採掘大会、開幕
ドワーフ達は藁の寝床で眠る。
彼らの小さな王族を除いて。
宝石に彩られた天蓋付きのベッドで、肌触りの良い羽毛の布団に包まり、レヴィは眠れぬ夜を過ごした。
考えるのは幼なじみの少年のこと。
不意打ちに「初めて」を奪われたのだ。自分から望んだこととはいえ、あんなにあっけらかんと。それが無性に悔しかった。
しかし同時に、将来彼と結婚するのか、と思えば、胸の奥がギューッと熱くなって、口元が緩んでしまう。
怒っているはずなのに、こんな気持ちはおかしい。
幼心には処理し切れぬ感情を抱いて、レヴィは悶々としていた。
けれど、よかった。
ダダンの怪我が大したことなくて。
もしもあの時彼が本当に死にかけていたら、自分に治療できただろうか。
あの土壇場で魔法を使えただろうか。
きっと、無理だ。
何も出来ないまま、彼がテリア様の御許へ還るのを見ているしかなかった。
そんな想像をすると、火照った体は水を浴びたかのように、ゾッと冷え切ってしまう。
――――魔法の練習をしよう。もっとたくさん。
そして母のような立派な魔宝使いになり、ゆくゆくは族長を継ぎ、彼と結婚を。
思考は一巡し、またバタバタと悶え始める。
やがて朝を告げる鐘が里の洞内に反響した。
結局レヴィは一睡も出来ないまま、侍女に白いドレスを着せられるのだった。
ヒカリゴケと蛍光水晶に照らされる集会場。
人間が見れば、幻想的だと息を呑むかも知れないが、ドワーフ達にとってはLED照明の如く見慣れたものだ。
それでも彼らは息を呑んだ。
ステージ上に咲く、我らが姫君の美しさに。
普段は子供扱いしてくる大人達が掌を返し「テリア様の生き写し」などと口々に褒めそやす。
レヴィは寝不足を忘れて、めかし込んだ自分の姿を一回転させてみせる。
それだけで歓声が上がり、彼女は得意になった。
オバールの長い話を挟んで、採掘大会の開始が宣誓された。
一斉に散っていく男達。姫巫女とのダンスを夢見る年若の男子ほど威勢が良い。
それらの波に混ざってレヴィもステージを飛び降りた。
「あ、クォラッ! ……じゃねぇな。お待ちくだせぇ、レヴィ様。じっとしてろ……んじゃなくて……」
「おトイレ! 漏れそうなの!」
オバールの制止を振り切ってダダンを探す。と、すぐに見つかった。
前日、彼が金鉱脈と示した場所で、既にツルハシを振るっている。
「お、レヴィ。朝礼はもう終わったのか」
「出てなかったの!?」
「ルールは分かってるんだ。ヒゲの長話に付き合う必要もないだろ」
「……道理で見当たらないと思った」
祭りあげられる自分の姿を彼は見ていなかったのだ。がっかりして肩を落とす。
気を取り直して彼だけに一回転して見せた。ステージ上よりも気合を入れて。
しかし黙々とツルハシを振り続ける少年。余所見などしない。
「ねぇ、ちょっと、……こっち見てよ」
「ん? あぁ、真っ白だな。汚れるぞ、こんなとこ居たら」
ぷくーっと頬を膨らませるレヴィにも知らんぷり。
想像上の新婚生活には早くも暗雲が立ち籠めていた。
「ダダンのあほ、ばか、もやし」
「なんだよ、俺が今、誰のために――――」
「――――フライングとは。デミ野郎らしい卑怯な手だな」
下卑た笑みを浮かべて近付いてくるジェイド一行。
ダダンは片手間に答えた。
「悪いな。ここはもう使ってるんだ。他を当たってくれ」
「お前が消えろ」
「早いもの勝ちだろ? そもそもここを見つけたのは――――」
言い切る前に軽々と投げ飛ばされるダダン。
立ち上がろうとした彼の背を、取り巻き二人が、ドムッと踏みつけた。
手放されたツルハシをジェイドが拾い、膝で叩き折った。
残骸をカランッと捨てて、獰猛に嗤う。
「おやおや、ツいてないな。転けて道具を壊すなんて。……テリア様はよほど丸耳が嫌いと見える」
「もう掘れないな」「パパに直して貰いな。……あぁ、悪い。いないのか」取り巻き達も嗤った。
「……はははっ」つられて少年も笑う。
「何がおかしい」
「道具を粗末にしたらおしまいだ。ドワーフとしてはな。……お前らは今、自らゴブリンに堕ちたのさ」
「舐めてんじゃねぇぞ、デミ野郎ッ!」
ガツッと頭を踏み込まれた。泥まみれの汚らしい裸足に。
それでもなお、少年は笑い続ける。
「ははははは! 口で敵わないから暴力か! やっぱりゴブリンだ! テメェはテメェでバカと認めたのさ、ヴァァァァカッ!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 減らず口が!」
「オバールゥゥ! オバールさぁぁぁぁん!!」
見かねたレヴィが声を張り上げた。ドスドスドスと近付いてくる足音。
ジェイド達はサッと整列し、採掘部長を迎えた。
ボロボロの少年を見て、なんだこれは、と厳しい口調になるオバールに対し、勝手に転けたと返答するジェイド。
否定しようとするレヴィを目で牽制する。
昨晩、弱みを握られた少女には何も言えない。
「……あたしが治療するから」と言って少年に肩を貸す。
「いかん、天衣が汚れる。俺が――――」
「いいの! オバールは黙ってて!」
その場を離れようとするレヴィ。不意にダダンが足を止めた。
「そこはもう、掘らない方がいい」
「は?」と、ジェイドが聞き返す。
「――――今、お告げを見たんだ。テリア様の」
少年は、ぼんやりと遠くを見つめながら、そう呟いた。
彼らしくもない異様な姿にゴブリン達は戸惑いを見せたが、やがて顔を見合わせて吹き出す。
「残念だったな。テリア様なんて本気で信じてるのはジジイ共だけさ」
嘲笑を背に受けながら、二人はその場を後にした。
「……ねぇ! どうしてあんなこと教えてあげたのよ!」レヴィは声を荒げた。
「あんなこと?」
「テリア様のお告げ!」
「……ばーか。お前が騙されてどうするんだ。出鱈目に決まってんだろ」
離れた暗所で軟膏を塗られながら、少年は答えた。
「じゃあ、もしかして掘らせないために?」
「まあな」
「……失敗しちゃったのね」
「そうでもない。……これであいつら以外は掘らないだろ」
「……どういう意味?」
少年は意味深に笑ったきり、何も答えなかった。
「あんたも反省しなさい? 弱い癖に、挑発するから殴られるのよ?」
「だって、可哀想だろ」
「なに? 同情を買いたくてこんなことしてるの?」
「そうじゃなくて、あいつらがさ。最初ぐらい、好きに殴らせてやらないと」
「……ん?」
「それに……、高く持ち上げた方が、落としたときに気持ち良い」
そう言って薄く微笑む少年から、不意にどす黒いものが溢れた気がして、レヴィは反射的に身を竦めた。
ぱちぱちと目を瞬けば、いつも通りの彼。
もやしで頼りない優男。不穏な物など、どこにも――――。
――――ズシンッと洞内が揺れ、風が吹き抜けた。
暗所の外、大人達が上に下に騒ぎ始める。
「落盤だ! 三人が下敷きに……」




