46.母ちゃんの小説 第23話
三台の大型バスは新宿駅のバスターミナルに到着した。
「はい、みなさんお疲れさまでした。新宿駅です。お忘れ物がないよう気をつけてお降り下さい。ゴミは前のビニール袋に入れてくださいね」
マイクを手に慣れた調子で一気に喋ってしまうと、雄司はぐったりと助手席に沈み込んだ。
「お疲れだねー」
運転手がタオルで顔をぬぐいながら声をかけた。
「オレは運転があるからって早々と部屋に戻ったけど、あんたはあのあとずーっと最後までつき合ったんだろ。何時まで飲んでたんだ」
「五時までです」
運転手は口をへの字に曲げた。
「いくらピチピチギャルが相手でも、こう毎晩酒盛りじゃなあ。あんたはまだ若いからいいが、体をこわさないように気をつけなきゃな」
「はい」
当のギャルたちーー某女子大のテニス同好会はいい気なもので五分前までは高イビキをかいていたが、駅に着くなりいそいそと身支度を始めている。中にはコンパクトに向かって大口を開けて化粧を直している者もいる。
学生の合宿には添乗員など必要ないはずなのだが、指名された以上断るわけにもいかず、雄司は三泊四日彼女たちと行動を共にし、昼はテニス、夜は飲み会に付き合わされた。しかも彼女たちのハンサムな添乗員に対するモーションはすさまじく、個室に居ようものなら五分おきに誰かしらが枕を抱えて訪れるので、雄司はやむなく酒盛りに加わるしかなかった。
「私たちは冬はスキー同好会なので、そのときも添乗してくださいね」
リーダー格の学生が雄司に向けてシャッターを切りながら言った。
「眼鏡外したほうがずっとハンサムですよ」
「じゃあ、今度の合宿までにはコンタクトにしときますよ」
女子学生はことさら媚びを含んだ笑みを浮かべた。
「後で写真送…うぅん、持っていきます、会社のほうに。そのとき冬のおすすめコースを教えて下さいね」
「ええ」
雄司は完全営業用スマイルで応じた。
他の学生たちも負けじとシャッターを切った。
数日後、焼き増しした写真が山と送られてくることは間違いない。
雄司は小さくため息をついた。
「あなた、今度デビューするの」
その問いに雑誌に目を落としていた翔は顔を上げた。
先日はこのサロンで赤く染めていた髪を自然の色に戻した。今日は色に合うよう髪型を変えに来たのである。
小柄な男の美容師は注意深く翔の髪質を調べながら話しかけた。
「あなた可愛いもんね。きっと人気が出ると思う」
遙は少し離れたソファに座ってじっとこちらを見ている。
「あの、ボクは芸能人じゃないけど」
美容師は女のようにホホ、と笑った。
「そりゃまだ芸能人じゃないよね。でも影さん(・・・)がついていれば出世間違いなしよ。今日の服だって影さんの見立てでしょ。とても似合う」
翔が今着ている服は前のデート(・・・)のときに遙に買ってもらったものだ。開襟のシャツにはセピア色の大航海時代の世界地図がプリントされておりライトブラウンのショートパンツとマッチしている。
会社役員の次男でありながら今までツッパる服装しかしなかった彼にとって上品な歳相応の服を着るというのは新鮮な驚きだった。
「影さんはその人の持っているいちばんいいところを引き出すの。曲だってそう。そのイメージにピッタリの曲を作る。天才ね、彼は」
確かに遙は本業でもすばらしい仕事をしていた。彼に愛される(・・・・)ようになってから翔はテレビやラジオ、いたるところで音楽の中に「影島遙」を発見したが、それらは軽薄ぶった彼の印象とはうらはらに繊細で典雅な調べだった。
本当に遙は天才だ。
デートの締めくくりに翔はいつも遙のマンションで二人きりの時を過ごしたが、立てなくなるほど激しく筋トレした後、ベッドの中で翔は遙に寝物語の代わりに数学や英語を教えられた。学校ではあれほどつまらなく思えた公式や構文が遙の声に乗るとなにか楽しいことのように聞こえ、翔は広いベッドに腹ばいになってノートを取った。
学校でもツッパるのを止めて以来、翔を恐れ近づこうとしなかった級友たちが次第に彼を仲間として受け容れるようになってきた。女の子はもっと大胆で、翔が髪の色を落として登校した翌日からファンレターと称するラブレターが翔のロッカーに舞い込み始めた(翔はもちろんそれらの手紙を遙に見せた)
遙によって僕は新しく作り変えられているのだ。
素直に自分の変化を喜べるようになったこのごろである。
「そいつの髪は猫っ毛だから、あんまり突っ立ったような髪形にはしないでくれよ」
遠くから遙が言った。
「はいはい。分かってますよ、私だって一応プロですからね」
美容師は翔の髪にブラシをかけはじめた。
新章ですね、見たところ。
俺には「テニス&スキー」の組み合わせが面白かったです。スノボはやってなかったんでしょうか、この時代には。
by「俺」




