賭けの結末
呆然と手の中のカードを見つめる郁。………なに、この展開は………?
グルグルと色々なことが頭の中を回っていたのだが取り合えず郁が言いたいことは一つ。
「………小坂くん、もしかして、わざと、負けてた………?」
小坂の答えはニヤリとしたアクドイ、間違っても可愛くなんて見えない笑顔。
「な、なんで………?」
気が付くと信じられないぐらいの距離に小坂の整った顔がある。郁が呆然としている間に席を立っていた彼が椅子の背を掴み閉じ込めるように顔を覗き込んでくる小坂。
クスクスと彼が笑うたびに郁の前髪がわずかに揺れた。
有り得ない。こんなのは有り得ない。
そん、思っていても現実は変わらず有り得ない距離にある小坂を見つめていた。
不思議なぐらい目が離せないでいる郁の視線に小坂は満足そうな顔をするとそっと彼女の耳に唇を寄せる。
触れるぎりぎりまで寄せられた唇に郁の身体がびくんと震えた。彼は秘密を囁くように言葉を郁の耳に注ぐ。
「ねぇ、賭け、覚えてる?」
「っう!!」
彼の言葉と共に耳に掛かった吐息に己の意思とは無関係に郁の顔に血がのぼる。黙ってコクコクと頷くだけで精一杯な郁に気づいているくせに小坂は距離を開けようとはしない。
どどどどどどどっ!!と郁の心臓が有り得ないぐらいの速さを刻んでいた。
ああ、死ぬ、絶対に死ぬ。このまま死ねるよ私!!
「三島さん」
「は、はい!!」
ただでさえ近かった距離がさらに縮まる。逃げようにも背中には壁があり逃げられない。
何がどうしてこなった!!
何が起きているのか、これから何が起きようとしているのか混乱した郁には何もわからない。
だらだらと脂汗を流す郁に小坂は楽しそうにそして獲物の首根っこを掴んだ獣のような目でとんでもないことを郁に命じた。
「三島さんへのお願いはオレと付き合うこと」
「は?」
郁の時が数秒間、確実に止まった。
ニコニコと上機嫌なだけど腹黒さがにじみ出たこのお人は誰?そして何を言われましたか?
え、え?付き合おう?どこに?
「ちなみに付き合うって男女交際、恋人、彼氏彼女ってことだから」
懇切丁寧に説明された言葉が郁の強制停止させられていた脳にじわじわと染み込んできて、そして小坂からの「お願い」が何か理解した途端、郁の顔が瞬間湯沸かし器のごとく湯気をたてて赤くなった。
「む、む、むむむむむむむむ無理~~~~~~~~~~~~~!!」
ぶんぶんともげるかと思うほどの勢いで頭を振り、全身で「無理」と表現する郁に小坂は慌てず騒がす彼女の両頬を手で挟んで動きを止めた。
「賭け」
「うぐっ!でもアレは!!」
「賭け、したよね?」
「小坂くんがはめたようなもので………」
「約束、したよね?納得して三島さんも頷いたよね?」
「それは………」
「破るの?」
「あ……うぅ……」
妙な迫力にどんどん反論が封じられていく。
「オレと付き合ってくれるよね」
疑問符すらない決定事項だった。
頷くことも否定することもできずにいる郁をよそに事態は光の速さで進んでいく。
「じゃ、今、この瞬間からオレ達は恋人同士だから」
「ちょ!!」
「よろしく。郁」
にっこりと笑った顔はいつも通り、女の子達が騒ぐ可愛い小坂くん。なのに、郁にはもう可愛いなんて思えなかった。
黒い、黒すぎる!!この二重人格!!
プルプルと拳を震わせて睨む郁に小坂が「賭け事にはご用心ってね」と嘯いていた。
ぷちりと郁の中で何かが弾け飛ぶ音がした。
「だ、だ、誰が貴方となんかと付き合いますか~~~~~~!!」
郁の当然の叫びに返ってくるのは心底楽しげな自称彼氏の聞いたことのないような馬鹿笑い。
この日、この時、この瞬間から三島郁の平穏で平凡な生活はひっそりと終わりを告げる。そして小坂十波という外見と内面の差がか~な~り激しい少年に振り回される波乱の日々を送ることになるのだが………今の郁はそれを知らない。