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友情のATM

 翌日、けたたましいアラームの音に、僕は飛び起きた。朝の六時半。ラジオ体操が始まる時間だが、いつも起きる時間よりもずっと早い。

 目覚ましを止めるためにベッドから顔を出すと、僕は悲鳴を上げた。

「おはよう、宮地くん」

 池沢、山ノ辺、仲上の三人がいた。眠気はどこかへ吹き飛んだ。

「なんで、君達がいるのさ?」

「彼女の指令だ。とりあえずこれを聞いてくれ」

 以前よりも暗い顔つきの池沢くんが例のICレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押した。

(おかよう、宮地くん。今日の朝から、選挙の当日までの間、あなたには一時間のジョギングをしてもらうわ)

「なんだって? なんで?」

(なんでって思うでしょうから説明すると、宮地くんは少しデブッてるから。立候補する人の体形じゃない。正直、教室の隅っこで謙虚に生きるべき人の体をしているの)

 安西さんの声が辛辣な事を言ってくる。僕は少し傷ついた。

(宮地くんは児童会長に立候補するのよ。見た目にも気を配らないといけないわ。有権者が求めているのは、ルックスが良くて賢そうで、偉ぶらない人なの。今の宮地くんには、まったくない要素だと思わない?)

 決めつけないでほしいけど、当たらずとも遠からずだから仕方がない。

(で、今日からの約束、まず毎朝のジョギング、毎日着てくる服はセンスのいいもの、そして、一日として同じ組み合わせの服装は着てこないで。常に新しい自分を意識して。もちろん、間食は禁止。他の約束は学校で話すから、とりあえず、ジョギング頑張ってね。池沢くん達はサポート役だから、何かあったら彼らに聞いてね)

 安西さんのメッセージが終わった。僕はため息を漏らした。

「君達は僕の監視役か?」

「その通りだ。君がサボれば、僕らは責任を負わされるだろう。君もただでは済まない。こうなったら運命共同体だ。お互い頑張るしかない」

 こうして、僕の体力トレーニングは始まった。

 朝は起床からいきなり三十分のジョギング。息絶え絶えの体で朝食を済ませて学校へ……その前に服選びに時間がかかった。ファッション感覚が二年前からストップしたままだが、当たり障りのない服装を選んだ。

 学校の校門に着くと、また三人組の待ち伏せにあった。

 仲上くんがICから二つ目の指示を再生した。

(学校に着いたら、毎朝、校門で挨拶するの。予鈴が鳴るまで続けてね。休み時間と放課後は、場所を変えながら挨拶を続けて。もちろん、終わりまで。誰よりも早く多く、有権者たる全校生徒の頭に、宮地くんの声と顔を刷り込ませるの。児童会長候補=宮地京介を一般化させるの)

 逆らっても仕方がない。僕は生れて初めて、校門で大声を出して挨拶した。これが結構恥ずかしい。

「今回、児童会選挙で児童会長に立候補した、宮地京介です。皆さんの清き一票を、どうかお願いします!」

 クスクス笑う生徒。「馬鹿じゃないのか?」と陰口もたたかれ、先生には冷やかされた。

 予鈴が鳴ると教室へ滑り込んで僕を、一時間目の授業に睡魔が襲う。二時間目が終わり、机に突っ伏す僕を三人組が引っぺがす。欠伸を漏らしながら、僕は同じフレーズを続ける。

「こんにちは。児童会長に立候補しました宮地京介です。皆さん、今度の選挙では、宮地、宮地京介に清き一票を」

 僕も辛いが、三人も辛そうだった。山ノ辺くんは壁にもたれながら眠っていた。池沢くんもダウン寸前。熱血系の仲上くんだけが僕を差し置いて元気がいいみたいだった。

 さて、放課後になると、またも校門で挨拶を続けた。

「今回、児童会選挙で宮地京介に立候補した、児童会長です!」

「言っている事が逆だよ、宮地くん」

 池沢くんに指摘されるほど、僕の舌はダウン寸前だった。家路に着く生徒達が馬鹿を前にしたような眼で一瞥をくれる。初日だけで疲労困憊だった。挨拶の回数も百回は超えているだろう。こんな事をあと三週間も続けなくてはいけないなんて、生き地獄もいいところだった。

 三日後の夕方、僕は枯れた声を絞り出していた。池沢くん達もヘロヘロの状態で頑張っている。おかしなもので数日間共に行動していると、僕と彼らの間には妙な連帯感が生まれていた。

「安西さんって、かなり人使いが荒いんだね」

「君はいい。選挙さえ終われば、安西と縁が切れる。僕ら三人は同じクラスだから、六年になっても同じだ。頭がおかしくなりそうだよ」

 今の池沢くんは頬がこけて病人みたいな顔をしている。僕の余分な脂肪を取れるなら分けてあげたいと思うくらいだ。

「大丈夫?」

「平気だ。安西と一緒にいて、ある事が分かったんだ」

「何が?」

「宮地くんは、人間になぜ顎があるか知っているかい?」

「硬いものを噛むため。口を動かしてしゃべるため。もしくは……アントニオ猪木のモノマネをするためとか」

「もう一つ大事なことがある」

 池沢くんは得意満面に言った。

「首をくくる時にロープの輪がすっぽり抜けないためさ」

 僕は言葉に詰まった。かなり病んでいる。慌てて、隣の山ノ辺くんに話題を振った。

「なんで、君らは安西さんと一緒にいるの?」

「悪事の片棒を担がされたんだ。それからは脅されるまま、ズルズルと懇ろになっちゃった」

「共犯者どころじゃない。むしろ、主人と奴隷だよ」

「でもすごいんだよ、安西さんは。僕らをいじめてる人がいると、言葉巧みにだまして撃退しちゃうんだ」

「どんな事をしたの?」

「ええとねえ、給食の残りを全部僕らに押し付けようとした給食当番に、飼育小屋のウサギを入れたシチューを食べさせたり(偽物だったらしい)、ある人から奪った土地で建てられたマンション、そこで幽霊騒ぎを起こして入居者をゼロにしたりとか、あ、そうそう、学校裏サイトで誹謗中傷している人達の実名を全部晒しものにしたりもしたかな。ホントにすごいや、安西さんは」

 おっとりした山ノ辺くんは、割れんばかりの笑顔でそう言った。

すごいや、じゃないよ。全部犯罪じゃないか、それって。安西さんじゃなくて、ハンザイさんだ。

「きっと、将来有名人になるかもしれないよ、安西さん。僕、今のうちにサインでも貰っとこうかな」

「有名人は有名人でも犯罪者の方だぜ。懲役くらってムショ暮らしだ」

 仲上君の彼女に対する恨みは相当深いらしい。

「きっと、俺らはインタビューを受けるんだ。安西容疑者の小学校時代の知り合いみたいな感じでよ。そん時になったら、俺、声を大にして言ってやるつもりだ。あいつならやりかねないと思ってたぜ、てな!」

「それぐらいにしとけ、仲上。壁に耳ありというぞ」

「心配いらねえよ。あいつは一生塀の外へは出てこられねえぜ。判決、安西被告を死刑に処す、なんてよ!」

 仲上くんは空想に浸るタイプのようだ。僕達は憐れみを感じるしかなかった。今の安西さんは刑務所にはいないし、処刑台にも立っていない。

彼のすぐ背後に立ち、氷の微笑を浮かべていた。

「仲上くん、あなたを死刑に処す」


「なかなか素敵じゃないの」

「うん、見違えたみたいだ」

 鏡に映る僕の髪は、サラサラに整髪され、全く別人の姿をしていた。いや、顔自体は同じなのだから、元々がそうだったのかもしれない。

 放課後、僕達は美容院にいた。安西さんの命令で、僕のボサボサだった頭はカリスマ美容師によって生まれ変わった。有頂天になった僕は、髪の毛が抜け落ちてしまうような代金に驚愕した。

「どうしよう。金はあまり持ってないよ」

「気にしないで。仲上くんが払ってくれるから。今年のお年玉を出してくれる友情のATMなの。そうだよね、仲上くん?」

 空っぽになったお年玉袋を恨めしげに眺めつつ、仲上くんは物悲しい雄叫びを上げるしかなかった。

キジも鳴かずば撃たれまい。そんな諺もあるけど、あまりにもかわいそうだった。だが、僕にしてやれる事は一つしかない。

 僕は何としても選挙に勝たなければいけない。そうすれば、仲上くんの出費も報われる。

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