加藤清正のシウダ・デ・メヒコ開発計画 ★
「民が死ぬのを防ぎたければ説得してくるのだな」
「分かりマシタ」
清正の言葉にフロイスは頷いた。
戦いは日本側の勝利で終わったが、町に侵攻はしていない。
相手には徹底抗戦する為の城がある訳ではないし、こちらの進軍を阻む城壁も無い。
その気になればいつでも町に入れるので、降伏するのを待つ事を選び、郊外に陣取り、様子を見ている。
「我らの目的は食べ物だ。統治もその手段に過ぎん。生きて国に帰る為に必要だからやっている」
「心得てイマス」
武士達の行動原理を、いくらかは把握しているフロイスであった。
秀吉の命令を守るのが優先事項であろう。
「国へ帰りたい者を止める事はせぬ。但し、3年は働いてもらうがな」
「そうなのデスカ?!」
思わぬ提案に驚く。
そこまでは予想していなかった。
「当面は労働力が必要であるし、国に帰れるとあれば反抗も少なかろう」
「そうデスネ」
説得の材料が増えた事に安心する。
「まずはあの町にいる伴天連を訪ねるつもりなのだろうが、上手く説得が成功すれば、その者らの身分は保証しよう」
「御配慮ありがとうございマス」
何事にも見返りは必要だろう。
「大人しく従えば良し、抵抗するならば容赦はせん」
「ハイ」
その言葉に嘘が無い事も十分に理解している。
清正との会見を終えたフロイスはすぐさま町へと向かった。
宣教師はシウダ・デ・メヒコにもいるので、まずはその者らに働きかける。
彼らの影響力を使い、帰順を説くのだ。
『大人しく降伏する様、町の人々を説き伏せて下さい!』
戦に負けて恐慌状態な町にあり、宣教師達は比較的冷静であった。
敵が勝ったのだからすぐさま町に侵攻しそうなモノなのに、いつまで経ってもそんな様子がないからだ。
『そんな事をしても殺されるだけではないのですか?』
彼らの中から疑問が上がる。
そんな事は他でいくつも目にしてきた。
『彼らの目的はこの町の統治です! 徒に命を奪う事はしません!』
フロイスが訴える。
恭順する者には寛容なのが日本の武将達である事を知っていた。
彼らの争いは基本的に領地の拡張合戦であり、その地の領民を殺す事はしない。
そんな事をしては安定した領地運営が出来ないからだ。
日本で見聞きしてきた事を説明していく。
町の宣教師たちにとり、その言葉は町に入って来ない事が証明していそうに思われた。
そんな彼らにフロイスが説得を重ねる。
『帰国したい者は3年の労働の後、解放してくれるそうです!』
『本当ですか?!』
捕虜の扱いとしては破格に思われる。
いざとなれば逃げ出してしまえば良い。
更に、
『町の説得に成功すれば、皆さんの身分は保証されます!』
誰でも自分の身は可愛いモノだ。
町の犠牲を少なくするという大義があるので、一層励むだろう。
『しかし、約束を守ってくれるのですか?』
それだけが心配である。
『それは大丈夫です! こちらが約束を守る限り彼らは約束を守ります!』
フロイスの必死な説得工作が実り、町は大人しく清正に下った。
「ほう?」
清正はシウダ・デ・メヒコの視察に出向いていた。
まずは町の南側へ来ている。
山から見えていた水路が張り巡らされている区域で、町の住民にはソチミルコと呼ばれていた。
「杭や木で枠を作って水草を敷き詰め、その上に泥を載せているのか?」
船で畑に渡り、その構造を調べて清正が言う。
初めて見る不思議な光景であった。
「水に困らず、肥えた泥で肥料も要らぬという事だな」
その畑に育つ野菜類は立派に育っていた。
「問題は、まるで手が回っておらぬという事だな。人がおらんと考えるべきだろう」
ある一画はきちんと耕している様だったが、放置されて草が茂っている区画もある。
町の住民が激減したのであれば、単純に人手不足だろう。
「この畑を何と言うのだ?」
フロイスに訳して貰い、畑で作業をしていた者達の長に尋ねた。
イスパニア人でもアフリカの奴隷でもなく、どうやらアステカの生き残りらしい。
『チナンパと言います』
長が答えた。
「チナンパか、見事な技術である!」
清正は褒めた。
畑は狭いのに収量は多い。
この技術があれば先は明るいと感じる。
一方、清正に褒められた長は目を白黒させた。
町を滅ぼしたイスパニア人にチナンパは見向きもされなかったのだが、そのイスパニア人に勝った目の前の男は褒めている。
初めての経験にどう対処すれば良いのか分からなかった。
「その方らは何人いる?」
清正は構わず質問を続ける。
『……3千、くらいです』
暫く考えてから答えた。
それを受け、清正は指示を出す。
「使っていない土地を直ちに耕して種を植え、1年で10万人を養える様にするのだ!」
無茶な要求に顔色を失う。
『そんな事は無理です!』
「この町は30万人を抱えていたのだろう? 何故無理なのだ?」
平然と清正が問う。
『何故って、我らの数が少なすぎます!」
「ならば人を出そう。1万おれば足りよう?」
『長年の間にチナンパが崩れている所があります!』
「1万人を使え。ついでだから今まで以上に広げれば良い」
最早反論出来ず、黙る。
「その方が責任者となり、直ぐに進めるのだ。最優先事項であるので早速取り掛かる様に」
『分かりました……』
有無を言わせないその言葉に頷く。
「ここは開拓し、水田としよう」
その東、チャルコ湖の湖岸に来ていた。
静かな水面の周囲は荒れ果てている。
「ここも昔は使われていたのだろうな。勿体ない……」
その呟きは湖を吹き渡る風に消える。
「町の周囲にはアグアカテ(アボカド)が多いな。30万人を養う為に植えたのであろう」
町を取り囲む山の斜面には夥しい数のアボカドの木がある。
「ひとまずは飢えずに済みそうだ」
安心し、ホッと一息ついた。




