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銀貨

 イスパニア人との交渉は概ね成功に終わった。

 日本から突然に移ってきたなど、にわかには信じられない話だった様だが、ベラクルスにはフロイス、ヴァリニャーノの知人であるイエズス会士もいたので、受け入れざるを得なかった様だ。

 開墾に関しては、名護屋城の周りにはアステカ族の集落がいくつかあったそうで、病気で全滅して今は放棄されているらしく、好きにしたら良いとの事だった。


 幸いベラクルスに米はあったが、日本の物とは風味が違っていた。

 試しに食べてみた所、炊きあがってもパラパラとしており、日本の米の様にはねばつかない。

 貝や魚の汁と共に煮込んで食べるそうで、ご飯としては食べない様だ。

 背に腹は代えられないという事で籾を手に入れた。 

 他にも芋や野菜の種、果物の苗なども貰ったが、20万人分の食料を提供する事は出来ないと断られた。

 1万人の町では、20万人分など許容量を超えているので仕方あるまい。

 代わりとして野生の牛などを狩り、船で魚を捕らえる事に了承を得る。


 帰国については首都であるシウダ・デ・メヒコ(メキシコシティ)に行き、行政官に聞いて欲しいとの事だった。

 出来ればイスパニア本国へも赴き、日本へ連絡する事を勧められた。

 巡察師であるヴァリニャーノが手紙をしたため、バチカンのクレメンス8世に救援を頼んでもいる。

 アカプルコからマニラに行く道と、このベラクルスからハバナを経由してイスパニアに向かい、そこからポルトガル船で日本を目指す道もある事が教えられた。

 しかし、それとて多くの人は運べない。

 それ程20万という数字は大き過ぎた。


 町には数日滞在し、行長は荷物を纏め、名護屋城に帰る事にした。

 報せをいち早く持ち帰り、すぐに開墾を始めねばならないだろう。

 シウダ・デ・メヒコに行くなら行くで、それなりの準備をせねばなるまい。 


 「あの町ですが、気づきましたか?」


 復路で忠興がそっと耳打ちしてきた。


 「何を?」


 行長は見当がつかず、問い返す。

 忠興はフロイスらに聞こえぬ様に囁く。


 「港で大量の銀貨が船に積み込まれていましたよ」 

 「何?」


 それは忠興がベラクルスの港で見た光景だった。

 大量の銀貨が船に積み込まれ、イスパニアに向けて出港していた。


 「奴隷を買うのにその銀貨を充てているのでしょう」

 「成る程。しかし、その銀貨は一体どこから?」


 行長の質問に忠興は暫し考え、口にした。


 「銀貨の入っている箱を積んだ、馬らしき動物が町に入って来ているのも見ました。シウダ・デ・メヒコから持って来たそうですよ」

 「アカプルコからではないという事か……」

 「そこから運んで来た物であれば、マニラで積んだ銀貨の筈」

 「であれば石見の銀?」

 「左様」


 当時、日本の石見銀山などから産出した銀は、世界で流通していた銀の3分の1から4分の1を賄っていたと言われる。

 ポルトガル商人達を通じて世界中に運ばれたのだが、マニラはその航路の途中である事を考えれば、マニラで積んだ銀貨であれば石見の物である可能性が高い。


 「ですが、この町に来た銀貨は石見の物ではなかった」

 「という事は、この国のどこかで産出している?」

 「そう考えるのが自然ですね」 


 二人はそう結論付けた。  


 「連れて来られた奴隷は凄まじい数です。一体どれだけの銀を使っているのやら……」

 「それだけの銀が採れるという事だな」


 その富に驚く。  


 「しかし、この国の開発は全く進んでいない様子です」

 「それは確かに。米を食う筈なのに、湖の周りは手付かずだ」


 町の周りだけが耕されている感じであった。

 自分の領地を考えれば信じられない。

 山の上であれ、耕せる場所は余す事なく田畑に変えているからだ。

 川に挟まれた好立地を、何もせずに放っておくなどあり得ない。


 「イスパニア人は領地を治める気が無い様に見えますね」

 「奴隷を使って耕すのではないのか?」

 「そうかもしれませんが、そうであれば町の周りを真っ先に開墾するのでは?」

 「それはそうだが……」

 

 行長は町で耳にした話を基に推測する。


 「奴隷はシウダ・デ・メヒコに運ぶと聞く。この町は後回しという事だろうな」

 「余程重要な場所があるのですね」

 「金で買った奴隷を多数集め、開墾よりも先にやる事か……」


 二人は同じ結論に辿り着く。


 「銀の採掘」


 それが二人の出した答えであった。

 話を続ける。


 「この地は元々アステカ族が治めていたそうですね」

 「70年前に攻め滅ぼしたそうだな」


 この国の過去はフロイスに聞いていた。  

 また、昔はアステカ族の生き残りがベラクルスの町にも多くいたそうだが、多くが病気で死んでしまい、今では殆ど見ないらしい。

 インディアンと呼ぶアステカ族以外の原住民達も、北部や南部といったイスパニア人が進出していない地域に残る程度だそうだ。


 「支配した領地から銀が出たはいいが、そこで働かせる筈の者達が病気で死んでしまい、仕方なく他所で買った奴隷を連れて来ているという訳だな」

 「領地を開発して町を発展させる気は無く、銀を掘る事が最優先事項だという事でしょうね」


 町を見るに、二人にはそうとしか思えなかった。 

 今は遠く離れてしまった自らの領地を考える。

 確かに鉱山経営も大切ではあるが、国を養おうと思えば米を穫らねばならない。

 戦国武将にとって石高とは国力と同じ意味合いであり、国を強くする為には何にも増して水田を開発せねばならなかった。

 織田信長は経済の力によって兵を養う事を考えたが、それでは何事も高くついてしまうし、金に頼る経営は危うさもはらむ。

 義智の対馬の領地は2万石でしかなく、朝鮮半島との交易によって領地の経営を図っていたが、それは逆に言えば、交易を閉じられたら途端に干上がってしまう事を意味する。

 そうなっても領民が飢えない程度の食料生産力は、領地経営の安定化にとっても必要だった。

 それを考えれば、この国におけるイスパニア人の意図は明白である。 


 「彼らにとってこの地は、富を吸い上げるだけの場所でしかないという事だな」

 「征服してから70年でしたか。それだけの時間が経ったにも拘わらず、この有様ではそうとしか考えられませんね」


 未開発の原野を走り、二人は頷き合う。

 ふと気づき、行長が言う。


 「川まで来ていたのか」


 いつの間にやら川の所まで帰っていた様だ。

 行長の言葉を受け、忠興が何かに気づき遠くを見る。


 「あれは官兵衛殿?」

 

 成る程、川の向こう側では、測量の道具と紙を持って忙しそうに走る黒田親子の姿があった。

 気のせいか、喜び勇んで動き回っている様に見える。

 城作りの名人官兵衛であれば、この辺りの開発計画を頭に描いているのだろう。

 そんな親子を見ていると、行長らの顔には自然と笑みが浮かんでくるのだった。


 「何と気の早い事と言いますか」

 「領地経営はかくあるべしと言うべきか」


 僅か数日での帰還ではあるが、何やらひどく懐かしい気がした。

 早く城に戻り、付近の開発に着手したいと思った。

米はパエリア用の米をイメージしています。


馬みたいな動物はロバです。

メキシコというとロバのイメージでして、荷物の運搬にはロバ、人が乗るのは馬として描いています。


この作品ではスペインを相当悪く描く予定ですが、他意はありません。

スペイン好きな方には申し訳ない・・・

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