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009 魔物を屠る魔法少女。

街の入口……そこは絶対に死守するべき防衛ラインである。

出入りを制限する門こそあるものの、それはあまりにも頼りない存在だった。

王都と違ってただの街レベルでは、ここを突破されれば壊滅するしかない。


「くそっ! 数はそんなでもねぇのに――――」


冒険者たちは剣を振るい、魔法を放つ。

主な魔物はゴブリンだったが、こちらは物の数ではない。

しかし、魔物の中に一匹明らかに異常な個体が混ざっていた。


「何でこんなところにトロールキングがいるんだよ!」


動きは遅いが、とにかくパワーが桁違いで再生能力が高い。

図体も規格外の化物に、冒険者たちは苦戦を強いられる状況が続く。


そんな戦いを少し離れたところから観察している人影があった。



「うーん……この街の冒険者もハズレかぁ」


世の男を虜にする美貌と、女性が羨むような完璧なスタイル……魔王軍四天王が一人、【女帝】のオリビアである。


「どこにいるのかしらねぇ、勇者様とやらは」


見たところこの街にいるのは平均的な冒険者ばかり。

この分ならあっさり滅んで終わりだろう。

そう思いオリビアはしっぽの手入れをし始めた。

悪魔のしっぽは常に綺麗にしておくのがマナーだ。


「一応最後まで見届けないといけないから退屈なのよねぇ」


しかし退屈な時間はそれほど長くは続かなかった……。





街の入口までやってきた紅葉は、物陰から冒険者たちの戦う様子を眺めていた。


「あれが魔物かぁ……ちょっとキモ」


これなら怪人のほうがマシだ。

少なくとも怪人は血を流さないし、臓物が飛び散ることもない。


「劣勢っぽいけど、魔法少女的にはやっぱ加勢する感じ?」


「え、なんで?」


華蓮の問いに、紅葉はキョトンとしていた。


「魔法少女って人助けよくしてるっしょ?」


「あー、私は怪人専門だからねぇ。そういう偽善みたいなのは他の人に任せてるよ」


「偽善て」


「実際人気稼ぎとか好感度上げようとしてるとか好き放題言われるからねー、魔法少女も大変なんだよ」


そういえば魔法少女ルージュは怪人と戦っているところしか報道されてないな、と華蓮は思い出した。

そんな二人の会話を聞いていたのか、二人の元に戻って来たグリ公は呆れた顔をしていた。


「まったく、ちょっと目を離すとこれだ。やらない善よりやる偽善っていうだろ? さぁ、変身だ紅葉!」


しかし、グリ公の言葉は紅葉には響かなかった。


「えー? SNSで拡散できない偽善に何の意味があるのさ」


「すげークズじゃん」


ひどい言われようだが、もちろん私は悪側ではない。

中立でいたっていいじゃないか。

正義の反対はまた別の正義、って考え方流行ってるし……つまりそういうことだよ。


「まーでも、この世界の魔物の強さを測るのに丁度良いんじゃない? あーしも取り巻きぐらいなら相手するからさ」


「そ、そうそう。あれぐらいでかいまとなら丁度いいでしょ」


華蓮とグリ公の説得により、なんだか私がゴネているような流れができてしまった。


「はいはい、やればいいんでしょやれば」


多数決って残酷だよね。

見てよ、あんな気持ち悪いのを私は殴らないといけないんだよ。


魔物の中心にいるのは、不潔なおっさんを巨大化させて血行を悪くしたような容貌だった。


(……あっ、ステッキを使えばいいのか)


あれならいくら汚れても気にならない。

何のためにあるのかもよくわかってないし、こういう時ぐらい役に立ってくれないとね。


「じゃあ……簡略変身!」


紅葉の体が一瞬だけ発光し、次の瞬間には魔法少女ルージュへとその姿を変えていた。


「あれ? 台詞噛んだらやり直しとかこの前言ってたよね。そんな簡単に変身できるんだ?」


「路地裏とかでこっそり変身する時は許されるんだよ」


「へー……」


なぜなら魔法少女だから。

魔法少女ってそういうものだから。

短縮できなきゃ救える命も救えないかもしれないのだ。

だからそんながっかりした目で見ないでほしい。


「よし、行くよ華蓮」


「うぃー、あーしは周辺の雑魚担当ねー」


走り出す二人を見送り、グリ公は空高く飛翔した。


「なんかちょっと不安だな……」


………………


…………


……


多くの冒険者が戦いに参加していたにも拘わらず、すでにその数は半数まで減っていた。


「くそっ、トロールキングってだけでも厄介なのに、亜種なんて初めてみたぞ」


動きは遅いので、油断さえしなければその攻撃に当たることはない。

ただ、再生能力のせいで決定的な一撃を未だ与えられていなかった。

取り巻きのゴブリン共も厄介な存在だ。

指揮官らしき姿は見えないのに妙に統率が取れている。

せめて駐在している王国兵がもう少しマシだったなら戦況は変わっていただろう。


「グギョッ」


「ぐっ、こいつ――ッ!」


死体だと思ったゴブリンが足に纏わりつくと同時に、自分の周囲が何かの影に覆われた。

それがトロールキングの持つ巨大なこん棒だと気づいた時には、何もかもが手遅れだと悟る。


「ちくしょう……」


ゆっくりと確実な死が迫る……そういえば聞いたことがあるな。

死ぬ直前は何もかもがゆっくり見えると。

実際こん棒は目と鼻の先でゆっくりと……ゆっ…くり……と?


「あれ? これ止まってね?」


「ちょっとおじさん、邪魔だからさっさと向こう行ってよ」


違う、止まってるんじゃない。

この珍妙な格好をした少女が止めているのだ。


「華蓮ー、死んだふりしてるのが混ざってるみたいだよー」


「りょ」


少女二人の軽いやり取りを眺めながら、足に纏わりついたゴブリンにトドメを刺す。

よくわからんが助かったらしい。

とりあえずお言葉に甘えて後方に下がろう。


しかしその足はすぐに止まってしまった。

目の前の光景に目を奪われたといったほうが正しいか。


こん棒を止めた少女の手は、指が見えぬほどにめり込んでいた。

もちろんトロールキングも抵抗はしている。


「なに? これ返してほしいの?」


少女の言葉は通じているのかわからないが、トロールキングは怒りを露にしもう片方の腕で殴りかかった。

ズンッと大地が揺れる。

砂塵が舞い、手ごたえがあったのかトロールキングはニタリと笑みを浮かべた。

そして、まるで一仕事終えたようにこん棒を肩に担いだ。


(なんて威力だ……)


砂塵が晴れると、そこには乾いた大地に大きな窪みが……。


(……さっきの子がいない?)


その異変には、トロールキングも首を傾げていた。


「んー、ハゲてる上に頭皮の感覚鈍いんだね」


少女の声がやや高めの位置から聞こえる。


……頭だ。

いつの間にか少女がトロールキングの頭に乗っていた。

当然声がすれば皆の視線は上を向く。


「ちょっ、スカート覗くなし!」


少女は真下に向かってカラフルな杖を振る。


それを目にした者がイメージしたのは、ポコンという可愛らしい打撃音。

だが実際に周囲に響き渡ったのは、何かがひしゃげるような聞きなれない音だった。


「うへぇ、怪人と違ってグロぉ……」


跳んで着地する少女。

そして頭部が原型を留めていないトロールキングはその場に倒れた。

理解が追いつかない状況に啞然としていた冒険者たちだったが、一部冷静に戻った者が声を荒げる。


「まだだ! そいつは多少の傷ならすぐに再生するぞ!」


そう……こいつは分厚い脂肪で守られている上に、手足程度なら斬り飛ばしても再生する。

倒すなら即死させる以外にないのだ。

心臓を潰すなら徹底的にやる必要があるし、脳を破壊するなら硬い頭蓋骨を……


「あっ、即死してんのか……」


「再生しないの?」


「あ、あぁ、これなら大丈夫だ」


「なんだ、じゃあもう終わりか。華蓮帰ろー」


少女は街の方へと歩いて行く。

そこでようやく気付いた。

周囲を取り囲んでいた取り巻きのゴブリンが、全て切り刻まれていたことに……。


「こっちも丁度終わったよ。それにしてもくれ……ルージュっち、倒し方えぐいね」


「いやー怪人相手と違って倒し方考えないと大変だわ。ていうかその仮面なに?」


「一応変装的な? ほら、手品師っぽいっしょ」


「たしかに、しかもちょっとかっこいい……」


二人が雑談しながら街へ消えていくと、冒険者たちはその場に座りこんだ。

あまりの出来事に少し頭を整理したかった。


「何にしても、助かった……ってことでいいんだよな」


傷口は大したことないのに、全てのゴブリンが絶命している。

もう一人の少女も十分化け物だ。


「これが夢じゃないなら、俺は冒険者向いてねぇな……ってことは向いてないってことか」



数日後、二人の手配書はこの街にもやってくるのだが、冒険者たちは口を揃えてこう言ったという。


『あの少女が国家反逆罪……? この国も終わりだな』

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