殴る、それがベストアンサーだ。
現実逃避を兼ねたお話。
ただ後々少し大事になってくるからささっと読んでおいた方が良いかも。
どうやら俺はかなりのお人よしらしい。
それを自覚したのは人里を散歩している時だ。
路地裏に連れていかれる女。
その手を屈強な男どもが引っ張っている。
女の顔を見ると、あぁ嫌がってる。
男が女の手を引っ張って路地裏に連れて行くことは大抵ロクな事じゃない。
叫べばいいのに。
そんなことを想いながら俺は無視して通り過ぎようとする。
女が連れていかれた路地を後ろに俺は歩き続ける。
……。
あぁもう!
「これだから向こうでは『カッコつけ』だのなんだの言われるんだ。」
そんなことをぶつぶつと言いながら路地裏に入っていく。
少し入り込んだところに男どもはいた。
やっぱり強姦か…
どうしてやろうか…
「おい。」
とりあえず苛立ちに身を任せて言葉を発する。
男どもは俺の方を見た。
「ガキはすっこんでな。」
「こいつが誘ってきたんだ。」
そういうと男の1人は女の髪を引っ張る。
根毛が一番痛む奴だ…
彼女の根毛が老後、無事であることを願うばかりだ。
「俺さ、あんたらが路地裏にその女を引っ張っていくところ見たんだけどさ。あれもそういう遊戯とでもいうつもりか?」
とりあえず、目の前にいるなんか親分格っぽい奴に言う。
「いくらほしい?」
「お前らの骨折。」
金で解決しようとする奴に俺は代償を求めた。
「大口をたたくガキだ。お前のその正義感を呪うんだな。」
そういうと男どもは俺に殴りかかってきた。
数は3人。
おいおい。
ガキ相手に3対1かよ。
そんなことを想っている間にも男どもの拳は迫ってくる。
やべ、考え事してる暇がなかったわ。
次の瞬間、俺は顔に拳を喰らって吹っ飛ぶ。
地面を無様に転がる。
土が口の中に入ってきた。
苦い。
俺は本能に従うことにした。
能力を使って鬼になる。
頭に何か生えたのが分かった。
多分角だな。
今回ばかりは顔以外の全てに化けた。
正邪との交渉では思考回路だけを天邪鬼にしたが今回は本能まで鬼だ。
鬼の恐ろしさをその身に刻むがいい。
不思議と笑みがこぼれる。
天下の鬼が殴られ、無様に地を転がるんだ。
しかも人間に。
あんなくず野郎に。
ここでやり返さずしてなにが鬼か。
鬼の恥さらしだ!
「うぉぉぉぉぉ!」
俺は吠える。
力の持つ限り吠えた。
目の前が真っ赤になる。
なるほど、これが怒るって奴か。
「なんだ、てめえ!」
「待て! こいつ頭に角があるぞ!」
「鬼だ!」
奴らは急にビビった。
ふふふ。
軟弱な奴らめ。
どうしてやろうか。
いや、考えるだけ無駄だったな。
殴る、それがベストアンサーだ。
そう決断するととりあえず俺は近くにいた奴の腹を力任せに殴る。
「グホッ!」
男は血を吐いて地面に倒れ伏した。
俺は鬼になる前なんて言ったっけ?
忘れちまった。
でも、こいつらの骨を折ればいいんだっけ。
俺は地面に転がった奴の太ももの骨を踏みつける。
ミシミシ!
パキッ!
簡単に折れやがった。
ちょろいちょろい。
一歩踏み込んでもう1人の頭を掴む。
こっちの方が背は小さいが、力は上だ。
そのまま地面に頭を叩きつけてやった。
男の顔を中心に亀裂が走る。
面白がって何回も顔を叩きつけてやった。
ちらりと顔を覗いてみると鼻が曲がっている。
鼻って骨あったっけ?
まあいいや。
俺は力任せに最後の1人に鼻の曲がった奴を投げた。
「うっ!」
そんな呻き声を上げてそいつはつぶされる。
「俺はバカだからさ、なんでその女を助けたのかなんて覚えてないしそもそも考えていたのかも分からん。でもな、鬼としてやられたままではいられないんだな。これが鬼の意地って奴よ。」
そういうと俺は潰した奴を掴み上げる。
とりあえずなんかうるせえから頭突きしてやったら急に静かになった。
手を放して男を落とす。
さて、これで最後か。
俺は女に目をやった。
「大丈夫か? 生きてるか?」
「えぇ、はい。」
女は青ざめながらも返事した。
「生きてるなら大丈夫だな。」
俺は腰に手を伸ばして瓢箪を取り出そうとした。
あれ?
酒ないじゃん。
しょうがない。
どっかからもらってくるか。
そんなことを思っていると女が声を掛けてきた。
「えっと、ありがとうございました。あと、あなた鬼じゃないですよね?」
「えっ?」
そこで俺は初めて自分は鬼じゃないことを思い出した。
たしか化けたんだっけ。
何に化けたんだ?
違う、それは鬼だ。
もともと俺は何の種族だっけ?
思い出した!
人間だ。
あの軟弱に戻るのも腹の立つ話だが仕方ない。
なんだかんだ言って元々人間なんだから同族には優しくしたいだろう。
そんなことを考えていると力が抜けていくのを感じた。
戻った。
「こっちこそ思い出させてくれてありがとう。あのままだったら本当に鬼になってたよ。」
「いえ、私の能力がありましたから。」
「君も能力持ちなんだ?」
「はい。『見る程度の能力』です。」
「見る?」
「どちらかというと『見切る程度の能力』といった方が良いでしょうか。物事の本質と見抜く能力です。」
「そうなんだ。俺は猫辰っていうんだ。君は?」
「そらです。」
「そら。覚えた。それじゃ。」
そういうと俺は散歩を再開した。
その後、寺子屋に戻ると里長の娘が行方不明になっていたという話を迎えに来ていた生徒の親から耳にした。
なんでも男たちに路地裏に連れ込まれそうになったところを鬼に助けてもらったとか。
俺やんかさ。
俺だな。
里長の娘だったのか…
里長は娘を助けた鬼にお礼がしたいらしいがまあ見つからないだろうな。
そらを助けたのは鬼じゃなくて人間なんだから。
貸し一だ。
今じゃないけどそのうち返してもらおうかな。
そらも人が悪い。
そのうわさ話を聞いたとき俺はひそかに笑うしかなかった。




