第六話 光属性
春の風が、
リーベルの街を吹き抜けていく。
冬の冷たさはもう薄れ、
陽射しも暖かくなり始めていた。
市場の人通りも多い。
どこか浮き足立った空気が、
街全体に広がっている。
「今日は人多いなぁ……」
ルークが辺りを見回す。
広場には、
大人も子供も集まっていた。
普段の市場より、
ずっと賑やかだ。
「まぁ、
年一回だからな」
隣でガルドが答える。
今日は、
魔法適性検査の日だった。
子供達の属性適性と、
魔力量を調べるための検査だ。
魔法適性検査は、
十歳になる歳の春に行われる。
体内の魔力へ、
少しずつ属性傾向が現れ始める時期だからだ。
魔力量も、
この頃にはほぼ決まると言われている。
生まれ持った資質。
だからこそ、
大人達も少し落ち着かない。
ユノは今年で十歳。
ルークはまだ九歳だった。
今日はガルドと一緒に、
付き添いとして広場へ来ていた。
「ルーク」
後ろから声が聞こえる。
振り返ると、
ユノが手を振っていた。
春の陽射しを受けて、
白金色の髪がきらきら光って見える。
「おはよ」
「おー」
ルークも手を振り返した。
ユノはいつも通りだった。
緊張した様子も無い。
「ユノ、
全然緊張してないな」
「そう?」
「俺だったら絶対緊張する」
「ルークはそうかも」
「どういう意味だよ!」
思わず言い返す。
ユノは少し笑った。
ガルドはそんな二人を見ながら、
小さく鼻を鳴らす。
「まぁ、
気楽にやれ」
「ガルドは緊張しなかったの?」
「覚えてねぇ」
「えぇ……」
適当すぎる。
ルークが呆れていると、
広場の奥から声が響いた。
「次、
前へ」
検査役だった。
灰色のローブを纏った男が、
机の前へ子供達を呼んでいる。
机の上には、
透明な水晶球が置かれていた。
属性適性と魔力量を測る、
魔導具らしい。
順番に子供達が呼ばれていく。
「火属性だな。魔力量は平均的か」
「風属性。悪くない魔力量だ」
「土属性だな。少し多めか」
検査役の声に、
周囲から声が上がる。
「風だって!」
「すげぇ!」
「お、結構多いじゃねぇか」
「うちの子、
雷属性らしいぞ!」
広場はかなり騒がしい。
ルークは水晶球を見つめた。
来年。
自分もあそこへ立つ。
火属性だったら格好いい。
風も良い。
ガルドみたいに、
強くなれるかもしれない。
そんなことを考えていると。
「ユノ」
名前が呼ばれた。
「行ってくる」
ユノはいつも通りの顔で、
前へ歩いていく。
周囲の視線が集まる。
やっぱり、
ユノは少し目立つ。
白金色の髪。
金色の瞳。
自然と人の目を引く。
ユノは机の前へ立つと、
水晶球へ手を伸ばした。
次の瞬間。
――ぱきん。
空気が震えた。
「……え?」
ルークが目を見開く。
白い光が、
広場へ溢れ出す。
眩しい。
春の陽射しとは違う。
透き通るような、
白金色の輝き。
「……光属性だと?」
検査役の声が、
震えていた。
ざわっ――と、
広場の空気が揺れる。
「おい、今……」
「光属性って言ったか?」
「馬鹿な……」
周囲が一気に騒がしくなる。
ルークは目を瞬かせた。
光属性。
聞いたことはある。
でも。
実際に見たのは初めてだった。
白金色の光が、
水晶球の中で揺れている。
まるで、
小さな光そのものみたいだった。
ユノは困ったように、
周囲を見回している。
「えっと……?」
本人だけが、
状況を分かっていない。
検査役の男は、
慌てた様子で水晶球を見つめていた。
「しかも……
この魔力量……」
光がさらに強くなる。
思わず、
ルークは目を細めた。
「お、おい……
水晶球が……」
「こんなの見たことねぇぞ……」
周囲の大人達もざわついている。
検査役は水晶球へ手をかざした。
確認するように、
何度も魔力を見ている。
そして。
「……高すぎる」
小さく呟いた。
広場が静まり返る。
その声だけが、
妙にはっきり聞こえた。
「光属性に加えて、
この魔力量……」
検査役の男が、
ユノを見る。
さっきまでとは、
明らかに目が違った。
「家名は?」
ユノは少し首を傾げる。
「ない、です」
平民。
その答えに、
周囲がさらにざわついた。
「平民でこの魔力量……?」
「いや、
光属性だけでも異常だぞ」
「現存していたのか……」
「記録でも、
一時代に一人出るかどうかだ……」
広場の空気が、
完全に変わっていた。
まるで。
広場全体が、
ユノを見ているみたいだった。
隣で、
ガルドが小さく目を細めていた。
珍しく、
少し真面目な顔をしている。
検査役は慌てた様子で、
別の男へ声を飛ばす。
「おい!
記録を!」
「あ、あぁ!」
「至急、
本部へ報告だ!」
周囲の空気が、
完全に変わっていた。
さっきまでの、
街の検査とは違う。
大人達の視線が、
全部ユノへ集まっている。
ユノは少し困った顔をした。
「……なんか、
大変?」
ルークは思わず笑った。
「多分、
すごいことになってる」
「そっか」
でも。
ユノはいつものユノだった。
その姿を見て。
ルークはなんだか、
少し安心した。
検査が終わった後も、
広場の騒ぎは収まらなかった。
「光属性だってよ……」
「しかもあの魔力量だぞ?」
「セフィリアが動くんじゃないか……?」
大人達が、
ひそひそと話している。
子供達も、
遠くからユノを見ていた。
「すげぇ……」
「初めて見た……」
「本当にいるんだ……」
さっきまで一緒に騒いでいた空気とは、
明らかに違う。
まるで。
急に“特別な誰か”になったみたいだった。
その中心で。
ユノは少し困った顔をしている。
「……ユノ」
ルークが隣へ行く。
ユノは少しだけ、
ほっとした顔をした。
「みんな、
なんか変」
「まぁ……
すごかったから」
「そうなの?」
「うん」
ルークは頷く。
「でも、
ユノはユノだろ?」
ユノが小さく目を見開く。
「……変わってないし」
少しだけ沈黙が落ちる。
それから。
ユノが、
ふっと小さく笑った。
「……そっか」
その笑顔は、
少し安心したみたいだった。
「ユノー!」
広場の向こうから、
女性の声が飛んできた。
「あ」
ユノがそちらを見る。
白金色に近い髪の女性が、
慌てた様子で駆け寄ってくる。
「大丈夫!?
すごい光ってたけど……!」
「うん、
多分大丈夫」
ユノはいつも通りだった。
女性はほっとしたように息を吐く。
それから、
ルークとガルドへ頭を下げた。
「いつもユノと仲良くしてくれて、
ありがとうございます」
「い、いえ……
別に……」
ルークが慌てる。
ユノはそんな様子を見て、
少し笑った。
「ルーク、
またね」
「おー」
ユノは母親と一緒に、
広場を離れていく。
白金色の髪が、
春の光の中へ溶けていった。
帰り道。
ガルドと二人で、
川沿いの道を歩いていた。
春風が、
静かに吹き抜けていく。
「……ユノ、
すごかったな」
ルークがぽつりと呟く。
「あぁ」
ガルドは短く答えた。
「光属性って、
そんなに珍しいの?」
少しの沈黙。
それから。
「今の時代、
確認されてる光属性はいねぇ」
ルークが目を丸くする。
「え……」
「記録じゃ、
一時代に一人出るかどうかだ」
ルークは思わず振り返った。
もう、
広場は見えない。
でも。
さっきの白い光だけは、
まだ目に焼き付いていた。
「……そんなに、
すごいんだ」
「あぁ」
風が吹く。
「……もう、
普通にはいかねぇだろうな」
ルークは少し黙った。
ユノ。
いつも一緒にいた。
川辺で話して。
パンを食べて。
笑って。
でも。
なんだか急に、
遠くへ行ってしまいそうだった。
春の空は青かった。
雲がゆっくり流れている。
ルークは川を見る。
水面が夕陽を反射して、
きらきら光っていた。
風が吹く。
春の匂いがした。
ルークはぼんやり、
空を見上げる。
ユノは、
すごい奴なんだと思う。
きっと。
もっと広い世界へ、
行くんだろう。
でも。
並んで立てる。
今はまだ、
そう信じられた。




