第九章 魔王軍との契約交渉
三つ首ドラゴンとの激闘から数日、町は復興の熱気に包まれていた。
だがジロウの心には、もう一つの大きな課題があった。
ギルド本部で書類を束ねるジロウのもとへ、セラからの密書が届く。
『人間の町を守り抜いた、その誓約、しかと見届けた。
だが、次は我が軍の“リスク”を見極めてもらう。
――魔王セラ』
ジロウは一息つくと、仲間たちの前で宣言した。
「次は、魔王軍の本拠地で“交渉”だ。俺たちの“安心”を敵にまで広げるつもりで行く。みんな、頼むぞ」
アスカは得意げに剣を担ぎ、「もしもの時は、あんたを守ってやる」と胸を張る。
レム、ユイ、カナもそれぞれの役割を胸に、ジロウの旅立ちを支えた。
⸻
魔王軍本拠・黒き尖塔。
セラは群臣たちを前に、ゆったりと玉座に座していた。
「人間ごときの“安心”など、魔王軍には無用――と、言いたいところだが。
セラ様、敵はあの三つ首ドラゴンすら倒しましたぞ」
「民の士気も、最近は不安の声が……」
「セラ様、もしかして“保険”とやら、悪くないのでは……」
家臣たちのささやきを、セラは「静かに」と一喝。だが彼女自身の心も揺れていた。
(なぜだ――あの男の“安心”は、私の内側をざわつかせる。
命を賭けて部下を守る。そのための“契約”に、嘘はなかった)
⸻
ジロウが黒き尖塔に到着したとき、魔王軍は厳戒態勢。
だがセラは静かに彼を玉座に招く。
「よく来たな、“保険屋”。今度は我が軍のための契約だ」
ジロウは堂々と答える。
「“停戦保険”――
どちらかの軍が一方的な奇襲や卑劣な手を使った場合、その指導者に魔王級の損害賠償ペナルティを科す。
平時には部下の命を守る補償もつける。
両軍が“誓約”を守れば、平和と繁栄が約束される――
リスクを引き受けて、未来を買う“契約”です」
セラはゆっくりと立ち上がり、ジロウを真っ直ぐに見つめる。
「お前の“安心”には、戦場の冷たさが足りない。
だが、守りたい者のために剣を置く――
その勇気だけは、私も認めてやる」
家臣たちは騒然とするが、セラはついに契約証書に手を伸ばす。
「……私が“停戦保険”にサインするなら、お前も我が軍の者として、覚悟を見せろ」
「もちろん。
敵だろうと、守りたいものがあるなら俺は契約する――それが“保険屋”だからな」
セラの指先が証書に触れると、黒と白の光が交わり、新たな“誓約”が成立する。
⸻
その瞬間、魔王軍の兵士たちの間に安堵と動揺が広がり、
町と魔王軍、敵味方を超えた“不思議な希望”の芽が息づき始める。
セラは最後に、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「お前の“安心”――私の心にも少し、灯ってしまったかもしれないな……」
⸻
町へ戻る道すがら、ジロウは空を見上げる。
「さあ、次はカズマの陰謀――最後の“契約”だ」
嵐の予兆と新たな誓約の光のもと、
物語はついに最終決戦へと向かっていく――。