行き止まり《side:佐々木真理》
◇◇◇◇
委員長の目は、底が見えなかった。
黒ではないが、暗く、さらに暗い。
覗き込めば、引きずり込まれるような深淵が、瞳の奥に広がっている。
感情が欠落し、得体の知れない何かに支配されているようだった。
「……待って、ちょっと待って、委員長」
「なに?」
平坦な温度のない声。
私は思わず一歩踏み出し、委員長の進路を塞ぐ。
距離が近づくほど、その目の異質さがはっきりとわかった。
まずい。
理屈が通る状態じゃない。
「一番話が分かりそうだったから、日向の記憶を思い出させてあげたのに……ここで事を荒立てたら、クラスみんなの安全がなくなる」
言葉を選ぶ。私は焦りを押し殺しながら、できるだけゆっくりと話した。
だが、
「私は、みんなよりも」
一拍。
「日向ちゃん一人の方が大事」
委員長は譲る気がないみたい。
揺らぎも、迷いもない。
「……それは、みんなも同じ。きっとみんなも記憶を取り戻したら、私と同じ行動をする。日向ちゃんの行方を知りたいって」
不安定な言葉は、芯があるように積み上がった。
理屈ではない。一方通行の感情だけ。だけど、委員長の吐く言葉は軽くない。
「……そうでしょ? あの女が知らないなら、殺してでも聞き出す」
『怖いよぉ〜』
私の心は、すでに怖気付いていた。
委員長と対面してて、冷や汗が止まらない。
「うぁ……うん。そうだけど」
喉がわずかに詰まる。
委員長の言葉は正しい。みんなも同じ行動をすると思う。委員長の言う通りだ。
だからこそ、
「日向は、自分の足で召喚の間から出ていった」
事実だけを、置いておく。
余計な感情を乗せれば、すぐに破綻する。足を止めるキッカケになればいい。
「真理さんは知ってて」
委員長の声が、低く沈む。
「日向ちゃんを、見捨てたの?」
その瞬間。
視線が、鋭くなる。
逃げられない。視線を逸らせない。
ほんのわずかでも嘘を混ぜれば、それだけで終わる。
【スキル:断罪執行】
音もなく、空気が裂けた。
次の瞬間、半透明の黒い剣が現れる。
青い炎をまといながら、回転した刃が私の首元へとゆっくりと置かれた。
冷たい。
触れているだけなのに、皮膚の奥まで凍りつくような感覚。
これは脅しじゃない。
執行だ。
嘘を吐けば、その瞬間に首を切り落とされる。
友達に使っていいスキルじゃない。でも言い訳を聞いてくれるだけ、まだみんなとは違う。
「……見捨てたよ」
言葉は、驚くほどあっさりと出た。
これは取り繕うことじゃない。
「でも」
息を吸う。
ここからが、本題だ。
「この世界でも、日向ならなんとかするって信じてる」
剣は、動かない。
委員長の瞳も、揺れない。
「私は、日向よりも……みんなの方が心配だから残っただけ。私もできるなら日向に着いて行きたかった」
嘘はない。
優先順位を、選んだだけだ。
「ここで委員長がミリスのところに行って、私でも解除できない記憶操作をされたらどうするの?」
言葉を重ねる。
「この世界のことを知ってから、日向を探しても遅くないでしょ」
剣は、まだそこにある。
委員長の唇が、わずかに動く。
「……もし、日向ちゃんが、私の目の届かない所で死んでいたら」
言葉は震えていた。
「私は生きていけない」
異様に重い想いが吐き出される。
「それはない。死なないよ」
間を置かずに、言い切る。
「日向だよ」
根拠はない。
理屈もない。
ただ、それだけで十分。
私の言葉を受けて、一秒か、数秒の静寂。
時間の感覚が曖昧になる。
私がこくんと喉を鳴らすと、委員長の瞳に、わずかに光が戻った。
「……そうですね」
かすかに、笑った。
その瞬間、
シュイン、と軽い音を立てて、剣が霧のように消えた。
首元の圧が消える。
遅れて、冷たさだけが残る。
私は小さく息を吐き、視線を下げた。
「でも、委員長でこれなら……まだ、みんなの記憶は戻さない方がいいかもね」
肩をすくめる。
「みんなの記憶を戻したら、私、たぶん死ぬ」
冗談めかしたつもりだった。
けれど、
「たぶん、じゃないですよ。確実に、です」
背筋を、冷たいものがゆっくりと撫でていく。
この選択が、一応正解だったことに、今さらになって、はっきりと理解してしまった。




