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前編

「お前は聖女失格だ」


「同じ聖女として恥ずかしいわ」


「貴方の姿すら見たくない」


「ほーんと役立たずよね!」


「いない方がマシ!」


「何の役にも立たんお前なぞ、聖女と名乗ることすら烏滸がましいわ」


視線が痛い。

逃げ場所もなければ、助けてくれる人もいない。

視界がチカチカと瞬いて(またたいて)、震えた歯がみっともなく音を立てる。


――あぁ、きっと私は、産まれてこないほうが、よかったのね。


じゃあどうして神様は、私にこんな力を与えたの……?



――――――――――――――――――――



うららかな春の日差し、朗らかに笑い歌う人々、柔らかな風に踊る美しい花たち……ここはグリーンリハイン王国――笑顔と緑が溢れる、豊かな国だ。


――というのは建前で、その裏には豊かさを維持するために奔走する、5人の少女たちがいた。


その少女たちは『聖女』と呼ばれ、それぞれが特別な力を持っていた。

浮世離れした女神のような美しさ、人智を超えた力、そしてなにより、胸元に浮かぶ花の痣が、聖女としての証。


1人目はマリアドンナ。傷を癒す力を持ち、筆頭聖女として他の聖女を取り纏めている。第一王子の婚約者だ。


2人目はミミリア。花を咲かせる力を持つ。第二王子の婚約者だ。


3人目はレイナ。雨を自在に降らす力を持つ。歴代聖女の中でも珍しい双子で、レイラの姉。


4人目はレイラ。風を起こす力を持つ。歴代聖女の中でも珍しい双子で、レイナの妹。


5人目はマーマレード。国1番の歌声を持つ。


聖女たちは特別な力を駆使し、豊かな国のために協力しながら今日も奔走していた――たった1人を除いて。


「マーマレード様、次は西地区へ向かい儀式をお願いいたします」

「分かりました」


マーマレード。第5聖女で、国1番の歌声を誇る。だがどれほど素晴らしい歌声があっても、ほかの聖女のように国のため役立てることはなかった。そんなマーマレードに与えられている仕事は、国の各地を周り神に祈りを捧げ、そして歌うこと。

ほかの聖女は兵士や民間人の傷を癒したり、雨を降らし花を咲かせ豊かな風を起こす、そんな国のために力を使っているのに。マーマレードの歌だけでは、心は豊かに出来ても、国を豊かにすることはできなかった。


――だから、嫌われていても、仕方ないのだ。


「あーらら、どこかの役立たずさんは、今日も儀式に行くんだー」

「あたしたちは聖女としての仕事で忙しいから……いつも任せちゃってごめんねー?」


聖女たちが暮らす神殿から出ようとしたところで出会ったのは、レイナとレイラ。そっくりで見分けがむずかしいが、赤色の髪を左に流しているのが姉のレイナ、右に流しているのが妹のレイラだ。


「あはは!レイラったら、そこのマーマレードも聖女だよー?」

「えー?でも、聖女として役に立ってるところ、見たことないしー!」

「……私のせいで、負担を増やしてしまい、申し訳ございません……では、儀式がありますので」

「はー!?感じわる!」


この性格、見た目、聖女としての能力、全てが癇に障るのだろう、そのことは分かっていても、マーマレードにはどうしようも無かった。

マーマレードは、元々は孤児院で育った子供だ。

孤児院の大人たちは国からの育成金が目当てであり、子供たちの世話なんてほぼしていなかった。だから、自分たちでするしか無かった。1日1切れのパンと、3杯の水で生き延びるしかなかった。自分たちを守れるのは、自分たちしかいなかった。

1歳から13歳までの12年間が、マーマレードをこうしたのだ。神殿に来てからの3年間で、この性格が変わるわけもなかった。


そして、聖女の中でも唯一孤児院から来た、ということも、彼女たちからしてみれば癇に障るひとつの原因であろう。


「――レイナ、レイラ、何をしているのです?」

「マリアドンナ様!ミミリア様!」

「マーマレードを見かけたので、挨拶をしていました!」

「あら、マーマレードもいたのね……」


奥から現れたのは、筆頭聖女のマリアドンナと、ミミリアだった。歴代聖女の中でも珍しい力と、それぞれ第一王子と第二王子の婚約者であることから、神殿だけでなく王宮からも特別扱いされている。

特にこの2人の美しさは別格で、金髪のマリアドンナと銀髪のミミリアは、グリーンリハインの太陽と月とまでいわれていた。


「……マリアドンナ様、行きましょう。こんな下賎なものといては、マリアドンナ様まで穢れてしまいます」

「それもそうね。じゃあ、(わたくし)たちは行きますわ。レイナ、レイラ、今日も頑張りましょうね」


ミミリアの一言で、この場は解散となった。

きっと、聖女たちの中で、ミミリアが1番マーマレードをよく思っていないだろう。だが、マーマレードはミミリアが嫌いではなかった。なぜなら、ミミリアがいれば足止めを食らう時間が短くなるのだから――。


「マーマレード様、馬車のご用意ができました」

「はい。今行きます」


聖女の中でも、いちばん古くてボロボロの馬車。中にあるのも、薄っぺらくて臀を守れもしないクッションだ。マーマレードには、その扱いでいいと、神殿が許容している証拠。

だがマーマレードは、この馬車を気に入っていた。煌びやかな神殿より、育った孤児院に似たこの馬車が、自分にはお似合いだと思っていた。


がたがたと馬車に揺られ2時間ほど、マーマレードは西地区の教会に辿り着いた。


「マーマレード様、到着いたしました」

「はい……ありがとうございます」


マーマレードはまずは神父に会うため、司祭館へと足を向ける神殿に引き取られてからの3年間、マーマレードはこうして国各地を周っているので、この西地区の教会へも何度か来たことがある。


「リヒード様、マーマレードです」

「やぁやぁ、マーマレード!久々だねぇ、元気にしてたかい?」

「えぇ、とても」


西地区の教会を管理している神父、リヒードは書類を投げ捨てる勢いでこちらに来ると、マーマレードと親愛の抱擁を交わした。

リヒードは人嫌いで有名で、この教会にはリヒード以外誰もいない。そのため、ひとりで仕事に追われるリヒードは常に目の下にクマを携えていた。


「今日のマーマレードも美しいね、会えるのを楽しみにしていたよ」


そんな人嫌いのリヒードが唯一可愛がっているのが、このマーマレードだった。マーマレードがもといた孤児院は西地区が管理しており、たまたまリヒードが通りがかった際に悲惨な状況を目の当たりにしたのだ。

そこからの行動は早く、当時の職員は全て解雇。知り合いの神職者に声をかけ、子供たちの衣食住を確保、その後は厳しい面接の元、新しい職員へと業務が引き継がれた。


その時、マーマレードが聖女だと発見したのも、リヒードだった。緩んだ服の首元からちらりと見えた、珍しい痣。そこから半年ほど、この世界の常識を何も知らなかったマーマレードはリヒードから勉強を教えられ、聖女として神殿に迎え入れられたのだった。


「君の歌は極上だ、僕はいつもマーマレードが来てくれるのを楽しみにしているんだよ」

「私はそんな……立派なものじゃ、ないので……」

「マーマレード、僕には分かるよ、君は素晴らしい聖女だ。彼女たちは幼すぎるが故、まだ分からないのさ」

「……?マリアドンナ様とミミリア様は、私より年上ですよ?」

「はは、そういう事じゃないよ」


そのうち分かるよ、とのんびり笑うリヒードは、どういう事なのか教えてくれる気はないらしい。


「さぁ、マーマレード、儀式の準備を始めようか」


この教会にはリヒードひとり。マーマレードにはお付きの騎士がいるものの手伝う気は無さそうで、少し離れたところでつまらなさそうに空を見あげている。なので、儀式の準備をするのはマーマレードとリヒードの2人だけである。しかしマーマレードは、この準備の時間が好きだった。


「よし、これで準備は終わりだね……民衆が待ちかねているよ、教会を開放しようか」


リヒードの言葉を合図に、マーマレードは祭壇の奥へと引っ込む。聖女たちからは疎まれているマーマレードだが、こうして街に出てみれば自分のことを心待ちにしてくれる人々がいる――それは、マーマレードにとって、救いであった。だから、準備も含めて、儀式の時間が大好きだった。


(……今日も、いるわ)


奥からは少し隙間があり、教会を訪れた人々を盗み見ることが出来た。本来ならこんなはしたない真似は出来ないが、ここにマーマレードを叱るものはいない。

マーマレードの視線の先にいるのは、ひとりの男だった。金髪で、青い瞳……周りの女性たちが、()を見てうっとりとため息をついているのが見て取れる。


名前は、知っている。

話したことは、無い。

いつも、マーマレードの歌を楽しみに来てくれる、()


毎回来ているよ、とリヒードから教えられたのはいつだっただろうか。


「マーマレード、準備はいいかい?儀式を始めるよ」


リヒードに声をかけられ、はっとする。そうだ、これから大切な儀式が始まる。気を引き締めなければ。



マーマレードは祭壇にゆっくり足を進めると、真ん中で静かに膝をつく。神に祈りを捧げた後は、民衆に幸福が訪れるように、願い歌うだけだ。


(私には……歌うことしかできないから)


天上の歌声と呼ばれるその声は美しく響き渡り、あちこちから感嘆のため息がきこえる。


あ、目が合った。


()が、私を見つめている。


涙を流しているのだろうか、しっとりと濡れた瞳で、しかし一切目を逸らさずにマーマレードを見つめている。

マーマレードに、傷を癒したり、花を咲かせる力はない。それでもせめて、彼に、極上の幸福が訪れますように。


儀式が終わると、人々は祭壇に花と祈りを捧げ、日常に戻っていく。マーマレードはその様子もまた、影からこっそり覗きみていた。

最後に花を捧げるのは、いつだって必ず()だ。

長い長い祈りを捧げ、名残惜しそうに帰っていく。

それを見送るマーマレードも、また名残惜しい気持ちを抱えていた。ただ、その理由はずっと分からないままだ。


「マーマレード、お疲れ様。今日も素晴らしい儀式だったよ」

「ありがとうございます……無事に終わって、良かった」

「片付けはあとから僕がするから、今日はゆっくり話そう。聖女だって、たまには羽を伸ばさないと」


お茶目にウィンクされ、マーマレードも断ることを辞めた。リヒードが、自分のためにそうしてくれたのが分かっているからだ。マーマレードはリヒードを本当の親のように思っているし、またリヒードもマーマレードのことを娘のように可愛がってくれている。心で繋がっているような、そんな関係がマーマレードにはたまらなく嬉しかった。


「……もうすぐ、君も婚約をすることになるのか」

「えぇ……来月、17歳の誕生日に」

「僕に息子がいたらなぁ〜反逆してでもお嫁さんに貰うのに」

「リヒード様ったら!」


教会では一切笑うことのないマーマレードだったが、リヒードといる時だけは唯一、心の底か笑うことができた。


「僕は君のお父さんみたいなものだからね。しっかりと見極めないと」

「リヒード様のお眼鏡にかなう男性なんているのかしら」

「どうだろうねぇ、きっと貴族のやつらには、いないだろうね」


人嫌いのリヒードは、特に貴族たちを嫌っていた。理由は聞いたことがないが、踏み入れてはいけない空気を感じたマーマレードは、無闇に聞くことはしなかった。


「マーマレード様、お時間です」

「……はい、分かりました」

「あーあ、もうそんな時間かー……いっそのこと、ここで暮らしちゃう?」

「それができたら、とても素敵ですね……ですが、今日のところは帰ることにします。もし教会を追い出されたら、そのときは一緒に住まわせてくださいな」

「あぁ……いつでも待っているよ」


ふたりは別れを惜しむように、最後にもう一度抱擁を交わした。マーマレードの儀式は順番で決まっているから、ここに来れるのは少し先になってしまう。それに聖女というのは大変窮屈で、儀式や仕事以外で外に出ることは禁止されていた。だから、しばらくのお別れだ。


マーマレードは、リヒードが見えなくなるまで窓から手を振っていた。




そして1ヶ月後。


マーマレードは、17歳の誕生日を迎えていた。本当の誕生日は分からないので、この神殿に来た日がマーマレードの誕生日になっている。

そして、聖女は17歳になると婚約者を決められ、2年の婚約期間を経て結婚することが決まっている。18歳のマリアドンナとミミリアも去年の誕生日に、第一王子と第二王子との婚約が決まっており、来年になれば結婚、そしてこの国を王子たちと共に支えていくのだろう。


しかし、マーマレードはこの誕生日が憂鬱で仕方なかった。どんな人かも分からない、見ず知らずの人と結婚しなくてはいけないだなんて。

それにマーマレードは知っていた。民衆からは「歌の聖女」と慕われていても、他の聖女や王子、貴族たちからは「()()()()の聖女」と揶揄されていることを。



「マーマレード様、お時間です」

「……はい、分かりました」


憂鬱な理由は他にもあった。

マーマレードに用意された誕生日パーティーのドレス。マリアドンナのお下がりである華々しい真っ赤なドレスはマーマレードの好みではなかったし、ラインや丈も合っておらず、こんなもの着ない方がマシだった。

髪の毛だって、手伝ってくれる者はおらず茶色の髪をそのまま流しているだけ。


マーマレードの誕生日など、誰一人として祝う気がないことなんて、最初から分かっていたことだった。

それでも、マリアドンナやミミリアの誕生日パーティが、目の奥にこびり付いて離れない。

聖女として、人間として、産まれてきたことを祝われてみたいと思うのは、贅沢な悩みだろうか。



――そうして始まった誕生日パーティーには、地獄が待っていた。


始まりは、ごく普通のパーティーだった。

マーマレードが音楽に合わせて入場、王族の挨拶、歓談の時間があって、いよいよマーマレードの婚約者を発表する時が来た。

おかしいと思ったのは、その時だ。

普段であれば国王が前に出るはずだが、なぜか第一王子と第二王子、それに付き添った形でマリアドンナとミミリアが壇上に立った。その隣にはレイナとレイラも控えていて、その全員が邪悪な笑みを浮かべていたのだ。


そして、第一王子が口を開く。



「お前は聖女失格だ」


「同じ聖女として恥ずかしいわ」


「貴方の姿すら見たくない」


「ほーんと役立たずよね!」


「いない方がマシ!」


「何の役にも立たんお前なぞ、聖女と名乗ることすら烏滸がましいわ」


口々に非難され、責め立てられる。

聖女の、王族の、貴族の、周りの視線が痛いほど突き刺さる。

逃げ場所もなければ、助けてくれる人もいない。

視界がチカチカと瞬いて(またたいて)、震えた歯がみっともなく音を立てる。


――あぁ、きっと私は、産まれてこないほうが、よかったのね。


じゃあどうして神様は、私にこんな力を与えたの……?




耳が痛い程静かになった会場の中、国王が最終通告だと言わんばかりに、その口を開く。


「……聖女マーマレード。わしらは、これまでそなたに期待をしておった。その類い稀なる歌の才が、この国に何かをもたらしてくれるのではないかと」


しかし、マーマレードの歌で、奇跡が起こることはなかった。国にとっては、どれだけ上手く歌が歌えても、利益がなければ意味がないと、国王はそう言いたいのだろう。


「……それとな、誠に言いにくいんじゃが、17になるそなたと、婚約したいと言う者はついぞ現れなんだ。つまり……分かってくれるな?」

「……はい」


聖女としても、婚約者としても価値がないマーマレードには、もう居場所がなかった。国王は最後までは口にしなかったが、王宮でも、神殿でも、もう預かることは出来ないということだ。


「……今まで、お世話に、なりました。荷物を、まとめなければなりませんので、私は失礼いたします。……本日は、私のためにお集まり頂き、誠に、ありがとうございます」

「うむ。長年の勤め、ご苦労であった。明日の朝、望む場所まで馬車を出そう」


声が、震えないようにすることで精一杯だった。

人生の中でいちばん無様であろうカーテシーを披露したマーマレードは、そのまま顔を上げずに出口へと向かう。

きっと、聖女たちは喜んでいるだろう。それほどまでに嫌われていたのを知っている。王族とはそれほど顔を合わせたことはないはずだが、やはり使い勝手の悪い聖女として疎ましく思っていたのだろう。


これは、マーマレードの誕生日パーティーなどではなかったのだ。




王宮に隣接する神殿に戻ったマーマレードは、少ない荷物をまとめ始めた。下着と寝衣を数着、神殿に来た時に与えられたドレスを2着、これだけあれば十分だ。そもそもマーマレードは、初めから何も持っていないのだから。

重苦しいドレスから、少し丈の短い、古い型のドレスに着替える。これはリヒードにもらったドレスだ。マーマレードの、唯一の宝物。


しばらくはリヒードの所でお世話になろう。きっと迷惑をかけてしまうが、いまのマーマレードが頼れる先はリヒードしかいない。




マーマレードはその晩、一睡もすることはできなかった。

ただひたすらに、王宮から零れる光を静かに、見つめていた。

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