第3話
数日後、祐次と連絡先を交換して、俺は大学に戻った。
とりあえず、単位だけは確保して、まじめに卒論の仕上げにかかる。それでも何とか、サッカーに関わる仕事が出来ない物かと大学の就職センターに相談したりもした。
そんな折、祐次から久しぶりに連絡があった。
草サッカーで交流試合をしたときに、たまたま俺の話題が出て、相手チームの中に、ある程度本格的にサッカーが出来る人材を捜している人がいる、と言うのだ。
職種は、某大手の幼児教育の会社で、幼稚園児から中学生までを対象としたサッカーチームのコーチをメインに営業や他の仕事をするらしい。即戦力として迎えたいから、もしやる気があるのなら早めに面接に来て欲しい、と言う物だった。
実際サッカー部もやめて久しいから、実業団などで自分が選手としてプレーするのはほぼあきらめていたが、コーチというのは考えても見なかった。自分でも、子供を相手になら教えることも出来るかも知れない。
新しい選択肢を見つけた俺は一も二もなく連絡を取り面接に行った。
幸運なことに先方に気に入られとんとん拍子に就職が決まった。
そして、俺は再び地元に帰ったのだ。
あれから数年、就職当時から会社の近くにアパートを借り、一人暮らしを続けていた。
相変わらず祐次たちとは一緒に草サッカーを続けている。祐次の息子も自分の教えているサッカーチームに入ってちびっ子ながらに良いセンスでボールを追いかけている。
子供たちや、応援に来る保護者、祐次たち親子を見ていると結婚に憧れもしないでもなかったが、どうしてもこの人と結婚したい、と思える女性に会うことはなかった。
それどころか、結構長くつきあっていた彼女に二股をかけられて、さんざん罵られて別れてしまってから、俺の女性不信は募ってしまった。
そろそろ、この痛手から立ち直りつつも、新しい彼女を作る元気が出ない頃。俺は彼に出会ってしまった。
派遣されていた幼稚園の一つに彼はいた。
最初は目立たない、おとなしい男だな、と思っていただけで気にしていなかったが、祐次の妹の恵美 ちゃんも同じ幼稚園に先生としていただけに、この幼稚園ではことさらに心証を悪くしたくないと思ってさわやかぶって接していた。
週に1度しか来ないので、その男に会うのも数えるほどだったが、あの、無防備でいて淡い色香を持った素顔を見たときの、その衝撃たるや今まで出会って付き合ってきた女たちの比じゃなかった。もちろん祐次よりも。と言うよりは、今まで自分の周りにいなかったタイプだったのかも知れない。
自慢じゃないが、結構な数の男も女も経験してきた俺が、こんなにのめり込むと思わなかった。
それでも、今までの恋愛遍歴のプライドが邪魔してなかなか自分から声をかけられない。
20代も後半半ばにさしかかり、いったい自分で何やってるんだと思いながらもたまに隙を見て姿を追いかけることしかできなかった。彼はかなりの働き者で、ちょこちょこといつ見ても忙しそうに働いていた。
それが、ある時、やたらと目が合うことに気が付いた。
そして、決まって彼はその後恥ずかしげに目をそらしてしまう。
そう言うことが何度かあって何となく彼の方も自分に気があるのではないかと思い始める。今まで自分から告白などしたことがなかったから、相手の気持ちがはっきりわかるまで動き出せなかった。
それでも彼を見つめ話をするごとにどんどん彼に惹かれていく自分を押さえられない。
彼が自分に好意的だとわかるや、もう彼と話すのが嬉しくて、そばにいたくて、自分のものにしたくて、何度も何度も彼を手に入れる夢を見た。
彼の細い肩に触れられたときは抱きしめそうになる自分を押さえるのに苦労した。
こんな自分は知らない。自分の中にこんなに他人に対して激情を持つなんて信じられない。
だけど、そんな熱に浮かされている自分が心地よかった。
こんな恋は初めてだ。いや、そもそも、今までの恋愛なんて恋愛じゃなかったとさえ思う自分がおかしい。
相手のことを想い、相手を大切にしたい。今までの相手にそんなことを思ったことはなかった。そう思えば、今まではずいぶんと自分勝手な恋愛をしていたのだと反省する。
そんな彼のことを考えてばかりの毎日が何日か過ぎた。
ある土曜日、久しぶりにサッカーの練習で祐次に会うと、祐次はすぐに俺の変化に気が付いたようだ。
「おう、どうした浮かれて」
からかうように俺の首に腕を後ろから絡めて絞める。
「とうとう彼女が出来たか」
「残念ながら、違う」
意味ありげに笑うと、「白状しろよ、この野郎」と言いながら頭をぐりぐりとかき回されてしまった。
練習が終わり、二人で打ち上げをする。
居酒屋で酒を酌み交わすうちについ口を滑らせてしまった。
「もう、俺ダメだな~。こんなに人に惚れたの初めてだわ、きっと」
複雑な顔をして話を聞いていた祐次がグラスの焼酎を一口飲み、息を吐く。
「珍しいな、お前がそんなに奥手になってるなんて」
苦笑いをしながら合いの手を打つ。
「男同士、ってのは俺もお前と間違いがあった手前、反対は出来ないけどさ。お前がそこまで言うなんてよっぽどだな」
「なんだよ、ヤキモチ?」
「ちょっとな」
「バカ言うなよ~!さっさとガキつくって結婚したヤツ誰だよ~」
酔っぱらってる上での戯れ言か、本気かは知らないが、お互いそれが、だからといってどうにもならないことを知っている。
俺たちはもう、ただの親友だから。
「俺よりもお前のファンが悲しむな」
冗談めかして祐次が言った。
「なんだそれ、俺にファンなんかいるかよ」
「知らないのは本人だけだな」
げらげら笑って酒をあおる。俺は本気でその時は全くの冗談だと思っていた。後日斉藤から、そのことを問いつめられるまで。
数日後、色々あって、俺とマモルは心の底から結びつく。
こんなに充足した関係は初めてだった。
恋愛は一人では出来ないと言うことも思い知った。今までの歴代の相手には申し訳ないが、俺は彼に出会うために今までを生きてきたのだと思う。
そうして、俺の過去は完全にセピア色に染まっていった。




