進む、何があろうとも。
「あーあ、振られちゃったなぁ…」
猫辰さんの後ろ姿を見ながら私は一人呟いた。
勿論、結果は分かっていた。
でも私があの生活で感じたことは決して嘘ではないんだと、そんな気持ちが得られた瞬間でもあった。
あのまま猫辰さんとずっと地底で暮らすことが出来たらどれだけ楽しかっただろうか。
ふと考えてしまう。
何も考えず、ただ私の勝手で正邪さんと猫辰さんと一緒に暮らす。
きっともっと楽しかっただろう。
でも、それを自ら切り捨ててしまったのは他の誰でもない私なのだ。
やっぱり自分勝手なんだと思う。
大義名分を盾にして、私の望みを通す。
それがどんな結果になるのかも知らずに。
「…いかないで。」
ポツリと零れたその言葉はまごう事なき私の私の本心だったんだろう。
枯れたはずの涙が再び零れ落ちる。
やりたい事をやればいい。
でも、それを実行してもうまくいかないことがある。
そんなことを私は彼から教わった。
「小鈴、いつまで泣いてるの?」
後ろから声がかけられた。
「…なんだ、阿求ね。」
振り返ると阿求が腕を組んで私を見ていた。
「…振られたの。」
「知ってるわよ。」
それ以上何を言うこともなく私達は向き合っていた。
「…ねえ阿求。」
「あんたの愚痴には付き合わないわよ。」
阿求はぴしゃりと言ってのけた。
「あんたはそんな子じゃないでしょ。」
「え?」
「すっかりボケたのね。さながら『悲劇のヒロイン』って所かしら?」
「それはどういう…」
「確かにあんたは悲劇のヒロインを演じるだけの経験はしたかもしれない。でもあんたはそれを糧に更に進む奴でしょ?」
「……。」
「進みなさい。その小さな脳みそを思いっきり回して、やりたい事をやればいいわ。」
「…酷いことを言うのね。」
「それを酷いと感じるのならあんたは一生人間のままよ。」
「…うん。すぐに立ち直れるかは分からないけど、やってみるよ。」
「為すべきことを為しなさい。それからあんたのやりたい事をやればいいじゃない。」
「…あんたってそういう奴だったかしら?」
「馬鹿言わないで、こちとら少ない時間を使ってあんたに話しかけてるんだからさっさと終わらせたいだけよ。」
阿求はむすっとした表情でそう告げる。
「忘れろとは言わないわ。どうせあんたはすぐ忘れるんだし。でも立ち直りなさい。」
それだけ言うと阿求は去っていった。
…うん、いい友達を持ったと思う。
空を眺めてみる。
地底では見ることが出来なかった青い空。
白み始めた空は何処か神々しくて私は大きく息を吸った。
ゆっくりと息を吐く。
また大きく息を吸ってまたゆっくりと吐き出す。
「うん、落ち着いた。こんなことでへこたれてないで妖魔本を集めなきゃ。彼の所為でうちの本が全部焼けちゃったんだし。」
そう考えるとなんだか腹立たしくて私はパタパタと駆け出した。
でも、何歩か進んだところで足を止める。
「今度会ったらあなたの妖魔本をきっちりもらいますからね。」
自然と頬が緩んだ。
私は木の香りがほんのり香る新しい里にゆっくりと足を踏み出した。




