ゲリラプリクラ
どういう訳か、三人パーティーになった。
十乃天、初鹿戸室、そして釘貫睦。
アイドルといじめられっ子と負けず嫌い。
なんだか不思議なパーティーである。
そんな三人は、列になってコロッケ店に戻っている。 いや、別に横並びになっても問題はない人数ではあるのだけれど。
「なあ、ぬしよ。どうしてこやつはぬしを盾にして歩いておるのじゃ」
「言ってやるな」
「…………」
女子が苦手なのか、初鹿は釘貫の背後に回って、十乃の視界に入らないようにかがみ込んでいた。
初めて話した時、その口調からホントにイジメられているのかと困惑した釘貫だったけれど、そのへっぴり腰をみると少し納得してしまう。
一体こいつは、どんなキャラなのだろう。
「なあ」 と、初鹿は小さな声で話しかけてきた。
目の前でステップしている十乃には聞こえていないぐらいの、小さな声だ。
「あの、前にいるやつ一体誰だよ」
「僕らと同じ、化物の断片を持っているやつだよ。さっきもいっただろ」
「あいつがなあ……」
初鹿は釘貫の肩越しに、十乃の背中を見た。
その視線に気づいたのか、十乃はスキップをやめて振り返った。
初鹿は体をビクつかせて、再び釘貫の背中に隠れる。
――女子なら可愛いんだろうなあ、これ。
しかしやっているのは、ハゲた同級生である。
可愛げもクソもない。
だから釘貫はさっさと初鹿から離れた。
「あっ、てめ!」
「人を盾にすんな」
「そう言えば自己紹介がまだだったね」
キョドっている初鹿と違って、初対面の人との会話になれているらしい十乃はハキハキと話す。
「私は十乃天、よろしくね」
「は、はあああ!?」
初鹿は明らかに狼狽しながら叫んだけれど、叫びたいのはこっちの方だった。
なんのために変装をしているのだお前は。
釘貫は額に手を当て、苦悶の表情を浮かべる。しかし十乃はどうして彼がそんな表情をしているのか理解していないのか、きょとんとした顔をしている。
「あ、あのなぁ……」
釘貫は十乃の方に近づきながら、そのきょとんとした顔を指さす。
「お前はどうしてそんなデカいサングラスをつけているのか、分かってるのか?」
「ん、変装だけど?」
「じゃあ名前を名乗るなよ」
「……あ」
「あ、じゃねえよ。あ、じゃ!」
今頃、自分のしでかしたことに気づいた十乃は口に手を添えてしまった。といった顔をしている。
釘貫は思わず頭を抱えそうになる。
振り返ってみると、初鹿は口をあんぐりと開いて目をぱちくりとしている。
「えっと、つまり、そういう訳なんだ」
「どういう訳だ!?」
初鹿は吠えた。
まあ、そうなるよな。と釘貫は思う。
「あれが十乃天だっていうのは、本当だ。この街出身みたいでさ、今は久しぶりの街散策」
「な、なるほど? いやちょっと待て。それでどうしてお前と一緒にいるんだ!?」
初鹿は声を荒げる。混乱しているのがよく分かった。
「偶然だよ、偶然。なあ」
「おばちゃーん。戻ってきたよー」
「話を聞けお前は!!」
見えてきたコロッケ店に向けて手を振りながら走っていく十乃に、釘貫は思わず叫んでしまった。
行って帰った結果、三人パーティーになっていた釘貫たちにコロッケ屋のおばちゃんは少し驚いたりもしていた。
「それで、いい案っていうのはなんなんだよ」
「ふふん」
若干呆れ顔というか、なんかもう疲れきっている表情の釘貫に対して、十乃は意気揚々とした感じで釘貫が両手で抱えているビールケースを見ながら自分の足元を指さした。
なんだろうか、そこに向けてぶん投げろとでもいうのだろうか。
「そこに置けってことだろ」
隣にいる初鹿がそんな風に言ってきた。
釘貫はなるほど、と言ってからビールケースを十乃の足元に置いた。
「逆だよ、逆」
「逆?」
正しい形に置いたはずなのだが……。少し首を傾げながら、釘貫はビールケースをひっくり返した。底が上になる形だ。
それを見てうんうん、と十乃は頷いたと思うと、ビールケースの上に乗った。
まるでお立ち台のようだ。
ビールケースの分高くなった十乃は釘貫を見下ろすような形で、びしっと指さしてきた。
「私がここで歌えばいいのよ!」
「……そのビールケースは?」
「お立ち台!」
「……はあ」
釘貫の気力のない声に、十乃はむっと口を尖らせる。
「ビールケースのお立ち台はこういう時にこそ乗るべきでしょ」
「いや、あれって確か演歌歌手がするものだろ。新人の」
「細かいことはいいの!」
びしっと指さしてくる十乃に、釘貫は呆れを隠せないでいた。
ネームバリューを使わないというからなにをするのだろうと思ったらつまり、そこで歌って人を集めようという算段らしい。
確かにそれなら人を集めることも容易だろう。
化物の断片である彼女のノドから発せられる声は誰も彼もを魅了する。惹き寄せて引き寄せることもできる。
ただ、それならばネームバリューを使うのと同じなのではないだろうか。
声を聞けばそりゃあもちろん、彼女だと気づく奴だっているだろうに。ここに戻ってくるまでの道中で初鹿戸室にあっさりと素性をばれてしまったのを忘れてしまっているのではないだろうに。
「今度は大丈夫」
当人の十乃は至って気楽な風に快活に笑って、大きく息を吸った。
体を少しのけぞらせながら息をためる。ピタッ、と体の動きが止まる。
なにをするわけでもない釘貫と初鹿はそんな彼女を眺める。
桜色の唇が開いた。
そこから流れるは声――人を惚れさせることに特化したような声。
澄んでいて耳障りではなく、なにかに引っかかることなく流水のように耳から耳を通り過ぎていくが、どこか頭の中にこびりつく。
決して大きな声ではないけれど、遠くまで響く声は商店街の入り口まで届いて人の流れにしみこんでいった。
結果だけを言えば十乃の目論みは成功した。
商店街の入り口を素通りしていた人の流れは、彼女の声を聞くとその足を止めて商店街の中に入っていった。
それからの商店街の賑わいはさっきまでシャッター街と化していたところとは思えないほどで、特に十乃が歌っているコロッケ店の前の人だかりは先に進むことができないほどすさまじかった。
ただそこで問題が発生した。
そりゃあまあ、それだけの人が集まったのだ。人目が集まったのだ。
一人ぐらい、ビールケースの上でノリノリに歌っているサングラスの女子が、十乃天だということに気づくものも現れる。
その一人が十乃の名前を叫んだ。
それからは、別の意味で一騒動があった。けれど、それはすぐに収まった。
十乃曰く『こういう時のための秘策』。釘貫曰く『またこれか』。
「すとーっぷ!!」
十乃自身からの停止命令。聞く耳持たずな暴動も、彼女の一言はあっさりと止めてみせる。
この日のコロッケ店の売り上げは過去最高値を記録したという。
そんな訳で、十乃天のシャッター街救済作戦は成功した。
――まあ。
――応急処置に過ぎないんだろうけどな。
きっと次の日からは元に戻ってしまうのだろうけれど。
釘貫はそんなことを考えたりしてしまった。
横で喜んでいる十乃には言わないでおこう。
もしかしたら、次の日からは少しは客が増えているかもしれないし。
さて。
時間はかなり経ったけれど、まだ帰る時間には早すぎる。
「ここ以外にどこか行きたいところはあるか?」
「ほうねえ……」
ゲリラライブが終わった後、まるで水分補給をするようにコロッケにかぶりついた十乃に釘貫は少し慄きながら尋ねた。
ノドが乾いたりしないのだろうか。汗もかいているし水分不足におちいっていてもおかしくないのに。
釘貫は近くの自販機で水を買って十乃に渡した。
「ありがと」
十乃は水を受けとるとゴクリゴクリとノドを鳴らしながら飲み干した。
ぷはっ、と息を吐く。
「次行きたいところ……みんなで遊んでるんだからやっぱりあそこかなー」
***
ここまで電子音が騒がしく、しかしそれがやかましい。とは感じない場所は少ないだろう。
部屋のそこらかしこに置かれた筐体からは、己を主張するように光や音が鳴り響く。
そんな中、釘貫と十乃は比較的音の少ない場所にいた。
つまるところ、プリクラゾーンである。
「……で、どうして僕はここにいるんだ?」
「んー?」
釘貫は十乃の背中に話しかけた。
十乃はプリクラの画面を手慣れた手つきで触りながら、振り向くことなくこたえる。
「そりゃあ、遊びにいったらプリクラ撮るのが普通でしょー」
「普通、なのか?」
プリクラで写真を撮る機会があまりない釘貫は、そんな意見に対して首を傾げるしかできなかった。
女子の方はそんな感じなのだろうか。たかが写真に四百円払うやつの気が知れないと豪語する釘貫にとってはよく分からない。
ついでに料金は二人で分割だった。これは払うのか、と釘貫は十乃の考えがいまいちよく分からなくて首を傾げた。
二人、つまり初鹿はいない。
いや実際のところ初鹿はいるのだけれど、プリクラは恥ずかしいとのことでそそくさと音ゲーコーナーに逃げていった。こっちだって恥ずかしいのに。
ともかく釘貫、プリクラ初体験である。
初体験がアイドルとのツーショットというのも中々どうして、不思議な話である。
「はい、準備完了。じゃあ撮るよー」
準備を終えたらしく十乃は、選択画面から離れて釘貫の隣に並んだ。
「もうちょっと寄ってくれない? カメラにおさまらない」
「カメラ? カメラはどこにあるんだ?」
「そこからー? あそこあそこ」
隣にいる十乃が指さした先――斜め上には確かに小さなカメラレンズがあった。まるで盗撮でもしているかのような隠れ方だ。
「まっすぐ真正面から撮ればいいのにな」
「それじゃあ証明写真みたいで味気ないじゃん」
「そういうものか?」
正直プリクラというものをいまいち理解していない釘貫にはよく分からない考えだった。
プリクラの筐体が明るい口調で写真を撮ることを告げてくる。
選択画面にはカメラから見える釘貫と十乃の映像が写されている。
十乃の方が背が高かった。
知っていたことではあるけれど、こうまざまざと見せられると虚しいものがある。
「ほらよってよってー」
「む……」
十乃はカメラの枠内におさまろうと釘貫の体にひっついてきた。脚と脚がひっついて、肘に胸があたる。本人は気づいていないようだったが、釘貫の顔は一気に紅潮した。
パシャリ、と写真が撮られる。
――良かった、早めに終わった……。
釘貫は内心胸を撫で下ろした、が。
『もう一度撮るよー。今度は上を向いてねー』
ぎゅっ。
明るい口調の機械音は無慈悲にもこの地獄の延長を続けた。




