久しぶりだな、お人好し。
「猫辰さん、侵入者です!」
ある日いつものように書類仕事をしていると妖怪が報告をしに来た。
侵入者とは珍しい。
そもそも地底への侵入者ならすぐに地底の連中が片付けちゃうから報告はめったに来ないか。
来るとしたらユイ君みたいなよっぽどの強者だよねぇ。
「侵入者? 地底に?」
「いえ! この事務所にです!」
「…マジで?」
素が出たことはこの際認めざるをえまい。
だって事務所?
地底の方々はいったい何を…?
そんな事言ったら元侵入者の俺も大概か。
「その侵入者は何か言ってなかった?」
「『猫辰に合わせろ』と…」
うわぁ…ご指名と来た。
しょうがないか。
俺は重い腰をあげると襖に手を掛けた。
「そうだ、侵入者さんは何処に?」
「大広間を占拠しています。」
「大広間ね、了解。仕事に戻っていいよ。迷惑かけたね。」
大広間に行くまでの道のりで俺は奇妙なことに気が付いた。
「血の跡がない…」
警備隊の妖怪は転がっているけども血を流している妖怪は1体もいない。
ということは相当の猛者か何かしらの能力を持っているってことだ。
ん~?
ほんとに誰だ?
大広間に付くと辺りには妖怪達の山。
なんかもう…ほんとにこんなことしたの誰?
俺は深呼吸するとゆっくりと扉を開けた。
大広間の中心に侵入者さんらしき人は背中を向けて立っていた。
でも見間違うはずがない。
赤と白のメッシュの入ったその髪の毛は幻想郷にそう多くいる物でもない。
「――正邪?」
正邪はゆっくりと振り返った。
その目は心なしか潤んでいるように見える。
「久しぶりだな、お人好し。」
「あれは正邪がやったのか?」
妖怪たちの事が気になって訊いてみた。
「まあそんなところだ。能力に頼ったところもあるがな。」
「なんで地底に?」
その質問をすると正邪は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「……。」
正邪は何かつぶやく
「なんて?」
「あぁもう! この鈍感!」
そういうと正邪は俺に突進してきた。
「うわっ!?」
俺は驚いて避けようとするがそれを読んでいたのか正邪は先回りして俺に抱き着いた。
「本当にそういうところだぞ猫辰! 鈍感でとんでもないお人好しでそのくせろくでなしなところとか!」
うーん、なんかすごい理不尽を味わっている気分。
「本当になんだよ!」
俺は正邪を引きはがそうとするが異様な包容力がそれを許してくれない。
「なんで私を置いてここに来ちまったんだよ!?連れて行ってくれてもいいだろ! 私はッ! 私は――!」
そういうと正邪は俺の胸に顔をうずめた。
「正邪――」
「うるせぇ! 見るなぁ!」
「えぇ…」
正邪が落ち着くまで俺はその場に突っ立っている事となった。
しばらくして落ち着いたのか正邪は抱き着いたまま後ろに回るとやっと俺を解放した。
器用だなぁ。
そんなことを思っていると後ろから正邪に軽く殴られた。
「おい、こっち向けよ。」
「いやだ。」
「いいから向け!」
悪戯心で拒否したところ強制的に体を回転させられた。
案の定その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「はい、手巾。」
「ワザと言ってんのか?」
「あっごめん。」
手巾は文字通り「手切れ」で「縁を切る」って意味があるからね。
失敗だった。
「誰も借りないなんて言ってないからな。」
仕舞おうとしたら正邪に取り上げられた。
「結局使うんだ…」
「ほっとけ!」
正邪は涙を拭くと深呼吸した。
「猫辰…お前に…伝えたいことがあるんだ…聞いてくれるか?」
いつになく真面目な正邪の表情に俺は少々緊張気味に頷く。
「お前とは、あーなんだ…その…いろいろあったよな。」
「まあね。」
本当は過去に2度しかあったことないことを突っ込もうとしたがそんな空気じゃないのでここは話を合わせる。
「正直お前のお人好しには少し…私も呆れるところがあったんだ。」
「率直だねぇ。」
「ほっとけ。でも、私が言いたいのはそういうことじゃなくてだな…」
そういうと正邪は頬を赤く染めてコホンと咳払いをした。
「私は天邪鬼だ。本来ならば普通の奴とは真反対だ。それが私の存在理由。でも…お前は私に違う見方を与えてくれたんだ。」
正邪はこちらを窺う。
「それで?」
「っとな…あぁもう!」
そういうと正邪は一歩で俺のパーソナルスペースに踏み込んできた。
一歩下がろうとするがそれより早く正邪は俺の首に手を回すと唇を重ねた。
「――ッ!?」
驚きに俺は固まる。
たっぷり5秒はそのままだった気がする。
「…察したか? この鈍感。」
嫌でも察することになりましたよ、おかげさまで。
俺は気まずさに目を逸らす。
「なんで逸らすんだよ。」
「…恥ずかしいから。」
今顔を見られたら確実に俺は今後正邪を直視できない気がする…
正邪がため息を吐く声が聞こえた。
「で、返事はくれるのかよ?」
「…はい、よろしく。」
「そうか。で…え? 今なんて?」
俺は思いっきり正邪に抱き着いた。
「二度も言わせるなよ…」
「猫辰…苦しい!」
「うるせぇ! さっきのお返しだ!」
徐々に力を入れていく。
「分かった! 分かったから!」
正邪が俺の背中を割と本気でべしべしと叩いたので俺は解放してやった。
「ったく…どんな馬鹿力してんだ。」
「ほっとけ。」
正邪はしばらく深呼吸をしていたがやがてこちらに顔を向けると言った。
「ということで恋人になったんだから同居させてもらうぞ。」
「はぁ!?」
「決まってるだろ。地上ではお尋ね者だし着の身着のまま来たんだからな。」
「何で準備してこなかったんだよ…」
「準備する物が手荷物ぐらいしかなかったからな。」
俺はため息を吐くと額に手を当てた。
「分かったよ。分かったから少しは…いや、何でもない。」
「何だよ?」
「いや、こればっかりは言えない。」
「教えろよ~」
「言わねぇよ。」
そういって俺は天邪鬼を置いて大広間を後にした。




