慧音さんもケロリとした表情で形だけ止めるかと思ってたがな。
ちょいとシリアス。
「なぁ、あんた。本当にここを守れると思ってんのか?」
次の日の朝、いそいそと昨日のトラップ作りの再開をしていると声をかけられた。
顔を上げるとそこには正邪がいる。
「守れれば万々歳。足止めになれば御の字ってところかな。」
俺は答える。
「だろうな。たかだか人間1人でここを守ろうなんて思い上がりも甚だしい。」
正邪はさも不快そうに言う。
ご丁寧に額にしわまで寄せる始末だ。
そんな正邪の様子を見て俺はなんだかおかしくなってきた。
「ふふふっ…確かに思い上がってるな。でもなんでかね。後悔はしてないんだよね。」
「やっぱり私の時といいお前お人好し過ぎるだろ。それで現在進行形で身を滅ぼしつつあるんだから本当にあほらしい。」
「おっしゃる通り。」
俺は黙々と作業を続ける。
「なぁあんた。私が寺子屋に襲撃しに行ったとき、なんで助けたんだ?」
「俺は助けてないよ。結果的にお前さんが助かっただけだ。」
「……。」
正邪は沈黙した。
「質問を変えよう。なんであんたは慧音を止めた?」
「あれ以上慧音さんの怒る姿を見たくなかったから。」
「慧音を泣かせておいてか?」
「俺が死んでも悲しむ奴がいるとは思わなかっただけだ。慧音さんもケロリとした表情で形だけ止めるかと思ってたがな。」
次の瞬間俺は頬に衝撃を受けた。
地面に胡坐を掻いて座っていたがそれでも吹っ飛ばされた。
「えっ?」
正邪が拳で俺の頬を殴ったことを理解するまで少し時間がかかった。
吹っ飛んだ俺の上に馬乗りになり俺の顔を拳で殴る。
「…なんで!?そう易々とてめえは命を捨てられるんだよ!?英雄気取りもいい加減にしろ! 分かってるのか!?命ってのは何個もあるもんじゃねえんだぞ!?1度死んだらそれで終わりなんだよ!?なのに、どうしてお前はそんなに…怯えもせずに物事を進められるんだよ!?」
正邪はしばらく俺を殴った後、そう怒鳴り散らした。
その顔は涙でぐしょぐしょに濡れている。
「…実はさ。俺、外の世界で『小学校』っていうところにいる時にいじめを受けてたんだよ。普段から物静かなガキだったからいい標的だったんだろうな。すこし机を離れて戻ってきたら机の中身がぶちまけられてたなんてことはしょっちゅうあったし、読んでいる本を取り上げられて嗤われた事もあった。すっげー悔しかったよ。でも、俺は弱っちいから助けを求めることも出来なくて、自分で何とかすることも出来なくて、ずっと独りで…その時思ったんだよ『さっさと死にたい』って。でも生きてて…その時何か変わっちまったんだよ。何が変わったのは知らない。でも死を恐れなくなったっていうのかね。ぶっちゃけ殴られてもそこまで痛みを感じることもなくなった。なんかもうあきらめたっていうのかな。だから、『さっさと死にたい』っていう自分の欲を叶えるために出来もしないことをすることに決めたのさ。自分で死ぬ勇気がないならだれかに殺してもらって楽になろうって。」
不思議と正邪の姿は過去の俺の姿と重なって見えた。
いじめられる前の何事にも素直な俺の幼少期とよく似ていた。
懐かしい…
あの頃は本当に楽しかった。
何もかもが新鮮で、何もかもがありのままに感じられて、何もかもが素直に表現することが出来た。
そんな感覚を思い出すためだろう。
俺が餓鬼のように本を読んで知識を蓄えて行ったのは。
何か、生きていると実感できるものが欲しかったから。
死にたいなんて思っておきながら結局は生きていた。
別に死んでもいいし生きていてもいい。
ただ、苦悩したくなかっただけなんだろうな…
正邪は俺の胸に額を押し付けて泣いている。
なんで天邪鬼が正義の道を行くようなことをしているのかね。
俺は笑いながら正邪の髪の毛をなでる。
ふさふさしていていつまでも撫でたくなるような感触だ。
「さて、いつまでも惚気に浸っていていてもいいんだが自分で言った以上この人里を守らないといけないんだ。退いてくれるか?」
「誰が退くもんか。てめえが命を大切にすることの大切さを実感するまで退かねえぞ。」
「ガキか。」
「天邪鬼だ。」
「天邪鬼ならもう少し捻くれてみたらどうだ? 今のお前さんはまるっきりそこらの人間だぞ。」
「うるせえ。お前が捻くれ過ぎているだけだ。」
「一理ある。」
「お前なんか大っ嫌いだ。自分勝手で、わけ分からなくて、何考えているのかも読めなくて、いつもへらへらしてて、そのくせ腹にどす黒いもの抱えやがって。本当に大っ嫌いだ。」
「大っ嫌いならさっさとそこから退きな。大っ嫌いな奴の腹の上にいつまでも乗っていたくはなかろう。」
「このくそったれが。」
そう悪態を吐きながらも正邪は退く。
やっぱり根は正直なんだろうな。
俺は立ち上がって服を軽くたたく。
正邪は座り込んだまま俺の方を睨んでいた。
俺は手を差し出す。
「ほれ立て。この砦をまだ強化するからな。さっさと避難しな。」
正邪はそっぽを向きながらも手を握って立ち上がる。
「まったく、私がからかいに来ただけだとでも思ったのか? 手伝うよ。」
俺は素直に驚いた。
「手伝ってくれるのか?」
「たかだか人間1人でここを守ろうなんて思い上がりも甚だしい。でも、天邪鬼がついたらどうなるかな?」
「どうなるだろうな?」
質問に俺は質問で返した。
今の俺は相当意地の悪い顔をしているに違いない。
正邪が額にしわを寄せているのがいい証拠だ。
「お前は慧音に私の歴史を書いてくれるように頼んだよな。」
「あぁ。」
作業しながら正邪が話しかける。
「でも、私は天邪鬼だ。やっぱり、嘘でもそういったことは書き記してほしくない。」
「なら今回の出来事で事実になる。俺と一緒に戦った天邪鬼だ。」
「自分を英雄か何かを勘違いしていないかい?」
「何を言う。俺は愚か者さ。大して愛着もねえ人里を守ろうとしているんだから。」
「違いない。」
そういうと正邪は笑った。
「ふふふっ」
「あははっ」
そんな2人の声が静かな人里に響いた。




