20.1992年11月初旬、ディタボラ入国
グローブボックスから取り出した、南アフリカ自動車協会の地図を片手に車を発進させる。
リングで束ねられた地図は幹線道路ごとに拡大表示されており非常に見やすい。
ウィルソンがいなくなったことで随分と動きやすくはなかったが、しかし一人旅は寧ろ危険を伴う。より一層気を引き締めねばならないだろう。
二時間程度ぶっ続けで車を走らせ続ける。
どこへ行っても道路は砂っぽく、そして左右に広がるのは開けた何もない空間ばかりだ。
とても農地には見えないが、実際には放牧地や農場であるはずだ。永久に続くかのような柵が道路に並行して設置されていた。
そう言った緑の空間を経て現れたのは赤茶けた土にブッシュフェルトだ。
N1号線を走り続け、ソウトパンスベルフ山脈を横目に走り続け、午前十時、ようやくメッシーナに到着である。
ここは南アの最北端、鉱山の町だ。
車から出た瞬間に埃っぽい空気とかち合い眉を一瞬だけ顰める。空気がざらついて皮膚をチリリと刺激する。
やろうと思えば町の住民すべてと顔見知り慣れそうな小さな町である。
近くに巨大なバオバブがあるのが目に止まるがそれには近づかずにカルテックスへと赴く。
車のガソリンを満タンにした後に、同じようにジェリカンも満タンにした。
ディタボラへと赴くのは初めてではあるが、絶賛紛争前夜の国のインフラなど信用するわけにはいかない。
万全の準備で臨むべきである。
そのまま食事もせずにメッシーナは出ていく。
旱魃に喘ぐ現在、どうせ町の中を歩いたところで美味い食事にはありつけないだろう。
缶詰ならばどこで食べても一緒だ。
なにしろ先は長い、ここは余分な時間を掛けずに通り過ぎるが得策だ。
十一時を回る頃、リンポポ河に掛かる橋を超えたところでディタボラ南国境検問所に差し掛かる。
車はあまりいなかったが、兵士たちがやる気のない様子で仕事をするためその列はなかなか進まない。
制服はみなバラバラ。混乱に置かれた国では比較的よく見られる光景だ。
兵士の数が予想していたよりも多い。だが大統領が殺害されて一週間と少し、その割に妙に落ち着いている。
首都は大混乱、地方はまだそこまで影響がない、と言うところだろうか。
ようやく訪れたショウの番であるが、パスポートをチラリと見やり彼らは何かを口々に言って検問を通す気配がない。
言語のリズムに耳馴染みはあるが、しかしショウは言語そのものを理解できなかった。
ディタボラはどちらかというとショナ語系統。
南アに棲むショウはズールー語、アフリカーンス語ならば日常で苦労しない程度は理解できるものの、ショナ語についてはそうではなかったのだ。
額に若干の汗が浮かぶ。
無線がそこかしこで頻繁に鳴る中で、兵士たち数名でパスポートについて何か責めるような口調で言うが、何を言われているのかが判らない。書類は完璧なはずだ。
「Excuse me, is there any problem with my documents ?(すみません、なにか不備がありましたか?)」
敢えて日本人商社マンのような英語で話しかける。パスポートは勿論日本のものだ。
ディタボラは親米派で反共。とは言えどちら側であるかの明示は避けるほうが無難だろう。
政治家から民衆まで思想が一枚岩ということはあり得ない。ショウは敢えて政治色の薄い日本人として入国することにしたのだ。
ウィルソンがマラリアに感染したのはショウにとっては幸運だった。
彼がCIAならばショウが重国籍者だとは当然知っているだろう。だからそこは問題がない。問題があるとすればウィルソンだ。
彼はアメリカのパスポートを提示することになる。
ピーターズブルグでの道すがらの検問、それでさえ彼は足止めの要因となったのだ。
となれば、紛争前夜のディタボラへの国境越え、それを更に面倒なものとすることは確実だった。
ショウはパスポートを再び手渡しつつ、その隙間に20米ドルを挟む。ぴくりと兵士の眉が動いた。
ダッシュボードの上に乗ったマルボロをチラリと見やる視線を感じる。
ショウはそれを手に取り渡すとパスポートが返却され、それから顎をしゃくって通過を許可された。
これもまたよくあることである。
(まったく、アフリカって場所は本当に)
乾いた風を頬に受けつつため息を吐き、こうしてショウはディタボラへと入国を果たしたのである。
今夜の宿まではもう暫く走らねばならない。
道はあまり良くなく、振動が全身を揺らしてハンドルを握る手さえも痺れさせた。
ディタボラといえば戦略的鉱物が採掘されそれによって国家が成り立っているわけではあるが、田舎の道路はガタガタとしておりまだ整備が成されていない。
赤土のグラベルが広がり走りづらさに拍車を掛けた。
町にでも着けば少しはマシになるかもしれないが、果たして。
(この状況じゃあな……)
なにせディタボラは民主化組織と政府の衝突が絶えない国だ。情勢の安定しない国特有のトラブルには注意が必要だ。気を抜けば身ぐるみを剥がされるばかりか命まで取られる可能性も低くはない。そういったレベルで情勢不安がある国というのは、国の端のど田舎などまでは、整備の手が回っていないことは珍しくもないのだ。
洗濯板状の悪路に車が進むごとに赤土が埃のような巻き上がってゆく手を阻む。
土煙の向こうに、まばらに生えたモパネの合間を動物が行くのが見えた。
野生の楽園だのサファリだの、そういった側面で見れば穏やかな国ではあるのだが、人間社会はそうもいかないのである。
車を走らせ続ける。ジンバブエとの国境沿いの道路は永久に続くかのような悪路だ。
洗濯板状の道路は流石に姿を消したが、今度は細かな砂利道が現れた。それらもまた、車を揺らすには充分な要因であった。
その振動が徐々に体力を奪うことは明らかだ。
だが、この旅の山場はまだ先にある。ここでへこたれるわけには行くまい。
ショウはタフに生きられるよう父に躾けられた。
身長が父の胸にも届かぬ子供時代、亜熱帯の離島、その木々の合間を歩かされたことさえあったのだ。
それに比べればきちんとした乗り物に乗っての移動の、なんと楽なことか。
やがて悪路が落ち着くころになると、疎らに民家が見え始めた。
どの家屋も手入れがなされており、文明を感じる。
体制側と民主化組織衝突の影響は国の末端にまではまだ届いていないようだった。
ロンダベルのうち何軒かは茅葺ではなくトタン屋根で、少しばかり近代化されている。
独裁政治を敷いて長い——これは方々からの情報から判断するに、紛れもない事実であるようだが、虐殺も処刑もなく、民は貧しいながらも最低限の生活は維持できていたようだ。
ふと視線を並んだロンダベルの向こうへ移すと、痩せた男数人が、それ以上に痩せこけた牛を伴い歩いていくのが見えた。
旱魃は苦しい。大地も民も痩せ細る。
そんな時に起きた、国の根幹を揺らしかねない大統領の殺害。
さて国民にとって「悪」とは誰なのだろうか。
客観的に見れば答えは決まりきっているが、だからと言って民衆がさてどちらに付くべきか、などと思案できるフェーズではない。
民衆の疲弊が凄まじい今、彼らはもはや結果を待つことしかできないこだろう。
まあ、ショウは仕事をするだけだ。
インパラが大地を駆けている。
ショウは未だその身を揺さぶる振動に身を任せ、今夜の宿を目指した。




