです?」
二階で眠っているはずの女が、彼らを縛り上げている鉄鎖の片端を束ねて持ちながら、こてんと首を傾げた。顛末の一部始終を観察していた黄金色の瞳が、明かりを反射し妖しく煌めく。
ようやく罠に掛かったことに気づいた侵入者たちは、驚きに目を剥き、屈辱に唸り声を上げた。
「グッ……放せ! これを外しやがれ! どうなって………」
「くそがァ! テメェ、殺されてーのか⁈」
しかしもがけばもがくほど、不気味な鎖は彼らの身に食い込む。
「あらあら。そんな風に脅して解放されるなんて、本気で思ってるわけじゃありませんよね? むしろ『痛くて耐えられない』って泣き落とされたなら、許しちゃったかもしれないですけど」
困り顔で微笑む薬師の女をリーダー格の男は憎々しげに見上げる。
女が力を入れているわけでもないのに、おかしな鎖は全身にきつく巻きつき、指先ひとつ満足に動かせない。
しかし男はある事に気づいた。
店内にいる仲間は六人。そして女の手の中にある鎖も六本。
余りはない。
しっかり数を確認すると、男は形勢逆転の一手を期待し後ろの扉を盗み見た。
同時に、再びドアベルがチリンチリンと音を立てる。
見張り役として外に配置した仲間が現れたことを確信して男は歓喜の笑いを浮かべたが、その笑みは脆くも一瞬にして消え去った。
「外は二人だったぞ」
「なんで………こいつはいないはずじゃ………」
帯剣したアッシュグレイの髪の男が、厳しい表情で店内に入ってきた。
両手に一人ずつ、完全に気を失った侵入者の仲間をつかんで荷物のように引き摺っている。
それらを鉄鎖で縛り上げられた侵入者たちの傍へぞんざいに投げ捨てると、悪魔のような形相で男たちを見下ろした。
侵入者たちは自分たちの命が今まさに危機に晒されていることを自覚し、青ざめ震え上がる。
女は同居人の男を仕事ぶりを見て満足げに微笑んだ。
「ありがとう、お疲れ様。………さて」
薬屋の女は、カウンターの上に置かれていた硝子製の水差しを細い腕で持ち上げた。
淵までたっぷりと満たされた得体の知れない液体が、水差しの中で不気味にゆらゆらと揺れている。
「皆さん、お薬の時間です」
厳かな宣告が不埒者たちを問答無用で打ち据える。
「処方されたものはすべて店内で飲むのが、このお店のルール。もちろんご存知ですよね?」
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クロエの『お薬』の効能によって、案の定と言うべきか、彼らが領主の命を受けたゴロツキであることが明らかになった。
最近巷で評判の薬師が若く美しい女だと知った領主が、腕の良い薬師を自分の専属として召し上げ、妾にできればなお都合が良いと考えたことが発端だったようだ。
丁重に食事の席に招いたはずが何の後ろ盾も持たない平民の女に何度も断られて、わかりやすく腹を立てたらしい。
計八人、女性一人連れ去るのにずいぶん卑怯な真似をするものだ。
拉致が成功していたらどうなっていたかなんて、考えたくもない。
侵入者たちは全員鎖で縛りあげたまま店の外へ叩き出し、罪状を書き連ねた立て札を大量に残してきた。
主犯がこの領の最高権力者ということもあり、この件に関して正当な裁きが行われるかは微妙なところだが、侵入者たちから聞き出せた領主の悪事は余すことなく書き残しておいたので、狭い領地だけにかなりの悪評が立つことは免れない。領民の命に関わる件もあったので、その未解決事件が領主の仕業とわかればひと騒動ありそうだ。
「自白剤まで作れるなんて……貴女の神聖力は何でもアリなのか?」
「自白剤なんて人聞きの悪い……ちょっーと気分が解れすぎて、すこーしおしゃべりになっちゃうだけの無害な薬だよ?」
「それを自白剤と言うんじゃないのか」
ルーウェンが呆れたように鼻を鳴らす。クロエはクスッと笑った。
「聖女ジュスティーヌの能力が、ああいった精神感応系だったの。わたし本来の力じゃないけれど彼女の力に触れる機会は多かったから、扱い方を理解していたというか……。彼女自身の能力は弱かったけど………今考えるとなかなか怖い力よね?」
首を傾げて笑いかけるクロエの言葉にルーウェンは一瞬眉をしかめたが、何も言わなかった。
薬屋の扉に掛けられていた金属製の看板だった物は、クロエの手の中にある。それはクロエの能力によって形を変えて、今は不恰好な小鳥の姿のチャームがついた首飾りになっていた。
「やっぱり鉄よりミスリルの方が扱いやすいね。どこかでもっと手に入らないかな?」
ルーウェンに首飾りを返そうとすると、彼は一度受け取った首飾りをクロエの首にかけながら言った。
「ミスリルは希少だし高価だから、簡単には手に入らないな。……これは貴女が持っていた方がいい。いざという時に武器になるからな」
「あのときルーくんは『こんなもの何の役にも立たない』って言ってたけど」
「あれは……まさかこんな使い道があるなんて思うわけないだろ」
ルーウェンはクロエの胸元で白銀に光る、元は教会の聖証だった首飾りのチャームを微妙な表情で見つめた。
チャームの造形がやや不恰好なのは、単にクロエの芸術センスによるものだ。
神聖力のコントロールの問題ではない。
「ふふ。じゃあこれは、わたしが預かっておくわね。……さて、クーベルを去る前に、最後のお仕事を済ませてしまいましょうか」




