始まりはいつも悪夢から
教室に入ると、皆の視線が突き刺さった。
「帰れ。ここはお前の来る場所じゃない」
誰かがそう叫んだ。聞いた事があるような気がするし、初めて聞いた気もしないでもない。声の主が親しい友人ではないのは確かだろう。そして、その声には僕を金縛りにする力があった。全身の血が凍りつき、体中の骨が粉々に崩れ落ちそうになりそうだ。
クラスの皆が笑っている。彼らの輪の中心に机と椅子があった。落書きが埋め尽くし、脚がくの字に曲がっている。椅子の上には画鋲が待ち伏せ、持ち主の尻に刺さるのを待ち構えている。
僕の席だ。間違いなくそうだ。
クラスメイトの中に、父さんと母さんの姿があった。どちらも腕を組んで、鬼のように顔が歪んでいる。口を縫い合わせたように固く閉じて、冷たい眼差しを注いでくる。僕が失敗をしたり、馬鹿な事をしでかしたりすると、いつもあんな顔をしたものだ。
「京介、いつになったら学校に行くんだ?」
「いつまで不登校のままでいるのよ」
二人はいつものフレーズを連呼する。学校へ行け。サボるな。外へ出ろ。
僕は逃げ出した。無我夢中で走った。他の教室の窓からは、無数の顔が張りついている。ケラケラと笑う声が突き刺さる。
その中に顔見知りがいた。竜田だ。僕が学校から逃げるきっかけを作った。あいつに関わったせいで、すべてが壊れた。
「学校へ行きなさい、京介」
「学校へ行かないと、ろくな大人にならないぞ」
二人の声がどこまでも追いかけてくる。廊下の床がスライドして、なかなか前へ進めない。無駄な努力に過ぎない。
「こっち」
別の声に僕は足を止めた。姿は見えない。僕は必死に声の主を探した。果てしない廊下を過ぎて、九〇度の階段から飛び降りる。辿り着いたのは体育館だった。舞台の上には選挙に使うような、銀色の投票箱が置かれていた。
投票箱の隣に人影が見えた。黒い服を着た小柄なやつだ。服と同じ真っ黒な髪のせいで顔は見えない。
「君は誰なんだ?」
ぼくは問いかけた。
「私が勝つ」
「え?」
「最後に私が必ず勝つ」
不気味な女の子との、かみ合わない会話。
舞台に近づこうとした時、後ろの扉が大きな音を立てて開かれた。クラスメイト、竜田、お父さんやお母さんがなだれ込んできた。
「京介、学校へ行きなさい!」
「学校に二度と来るな!」
無数の人の波に飲み込まれ、僕の世界は闇に包まれて、やがては消えた。