俺はお前の親父だよ。
「侵入者です!」
「また?」
俺は就任後2度目となる侵入者報告を受けていた。
「それってまた事務所だったりする?」
「……。」
沈黙は肯定より重し。
よく分かるねぇ。
目は口程に物を言うともいうけど。
俺はため息を吐いて事務室を出て行った。
なんで幻想郷はこうも猛者が多いんだ。
俺はそんなことを思いながら走る。
事務所の中にはは真っ赤に染まっていた。
「おいおい、またっすか。」
今回はどうやら手加減をするような相手ではないらしい。
妖怪の体のあちこちがスパッと切れている。
…これはちょっとまずいかもしれない。
今の状況と妖怪たちの弱さに。
俺はさらに警戒して進んだ。
玄関では妖怪の残骸の中でユイ君が座っていた。
あっちゃあ…
笑っているが俺を見る目は敵対心むき出しだ。
「よう、『人里の守護者』さんよ。」
ユイ君が口を開く。
「よう、元気そうだな。我が息子。」
俺は冗談交じりに言ってみた。
案の定ユイ君は不思議そうにこてんと首を傾げる。
「何言ってんだ?」
「いや、こっちの話さ。で、何の用?」
「あんたを殺しに来た。」
そういってユイ君は俺に刃を向ける。
殺しに来た!?
まってどういうこと!?
「ちょっと待った! 俺何かしたか!?」
「とぼけるんじゃねえよ。地上が赤く染まってるのはお前さんの所為だろ?」
「赤くってこんな感じにか?」
俺は地面に目を落としながら訊き返す。
「いや、思想的な問題だ。どうやら社会主義は赤い色が好きみたいだからな。」
あぁ、そういう問題。
「それでも俺は違うぞ。」
「証拠は?」
「ここ最近は事務整理に忙しかったもんだからんなもん流行らせている余裕はない。」
「それはお前さんの自己申告だろうが。」
「まあ、そういわれればそこまでだが。」
ん? でも待てよ。
「なあ、広まってるのは社会主義って言ったか?」
「あぁ。それが何か?」
どこかで繋がりそうな気がする。
何処だったか…
俺は頭を抱えて思い出そうとした。
「おい、何してるんだ?」
「ちょっと待て、何か思い出しそうだ。」
「碌なことじゃなかったら首落とすからな。」
おっかねぇ事言うなよ。
俺は必至で頭を回す。
「…あぁ、分かった。」
「で、何が分かったよ?」
「報告書。」
「さーん…にー…」
「待てって! これはホントの事だ!」
俺は剣をつかみ取るとユイ君の腰の鞘に無理矢理納めさせた。
「ちょっと来てくれ。」
俺はユイ君の腕を掴んで資料室に連れて行く。
資料室に入ると俺は日付の浅い日から調べ始めた。
「おい、何探してるんだ?」
「前にあった報告書に社会主義と関係しそうな資料があった。」
「ほうおう。じゃあ見せてもらおうじゃないか。」
「だからそれを今探してる。」
俺は紙束とにらめっこしながら答えた。
「早く探してくれよ。」
「あんたも手伝えよ。」
「頭脳労働はあまり得意なもんじゃなくてね。」
「嘘つけ、知ってるぜ。あんたは魔法分野においてかなり開拓したってな。」
「あんた、何者だ?」
ユイ君の目が威圧する様に紅く光る。
「言ったろ、『あんたの親父』ってな。お前の事ならいくらでも知ってる。」
そういって俺は声を押し殺して笑った。
「あった。こいつだ。」
俺は資料を取り出した。
「頻繁にこの地底に迷い込む人間がいるって話があったからな。一度話してみたが全くと行っていいほど言語が通じない。
まあ、後々ロシア語ってことが分かったんだがな。」
「ろしあ語?」
「外の世界に存在する国の言葉だ。それともお前にからしたらロシアの前の国名の方が分かりやすいか? ソビエト社会主義共和国連邦ってな。」
その言葉でユイ君は合点がいったように手を打った。
「そういうことか。」
「そういうことだ。まぁ、俺もどうしていいか分からなかったから大人しく外の世界に帰したが…」
「殺しとけよ。」
「みんながみんなあんたみたいな頭してると思うなよ。」
俺はため息を吐いた。
「まあ、それ以来そいつとは別の人物が頻繫に出入りするようになった。最初は外の世界に亀裂が出来たのかと思ったがそういう訳でもないらしい。
ってことはもちろん分かるよな?」
「外の世界の宣教者か。」
「そういうこった。」
俺は報告書をしまうとユイ君に向き直った。
ユイ君もにやりと笑って俺を見下ろす。
「んじゃあ、行きますか。」
「そうだな。」
こうして俺たちは事務所を飛び出した。
地底にある洞窟の1つと報告書には書いてあった。
俺達はそこで隠れられそうな場所をみつけると潜伏した。
しばらくすると洞窟の中がぼんやりと光を放ち始める。
光はだんだんと強くなる。
いよいよお出ましって訳だ。
俺は目を開いて明かりに目を慣らした。
光が徐々に収まってきたころそこには5人組の男が何やら巨大なアタッシュケースをそれぞれ両手に1つずつ抱えている。
うーん、ここまであからさまだったとは…
地底も調べれば犯罪の温床になってそうだなぁ。
俺はそう思いながら見守っていると洞窟の入り口から別の男が現れた。
いや、あれは妖怪だな。
分かりづらいがよく見ると腕が鱗に覆われている。
「行くぞ。」
その時ユイ君が動き始めた。
その手にはいつの間にか剣が2振り握られている。
全く仕事の速い奴だ。
俺もそれに続くと本来の姿に戻った。
近くにいた奴を引き裂くと逃げ出そうとしていた妖怪を捕獲。
ユイ君を見ると同じように1人だけを残して殲滅していた。
「いい腕してんじゃん。」
「そういうお前さんだって戻って化けてと忙しそうだな。」
俺は竜人の姿で妖怪を押さえつけていた。
「まあな。とりあえずはこいつらの話を聞こうか。」
そういって俺は脳内の情報をロシア語に切り替えた。
最近気づいたことだが、自分の脳内回路を切り替えることで言語を変えたりもできるらしい。
翻訳するたびにいろいろ厄介なことになるけどな。
『その中身はなんだ?』
『教えるわけがないだろ。』
俺は肩をすくめるとアタッシュケースを蹴り飛ばした。
派手な音と共にアタッシュケースが砕け散る。
中から出てきたのは…
俺は出て着たものを見て思わず口笛を吹いた。
『AK-47ときた。これはとんでもない奴が出てきたな。誰に頼まれた?』
『しゃべると思うか?』
『俺はさっきアタッシュケースを破壊した。お前の頭がそうなってもおかしくないんだぜ?』
そういってユイ君に目配せする。
言葉は分からなかったと思うがユイ君はニヤリと笑うと拘束を強くした。
『分かった! 分かったから! 背中に翼の生えた女だ! 内ポケットに女の持っていた団扇の半分が入ってる!』
OK、そこまで聞ければ十分だ。
俺は日本語に戻すとユイ君に呼びかけた。
「そいつの懐を探ってみて。団扇が入ってると思う。」
「はいよ。」
ユイ君はそういって男の懐をまさぐり始めた。
「おっ、何か入ってるな。」
そういってユイ君が取り出したのは、団扇。
ビンゴだな。
「それは幻想郷側の依頼主の持ち物らしい。烏天狗の物じゃないか?」
「だろうな。」
「あぁそうそう、依頼主は女らしいよ。」
「それだけ聞ければ十分だな。」
そういってユイ君は刃を閃かせた。
男の首がごとりと地面に落下する。
「ちょっと!?」
「一応見せしめだ。おいちみっこいそこの妖怪、素直に答えないと首が飛ぶと思えよ。」
ユイ君は俺の拘束している妖怪に話しかける。
「女!?俺が頼まれたのはジジイの河童だ! 烏天狗の女じゃない! 本当だ! 信じてくれ!」
「その河童の爺さんは何処にいるんだい?」
「妖怪の山だ!」
「ほう。んじゃ、そこまで案内してくれるかい? それまで身の安全は保障してやる。」
俺はユイ君の目を見ながらいった。
ユイ君も頷きを返した。
「それまでは保証してやる。」
「案内する! 案内するから殺さないでくれ!」
俺は妖怪を解放するとユイ君に引き渡した。
「ほれ、あとはあんたが始末つけな。」
「分かってるよ。」
「そいつは上々。」
俺はそういって歩き始めた。
「なぁ、お前さん何者なんだ?」
あと1歩で出口というところでユイ君が再び訊いてきた。
「それは愚問だなユイ君。俺はお前の親父だよ。」
ニヤリと笑って振り返る。
ユイ君もまともな答えを期待していなかったのか特に失望する様子もなくそうか、と呟くと立ち上がった。
「そこの銃は持ってっていいか?」
「ご自由にどうぞ。」
「勝手にさせてもらうよ。」
これが俺とユイ君の奇跡的だが奇妙な会話であり、一度きりの会合だった。
まっ、楽しかったとだけ言っておこうかな。
俺も幻想入りして長くなったせいかどうにも曖昧にしようとする癖がついているみたいだ。
まあそれも一興、今の俺を楽しむだけだ。




