表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/48

第二話 一人ではない魔法


 エルミア湖畔へ到着したのは、まだ早朝だった。


 長時間の移動を終え、ルーク達は駆獣車から降りる。湖から吹いてくる風は涼しく、王都周辺よりもずっと過ごしやすい。


「着いたわよ」


 ミレイアが軽く手を振った。


 案内された先に建っていたのは、二階建ての大きなコテージだった。中には広いリビングと共有キッチンがあり、湖を眺められるテラスまで付いている。


「すご……」


 カレンが素直に声を漏らした。


「奮発したのよ。三週間使うんだから、快適な方がいいでしょ?」


 ミレイアは少し得意げに笑いながら、革袋を取り出した。


「はい」


 放られた袋を、ルークが受け取る。中には銀貨が入っていた。


「生活費ですか?」


「食材とか日用品とか。必要な物は自分達で調達してね」


 そして、いつもの笑顔で言う。


「細かいことは任せるわ」


 カレンの表情がわずかに強張った。


「それって……」


「休暇を満喫するってこと?」


 フィアが代わりに言った。


「正解」


 即答だった。


 全員が呆れた顔を向ける。だが、ミレイアはまったく気にしていない。


「訓練は見るわよ?」


「それ以外は?」


「休暇」


 清々しいほどだった。



 荷物整理を終え、簡単に朝食を済ませる頃には、早朝移動の眠気も消えていた。自然と全員がリビングへ集まり、ルークがソファへ腰を下ろす。


 すると、当然のようにシエルが隣へ座った。


 距離は近い。けれど、誰も気にしていない。


「……近くない?」


 ユノが思わず呟く。


「いつも通りですね」


 フィアが穏やかに答える。


「いつも通り」


 シエルも頷いた。


 カレンは笑う。


「今日は少し離れてる方かも」


「そうなの?」


「そう」


 シエルは真顔だった。


 ユノは何とも言えない顔になる。だが、不思議と居心地は悪くなかった。誰も無理をしていない。自然体のまま、同じ空間にいる。


 そんな空気だった。



「昼に使えそうな材料、足りないな」


 キッチンを確認していたルークが言った。冷蔵庫の中身は最低限しかない。


「買い出しですね」


 フィアが頷く。


「誰か行く?」


 カレンが聞くと、ルークが立ち上がった。


「じゃあ俺が行くよ」


「私も」


 シエルが即答する。


 当然のような反応だった。


 ユノは小さく眉を動かした。別におかしなことではない。なのに、二人だけになる光景を想像すると、なぜか少しだけ落ち着かなかった。


 気になる。


 それが何なのかは、自分でもよく分からない。


「じゃあ私も行くわ」


「お願いします」


 フィアが微笑む。


「私達は昼食の準備してる」


 カレンも頷いた。


 こうして、買い出し組はルーク、シエル、ユノの三人になった。



 エルミア湖畔の商店街は、朝から観光客で賑わっていた。


 通りを歩きながら、ユノは横を見る。


 やっぱり近い。


 シエルは、何の迷いもなくルークの隣を歩いていた。


「ねえ」


「?」


「いつもそんな距離なの?」


「いつも」


 即答だった。


「なんで?」


 シエルは少しだけ考えた。本当に、少しだけ。


「信頼してるから」


 ユノは言葉に詰まる。


 照れもない。誤魔化しもない。本気でそう思っている顔だった。


 信頼と距離感は別の話だと思う。普通なら、そうだ。


 けれど、シエルは本気だった。だからこそ、妙に納得させられてしまう。


「……そう」


 ユノは小さく息を吐き、模擬戦で見た四人を思い出した。


 あの連携。あの信頼。


 少なくとも、あの戦いが嘘ではなかったことだけは分かる。


「なるほどね」


 少しだけ、この距離感の理由が分かった気がした。



 コテージへ戻る頃には、昼が近付いていた。買い込んだ食材をキッチンへ運ぶ。


「思ったより買ったな」


「三日分はあるね」


 ユノが袋を置く。


「じゃあ始めましょうか」


 フィアが手を叩いた。


 気付けば全員が動き出している。フィアは献立を確認しながら大まかな段取りを決め、ルークは野菜を切り始めた。カレンは皿や調味料を並べ、シエルも黙々と手伝っている。


 ユノは少しだけ意外に思った。


 作業は驚くほどスムーズだった。細かく言われなくても、それぞれが自分の役割を見つけて動いている。


 無駄がない。


 戦う時だけではない。普段から、誰かが無理に引っ張っているわけではない。それぞれが自然に動き、足りないところを埋めている。


 だから、あの連携ができる。


「ユノ先輩、包丁使えます?」


 カレンが聞いた。


「一応ね」


「良かったです。私より上手そう」


「自覚あるのね」


「あります」


 即答だった。


 思わず笑う。カレンも笑った。


 気付けば、会話に混ざっている。それが少し不思議だった。


 やがて昼食が完成し、全員で席へ着く。


「いただきます」


「いただきます」


 賑やかな昼食だった。


 特別な話はしていない。くだらない雑談ばかりだ。それでも、居心地は悪くなかった。


 食事を終えた頃、カレンが窓の外を見る。


「ねえ、湖行かない?」


「ん?」


「せっかく来たんだし」


「賛成」


 シエルが即答する。


「私も賛成です」


 フィアも頷いた。


 ルークも異論はないらしい。自然と話がまとまっていく。


 誰も改めてユノに確認しなかった。けれど、最初から当然のように、五人で湖へ向かう流れになっていた。


 ユノは少しだけ口元を緩める。


「じゃあ行きましょうか」



 エルミア湖は穏やかだった。


 青空を映した水面が、風に揺れる。五人は湖沿いを歩きながら、他愛ない話をしていた。


「ユノ先輩は、エルミア湖畔に来たことあるんですか?」


 カレンが聞く。けれど、その声はどこかぎこちない。普段の勢いが少しだけ抑えられていた。


 ユノは横目でカレンを見る。


「……話しにくそうね」


「え?」


「無理して敬語を使わなくていいわよ」


 カレンは少し目を丸くした。


「いや、でも先輩ですし」


「ルークは敬語なんて使ってないわよ」


「ルークは幼馴染でしょ」


「なら、あなた達も合宿中くらい普通でいいわ」


 ユノは肩をすくめる。


「ユノでいいわよ。敬語もいらない」


「……本当にいいの?」


「ええ。その方が私も楽だもの」


 カレンは少しだけ迷ってから、いつもの調子で笑った。


「じゃあ、ユノ」


「ええ」


 ユノも小さく笑う。


「その方が自然ね」


 フィアが穏やかに微笑んだ。


「では、私はユノさんと呼ばせていただきますね」


「フィアはそのままでいいわ。急に崩されても、逆に落ち着かないし」


「そうですか?」


「ええ」


 シエルがユノを見る。


「ユノ」


「あなたは本当に迷いがないわね」


「ユノがいいって言った」


「言ったけど」


 ユノは呆れたように息を吐く。けれど、嫌ではなかった。


 少しだけ、空気が近くなった気がした。


 ユノは湖へ視線を向ける。風が水面を撫でていく。その穏やかな空気の中で、ふと思い出した。


「そういえば」


 ユノが口を開く。


「あれ、結局何だったの?」


「あれ?」


 カレンが首を傾げる。


「模擬戦の時、ルークがみんなの魔法に何かしてたでしょ。あれ」


「ああ」


 ルークは頷いた。


「共鳴のことか」


 少し考えてから、言葉を選ぶ。


「簡単に言うと、仲間の術式に俺の魔力を重ねるんだ。乱れを整えたり、足りない部分を補ったりする」


 それが、今のルーク達が使っている共鳴だった。


「そんな説明でいいの?」


「だいたい合ってる」


「雑ね」


 ユノは呆れたように言った。


 けれど、どこか引っかかるものがあった。昔、ルークと訓練していた時、たまに光弾が妙に安定することがあった。今思えば、あれも同じものだったのかもしれない。


「……なるほどね」


 ユノは小さく呟いた。


 それ以上は、その場では聞かなかった。



 コテージへ戻った頃には、日差しも少し和らいでいた。


 ミレイアはリビングのソファでくつろいでいる。完全に休暇の顔だった。


「あら、おかえり」


「ただいま」


「湖はどうだった?」


「綺麗だったわよ」


 カレンが答えると、ミレイアは満足そうに頷いた。


「それは何より」


 そのまま本へ視線を戻そうとする。だが、ルーク達は荷物を置くと、すぐに外へ出る準備を始めた。


「……何してるの?」


「軽く訓練してきます」


 ルークが答える。


「初日から?」


「移動で体が固まってますし、軽くだけです」


「真面目ねえ」


 ミレイアは呆れたように笑った。けれど、少し考えてから本を閉じる。


「まあ、暇だし見に行こうかしら」


「休暇じゃなかったの?」


 カレンが半眼で言う。


「休暇よ。だから暇つぶし」


 ミレイアはあっさり言った。


「それに、あなた達が何をするのかは少し気になるもの」


 ルークはユノを見る。


「ユノも来るか?」


「私も?」


「ああ。軽く体を動かすだけだし」


 ユノは一瞬だけ迷い、それから小さく首を横に振った。


「私はやめておくわ」


「疲れてるのか?」


「そうじゃないの」


 ユノは自分の手を見る。


「私がいると、訓練に支障が出るかもしれないから」


「支障?」


 カレンが眉を寄せる。


「どういうこと?」


 ユノは少しだけ言葉を選んだ。


「私の魔力、少し厄介なの」


 全員の視線が集まる。


「魔法じゃなくて、魔力そのものが周りに干渉するの。近くで訓練すると、他の人の術式や魔力の流れに影響が出ることがある」


 フィアの表情が少し変わった。


「観測系の術式にも、ですか?」


「ええ。たぶん相性は悪いと思う」


 ユノは肩をすくめる。


「だから、誰かと組むのが難しいのよ。模擬戦とか試験とか、評価に関わる場面ならなおさらね」


 空気が少しだけ静かになる。


 ユノは慣れたように笑った。


「一人でやる方が楽だったの。誰かに迷惑をかけることもないし」


 その言い方は軽い。けれど、完全に何も感じていないようには見えなかった。


 ルークは湖畔での会話を思い出す。


 共鳴。


 仲間の術式へ干渉し、乱れを整える力。


 そして幼い頃、ユノの光弾が妙に安定したことがあった。


「ユノ」


「何?」


「試してみないか?」


 ユノが目を瞬かせる。


「何を?」


「共鳴だ」


 ルークは続けた。


「昔、光弾が安定したことがあっただろ。あれが共鳴の原型だったなら、今の魔力にも何かできるかもしれない」


 ユノはすぐには答えなかった。期待より先に、不安が浮かぶ。


「……私の魔力、周りに影響するのよ」


「だから、試す」


 ルークは真っ直ぐに言った。


「無理ならすぐやめる。けど、何か分かるかもしれない」


 フィアも頷く。


「私が《風読》で確認します。影響が出たら、すぐに分かると思います」


 シエルも短く言った。


「検証できる」


 カレンが笑う。


「ここまで来て、何もしない方が気になるわよ」


 ユノは四人を見た。


 軽い言葉ばかりではない。本当に、試そうとしている。


 ユノは少しだけ息を吐いた。


「……分かったわ。少しだけなら」


「決まりね」


 ミレイアが本を閉じた。


 さっきまでの休暇の顔から、少しだけ表情が変わっている。


「私も見るわ」


「暇つぶしじゃなかったの?」


 カレンが聞く。


「暇つぶしのつもりだったわよ。でも、今の話を聞いたら気になるでしょ」


 声は軽い。けれど、目はもう教師のものだった。


「少しでも異常があれば中止。いいわね?」


「はい」


 ルークは頷いた。



 コテージから少し離れた草地へ移動する。湖畔からの風が届く、開けた場所だった。


 まずは軽く体を動かす。カレンは槍を振り、シエルは小さな氷槍をいくつか展開する。フィアは《風読》で周囲の風を拾い、ルークは足元に小さな障壁を立てて感覚を確かめた。


 長時間の移動で固まっていた体が、少しずついつもの調子を取り戻していく。


 ユノは少し離れた場所で、その様子を見ていた。


「本当に一緒にやらなくていいのか?」


 ルークが聞く。


 ユノは小さく肩をすくめた。


「今のままだと、邪魔になるかもしれないもの」


 その言葉で、ルークはさっきの話を思い出す。


 ユノの魔力。


 周囲の術式や魔力の流れへ、無意識に干渉してしまう力。


「なら、試してみるか」


 ルークが言った。


 ユノは少し迷ってから、前へ出る。


「……お願い」


 フィアが《風読》を展開する。風がユノの周囲へ広がった。


「確認します」


「ええ」


 ユノは白煌色の魔力を練り上げた。


 魔法陣は展開しない。魔法として発動させるのではなく、ただ魔力だけを外へ出す。


 淡い白煌色の魔力が、ユノの手のひらの上で小さな球を作った。形は整っている。けれど、それは魔法ではない。術式を通す前の、純粋な魔力の塊だった。


 その瞬間。


 フィアの《風読》が僅かに乱れた。


 風の流れが、ユノの魔力へ引っかかる。


「……確かに、影響が出ています」


 フィアが静かに告げる。


 ユノは驚かなかった。そうなることは分かっていた。


「やっぱりね」


 軽く言ったつもりだった。けれど、自分の声が思ったより小さく聞こえた。


 ルークは一歩前へ出る。


「やってみる」


「……お願い」


 ルークは、ユノの手のひらに浮かぶ魔力の球へ手をかざした。


 灰銀色の魔力が指先から伸びる。触れたのは、ユノの白煌色の魔力そのものだった。


 灰銀色の魔力が、白煌色の魔力へそっと重なる。


 次の瞬間、手のひらの上の光が淡い銀煌色へ変わった。


「……あ」


 ユノが小さく声を漏らす。


 同時に、乱れていた《風読》の流れが、すっと元に戻った。


「消えました」


 フィアが目を見開く。


「《風読》への干渉が消えています」


「本当に?」


 ユノが思わず聞き返す。


 フィアははっきり頷いた。


「はい。今の《風読》には、影響していません」


「ルークさんの魔力が混ざった瞬間、干渉が消えました」


 手のひらの上には、銀煌色の魔力球が静かに浮かんでいた。ユノの魔力が周囲へ与えていた影響は消えている。


 ユノは小さく息を吐いた。


 周囲への影響が本当に消えたのか、自分では分からない。けれど、フィアがそう言っている。


 なら、間違いないのだろう。


「不思議ね」


 ユノは小さく笑った。


「こんなことになるなんて思わなかった」


 ルークが魔力を引くのに合わせて、ユノも手のひらの魔力球を消した。銀煌色の光は淡くほどけ、静かに空気へ溶ける。


 草地に、湖からの風が流れ込んだ。


 シエルはしばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと言う。


「……魔力の性質を変えてる?」


「性質?」


 ユノが聞き返す。


「たぶん」


 シエルは頷いた。


「ユノの魔力に、ルークの魔力が混ざった。だから、周りに干渉しにくくなった」


 ミレイアは腕を組んだまま、二人の言葉を聞いていた。


 いつもの軽い笑みはある。けれど、その目はどこか楽しそうだった。


「面白い結果ね」


「面白い、で済むんですか?」


 ルークが聞く。


「済ませないわよ。むしろ、ちゃんと整理する価値があるわ」


 全員の視線がミレイアへ向く。


「今日起きたことは、ユノの魔力そのものに変化が起きていた可能性があるわ。少なくとも、いつもの術式補助とは少し違う」


 ユノは自分の手を見る。


 そこにはもう、白煌色の魔力も灰銀色の魔力も残っていない。けれど、銀煌色に変わった一瞬の感覚だけは、まだ残っていた。


「私の魔力が……変わった?」


「可能性の話よ」


 ミレイアはそう言ってから、ルークを見る。


「でも、あなた達の共鳴を考える上では、かなり大事な手がかりかもしれないわ」


 ルークは頷いた。


 自分の魔力が、ユノの魔力に何をしたのか。まだ分からない。


 ただ、確かな手がかりにはなった。


「夜に整理しましょう」


 ミレイアが言った。


「カレン、シエル、フィア。あなた達の共鳴で起きていたことも含めて、もう一度確認するわ」


「私達も?」


 カレンが目を丸くする。


「当然でしょ。ユノだけの話とは限らないもの」


 シエルは小さく頷いた。


「共鳴の仕組みに関係する」


「かもしれませんね」


 フィアも静かに答える。


 ユノはその会話を聞きながら、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなるのを感じた。


 自分だけの問題ではない。ルークと、Uクラスのみんなが積み上げてきた共鳴。その奥に、自分も触れたのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が少しだけ揺れた。


「……変な感じね」


 ユノは小さく笑った。


 ルークも小さく笑う。


「だな」


 夏合宿は、ただの休暇では終わりそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ