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いじめっ子、旅立つ

 

 三日後、彼らからは何ら音沙汰がなかった。担がれたのかと思いながら、僕は自分の席から窓を眺めた。

一応、昨日のうちに児童会長の立候補はしたけれど、その時は顔から火が出る勢いだった。誰かに笑われているかのような錯覚と戦いながら、震える声で選挙管理委員の質問に答えた。

 児童会長立候補者の枠は、僕の他に三人いた。同じ学年が男女一人ずつ、六年生男子が一人。ライバルは多い。安西さんからは未だに接触がないし、このままで本当に選挙は大丈夫なのだろうか。

 物思いに耽っていると、後ろから誰かに背中を強く殴られた。

「よお、引きこもり!」

 案の定、いじめっ子の竜田だった。

「お金、持ってきたよな?」

 財布には二千円がある。安西さんに払うためのものなので、これを竜田に渡す訳にはいかない。

「金を持って来いって、俺は言ったよな?」

 僕は黙ったまま、机にしがみついていた。竜田が諦めてくれる事を心の中で望んだ。それが甘い見通しであるのも分かっていた。

 突然、世界が回転した。天井から壁、そして床に倒れた。僕が椅子ごと床にひっくり返されたのだ。頭を打ったのか、視界がボンヤリする。あいつの強面が映り込んだのも束の間、僕は無理やり引き起こされた。

「引きこもってる間に馬鹿になったみたいだな、宮地くんよお。これは強化訓練決定だな。運動場行って、また運動するか?」

「だ、誰か、助けて」

 僕はクラスメイトに助けを求めた。皆は一斉に目をそらされた。誰も火中の栗を拾いたくない。それが当然の反応だと思った。

「金を払うか、学校止めるか、どっちかにしろ。さもねえと――」

 その時、校内放送が流れた。

(五年一組の竜田揚雄くん、至急、職員室まで来て下さい。校長先生がお待ちです。繰り返します)

 襟を掴む力が強まった。竜田の顔が見る見るうちに紅潮していく。

「てめえ、先公にチクッたろ!」

 僕は必死に首を振って否定した。チクった覚えはない。他にいじめている奴が密告したんだろうか?

 彼は僕を引っ張り起こすと、低くドスの聞いた声で言った。

「ちっ。お前も一緒に来い。先公に聞かれたら、いじめられてないって言うんだ。いいな、もしも、バラしてみろ。地獄を見せてやるからな」

「わ、分かりました」

 半泣きする僕は、竜田と共に職員室へ向かった。


 職員室の前で、もう一度僕に警告してから、竜田は扉を開けた。指示された通り、一緒に遊んでいただけだと嘘をつくつもりだった。そうしないとますます苦しくなる。

 校長室に入った途端、パンパンと弾ける音が響いた。僕らにめがけて紙吹雪が降りかかった。さすがの彼も驚いて後ろへ下がる。

 紙吹雪の正体はクラッカーから飛び出したもので、それを放ったのは教師と生徒達が、彼に向かって盛大な拍手を送った。

「あ、あの、俺に何か用っすか?」

 困惑する竜田に、最前列にいた肥満体の男の人が花束を彼に渡してから、熱い握手を交わしてきた。この学校の校長先生だった。

「おめでとう、竜田くん。君は我が校の誇りだ!」

「へえ?」

「応募して一カ月も経つのに、誰も名乗り出なくて、気が気がじゃなかった。君のおかげで姉妹校との長い友好に水を差さなくて済んだ」

「姉妹校?」

「我が校と姉妹校、ドンチョン学園への交換留学生として、君は旅立つのだよ。今日から三ヶ月間、我が校の代表として向こうの国で文化と教養を存分学んで来なさい」

「向こうの国?」

「中国の四川省だ。これからは、国際化、グロバール社会だからね。留学は君にとって、きっと将来役に立つ体験になると信じている」

「は? 俺はそんなの応募した覚えなんて――」

「揚雄!」

 竜田の反論は歓声に遮られた。声の主は彼の母親だった。虎柄の服を着た大柄なおばさんだった。

「母ちゃん、なんでここにいんだよ?」

「学校から電話があったのよ。息子さんが留学しますって聞いたから急いで来てみたら……親に内緒でよく決心したね、えらいよ、あんたは。ホントに偉い。頑張って来なさいよ」

「おふくろ、俺、ホントに申し込んだ覚えが……」

「見送りの挨拶に移ります。在校生代表、五年三組、安西栞さんより花束の贈呈があります」

 司会進行により、彼の反論は遮られた。大きな花束を持った黒服の少女、安西さんは満面の笑みで彼に手渡した。

「私達の分まで日本人の恥にならないように頑張って下さい。四川省と言ったら、辛い料理が多いから食べ過ぎないようにね、向こうの水道は飲んだらダメですよ。PM2.5には気をつけて。それとパンダを見たら、写真で取って持って帰って来てね。それと万里の長城もお願い」

「いや、でも、俺……」

「さて、宴も竹縄ではございますが、飛行機の搭乗の時間も迫って来ておりますので、空港へ直行しようと思います。それでは、竜田くんの健闘を祈って、もう一度盛大な拍手で彼を送り出しましょう」

 竜田は、教師と生徒一同に胴上げされながら連れて行かれた。

 何が起こったのか理解しきれていない僕の前に安西さんが立っていた。

「これで邪魔者は排除したわ」

「一体何をしたの?」

「仕掛けたの」

 安西さんは僕に向かって邪悪な笑みを浮かべた。長い前髪をかき分けて、額と眉、そして、鋭い目つきを光らせている。

「うちの学校と姉妹校で開催している交換留学。これにあの竜田揚げが応募したように細工した。偽の申し込み、あいつの声を録音して編集して、あいつの親や校長に連絡しておいたの。あんなタイプに限って、場の雰囲気に流されるんだよね」

「安西さん、ありがとう」

「勘違いしないでね。あいつがいたら、宮地くんの選挙に支障が出てしまう。バグは早期に取り除くのに限る。ところで、残金は持っていてくれた」

 僕は頷くと、財布から二千円を取り出した。五千円でここまでしてくれるなんて、やっと、運が向いてきたに違いない。僕はそう思っていた。

「ん?」

 安西さんが首を傾げた。

「どうしたの?」

「足りない」

「何が?」

「報酬金額があと四万五千円足りないよ」

「四万五千円……なんで?」

「私が提示した、宮地くんの依頼金額は総額で五万円のはずだけど。契約書見なかった?」

「ご、五万円! そんな馬鹿な!」

「私が五本指で見せたじゃないの」

「あれはてっきり、五千円かと思ったんだ。悪いけど、今からでもキャンセルできる?」

 安西さんは首を横に振った。

「一度契約した以上、キャンセルはできないわ。契約というのは、同意したから書くものなの。後出しで断っていたら、契約の意味がないでしょう」

「冗談じゃないよ! 五万円なんて大金、僕が持ってる訳ないじゃないか」

「出世払いでもOK。契約は十年有効だから、それまでに払ってくれたら問題はありません」

 馬鹿馬鹿しい。もう付き合っていられない。僕は踵を返そうとした。

(竜田の馬鹿、僕に逆らうとこうなるんだ。悔しかったら、僕に喧嘩を仕掛けてみろ。病院送りにするぐらいでかかってきな。全然怖くないけどね)

 僕の声がそう言った。もちろん、そんな事を言った覚えなどあるはずもない。安西さんの持つICレコーダーから流れたものである。

「この前に録音した君の声を加工して作ったの。よくできてると思わない?」

ツギハギして編集したようには聞こえなかった。竜田の時もこうして、校長や親に電話して流したに違いない。彼らが信じるのも無理はなかった。

「僕を脅すのか?」

「そうよ。脅迫してるの」安西さんは悪びれずに言った。「宮地くんに正しい未来を選ばせるためにね」

「僕に正しい未来だって?」

「宮地くんはたった五万円を惜しんで、一人の力で児童会選挙を乗り切るつもりなの?」

「それは……やってみないと分からないよ」

「失敗したらどうするの? お金は、大人になってから働けば取り戻せる。でも、時間や過去は帰ってこない。長い時間をかけたのに望む結果を得られないまま終わるのは、時間が過ぎるまで何もしなかったと同じよ」

「屁理屈だよ。失敗しても後悔しないように頑張ればいいんだ」

「その考え方が間違いの元。宮地くんには、児童会長になりたいという欲望が欠けている」

「欲望って、変な言い方するね」

「目標も定めず、やる気もないという意味よ。結果より過程が評価されるのは、マンガやテレビドラマの中だけなの。終わりよければすべてよし。結果がよかったらすべてが報われる」

 僕は安西さんの言葉に聞き入っていた。反感しつつもそうかもしれないと思わせる力が彼女の声にはあった。

「こう考えて。五万円は未来への投資なの。児童会長になるのに五万円も払わないといけない、ではなく、たった五万円さえ払えば、児童会長になれる」

「安西さんにできるの?」

「私は数日であいつを学校から追い出した。宮地君を二年間も苦しめてきた相手を。どんな手を使ってでも、あなたを当選させてあげる。さあ、今ならまだ間に合うわ。どうか、私を信じて」

 彼女の真剣な眼差し。今にも吸いこまれそうだった。気がつくと、僕は「分かった」と返事をしていた。

「ありがとう。残金は後払いにしてあげる。決して損はさせないから」

 安西さんは満面の笑みから元の能面に戻り、すたすたと立ち去った。


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