第50話
二人は王城の奥深く、騎士たちの訓練場へと向かった。
広大な石畳の広場は、熱気と活力に満ち溢れていた。
数十人の騎士たちが、それぞれの鍛錬に励んでいる。
「はっ! たあっ!」
木剣と木剣が激しく打ち合う乾いた音が響き、若手の騎士二人が互いに間合いを詰め、汗を飛び散らせながら剣を振り下ろす。
「足元が甘い! もっと腰を落とせ!」
指導役らしきベテラン騎士が鋭く叱咤し、傍らでは別のグループが馬を駆り、槍を構えて的を突き刺す練習を繰り返していた。
「突け! 突け! 一呼吸で三突きだ!」
馬の蹄が石畳を蹴る音と、騎士たちの荒い息遣いが重なる。
さらに離れた場所では、魔力を練る者たちが円陣を組み、青白い光を掌に灯しては爆発させる訓練を行っていた。
「魔力の流れを乱すな! 集中しろ! 一瞬の隙が命取りだぞ!」
すべてが戦場を思わせる生々しい活気だった。
(悪くない。悪くないな)
ラインハルトは静かに息を吐き、胸の奥で武蔵の血が熱く疼くのを感じた。
ここは学院の演習場ではない。
本物の戦士たちが日々命を削って鍛える場所だ。
訓練場の入り口で、ガラハントが足を止めた。
「さて……実力を見せてもらおうか」
ラインハルトは案内された更衣室で、礼装のマントと細剣を全て外すよう指示された。
代わりに渡されたのは簡素な訓練着。
軽い革製の胸当てと、動きやすい黒のズボン、そして一本の木剣。
木剣を手に持ったその時、ラインハルトは軽く息を吐いた。
(……馴染む)
訓練場に出ると、すでに数十人の騎士たちが訓練を中断し、こちらに注目していた。
ざわめきが広がる。
「あれが……鬼神の息子か」
「エーゼルヴァルト家の次男だってな。学院で大暴れしたって聞いたぞ」
「まだ十三だろ? 見た目じゃ分からんが……」
好奇と、わずかな嘲りの混じった表情が、ラインハルトを包む。
ガラハントが、前に出て全員に声を張り上げた。
「本日、王立騎士団見習として試験を受ける、ラインハルト・フォン・エーゼルヴァルトだ! 第一皇子殿下の直々の推挙である。皆、よく見届けろ!」
騎士たちが一斉に姿勢を正す。
ガラハントはラインハルトに向き直った。
「本来であれば十人抜きが伝統だが……君はまだ若い。三人相手に三分耐えれば合格だ」
ラインハルトの前に、三人の騎士が並んだ。
たくさんの騎士の中から選ばれた三人。
いずれも体格はいいが、比較的小柄で動きの良さそうな者たちだった。
(……これでは面白みに欠けるな)
ラインハルトは重く胸を沈め、木剣を肩に担ぎ、吠えた。
「それでもこの国を護る騎士か! この中で実力者順に十名出てこい! それともこの国に仕える志は偽りか!」
訓練場が凍りついた。
ガラハントが慌てて手を振る。
「おいおい、ラインハルト殿! 待て待て、そんな話は──」
周囲の騎士たちもざわつき始めた。
「聞かされている話と違うぞ……」
「実際に騎士になるわけじゃねえんだろ?」
「合格確定だって言ってたよな?」
そのざわめきを、奥から響く重い足音がかき消した。
訓練場の奥、影の中から一人の人影が歩み出る。
背丈は二百センチを超え、肩幅の広い巨躯。
銀色の短髪に、首筋に走る古傷。
その存在感だけで周囲の騎士たちが無意識に一歩退いた。
女騎士だった。
「……悪いことをした。俺が相手になる」
低く、掠れた声。
だが、訓練場全体に響き渡る。
ガラハントが目を丸くして叫んだ。
「団長!? ダメですって、これは見習の試験で──」
団長は片手を上げて制し、訓練場中央へ進み出た。
騎士たちが慌てて道を開け、整列する。
団長は全員を見回し、雷のような声で叱咤した。
「黙れ! 全員そこに整列しろ! この腑抜けどもが! そこに立っている坊主より根性無しかお前らは?」
騎士たちが一斉に背筋を伸ばす。
団長はラインハルトをまっすぐに見据え、口元に薄い笑みを浮かべた。
「認められにきたんだよなぁ、坊主? 俺は王立騎士団長、ブリギッテ・フォン・シュトルムヴァルト。俺一人相手に十分耐えたら合格だ。異論はねぇな?」
ラインハルトは木剣を構え、穏やかに答えた。
「勿論だ。そのつもりで来た」
(こいつは……本物だ)
胸の奥で確信し、ラインハルトの瞳に闘志が灯る。
ブリギッテは自分の木剣を手に取り、軽く振ってみせた。
「坊主は木剣でいいのか? 本剣を使っても構わんぞ」
ラインハルトは自信を湛えて口元をほころばせた。
「怪我をさせたら申し訳ないのでな」
ブリギッテの目が見開かれた。
「ははは! そうだな鬼神の息子だ! 間違いない! 気に入った!」
豪快な笑い声が訓練場に響き渡った。
騎士たちが息を呑む。
ガラハントが苦笑しながら後退する。
「もう、頼みますよ本当に……」
ブリギッテは木剣を肩に担ぎ、ラインハルトに向かって一歩踏み出した。
「来い、坊主。口だけじゃないところを見せてもらおうか」
ラインハルトは木剣を構え、深く腰を落とした。
訓練場の空気が、ぴりりと張り詰める。
決闘の幕が上がろうとしていた。
──王立騎士団長ブリギッテ・フォン・シュトルムヴァルト。
その名は、帝国北西部の戦場で『嵐の女獅子』と恐れられる伝説の騎士だった。
今日、ここに新たな伝説が生まれるのか。
騎士たちは固唾を呑んで、見守った。




