13/フラッグへ手をのばせ
蒸かし芋に、バターと塩辛をのせて食す/気持ち悪そうですが、美味しいです。道民食。
ジンギ/ジンギスカンの略称。ちなみにザンギは北海道弁で唐揚げ。
あの時。
もし違う選択をしていたら、木瀬くんと一緒にいられたのだろうか。
もし。
この言葉を何度使って、わたしは人生を振り返っただろう。「もし」を選択し直せる人生があったとしたら。人生はもっと楽になるのだろうか。それとも最後の結末は、そう変わらないのだろうか。
何度でもわたし達は間違える。
間違えて尚そこから立ち上がるのか。
それとも座り込んだまま、ぼんやりと時のながれに身を任せるのか。
そのどちらを選ぶかは、結局その時の自分の気持ちのありようなのではないだろうか。
※ ※ ※
わたし達は店を出て、夜の道を歩いた。
寒いけれど雪はない。心地よい酔いの為だろうか。今はひえた空気が気持ち良いくらいだ。
ヒールで歩ける冬は物足りなくて、でも生活するには便利だ。灯りがあちこちにあり、藍色の空に星は見えない。行き交う人が多い。隣には水島くんが居て、お腹は一杯だ。
どこにも寒さを感じる隙間はない。それなのに欠けた部分を感じてしまうのは、多分木瀬くんの不在を思いだしたせいだ。
「木瀬くん。会いたかったな……」
わたしのもらした呟きに、「だったら久しぶりに帰って来いよ。何年帰ってない?」水島くんが言った。
「三年いや、四年かな。まさか夏にもクラス会するの?」
わたしは指を折って数えた。四年故郷に帰っていない。
「クラス会は分からないけど、ずっと帰ってないだろう。ゴールデンウィークにでも帰れよ」
「無理むり。飛行機代高い」
「じゃ、夏。ジンギスカン。もぎたての甘いトウモロコシ。スイカ。トマト。蒸かし芋にバターと塩辛をのせて喰う。はい、決定」
ジンギスカン以外やたら野菜ばかりがあがるのは、ダイエットの為だろうか。
「病院休めるの?」
「さすがに盆は休む」
「でもさあ。お盆も高いし」
「でも。なし。盆の一週間前に移動してれば問題なし」
今夜の水島くんは、いつになく強引だ。確かにわたしは長年里帰りをしていない。しかしその理由を彼は知っている。そのうえで誘うのは、どうしてなのだろう。
彼の顔を見ると、にやけている。かなり笑み崩れている。
「え、なに。なんか不気味なんですけど」
わたしが言うと、「コレ」そう言って自分のスマホをかざした。わたしは歩を止めた。
「これを観て。それでも君は帰りたくない。そういうつもりかな」
「え、なに?」
水島くんの指先が動画をタップする。
画面はまっしろだ。そこから生のギターの音が聴こえてくる。
続く歌声にわたしは耳をすました。歌はスタンド・バイ・ミー。そばにいて。
やがて。しろ一面だった画面に徐々に色彩が現れる。
ギターが映る。ギターをつま弾く指先が映る。長くて、荒れた指先が弦を抑えている。次に演奏者のうしろ姿が大きく映し出される。
思いでのなかの茶色をわたしは画面に見つけ、息をつめた。
映像は背後からぐるりと回り込み、中年男性の上半身が現れた。ニット帽。カーキー色のシャツ。何故なのか、トラクターに乗っている。
雪原の青空の下でギターをつま弾き熱唱する男の姿に、わたしは釘付けになった。間違いない。年をとっている。目じりの皺が深い。けれどその姿は紛れもない懐かしい仲間。木瀬くんだった。
「なんで、これ。え? どうして?」
わたしは水島くんに詰め寄った。水島くんが笑いながら、コートのポケットに手を突っ込む。そしてちいさなジャガイモを取り出した。
何でジャガイモが出てくるのか、展開が読めない。全然分からない。首を傾げるわたしに、「クラス会の会場に籠いっぱいのジャガイモが置かれていた。その籠には、ちいさな青い旗が刺さっていた。旗を見た内田が、俺に籠ごと渡してくれた。これだ」
水島くんが今度は胸ポケットから旗をつまみ出した。
食堂のお子様ランチについてくるような三角旗だ。その旗をジャガイモにぷつりと刺す。青い旗には、「ブルーフラッグ/木瀬農園」と印字されていた。
「木瀬農園。木瀬くんって農業しているの!?」
わたしの疑問に水島くんが応えた。
「木瀬は青森の高校を卒業後、岩手の大学へと進んだ。選考は農学部。そして二年の時に休学して、ヨーロッパを放浪した」
「ヨーロッパ……」
どうしよう。なにをどう言って良いのか分からない。
「そう。ビートルズの故郷イギリスを皮切りに、今のEUを歩き回り、主に農園で季節労働者として働きながら放浪を続けた。二年半そうした生活を続け、帰国した木瀬は結局大学を中退した。その後岩手で農業に従事し、結婚してから八雲に渡った。子どもは三人」
水島くんが指を三本たてる。
八雲は館岡から車で一時間半で行ける。そんな近くに居たなんて。わたしは呆気にとられた。
「あの阿呆は十年前から八雲在住だ。俺はここに来る前に会いに行った。相変わらず飄ひょうとしていた。気がついたら十年たっていて、えへへ、なんて笑っていやがった」
「ずるい! ずるいよ、水島くん。木瀬くん元気? 変わっていない様に見えるけど、どんな感じ?」
「夏美さん。それは君が自分で目にすべきだ。さあこれでも君は、帰って来ないつもりかい?」
水島くんが微笑んだ。ふかい笑みだった。
「でも。だって、わたし」
木瀬くんには会いたい。また三人で会いたい。けれど故郷に帰るのに躊躇う理由があった。俯いたわたしに、「でも、じゃない。君はそろそろ迷いから抜け出して、次の一歩を踏み出すべきだ」水島くんは強い口調で言った。
わたしはハッとして顔をあげた。
「俺らの仲間の成沢夏美はスーパーガールじゃなかった。クラスの人気者でもなかった。俺らはあまされものだった。けれど成沢夏美は俺のなかでは、ヒーローだ。成沢夏美は、友人の為に必死だった。倒れたらどうすれば立てるのかを考えた。だったら田所夏美にもできるはずだ。君は、ななくんと一度実家に帰るべきだ」
「ななと……」
「そうだ」
水島くんは、まっすぐにわたしの目を見て頷いた。わたしはその強さに気圧された。
七生の顔が脳裏に浮かぶ。短くした髪をして、ふて腐れた顔だ。以前は違った。笑顔の多い子だった。
七生。この名前は彼が自分につけた名だ。本名は七緒。戸籍上の性別は女。けれどななは一五の年に、突然その現実を否定した。女である自分に違和感があると言いだした。寝耳に水だった。
確かにななは幼い時からわたしと違い活発だった。おんなの子のお人形もぬいぐるみも興味がなかった。遊び友達はいつだっておとこの子で、明るく元気で、かけっこでは一位の旗をとる子だった。
わたしは娘の発言に混乱した。
夫はさらに混乱した。
ななは、進学先の制服のスカートを拒否した。女性用の下着を嫌がった。生理の時期は荒れた。誰にも理解してもらえず、高校で友人はできなかった。それまでの友人も離れていった。ななは不登校になった。
わたしは本を読み。カウンセラーに共に通い、ななを理解しようと勤めた。小児科の医師である、水島くんの奥さんも相談にのってくれた。味方になってくれた。それでもななとわたし達親子の溝は、日に日にふかくなっていった。環境を少しかえてみよう。夫婦で話し合って、館岡にななと帰った。そこで母は恐ろしいものを見るかのように、様変わりをした孫を見つめた。そしてわたしへ言った。
「あんたの育て方が悪かったからじゃないの」
その時。足元がばらばらと崩れさるような錯覚に陥った。
ななを育てた時間全てを否定された気持ちになった。一番理解して欲しかった人物からの否定の言葉に、はりつめいていた心は簡単に折れた。それ以来。わたしは母を避けた。故郷に戻らなくなった。
わたしと母とのギクシャクした関係を、ななは感じ取った。人の機微に聡い子だった。ななは自分のせいだと罪悪感を抱え込んだ。行く前よりも事態は悪化した。
「成沢夏美は、友人のために校内一のヤンキーとメンチ切る奴だった。田所夏美は道に迷っているなな君の為に、世界中が彼を非難しても守ってやれるはずだ。違うのか?」
水島くんが尋ねる。
「俺は今だって一五の時の三人四脚をしっかりと覚えている。コケたら立てば良い。コケたって死にゃあしない。傷ができたっていつか治る。
俺たちは家族っていう、肩を組んで走る相棒を見つけた。そしてまだ走っている最中なんだ。きっと。ずっと。最後のさいごまで足掻いて走り続ける。時には止まって。歩いて。それでも自分たちの旗を手にする為に進む。
俺はもう君のために走ったりしないし、木瀬も俺らの為に丸坊主になったりしない。俺らは大人になって、守るべき別々のものを手にいれてしまった。
でもさあ、夏美さん。それでも君は俺らにとって特別な仲間だ。もう歩く道も、立つべき場所も違っていても。それでも大切なんだ。ひとりで悩むなよ。もっと頼れよ。
君を傷つけた一言を悔やんでいるひともいる。おばさん、昨年からうちの奥さんに話しをききに来ているぞ。もう一度。話し合ってみればいい。理解できなくても、されなくても、それで全てがご破算になるわけじゃない」
水島くんの言葉が、わたしの頑なな気持ちを少しずつ解きほぐしていく。泪がにじむ。彼はいつだって先導者のように、道を照らす人だった。
「水島くん……」
わたしは彼の目を見つめた。人の目をまっすぐに見返すのは随分久しぶりな気がする。それくらいわたしは意固地になり、背を丸め、世界から顔をそむけていたのだ。
「……ななに声かけてみる」
「おう」
「一緒に館岡に行こうって。おばあちゃんの所にもう一度行こうって。上手くいくか分からないけど。でも……やってみる」
「おう。俺がジンギを御馳走する。そんでもって木瀬農園でトウモロコシとスイカの収穫を手伝おう。夜は皆で歌おうぜ」
「イマジン?」
わたしが問うと、水島くんが応えた。
「イマジン」
いないはずの木瀬くんの声が、共に聴こえた気がした。やってみろよ、と。彼の歌声がわたしの気持ちを押す。
わたしは手のなかのちいさなジャガイモを見下ろした。ごつごつとした。不格好なジャガイモは、けれどとても奇麗で大切なものに思えた。
水島くんがわたしの背を軽く押す。
わたし達は歩を進めた。
ななの好きなプリンを買って帰ろう。
ジャガイモを、ななに渡そう。お母さんの青春のフラッグだと、ななに渡そう。そして話そう。
道はまだまがりくねっていて。きっとゴールは果てしなくとおい。それでも一歩いっぽ歩いて行こう。
わたしは顔をあげた。
星は見えない。けれど街の灯りはどこまでも眩しく、わたし達を包んでいる。
完
はじめて書いた青春小説となりました。
そしてはじめて「ファンタジー」抜きの作品となりました。当初は50枚の短篇予定でした。
「三十と一夜の短篇」お題「広告」で、学生が屋上からイマジンの歌詞が書かれたポスターを紙飛行機にして、いくつもいくつも飛ばす。というワンシーンから生まれました。次回の「三十と一夜」までに完結できてほっとしています。感想等いただけますと嬉しいです。
原稿用紙換算枚数 約157枚




