第42話 前向きな撤退も良いんじゃない
「千春ちゃん。本当にもう大丈夫だから。ちゃんと一人で行けるからさぁ」
「いやいや、そうも行くまい。部活中に突然気分が悪くなった訳だからな。保健の先生に引き継ぐまでは、しっかりと責任を持って対応せねばならん」
うぅぅん。
千春ちゃんって、こういう頑固な一面もあるんだよねぇ。
でもまぁ、そんな責任感の強い所も大好きなんだけど。
「どうだパル子。まだ腹が痛むか?」
「あぁ、えぇっと。ちょ、ちょっとね」
「そうか。ならばおぶってやろう。見ての通り私は身長も高いし、女子にしては力もある。パル子一人ぐらい背負う事など造作もないからな」
「え? おぶって?」
「あぁ、おぶってだ」
「え? おぶってって?」
「だから、おんぶしてやると言っているんだ。って言うか、これ天丼か?」
「いやいや、ちがうちがう。そんな事より千春ちゃん、ちょっとナニ言ってるのか良くわかんない」
「こらこらパル子、それは紬のギャグだぞ」
「いやいや、富澤さんのギャクでしょ?」
「まぁ、そんな事はどうでも良い」
あぁ、どうでも良いんだ
「それよりも早くしろ。ほら、ちゃんと私の首に手を回すんだぞ?」
「えぇっ!……うっ、うん」
マジかっ!
いま、この状態で?
私が?
千春ちゃんの背中に?
いぃいぃぃやぁぁぁぁ!
無理むりムリ。
ぜぇったいに無理。
いやいや、嬉しいよ。
ホント、マジで嬉しいんだよ。
どっちかって言うと、天にも昇る気持ちなんだよ!
でもさぁ、でもさぁ、でもなんだよっ!
私の、私の天守閣がっ!
天守閣がこれでもかと、天へ伸びているんだよぉ!
こんな状態で千春ちゃんの背中に乗れる?
ねぇ乗れると思う? 私には無理、絶対に無理だわ。
でも待って。
ちょっと待って。
もし乗ったら。
もし千春ちゃんの背中に乗ったとしたら、どうなると思う?
ふわぁぁぁ!
サラサラの長い髪が目の前で揺れて。
千春ちゃんのうなじから漂うとっても良い香りが、私の鼻腔をくすぐるの。
しかも陸上部で鍛え上げられた僧帽筋に広背筋が、しっかりと私の体をサポート。
言う事ナシッ! もう、言う事ナッシングっす!
そして。
そして、そして。
私の両腕は千春ちゃんの首元に巻き付くだけでは飽き足らず。
アノ……あの大きな山脈の麓へと迷い込んでしまう事になるのよ。
えぇ、そうなの。
これは遭難よ。
不本意ながらも、か弱い私は、どうしようもなく遭難してしまう事になるのよ。
だって、あれだけの標高があるのだもの。
だって、あれだけの険しい山脈なのですもの。
たとえ私がその麓付近で多少道を誤ったとしても。
たとえ、人としての道を踏み外してしまったとしても、いったい誰がそれを咎めると言うの?
そんな事、誰にも出来やしない。
まーさーに、不可抗力。
もう、それは起こりうるべくして、起こる事故……とでも言おうかしら?
そして遭難した私は、救助が来るまで、その場で待機する事になるのよ。
待機……待機……。
いいえっ、違うわっ!
待機しちゃ駄目! 他人の助けなんかを待っていてはダメなのよっ。
自分の未来は自分で切り開くもの。
そんな、他人任せで、あの最高峰の頂に到達できるとでも思っているのっ!
駄目よパル子、弱気になっちゃダメ!
あきらめたら、そこで終わり、終わりになっちゃうのよっ!
考えるのっ、考えるのよっ、パル子。
一度冷静になって考えるのっ!
遭難者が思わずやってしまう過ちと言ったら何?
そう、安易に山を下りようとして、歩きやすい沢や低い谷の方へ降りて行ってしまう事。そう言う時にかぎって、行く手に崖があったり、滝があったり。進退おぼつかなくなる事が往々にしてあるのよ。
つまり、道に迷った時の最善の手とは……。
登るの……。
そう、登るのよ、パル子。
尾根や頂なんかの高い所を目指して。
一歩ずつ、確実に。踏みしめながら登って行くの。
そうすれば、自分の本当の位置や、もといた場所を見つける事が出来るかもしれない。
そう、九死の中に一生を得る!
そんな前向きな撤退。
ソレこそがっ、ソレこそがっ!!
「あの偉大な『島津の退き口』なのよっ!!」
「え? シマヅノノキグチ?」
……
「いやっ……なんでも無いッス」




