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約束は守ってもらう

 鼓膜を震わせるけたたましい鐘の音に、僕は目を覚ました。連日の夜更かしによる頭痛のせいで、この日の目覚めは最悪だった。昼夜逆転しているからと言って、一日のサイクルは同じである。

 いつもの朝は午前11時なのに、時計を確認すると午前七時だった。頭の中ではまだ宵の口に過ぎない。

普段は閉じられていたはずのカーテンが全開だった。強烈な日光に、安息の闇に慣れた目には、モグラのようにきつい。

「何だよ、一体……あっ!」

 文句を言うと体を起こしてから、僕は凍りついた。お父さんとお母さんが目の前に立っていたのだ。

 部屋のドアには、鍵を五か所も付けていたはず。ホームセンターで買って、自分で取り付けたのに。

 よく見ると、窓のガラス戸が叩き割られていた。床はきれいに掃除してあり破片はないが、屋根には梯子が掛けられていた。どうやら、僕の寝ている間に、二人がコソ泥みたいに息子の部屋に侵入を試みたらしい。

 どうするべきか迷った挙句――。

「おはよう」

 おかしくないよね? 朝起きたら、まずおはようって言うでしょう?

「京介、今日から学校へ行こう」

 お父さんが有無も言わさずに言った。いつもは疲れた顔をしているのに、今日は薄気味悪いほどの笑顔だった。

「でも、僕は――」

「学校へ行きたい。そうでしょう、京介?」

 お母さんも憑き物が落ちたように清々しい感じになっていた。一晩の間に何が起きたんだろう。それとも、僕の引きこもりのせいで、とうとう二人はおかしくなってしまったのか。

「でも、なんで急に」

「京介は学校に行かないといけないのよ」

 お母さんがわんわんと泣き出した。その手には玉ねぎが握られているのを見逃さない。

 二人は僕を学校に無理やり行かそうとしている。昨日まではまるで僕の事なんて、いない者扱いだったのに……。

「理由だけでも教えてくれる?」

「あなたは今年で五年生なのよ。お母さん達との約束を守ってもらうの」

「約束?」

「幼稚園の年長さんの頃に約束したじゃない」

「覚えてない」

 僕を無視して、二人は言った。

「お父さんやお母さんでも入る事の出来なかった有名私立中学に進学する、良い高校に入る、良い大学に入る、良い会社に就職する」

「そして、お母さんも嫉妬しちゃうような、綺麗で面倒見のいいお嫁さんと結婚するの。かわいい子供、私達の孫を産んで、そして、お父さん達の老後をしっかりしてあげる。これらはみんな、五歳の京介が約束してくれたのよ」

 大事な事なので、もう一度言うね。全然記憶にございません。

「さっそく、最初の約束を履行してもらう。有名進学中学へ行くには受験勉強も大事だが、それだけではダメだ。小学校時代の素行も加味される。内申書ってやつだな。残念ながら、京介の三年生と四年生には不自然な空白期間がある。どうしてか分かるか?」

「僕が引きこもったから」

「違う!」父さんが急に怒鳴った。「重い病に冒されて、二年間、海外で治療を受けていた。そうすれば、面接官の心証もバッチリだ」

 バッチリって……。僕は生れて今日まで、はしかと風邪以外にかかった事がない。引きこもっていた時だって、特に重い病気にはかからなかった。

「ちょっと待って。僕は受験なんかできる訳ないよ」

「心配しなくても大丈夫。あなたには今日から、平日は週五回、塾を掛け持ちで通うの。ちなみに土日は家庭教師よ」

 毎日が毎日……殺人的なカリキュラムを想像すると吐きそうになった。

「心配するな。京介は三年生まで何度も学級委員になっただろ。勉強やスポーツの成績も悪くなかった。二年のブランクなんて簡単に越せるさ」

 真っ白な歯をむき出しにして、お父さんが明るく笑った。

「そうそう、お父さんと私の子だもんね」とお母さんがおしどり夫婦のようにくっつく。二人の間に何があったんだ。それとも、今までの殺伐とした態度がおかしかったのか。

「二人とも、なんかあったの?」

「実はね、私達、京介を立ち直らせるために一念発起しようと思ったの。京介が学校に通って、良い学校を出て、立派な会社に入る夢を実現させるには、親の私達の努力が必要だと思ったの」

 二人が努力した事と言えば、人の部屋に無断で押し入った挙句、僕に笑顔の脅しをかけてきたぐらいだろう。ついでに言えば、僕の夢ではなく、二人の我儘に過ぎない。

「でもね、学校にただ行くだけじゃダメ、成績がよくても、失われた時間を埋め合わせるには程遠いわ。京介は元学級委員だったんだもの。それぐらいのポストにはついてもらわないとね、お父さん」

「そうだな。俺はまだ平社員だが、京介には課長ぐらいにはなってほしいと思ってる」

 社長でも部長でもなく、課長を目指せって、微妙な高望みだ。それとも、はなからあまり期待していないのか。

「僕に学級委員になれって言うの? それはちょっと難しいと思うよ」

「いや。学級委員なんて、村の村長レベルだ。たかが知れているよ。それでも面接官の目にも止まらない。なあ、母さん」

「ええ。高学年になったなら、もっと高みを目指さないとね」

 二人は息を揃えて同時に言った。恥ずかしげもなく。

「京介には児童会長になってほしい」

 僕が児童会長……馬鹿も休み休みに言ってほしい。やっぱり、大事な一人息子がずっと引きこもっていたために、二人はとうとう頭がおかしくなってしまったのだ。うん、そうに違いない。

 児童会長を目指すつもりも、学校へ行くつもりもさらさらない。宇宙飛行士になって、宇宙へ行けと言っているようなものだ。この状況を逃れるにはどうすればいい?

食っちゃ寝の生活ですっかりたるみきった脳みそをかきまわし、僕は一つの答えを口に出した。

「わかった。二人の言う通りにする」

「ホント!」

「よかったな。母さん!」

「でも、二学期からにするよ。ほら、その方が僕にも心の準備がいるし、色々考えないといけないしさ。二人の願いと僕の願いを合わせると、こうだ! 二学期から僕は児童会長を目指す。夏休みを十分楽しんで、準備体操を終えたらたくさん頑張るよ。それでどう?」

 二人は終始笑顔のままだった。

 よし、時間稼ぎは成功だ。

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